第2話


学校から歩き始めて30分ちょっとは経っただろうか。

相変わらずスキップを始めそうな上機嫌で歩く白也はくやの後ろをふらふらとついていく。

そんな僕を見かねて白也が話しかけてくる。

「なっさけねぇな春人はるとぉ、もうすこし鍛えたらどうなんだよ。不健康だぞ〜」

「余計なお世話だよ…。それにお前だって鍛えてるわけじゃないじゃんか…生まれつきのものだよ……」

「まぁそうだけどなぁ♪」

というとまた楽しそうに前を向いて歩く。

まったく、冗談じゃない。

甘いものとゲームで出来ているような体なのになぜ僕より体力があるのか。

差別だ…きっと神様の差別だ…。

いや…でも僕も外に出ないインドアだから必然か……。くそぅ。


「ほれほれーあと少しだぞ頑張れ春人ー」

茶化してくる白也をガン無視して僕が黙々と歩いているとニヤニヤと笑いながら白也も黙って歩き出す。


終業式の後すぐに学校を出た僕らは一番暑い時間帯にこの道を歩いていることになる。

白也の家はこの道をずっとまっすぐ行ったところなので白也は毎日通ってる道だが、僕はこっちではないのでここはいつも通る道ではない。

いつもならもう少し手前で白也と別れるがドーナツのせいで今日はそうもいかないのだ。


ジリジリと肌を焼く日差し。

アスファルトから立ち上る熱気。

この季節特有のじっとりとした湿気。

道は整備されているもののこの辺りは空き地が多く、そもそも建物が少ないため、ただでさえほぼ真上にある太陽のお陰もあって、日陰も少ない。(別に掛けたわけではない。)

さっきふと見た草むらにはこの暑さによってミイラ化したカエルの死体があった。


……最悪だ。

ここ5年ほどで今日ほど最悪だと思った日はない。

こんなクソ暑い中でそんなに興味もないドーナツなんかを食べるだけのために僕は歩かされているのだ。

インドアな僕に、これ以上最悪だと思える状況はあるだろうか。いやないだろう。とまぁそれくらい今の僕は最悪の気分なのだ。


そしてなぜこの男はこんなカエルも干からびるようなクソ暑い状況下で涼しい顔をして上機嫌に歩けるのか。

新店舗のドーナツがそこまで奴のテンションを上げているのだと思うとドーナツもなかなかやるな。いや、奴の甘味への異常なまでの執着がテンションを上げているのか?

なんて真面目に考え込んでしまうくらいには、この暑さに僕の頭も身体も参っている。


そんな今にも倒れそうな僕の前を楽しそうに歩いていた白也が突然立ち止まった。

想像もしていなかった突然の停止に白也の背中にダイブする僕。

「いだっ」

そりゃ前を歩き続けるだろうと思っていた人間が突然立ち止まったら普通ぶつかる。

「どうしたんだよ……」

白也の背中に激突した鼻頭を抑えながら白也に問う。

ドーナツ屋がある場所まではまだ10分くらいあるはずだ。(さっき希望を託し、僕がひとりでスマホの地図機能を使って調べてしまい、げんなりしていたところなのだから!!)

当の白也は歩いていた道の横にある店をじっと見つめていた。

シカトされたのでムッとしながら僕も白也の視線の先を追う。


その店はなんの変哲もないただの雑貨屋に見えた。


しかしここは店を営むには人通りも少なく、本格的に建物もなくなって来たところだったから周りには何も無いので、ぽつーんとそこに佇んでいる。


これでたった今、現れた店なんだなんて言われてしまったら漫画だとか小説だとか、そういう類の物語の主人公フラグだな。

とか本気で考えるくらいの謎の立地。

僕って案外夢見がちな人間なのかもしれない。


いや、だからといってその主人公とやらになりたいとはこれっぽっちも思わない。

これが僕が小学3年生の純粋無垢な少年だったら話が違ったかもしれない。

しかし、実際問題、あらゆる主人公も憧れがなかったなら最初は迷惑な話だっただろう。

今の僕はただただ平和に、平凡に、普遍的に生きたいだけなんだ…。


なんて僕が謎の思考を巡らしているとずっと黙り込んだまま店を見つめていた白也がやっと口を開いた。

「なんだこの店…朝には見なかったぞ。」

「あ、そうなの。そんなすぐ建物って造れるもんなんだn……………って…え?」

嫌な予感がする。

口が先に動いたが、もしも人間がたとえこんな一軒家サイズの建物だとしても朝から今この時間の間の数時間で造れるなら世の中の工事の騒音問題はもう少し小さな問題になっていただろう。

「ふーーん。面白そうだな。」

ニヤニヤとしながら白也がその雑貨屋を見つめる。

「いやいや、そんな怪しい店はいらないほうがいいんじゃない?白也が気がつかなかっただけじゃねえの。早くドーナツ屋行きたいんだろ、な?早く行こうぜ?」

僕は止めようとこれ以上ないくらい必死に説得した。

しかしそれも虚しく、

「まぁドーナツは逃げねえし、お前もバテてきたみたいだから入ってみようぜ。」

これは多分優しさじゃなくて興味による言い訳だ。

僕がやめておけという暇もなく、興味深々といった様子でドアを開け、中に入っていく白也。

中に入った白也が

「早く来いよ!」

とそれこそ小3の無邪気な少年のような声で言うので、ため息をつきながら僕も渋々ドアを開け、中に入る。

白也と合流すると中は雑貨屋、というよりは何でも屋という感じだった。

雑貨や衣料品から、骨董や美術品のような古いものも置いてある。


「な、十分だろ、普通の店だって。帰ろうぜ?」

と言って僕がドアに向かおうとすると


ばたんっ


「………え?」

嫌な予感がまた沸々と湧いてくる。


がちゃっ


がっちゃん


開けておいたはずのドアがひとりでに閉まり、鍵まで閉めた。


ががががががが!!!!


ぎぃぃぃ!!!!


店に並ぶものたちが道を作るように避けていき、床が店の奥に向かって動き出す。


僕の嫌な予感はさらに深まっていく。


突然現れた謎の店。

勝手に閉まるドアとなぜか動く床。

明らかに店の奥行きに合わないこの床の先。


ああこれは最悪の予感。

僕は普通に目立たず生きたい。

何があったわけでも、理由があるわけでもない。あったとしても忘れた。

そう。夢は夢のままが綺麗なのだ。


小3の夏の思い出の彼女が、思い出のまんまがいいのと一緒だ。

初恋の女の子なんてのは静かに消えていき、ふと思い出して暖かい気持ちになれればそれでいいのだ。

だから嫌だったんだ僕は……。



白也と僕の二人は床に連れられ、どんどんと店の奥に進んでいく。



ああ。こんな夢見がちな僕の最悪の予想がまさかのド的中を見せ、無事(?)僕らに「主人公フラグ」が立った。



なんだってんだ神様。

僕らなんかを主人公にして何始めさせようっていうんだ?



前言を少しだけ訂正しよう。

インドア、陰キャラ、そんな僕に主人公フラグが立つなんて。さっきの状況より断然最悪だ。

むしろ5年なんてものじゃなく、人生のなかで一番と言っていいほどに。


ああほんとに、ほんとにほんとに。


今日は最悪の日だ………!!!!!!






ー続くー

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