指一本、パン一つ。
@chikuwa_cyuron
ある女との出会い
「お恵みを…お恵みを…」
歯のかけらや爪が瓶に入っていく。
はぁ。今日もこれだけか。歯のかけら10グラムちょっと、爪5グラムちょっと。
こんなの、パン一つも買えない。
ここ最近物価が高くなった。食パン一枚で指一本なんて、ひどすぎる。
俺も前は手やら足やら湯水のように使っていたのだが、不摂生な生活で体の部位が復活しなくなった。
もう、死ぬしかないかな…
人通りのあるところに行こうと思い歩くと、青い橋があった。そうだ、もうここで死んでしまおうか。
気づいた時には橋の手すりに登ろうとして落っこちていた。こんな体じゃ、死ぬこともできないのか。
「ちょっと、何してるんですか?」
誰かに呼び止められ、振り返ると、一人の女がいた。
髪はここらでは信じられないほど長く、爪も長くて色が付いていて、体に欠けてる部位などなかった。
すげぇ、この女どうやって生きてんだろ。
「そうだ、ちょうどいい。俺をこの橋から投げ込んでくれ。」
「いいですよ。」
あっさりと返事をされたことにすこし悲しくなった。でも、これで死ねるならいいじゃないか。
女は俺を持ち上げ、俺も死ぬ準備はできた。さていつ投げ込んでくれるのかと思った瞬間、女は俺に布をかぶせて俺をどこかに持ち去った。
「お前何するんだよ!」
女は何も答えない。
女の動きが止まったかと思うと、布が落ちた。
俺は見知らぬ家の中にいた。体はホルダーに入れられ、逃げようとしてもカタカタと軽い音がするだけだった。
「あ、もしもし?だるま一体捕まえたよー」
だるまって俺のことか。最近は手足のない人間が増えてきたから、だるまという差別表現は禁止されたはずなんだが。
まあ死のうとしてる人を邪魔する非常識な女だ。何をしてもおかしくない。
そんなことを思っていると、いつの間にか女は俺の正面にいた。
「で、だるまさん。」
「この世界に、疑問を抱いたことってない?」
「ある。物価が高すぎる。」
答えると、そういうことじゃないよ
、と女がケタケタ笑った。
なんだこいつ。おかしいんじゃないか。
「物を買うには体の一部を差し出さなきゃいけないのって、理不尽じゃない?」
「少なくとも俺はそう思った事はないが。お前は指でパンを買わないのかよ。」
すると、えっ と驚いた顔をして
「私はしないよ。ほら、私って非常識だもの。」
この女が自分で非常識と言うと、納得できてしまう。
「本題に入るけど、手足、欲しい?」
「このままだと動きにくいから そりゃあ欲しいんだが、脳と交換とか言わないよな?」
「だから。私はこの「体を差し出さないといけない社会」に疑問を抱いてるって言ってるじゃん? そんなナンセンスな事しないよ。」
あと、と女は続けた。
「あなたみたいに体を使い続けて酷いことになりたくないし?」
「ひでえ奴だな。まあいいけどさ。で、いつくれんだよ?」
「あなたがよければいつでも。」
「じゃあ明日で。今日は寝たい。」
「あぁそう、じゃあ、おやすみ。」
そういうと女は電気も消さずに部屋から出て行ってしまった。
それにしても疲れた…寝よう。
次の日。
見たこともない、金属で作られた腕と足が俺の体に装着された。
「どう?いい感じ?」
「普通の腕と足じゃないのか。」
「私は人間の肉体を交換したりするのは嫌いなの。悪いけど金属で我慢して。」
「まぁ、服で隠せばいけるかな。」
「あら、外に出るつもりなの?」
「なんだよ。出ちゃいけないってのか。」
「残念ながらそうなのよね。」
「あなたには私に協力してもらいたいの。もちろんタダでとは言わない。今ならその腕と足、そして毎日の食事、寝床、シャワー、服を提供するわ。」
にこやかな表情を一切変えず話す。
「協力します」
考える前に、承諾してしまった。
どうせ、生きてるか死んでるか分からないような人生だ。俺を必要とする奴に捧げようじゃないか。
「そういうと思ってたわ。」
と女はニヤリと笑い、
「私の名前は茨木龍子。龍子ちゃんって呼んでもいいのよ?」
と冗談めかした。
俺が自己紹介をしようと口を開くと、
「あなたの名前は白木大智でしょ?私、あなたのことなら何でも知ってるのよ。」
と不気味な笑みを浮かべながら言った。
「おいおい、嘘だろ。」
「まあね。嘘よ。昨日あなたを運ぶ時に国民カードが見えたの。」
ぷくく、と笑いながら言う。
嘘かよ。コイツが何考えてるか全くわからない。
誰か教えてくれ。
指一本、パン一つ。 @chikuwa_cyuron
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