「 」のせかい
波乃
「秋島春人」のせかい
第1話
「きっとわたしは特殊なんだろうね。」
それは確か、僕が小学3年生のとき。
夏独特の蒸せ返るような熱い空気が少しだけ緩んだ放課後。
保健委員会が終わり、僕と彼女だけが残った教室で、今日あったことだとか他愛ない会話が終わった沈黙の後、君はさみしそうな顔をしてふと独り言のようにそんな言葉を漏らした。
何の脈絡もなく放たれたその言葉を僕は理解できなくて、「どうしたの?」なんて聞いた。
彼女は静かにこちらを向いて、さみしそうな雰囲気を残したままの笑顔で
「
と言って彼女は赤いランドセルを背負い、いつもの笑顔に戻って「行こ」と歩き始めた。
僕はそれに返す言葉が見つからなくて、「うん」とだけ返して彼女の背を追った。
校門前、「また明日」と彼女を見送った先に見えた夕陽があまりにも赤くて何故か少しゾッとした。
その光から逃げるように家に帰ったのを覚えている。
彼女の名前は
とても明るくて委員の仕事や先生の手伝いなどの仕事をしっかりこなし、みんなから慕われるしっかり者。
でも、たまにふと物憂げな顔をしている。
そんな隠れミステリアスな彼女は僕の憧れであり、初恋の人だった。
時は流れ、僕は高校生になった。
特段、頭が悪いわけでも逆にいいわけでもなく、素行もまぁまぁ真面目だったので成績も問題なく、進学を近くのそこそこ頭のいい高校に決め、見事合格。
中学からの友達はいなかったが、小学校5年の時に引っ越してしまった、僕の一番の親友が同じ高校へと進んでいた。奇跡的に同じクラスで、一番窓に近い列、僕の前の席に座っていた。
彼の名前は
彼は普通すぎて目立たない僕とは真逆と言っていいほどやんちゃで目立つタイプの人間だったが、何故か話が合うしいろんな話をして相談もし合った仲だ。
その懐かしい顔を見つけた瞬間、2人の再会に感動したものだ。
そして今。
高校に入って初めての夏。
今学期最後の定期テストも終了し、今日は終業式。明日からの夏休みに向けて学校全体が浮き足立っていた。
全校生徒の集まる体育館で長くつまらない校長の話を聞き終わり、蒸し暑い廊下から教室へ入ると、最後に出た生徒の切り忘れによってクーラーの効いた冷たい空気に触れ、やっと息をしたような気分になる。
そして奇跡的に席替えをしても前後になった白也が帰りのSHRに向けて僕の前の席に座り、話しかけてくる。
「春人、今日終わったら暇?」
「あぁ、暇だよ。」
僕らは特に部活や委員会などに所属していないため、放課後はたいてい暇である。
「そしたらさ、最近できたあのドーナツ屋行きたいんだわ。付き合ってくんね?」
白也は超のつく甘党で、女子にも引けを取らないほどスイーツに詳しい。
最近アメリカかなんかからやってきたドーナツ屋が近くにオープンしたようで、前々から白也はそこに行きたいと目を輝かせて話していたのだ。
「また甘いものかよ。お前そんなに甘いもんばっか食ってるといつか糖尿になるぞ。」
僕が呆れてそういうと白也はムッとした顔をしてこういった。
「はぁぁ、わかってないなぁ春人は!!!甘いものこそ至高!甘いものは世界を救うんだぞ!」
いつもこの調子だ。
「まったくもう、知らないからな〜。」
僕もこのやりとりは何回もやっているので流す。そしてふと白也はムーっとしていた顔をハッと何かを思い出したようにしてニヤッと何かを企む顔に変える。
「なんだよ…」
不審に思った僕は白也に問う。
白也はニヤニヤとした顔をやめないままこたえる。
「そういえばそのドーナツ屋の宣伝の時にいた女の子が、あの小3の時いなくなった冬谷夏海にそっくりなんだとよ?」
パッと名前を言われて彼女を思い出せなかったのはもうそれがもう7年も前の話だったからだ。
白也はぼくが彼女のことが好きだったことを知っている。
昔からこいつは人間観察がうまくて、人の心を読むようなことをする時がある。
そのせいで幼い僕の彼女への淡い恋心がこいつにばれたのは言うまでもない。
まぁ僕も白也とは小学5年までの間とはいえ、長く一緒にいたから考えてることくらいはだいたいわかる。だからこそ相談もたくさんしたし、逆に相談もされるような親友でいられたんだと思うけれど、まぁそんなことは本人には口が裂けても言えない。恥ずかしいし。
まぁそんなわけで思い出された淡い小学3年生の記憶。
懐かしすぎてもはや顔も曖昧だが、確かに僕は彼女を見ていることが多かったと思う。
何故かって思い出してみれば彼女との記憶が多いからだ。
彼女は僕と「また明日」と言葉を交わしたあの日の翌日から学校に来ることはなかった。
行方もわからず、安否すら不明。
彼女は大変な人気者だったから担任の先生も、クラスメイトもとても悲しんでいた。
もちろん僕も。
そして突然起こった物騒な事件のニュースは人から人へと伝わり、時には馬鹿みたいな尾ひれを与えられながら小さく平和な町に一気に広まった。
しばらく警察が捜索をし、チラシなんかも配られていたが少しずつその話題は薄れていき、いつしかみんなは事件を忘れていった。
僕も白也に言われるまで忘れていたくらいだ。
もはや事件の話なんて誰も覚えていないことだろう。
そんなことを思い出していたらだいぶ長い時間ぼーっとしていたのだろう、いつの間にか白也が目の前で僕の顔を覗き込んでいた。
ハッと気がついた僕を見て白也が怪訝な顔をしながら話しかけてくる。
「お前忘れたわけじゃないよなぁ?お前の初恋の相手だぞ?」
いやはやこいつは本当に恐ろしいほど僕の思考を当ててくるものだ。
「そんな、いつの話してるんだよ。随分昔の話だろ。」
「でも初恋ってとてつもなく特別なものじゃんか。あの時のお前、話せただけでめちゃくちゃ嬉しそうだったりしてさ〜、話しかけるきっかけに同じ委員会に入ったり…」
「うわぁ!お、お前やめろよそんな話!恥ずかしいだろ!」
「あははは!」
僕の反応を見て大笑いしているのをみてムッとしたが、どうしようもないので妥協した。
「バカにして……わかったよいけばいいんだろいけば〜!」
「よろしい」
白也は満足げにニコニコとしている。
このやろう、いつか痛い目見せてやる。
なんて会話をしていると、
「おーい、席座れ〜HR始めんぞ…ってうわ、この教室涼し。誰かクーラー切り忘れたろ。怒られんの俺なんだけど〜」
担任が気だるげに教室に帰ってきて、文句を垂れる。
まぁ涼しいに越したことはないので言うほど嫌そうではない。
まぁこの人は割といい人だ。気だるそうにしているが何気に生徒を見ていて、ばれないぐらいのサラッと助けたりしている。
僕はゆるくてしっかりしたこの人が割と好きだ。
そしてしばらく聞き慣れた夏休みの過ごし方なんてものや課題の話なんかを聞いたのち、一学期最後の別れの挨拶を終え、「終わったー!!!!」やら「夏休みだー!!」、「部活だ…」なんて声を上げるクラスメイトたちを横目に帰りの支度を整えると、白也がニコニコして僕を見る。
「春人!忘れてないな、行くぞ〜!」
「はいはい、行きゃぁいいんでしょー行きゃぁ〜」
白也がスキップをするような機嫌の良さでドーナツ屋への道を歩き始めた。
僕も彼の後を追うようにスクールバッグを持って教室から出た。
〜続く〜
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