第4話
「……くん!はるとくん……!
「うぅん……?」
目が覚めるとそこはずいぶんと懐かしい教室で、目の前にはまだ幼さが目立つ笑顔の少女。
頭がぼーっとしている。魔女の指パッチンのせいか。いや、でも、わかる。
あぁ、彼女は。
「
すぐわかった。
たぶん終業式が終わったあとすぐに
「どうしたの春人くん?私の名前全部言うなんて、変なの!」
記憶の中のままの姿で彼女は笑った。
霧がかかったようにぼーっとした感覚から段々と晴れやかになっていく頭の中と冴えてくる思考。
あれ?ぼくまさか過去に来た???
え、待って、冗談じゃないよ、僕主人公引き受けるなんてひとことも言ってないのに、一緒に来た友達取られて、わけわかんないこと言われるわ、挙句の果てに僕まで眠らされて、目が覚めたらそこは過去の風景だと!?どういうわけか誰か今すぐに!事細かく!!説明してくれ!!!!!!
「そういえば春人くんが学校で寝るなんて珍しいね?よふかししたの?お化けに会うよー?」
そんな混乱も落ち着かない僕の思考をよそに冬谷夏海は僕をからかって笑う。
そういえば何故、他クラスからも人気が高かった彼女がクラスの中でも地味な方に属した僕にこんなにも絡んできていたのか。
その時は(今思うとアホだと思うが)ただただ喜びをかみしめていたからか気がつかなかったことが、今考えると不自然にも感じた。
それともなにか理由があるのを、僕が忘れているだけなのだろうか。
そんな僕の中での思考を知る由もない冬谷夏海は、楽しげに話しかけてくる。
「よし!寝起きの春人くん!そろそろ帰ろ!」
そうか、今は夕方。下校の時刻ってことね。
そもそも今日は何日なんだ?こんな何気ない会話の日にちなんかわかるわけがない。
冬谷夏海に聞こうかと思ったが、ふと前を見ると黒板に日付が書いてあることに気がつく。
7月19日水よう日
日直の名前に描かれているイビツな相合傘と読みにくい数字で書かれた日にち。月、日、よう日は担任が書いたのをそのまま使い回しするのでかすれているがそこそこ綺麗な字になっている。
……小三ぽいな。
って違う違う。そこじゃない。7月19日という日付がわかった。一つ収穫だ。
前を見て日にちをじっと見つめていたのでぼーっとしているように見えたのだろう、不思議そうな顔で冬谷夏海がこちらを見ている。
はっとして僕が名前を呼ぼうとした。
あれ?僕、彼女のことなんて呼んでたっけ。
「春人くん大丈夫?今日なんかおかしくない?」
流石に口をぱくぱくとさせながら困惑した顔で何も言わない僕を心配したようで声をかけてくる。
声をかけてきてくれたのだから返事をすればいいのだ、よし。絶対にヤバい心配されたけど、まぁ結果オーライ。
さぁ精一杯の笑顔でお返事だ。
「あっ、だっ!大丈夫!あ、あのっ、かっ、帰ろっか!」
………………。
あ〜………。
最悪だ。
少なくとも小3の時点から高1まで陰キャラしてきた僕が。
過去に戻っているとはいえ実年齢16歳弱の僕が。
見た目も中身も子どもな小3女子とまともに、純粋に、流れるように会話なんてそんなことができるわけがなかった。
などという僕の絶望とはうらはらに、冬谷夏海の顔は先ほどの不思議そうな顔をすっかり見覚えのある笑顔に変えて、嬉しそうにランドセルを背負いながら言った。
「おっ、いつもの春人くん!よかった!よし、帰ろっか!」
……えぇ…?嘘………。
僕って小3からこんなに会話不能な奴だったっけ……?
結構ダメージの大きいショックを受けながらも、「そうだね」と笑顔を返して僕もランドセルを背負った。
校門前までくると夕陽が美しく輝いているのがよく見えた。このぐらいの時期はまだ視界を大きく妨げる高いマンションも大きな建物もなかったから、夕陽がよく見えた。
でも中学入学後しばらくすると、地区開発なんて名目で大きなビルやマンションが建てられて見通しも悪くなったから、高校1年の僕は夕陽はもちろんのこと、改めて空を見上げるような気分にもならなかったのだ。
その上部活も入らず、他に大した放課後活動なんかもなく、学校終了後即、地面かスマホの画面とにらめっこしながら、または白也と駄弁ったりしながら帰路につく、なんて絵に描いたような陰キャラ帰宅部の僕からすると久しぶりにまともに見た夕陽だった。
柄にもなく久しぶりの夕陽に感動していると、冬谷夏海が僕の後ろで、いつか見たような少しだけ真剣な顔をして本当に小さい声で独り言のようにため息混じりに呟いた。
「そろそろかな」
何が?とでも聞きたくなるような光景だった。
多分日が沈むことだろうなんて勝手に解釈したので、確認もいらないと判断し、僕はとくに何も言わなかった。
すると冬谷夏海は僕をしっかりと見て言った。
「春人くん、いつもみたいに私の名前、呼んでくれない?」
……?名前を呼ぶ?何故だろう。
いつもみたいに、という事は“いつも”があったのだろうが、今の僕にはほとんど記憶がない。
“いつも”があったなら少しくらい覚えていてもいいと思うのだが。
僕が考え込んでいると冬谷夏海がまた声をかけてくる。
「いつもみたいに私の眼を見て、夏海ちゃんて呼んで。」
ご丁寧に説明してくれるのはありがたいし、思わぬ二つ目の収穫として僕が冬谷夏海を「夏海ちゃん」と呼んでいたことが分かったが、それにしても『眼を見て』というのがずいぶんと難題だ。僕は人の眼は好きじゃない。
「はーやーく!」
急かしてくる彼女に負けて、言われたとおりにした。
蒼く夜の迫る空を背にして真剣な顔をしながら立っている彼女。
夕陽を映して赤くなった彼女の眼を見て、僕も少しだけ真剣な顔をして、7年振りに彼女の名前を呼んだ。
「夏海ちゃん。」
~続く~
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