第3話
どこでも子供が騒がしいことは変わらんのだなぁ、と弦之助は足腰に纏わり付いた童どもを剥がそうともせず、項垂れていた。
やろうと思えば当然できる。彼は大の男であるし、侍として市井の人々とは比較にならない程の膂力もある。やらないのは良心と恐れがあるからだ。
怪我をさせれば拙い。情報源としてこの村の者が使いづらくなる。
などと考えて、彼はしがみつく子供たちを絶賛投げ飛ばしている鈴千代に目を向けた。
「おたくは遠慮を知らんようだ」
「ふ、貴様こそ余程ものを知らんのだな。子供は怪我をして育つものだ。転がり、泥にまみれ、そうして世の道理を知るのだぞ。誰か忘れたが、そんなことを言っていた」
弦之助は知っている。それを鈴千代に説いた者はとうの昔、と言っても一年と少し前になるが、死んでいた。
確か、花生けの指南役の女だったか。三十路を過ぎて、子供も居ただろうに気の毒だった。助けようとも思わなかったが。
何せ殺したのは鈴千代で、見逃したのが自分である。無礼打ち(※1)だったと記憶しているが、何が原因だったのかは覚えていない。
果たしてあの侍女の息子たちは元気にやっているのか。こうして鈴千代が子供と遊んでいるのを見ていると、弦之助は何とも形容し難い気分になるのであった。
「まあいい、坊主ども。どうだ、何か盗賊について知っていることはないか?」
「臭い!」
「毛むくじゃら!」
「刀持ってた!」
だろうな、としか言えない。
都合よく連中の拠点に井戸があるとは限らない。川に汲みに出るとしても、満足に水を使うことはできないだろう。
見かけを気にするような立場なら、それこそ賊になどならない。
「そうか。他に何か見なかったか」
「弓も持ってたね」
「なんか長いのも」
そう口にした童子は両手を大きく広げた。
「ふむ、棒の先に刃がついていたか」
「うん! 曲がったやつ」
薙刀か、それとも長巻(※2)か。
どちらにせよ武装はそれなりのようだ。てっぽうがあるかどうかは分からないが、それでも多少なりとも敵の得物が判明したのは大きい。
恐らく雑兵、敗残兵となって都に報せがない程度の家の者が集まっているのだ。そうなると武芸に秀でているということはあるまい。戦果を挙げる力がないからこそ、民家を襲うのである。
弦之助は顎を擦って唸った。
「何か他に、不思議なことはなかったか。何でもいい、太っていた、痩せていた。機嫌が悪かった……」
「怒ってたよ、この間来た時は」
「ほうほう、それは何故だ」
答えた少女は少し迷いを見せると、弦之助を手招きした。
不思議に思いつつも他の子供を下ろし、彼は近寄る。すると少女は男の手を引き、藁葺き屋根の小屋の影にまで引っ張っていった。
他の童どもには聞かせられぬ話なのだろうか。少女は些か年を重ねているようにも見える。周囲に居た子供が八つにも届かないとしたら、この娘だけは十を超えているだろうという背格好だった。
――面は中々悪くない。これはいけない。少しばかりやる気を出さなくてはならないようだ。村を賊に襲わせたままにしておくと、そのうち手を出されかねない。
耳を貸して、という指示に従って弦之助は身をかがめた。
「……あのね、
「……なるほどな」
弦之助の危惧は正しかったようだ。
衣食足れば礼節を知る、わけがない。人間であれば、それだけでは済まないだろう。性欲が満たされたのなら、それはそれで次を求める。
「そうかそうか、話は見えてきた」
「……あたしも攫われる?」
弦之助は首を横に振った。
「そうはならないようにするとも、お嬢さん。この東堂弦之助、それなりに腕は立つぞ」
「――それに手も早い。ふん、少々この娘は早くはないか」
彼の背後には鈴千代が不敵に笑って仁王立ちしていた。
不敵、というよりも不機嫌と言おうか。
秀麗な面の眉間に薄く皺がよっている。
「お生憎、これでも節操はある方ですぜ」
「節操! は、驚いたな。その娘に仕込まれたか……と、まあ戯れはよいとして場所が割れた。支度せよ」
「何?」
鈴千代の口元がつり上がった。得意満面、悠々とうだつのあがらない道連れを見上げている。余談であるが、二人の背丈には一尺(※3)ほどの開きがあった。
大体、何故子供にこのような聞き込みを行っているのか。
それは単純な話、村長が自ら情報を明かさなかったことを不審であると二人は結論したからである。コウが思惑を打ち明けなかったこともあり、何か一定以上の年齢の者には緘口令が布かれているのではないかと推測したのだ。
――おかげで遊び盛りの童子どもの相手をすることになったのだが、情報が手に入ったのだから文句は言えない。
「またも
「ふん、俺とて情報を仕入れましたぜ。どうやら奴さん、女をご所望のようで」
「……つまらん」
――残念そうに言わないでもらいたい。面倒は嫌いなのだ。
「連中の魂胆もつまらんが、貴様もだ。何をそつなく仕事をしている」
「無茶苦茶言わないでくださいな」
「もう少し顔に見合った働きをせよ、と言っておる。そこな娘、このような愚か者に告げるよりは妾に伝えよ」
これは常にこんな調子なので怒るだけ無駄である。
弦之助は深く息を吸って、肩を落とした。
日は直上にある。昼時は襲撃する側としてはあまり好ましくない。敵に侍が居る可能性がある以上、最低限の備えは必要だ。
それに、これまで上手くいっていた村との関係を崩しかねない程の変化を、盗賊が受け入れているというのが気になる。
「まあ、そういうことで、だ。お嬢さん、
「うん、わかったけど……お侍様は?」
「心配要らぬよ。すぐに片付く。それから俺の名は弦之助だ。覚えておきなさい」
――どうにも事が上手く進みすぎているような気もするが、あまり考えても仕方がないことでもある。
弦之助は少女の頭をくしゃりと撫でて、勝手に歩き始めた鈴千代の背を追った。
そして彼の懸念はわりと直ぐに当たっていたことが判明する。
離れに二人が戻ると、そこには先客としてコウの姿があった。顔色は暗い。何か事情があって足を運んだのだと、誰の目にも明らかな顔をしていた。
座敷に上がって話を、と弦之助が促す。
無言でのそりと畳にあがって障子を閉めるなり、彼女は勢いよく頭を下げた。
はて――と、鈴千代と弦之助は顔を見合わせた。
※1 切り捨て御免。武家の者に対して市井の人々が大変な無礼を働いた場合に
仕置きとして罰を与えることができる。史実の法においては手続きが必要で
あったり、手軽に支配階級が被支配民を虐待できるというものではなかった。
※2 平均的な刀の柄を延長したもの。広く合戦で用いられた。薙刀と刀の中間を
イメージするとわかりやすい。
※3 長さの単位。約30.3センチ。
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