山羊と手紙 二通目(白山羊としては)

「起」

 2月の京都に、百戦錬磨の冬将軍が長々と居座っています。昨日の夜に降った雪が薄く積もり、窓から入ってくる光を一層強めていました。5時45分に設定した目覚まし時計の音で、白山羊は目を開けました。そのまま布団から出てトイレに行き、そして再び、布団に戻ります。

「ふゆはつとめて、ゆきのふりたるはいふべきにも……あるよぅ、寒いよぅ」

千年以上前の名作が生まれた頃は、雪の降る朝にも余裕がありました。そして当時の面影は、千年以上経ったいまでも洛中の各所で見ることができます。きっと、観光客からは今日の景色に対して歓声があげられることでしょう。ただし、市内に勤め先があるだけの白山羊にとって、雪の朝など試練でしかありません。おまけに、昨日の夜に飲んだ酒が残っている気配がありました。気だるそうに寝返りを打つ白山羊、けたたましく鳴る6時に設定した目覚ましの音、その音を止める白山羊の細い指、そして観念したように布団から這い出すと、風呂場に向かいました。


  *


 昨日の夜のイベントに誘ってきた赤山羊は、学生時代からの白山羊の友人です。卒業して2年が経ちましたが、未だに気安くメールを送り合う仲でした。「2000円で飲み放題・食べ放題のイベント、行きたい?」とだけ書かれたメールを昼休みに見たときも、あまり深く考えずに「行きたい」と返事をしました。

 日が落ちてますます寒い街を歩き、指定された待ち合わせ場所に行くと、赤山羊が看板を持って立っていました。看板には「冬の京都で出会おう!街コン会場はこちら」という文字と、大きな矢印が書かれています。

「赤山羊、幹事だったわけ?」

「ううん、違うよ。わたしが来たときにお兄さんが一人で看板係をやってたから、かわいそうで手伝っていたの。ね、お兄さん」

「そうなんですよー。赤山羊さん美人だから目立つし、本当に助かりました!」

お兄さんと言われた人は、スタイルと顔がそこそこ良い、何より愛嬌のある雰囲気を持っていました。男女が出会うイベントの幹事には、この手合いをたまに見かけます。つまり「自分にはイベントは必要ないけど、他の人の力になれるなら」というタイプです。

「寒いなか来てくださってありがとうございます。さ、お姉さんたちは会場へどうぞ。ここは僕に任せてください」

そう言ってお兄さんは、赤山羊が持つ看板を受け取ると、胸の前でヒラヒラと手を振りました。

「そうですかー。じゃあ、お言葉に甘えて。またあとでゆっくり!」

「おつかれさまですー」

お兄さんの優しさに無難な返事をして、白山羊と赤山羊は会場に向かいます。「HEAVEN」と書かれた看板に鶏のイラストが添えられ、入り口の脇にはワイン樽が置かれています。今夜の会場は、焼き鳥とワインを売りにしている店のようでした。中に入ると、照明が抑えられていて全体がよく見渡せませんでしたが、カウンター周りに並んだグラスや、壁際のワインセラーに収められたボトルが小奇麗で、なかなか良いお店のようです。参加者の話し声に混じって、焼き鳥を炙る炭の弾ける音が聞こえ、香ばしい匂いが漂ってきました。

 白山羊が赤山羊に連れられて、このようなイベントに来たのは初めてではありません。大抵は女性の料金が男性より安く設定されているため、ついつい誘いに乗ってしまいます。一応はイベントの趣旨に合うように、知り合った男性と連絡先を交換することがありましたし、その後にデートをすることもありました。しかし、白山羊はイベントで出会った男性と3回より多くデートをしたことがありません。どうしても、学生時代に付き合っていた青山羊と比べてしまい、「こんな人とこのまま付き合い続けるより、青山羊との思い出を抱きしめて暮らしていたほうがマシ」と思って、連絡を断つことが続いていました。イベントで知り合った後の男女の付き合いとして、白山羊の行動は決して褒められたものではありません。ただ、同じようなことをしている人は男女問わず沢山いるので、特に目立って批判されたり、ストーキングされるような危うい目に合うこともありませんでした。

 この日も、白山羊は赤山羊と共に勇猛果敢に「出会い」、大いに食べ、たらふく飲み、後半は親切そうな人に近寄って駅まで送ってもらいました。



「承」

 出勤のバスの中で改めて携帯をみると、昨日のイベントで「出会った」人たちからメールが来ていました。全部で6通、白山羊にしてはまあまあな数です。さて、どれに返事をするかと読んでいくと、最後に駅へ送ってくれた人からのメールで目が止まりました。「今日はお疲れ様でした。お話し出来て楽しかったです。またお会いできたら嬉しいです」という当り障りのないものです。なかなか親切な人でしたし、あのようなイベントに来るのも初めてだと言っていた人でした。ここで無下に扱うと、あの人は再びあのようなイベントに参加しないのではないか、そんな罪悪感が白山羊の頭をよぎります。白山羊は人の親切を利用することには慣れていましたが、それを踏みにじることが出来るほどの豪胆さは持っていません。寒さで指が凍え、メールの文章を打つのが億劫でしたが、白山羊は「お疲れ様でした。わたしも楽しかったです。駅まで送ってくださって、ありがとうございました」と返信しました。

 昼休みに赤山羊から「7人から来たよー。そっちは昨日の収穫はいくつ?いい人いた??」というメールが来ました。白山羊は「6人から来た。収穫なし。残念」とだけ返信します。すると「そっかー。こっちは看板持ちのお兄さんとメール続いてる!また経過報告するねー」とのことでした。白山羊は思わず、

「さすが」

と声に出し、自分も気が向いたら誰かと続けてみようかと、来たメールを読み返しました。


   *


 イベントから3ヶ月後、あの「なかなか親切な人」である黒山羊と、白山羊は4回目のデートに来ていました。白山羊が感じていた通り、黒山羊はなかなか親切な人でしたし、あのとき白山羊が返信しなければ二度とイベントには参加しなかったような人柄でした。最初のメールのときに覚えた罪悪感を引きずり続け、白山羊は久しぶりに「4回目」のデートに応じたのです。

 とはいえ、黒山羊との付き合いに、白山羊は満足するところがありました。デートの行き先は定番で、黒山羊が喋って盛り上げてくれるというわけでもなかったのですが、ちょっとした会話の中で黒山羊の純粋さやユーモア、そして優しさを感じることができました。また、意外にも本の趣味が似ていることが分かってからは、短い会話も楽しめるようになってきました。

 黒山羊は、いつも(黒山羊としては考えぬいた末のタイミングであるはずですが、白山羊としては)唐突に話題を出してきます。

「森見さんの小説で、一番好きなのが『太陽の塔』なんです」

「あら、意外ですね」

「そうですか。僕、クリスマスに「ええじゃないか」と騒ぐシーンを読むと、そういえば自分も学生の頃にこんな風にヤケになってたなぁって、懐かしくなるんです。あの、あそこまで下品ではなかったですよ、決して」

黒山羊が自分から墓穴を掘りにいき、さらに自分で棺桶を置こうとしていることに気がついて慌てる様子を見て、白山羊はクスクス笑いながら言います。

「でも、結局のところ、主人公が「ええわけあるか」と言って、別れた彼女と元鞘になったような話ですよね、あれは」

「そうなんです。だから当時は結末に納得がいかなくて……勝手ですけど、置いて行かれたような気がしたんです。やっぱり物語の主人公は幸せになっちゃうんだと思うと、辛くなりました。裏切られた、とまでは言いませんが。そういう意味では、主人公の親友が一番好きですね。思い切りがある」

「思い切り、ですか」

「男には美学が必要だと思っていますので」

「ちょっとよく分かりませんねぇ」

 この凡庸な黒山羊の口から「美学」という言葉が出たのが可笑しくて、白山羊は再度、クスクスと笑いました。翻って自分のことを考えた白山羊ですが、そこには美学なんてものは無いように思われました。普段ならば相手の主張に反する発言は控えるところ、白山羊はこっそり「幸せになれるならご都合主義もいいと思いますけどね」と呟いてみました。聞かれただろうかと様子を伺うと、黒山羊は明後日の方を向いてぼうっとしています。そんな姿を見て、白山羊は今の黒山羊との関係に安心感を覚えてしまうのでした。



「転」

 イベントからそろそろ半年が過ぎようとしていました。赤山羊から「看板持ちのお兄さんとは終わった。。。またイベント行こー!」というメールが来ましたが、「ごめん、しばらくは行かないかも」と返事をしました。

「もしかして黒山羊さんと続いてるの?」

「そうです。今回は頑張ってる」

「そんなぁ、本気じゃないのによくやるねー」

「失礼でしょ」

「またまた。今度お茶しよ!話聞きたいー」

「そのうちね」

 短いメールのやり取りで、白山羊は落ち込みました。赤山羊からのメールにあるように、白山羊は黒山羊に対して当初は「本気ではない」対応をしていたつもりでした。しかし、いつの頃からか身を入れて黒山羊との交流を続けていたことに気付かされ、「最初は本気でなかったことを思い出したこと」と「途中から本気になっていたことを自覚し始めたところに、友人から本気じゃないと指摘されたこと」に二重にショックを受けました。そして、こんなにご都合主義で浅はかな自分が、黒山羊のような良い人と交流を続けていいのかと、迷いが生じました。

 嫌な流れというのは続くもので、赤山羊とのショックなメールのやり取りがあった日の夜、白山羊の使っているウェブサービスに、元交際相手である青山羊からメッセージが届きました。「久しぶり、懐かしくなって連絡しました。最近はどうしてる?」という文が映った携帯の画面を、白山羊は穴が空くほど見つめました。返事をして、その後の展開はどうなるのでしょう? いや、その前に、どれくらいの親しみを込めた返事をするのが適切なのでしょうか。白山羊は悩みました。まだ携帯に残していた写真データを見返して、青山羊の顔をじっと見つめます。白山羊にとって、とてもとても好きだった人です。浮気していることを知って、勢いで別れてしまったものの、白山羊の心のなかに「魅力的な人」として燦然と輝き続けた相手です。また話せるかもしれない、もしかしたら、また会えるかもしれない、そして、今度こそは上手くいくかもしれないと、想像は限りなく広がっていきます。

 恋とはやっかいなものです。いや、恋に限った話ではないかもしれませんが、自らが望んだ通りにはなかなか話がすすまないのですから、やっかいなのです。白山羊のように、実地経験をいくら積んだとしても、最善手が見つからないままの人はいくらでもいます。一方で、恋をしてしまったからには、問答無用で相手に会いたいと願う気持ちに歯止めがきかないことを、白山羊は経験として分かっていました。どんなにトリッキーな真似をしてでも会いたい、できれば、自分にとって都合の良い言葉を相手から引き出したいと思うことこそ、恋なのです。それが理解できる程度には、白山羊は青山羊に恋をしていたことがありました。

 そのまま、ぼーっと写真データを見返していたら、一番最近の黒山羊とのデートで訪れた北野天満宮の写真が現れました。そこには、黒山羊の凡庸とした顔が映っています。

 白山羊は黒山羊の顔をしばらく見つめたあと、再度ウェブサービスにアクセスして青山羊に返信を打ちました。「毎日仕事してる。頑張って社会人やってるよー。青山羊はどうしてるの??」と書いて、送信ボタンを押しました。


   *


 履歴書が手書きなのは、字が人柄を表すからだと白山羊は聞いたことがありました。薄緑色の封筒の裏に書いた「白山羊」の3文字を見て、黒山羊はこの字を見てどう思うのだろうと白山羊は考えます。こうすることが白山羊にとっての精一杯の誠意でしたが、果たして黒山羊に伝わるかは分かりませんでした。傍らには書き終えたばかりの手紙があります。半年の交流が楽しかったことへの感謝、しかし自分には黒山羊はもったいないと悩んだ日々のこと、今後は会うつもりがないけれども黒山羊の幸せを切に願っていることを書きました。青山羊との交流が再開しそうなことは伏せておきました。白山羊にとって、黒山羊と連絡を絶つことと、青山羊と連絡を取り始めたことは、別の話として頭のなかにしまわれていました。

 白山羊が黒山羊に宛てた手紙を読み返していると、不意にインターホンが鳴りました。

「はい」

「白山羊?」

「ええー、青山羊??」

「学生の時とアパート変わってないんだな、ちょっとあげてよ」

「いや、でも部屋汚いから」

「そんなのかまわないって。せっかく来たんだからさ」

「うー、わかった。ちょっと待っててね。5分ちょうだい」

 突然の来訪で戸惑いながらも舞い上がった白山羊は、手に持った黒山羊への手紙を「これだけは見られるとまずい」と思い、台所の下の引き出しに仕舞いました。それから、部屋干ししていた下着や、脱ぎ捨てた部屋着を乱雑に押し入れに投げ込みました。それから、それから、とやっていると、再びインターホンが鳴りました。

「おーい、もう10分だぞ。いい加減入れてくれ」

「あ、ごめん、どうぞどうぞ」

ドアの鍵を外すと、青山羊が入ってきます。ほんとゴメンね、散らかってて。いいよ、気にすんな、ほら、お土産。あ、神戸のクリームプリンじゃない、私これ好きなの。そうだと思って買ってきた、駅で物産展みたいなのやってたぞ。そうなんだ、わー、ありがとう。荷物、どこに置けばいい? その辺に適当に置いちゃって、いまお茶いれるね。おー、さんきゅう。

「白山羊、ここに封筒落ちてるぞ。黒山羊って誰?」

「あ、それは」

なんでもないの、と言いかけて、白山羊はとっさに考えます。「なんでもないよ」とは、浮気を疑った白山羊に対して、青山羊がよく言っていた言葉でした。「あの子とはなんでもないよ」と聞くたび、どんどん暗い気持ちになっていった感触だけが残っています。逆のことをすれば、きっと青山羊には分かってしまうと思いました。それならば、と白山羊は考えました。それならば、存在を利用してしまえばいいのです。

「文通している人がいるの。とても親切で、良い人なんだ。返事を書き終わったところだったのよ」

青山羊から封筒を受け取った白山羊は、目の前で堂々と封をし、普段使いのバックにしまいました。青山羊は一連の動作をじーっと見つめて言います。

「ふーん、そっか。今時ねぇ」

「私だってモテるのよ」

「そうだな。俺もこうして引き寄せられちゃうし」

そう言って、青山羊は白山羊を抱きしめました。

「相変わらず、ふかふかしてるなぁ」

「なにそれ」

ちょっとは痩せたのよと応戦すると、そのままでいいのにと返され、そして抱きしめられたまま夜のデートに誘われます。

「このあと時間ある? ちょっと外で飲もうよ」

「いいよ。どこ行こっか」


   *


 アパートの外に出て、コンビニの前に来ると、青山羊が白山羊をじっと見ながら言いました。

「ポストあるじゃん。さっきの手紙、出しちゃえば?」

「あ、うん、そうだね」

白山羊はバックに入っていた封筒を取り出し、ポストに入れます。青山羊はそのようすを、やはりじっと見ていました。

「なあに?」

「いや、なんでもないよ」



「結」

 空の封筒をポストに投函してしまってから3日後、白山羊は河原町のアーケードにいました。平日の夜に突然現れた元交際相手に今付き合っている彼女がいることは、昨日知りました。青山羊との再会に浮かれ、急いで赤山羊との報告会を開いたところ、赤山羊から事も無げに告げられたのです。信じられないと言う白山羊に対し、赤山羊は気の毒そうに携帯を差し出します。

「あのね、白山羊。これを見てもまだ信じない?」

受け取った携帯画面には、白山羊も使っており、また、青山羊から久しぶりのメッセージが届いたウェブサービスの枠がありました。そして、その中に「大阪に来た!たこ焼きうまいぜ」というコメントが付いた写真が表示されています。一枚目の写真は、たこ焼きを持ちながらVサインをしている青山羊が、二枚目には青山羊と同じポーズをとっている知らない女性が映っていました。

「きっとさー、青山羊のやつ、白山羊には表示されないように設定変えてたんだねー。マメなやつだと思うよ、まったく。でも、そういうやつだったじゃん、昔から。今更だってば」

言葉を失っている白山羊を眺めつつ、赤山羊は日本酒をクイッと飲みます。

「それより、黒山羊さんとはどうなったの?」

ハッと我に返った白山羊は、罪悪感からずるずる始まったものの、本気になったこと、やっぱり駄目だと思い直して連絡を絶とうと詫び状を書いたところ、青山羊の襲来にあい、空封筒を投函してしまったことを話しました。すると、赤山羊は周りの人が振り返るほど大きな声で笑いました。ひどい、そんなに笑わなくても。むりむり、すっごく面白い。

「あんたそれ、青山羊は中身が無いことに気づいてたと思うよ。それでも誘ってきたんだから、よほど他にアテが無かったんだろうねぇ」

自分でも思っていたことをそっくりそのまま言われて、白山羊はかなりバツの悪い気持ちになりました。もやもやした何かを振り払うかのように、カルピスサワーをゴクゴク飲みました。

 ひとしきり笑った後、しかし赤山羊は友人を冷静に叱ってくれました。

「もう一回手紙を書きなよ。黒山羊さんは困ってると思うし、合わせる顔がないなら、手紙を書くのは良いアイデアだとも思う。ちゃんとしようよ。そうじゃないと、青山羊にされたことを怒る権利は、白山羊には無いよ」

きっと赤山羊は数々のイベントを一生懸命渡り歩くなかで、赤山羊なりの「ちゃんとする」を見つけたのでしょう、言葉がはっきりと響いていました。そしてそれを聞いた白山羊は観念したようにポツンと「分かった」と言いました。


   *


 そうして今、白山羊は河原町のアーケードに来て、新しい便箋を探していたのです。まさか黒山羊とここで鉢合うなんて想像していませんでした。お気に入りの雑貨屋で物色していたところ、あろうことか黒山羊が店に入ってきたのです。とっさに気がつき、黒山羊の動きに合わせてそっと棚の影に隠れましたが、いまにも声を掛けられるのではないかと冷や汗が出ました。そもそも、なぜ黒山羊がこんな店に来るのでしょう。もしかしたら、黒山羊にも別の恋人がいて、その人に対するプレゼントでも買いに来たのでしょうか。

 棚の奥でもじもじする白山羊に気が付かないまま、黒山羊は会計を終えて店を出て行きました。白山羊は大きく息をつきます。合わせる顔が無いから手紙を書こうとしているのに、その前に本人に会ってしまっては元も子もありません。もう一度気を取り直して便箋のある位置に移動し、在庫を見比べていると、声が掛かりました。

「白山羊さん?」


   *


 もしよければお茶でも、と誘われたコーヒーチェーンの店の椅子に座り、白山羊は必死で弁解を始めました。交流を続けることに迷いが出て、その気持を手紙に書いたこと、手紙を書き終えたところで偶然「知り合い」が家に来てしまい、慌てて中身を入れずに封をして投函してしまったことを一気に話します。話しながら、我ながらなんと都合の良い話だと思いました。でも、黒山羊は特に質問を挟んでくること無く、笑顔でうんうんと頷いています。

「中身が無い封筒は気味が悪かったと思います。本当にごめんなさい」

白山羊が本心から謝ると、黒山羊はのんびりと応じます。

「いやぁ、いいんですよ。こうして会えたのだから」

そうだ、と言って黒山羊はさっきの店の袋を開けて、ゴソゴソとしていました。

「白山羊さん、何か書くもの持ってますか?」

「たぶん、手帳に」

白山羊が差し出した細いボールペンを握ると、黒山羊は手元で何事かを書き、封筒に畳んでいれました。

「はい、返事です」

白山羊が封筒を開けて手紙を読むと


「白山羊さんからのお手紙、美味しそうだったので食べてしまいました。お手紙のご用事は何でしたか?」


とだけ、書かれていました。

 驚いて白山羊が顔をあげると、黒山羊がニコニコしています。

「僕も、ご都合主義者になって良い気がしてきました」

「そんな」

白山羊はそれ以上、言葉になりませんでした。



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