第4話 悪魔を哀れむ歌

◆リタツー独白


 小さい頃のうちは、いつも兄貴の後ろをついて歩いてた。

 うちが困った時は、必ず助けてくれる。強くてカッコイイ、自慢の兄貴やった。


 でも、いつ頃からか、兄貴は危ない連中とつるむようになった。

 酒浸りであてにならんオカンに替わって、うちらを守るために強くなろうとしてる、そう思うてた。

 でも違った。酒に、薬に溺れて、兄貴はどんどん変わっていった。

 警察に連れて行かれる事もしょっちゅうやった。

 その頃の兄貴は、もううちの大好きな兄貴や無くなっていた。

 濁った目で虚ろな笑い方をするようになった。

 まるで、別の誰かが、兄貴の体を勝手に動かしてるようやった。


 そしてある日――――

 兄貴は突然うちに襲いかかって来た。

 暴れたうちの肘が顔に当たって兄貴の怒りが爆発した。

 もう、うちが誰かもわからんようになっていた。

 何度もうちを殴り、ナイフを取り出して振りかぶった。

 

 それを見たとたん、うちも訳がわからなくなった。

 死にたくない一心で、無我夢中で抵抗した。

 そして――――気がつくとうちは、血のついたナイフを持っていた。

 うちは――――兄貴を――――


 チガウ――――

 チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ――――

 うちは、兄貴をコロしてなんかアラへん。


 兄貴を殺したんは、アノおんなや。

 アノ赤い髪のオンナが――――

 あの顔をシタ女が――――兄貴のカタキなんや。


「今度こそ、うちが兄貴の仇を討つんや」

 女は目を開き、自らに言い聞かせるように呟いた。


◆オープニングテーマ “Touch go ソルヴァイン”


◆ヨコハマ地区 廃工場


「もうすぐ目的地に到着します」

 スカーレットが告げる。

「ヨコハマか……ここではろくな事があらへんな」

 リタが苦笑した。


「ヨーコさん……遅いですわね」

「まあ、今回はヨーコの手を借りんでも、うちらだけで何とかしようや」

 クリスの呟きにリタが答えた。

「リタさん……」パーティの時の会話を思い出し、クリスが不安げに言った。


「あのキザ男との一件を見て、うちは思ったんや。

 ヨーコは強い、そりゃあごっつい強いわ。

 でも、その何倍も優しい娘や。あんな嫌みを言われたのに、あのエドワードとか言うヤツの事も一生懸命心配しとったで。

 ――――うちには出来へんわ、あんな事」


「そうですわね。どんな方でも、気がつけばヨーコさんを好きになってしまう。

 彼女の本当にすごいところは、あの優しさなのかもしれませんわね」

 赤い顔でヨーコを見つめていた、エドワードの事を思いだし、クリスは笑った。


「せや。ヨーコは優しいんや。優しいから、本当はどんな凶悪犯でも、傷つけるのは嫌なはずや。

 だから、今度はうちらがヨーコの心を、あの優しい心を守ってやらなあかん」


「わかりました。

 ――――それにしても、リタさんは本当にヨーコさんの事が好きなんですね」

 クリスが意地悪そうに笑った。

「なっ――――そそそ、そないな事はあらへん。

 ヨーコは放っておけん妹みたいなもんなんや、そやから……」

「現場に到着しました。降下準備をお願いします」

 慌てるリタをマゼンダの声が遮った。


「よっしゃ! いっちょやったるで! ――――Touch go! ソルヴァイン」


 ――――二機の十字架クルスが眼下の工場跡へと降下していった。



◆クリスタルドーム 前庭


 クリスタルドームの前庭。

 見つめ合うレオとヨーコ。

「――――クリシュナ?」

「そう、あの黒い機体の名だよ」

 ヨーコの問いにレオが答えた。


「レオさんは……僕のお兄さんなんですか」

 それは、当然の疑問だ。自分と同じ顔をした男性がいる。それを肉親だと感じる事に不思議は無い。ましてや、ヨーコは孤児なのだ。レオに絆を期待したとしても誰がせめられようか。


 だが――――

 レオは俯き、痛みに耐えるように顔をしかめた。

 そして、深く深く息を吐いた。

「お兄さんか……そう考えても当然だろう。そうだったらどれだけ良いだろうね。ボクが君の生き別れの兄で、ずっと探していた妹に出会えた――――それだけの話ならどんなにか――――」


 そして、レオは顔を上げてヨーコを正面から見据えた。

 いつも優しげな笑みを浮かべていたその面は、怒りに震えていた。

「レオ……さん?」驚きのあまり、ヨーコが後ずさった。


「君に罪は無い。それは解っているんだ。だが、ボクは君を憎まずにはいられない――――何も知らない君を」

「レオさん……どうして? どうして怒っているんですか?

 ――――それに、クリシュナ? あの黒いソルヴァインには、レオさんが乗っているんですよね。じゃあ、あれもドクが作ったものなんですか?」


「黙れよ――――」レオは激しくかぶりを振った。

 ビクリとヨーコが体を震わせた。

 怒りに燃えた目で、レオがヨーコを見つめている。

 一歩、ヨーコへと歩を進める度に、ヨーコが後ずさる。


「解ったよ、教えてやる。君に全てを教えてやろう、そしたらもうそんな事は言えなく――――」

「そこまでよ――――ヨーコ、その男の言葉を聞いてはいけない!」

 その声がレオの言葉を遮った。


「隊長!」

「………」

 二人が声のした方を見た。

 カサンドラ・ザノッタが銃を手にそこに立っていた。

 銃口はレオに向けられている。


「何をしているんですか、隊長。やめてください。

 この人は――――」

「また、ボクを撃つんですか、隊長」

「――――え?」レオの言葉にヨーコの表情が凍った。

「レオさん……今、なんて?」

「どきなさい、ヨーコ」銃を向け、撃とうとするカサンドラ。

「やめて!」レオを庇うように手を広げて立ちはだかるヨーコ。


 その一瞬の隙をついて、レオは黒いバディホンを取り出した。

 トリガーを引き、叫ぶ。

「Touch go! ――――クリシュナ!」

 黒い十字架クルスが闇夜を裂いて落下してきた。

 レオのすぐ後ろに突き刺さる。

 十字架から出てきた巨人が拳を叩きつけた。


「くっ――――」倒れ込むようにして避けるカサンドラ。

「装着者が乗ってないのに動くのか……」

「レオさん――――」黒い機体――クリシュナに乗り込むレオに向かってヨーコが叫んだ。

「君のソルヴァインを呼びたまえ。今朝の続きをしよう。

 ――――これが最後だ!」


◆ヨコハマ地区 廃工場


「さぁて、犯人はどこかいな」

 ソルヴァイン・ナイトに乗ったリタが辺りを見回す。

「タンクの残骸がありますわね……パイロットは助け出されたという事ですが……」

 リタの後ろをついてくるソルヴァイン・アーチャー。

 真っ二つにされ、煙を上げるタンクを見ながら、クリスが呟く。


「おっ? 来た来た……なんや、二人かいな」

 女の声が聞こえた。

「この声は――――」声を聞いて考え込むクリス。

「誰やおまえ。真似するんやないで」

 リタが叫んだ。


「うちは、もともとこういう喋り方や。

 ――――そうか、おまえ生きてたんか」

「あなた、この前ゴライアスに乗っていた方ですわね」

 クリスが鋭く言い放つ。

「さすがクリスや。鋭いな」

「おまえが、あのデカブツに乗ってたヤツか!

 それなら、話は早いわ。今日はきっちりあの時の借りを返したるで。

 ――――さっさと出てこんかい」

 リタが不敵な笑みを浮かべて前に出た。


「それは、こっちのセリフや!」

 女の声と共に、工場の影から黒い人型の機体が姿を現した。

「な―――そんなアホな」

「黒い……ソルヴァイン・ナイト」

 二人が絶句する。


「EGの再充填もばっちりや。今日こそ、兄貴の仇を討たせてもらうわ!

 うちのソルヴァイン・ブラックナイトは、あんたらのオモチャとは、ひと味違うで!」盾を構える黒騎士。


「この黒いソルヴァイン……この間のヤツか?

 ――――それに、兄貴の仇? 何言うてんねん!」

「いいえ……違いますわ。こっちは、わたくしたちの機体に近い感じがします」

「2機目かいな。……ソルヴァインはミツルギの機密や無かったんかいな。

 ドクや、あの腹黒重役は何やっとんねん」リタが毒づく。


「――――悪かったね」

 通信機から聞き慣れた声が聞こえた。

『ドク!』二人が嬉しそうな声を上げた。

「元気やったんかい! それならそれで、“元気や”の一言くらいあってもええのに……」

「心配しましたわよ」

「すまない……それより、今はその機体、ソルヴァイン・アサシンの事だ」

 ドクの指摘に二人が目の前の機体へ目を向けた。

「あれは、ミツルギから奪われた機体。君たちの三体の前に作られたソルヴァイン・アサシンだよ。かなりいじってあるようだけど、ベースは変わっていない」


「ごちゃごちゃうるさいわ!」盾を構えて突進してくる黒騎士。

「うおっ!」「きゃあ」慌てて避ける二人。

「おらぁ」すばやく反転し、サブマシンガンを乱射する。


キキキキン――――

 盾で防ぐリタ。

「このっ!」撃ち返すリタ。しかし、当たらない。

「あの盾を構えて、こんなに早く……

 スピードだけなら、ヨーコさんより早いかも」

 クリスも銃を撃とうとするが、銃口を向けた時には、もうそこにはいない。


「アサシンはもともとスピード重視の機体で力は無いはずだ。

 止めさえすれば、何とかなる」ドクの声に互いの目を見て頷く二人。


 リタが前、クリスがその後ろについて黒騎士を押さえにかかる。

「はん! 力づくで押さえ込もうっちゅう腹か。

 うちは、ゴライアスでおまえらと戦ってるんや。弱点はお見通しやで!」


 黒騎士はスピードを生かしてリタをかわし、クリスを集中攻撃する。

「くそっ! 大人しくせぇや!」

 リタが捨て身で体当たりをする。しかし、一瞬で目の前から黒騎士の姿が消えた。

 独楽のように回転し、後ろにいるクリスに盾を叩きつけた。


ガァン!


 クリスが間一発、ライフルでそれを防いだ。

「チェックメイトや」

 黒騎士が銃を、がら空きになったアーチャーの頭に向けた。

「――――!」

 リタが慌てて、阻止しようとする―――が、間に合わない。


――――キン!


 引き金が引かれようとしたその時――――

 アーチャーの右手が閃いた。

 銃に納められていた剣を引き抜き、黒騎士の手から銃を弾き飛ばした。

 ピタリと切っ先が黒騎士の眼前で止まる。


「チェックメイトですわ」クリスがニヤリと笑った。

 黒騎士の後ろからリタが銃を突きつけた。

「やっと……捕まえたで」

「そんな隠し玉を用意していたとはね」ドクが驚いたように言った。

「ヨーコさんに、アドバイスを頂いたんですよ。

 わたくしは格闘戦が苦手なので、特技のフェンシングを生かした方が良いと言われたのです。……細剣が間に合って良かったですわ」


「フフ……」突然、黒騎士が笑みを漏らす。

「なんや?」「?」

「さすがや。そこでスクラップになってるタンク乗りとは、ひと味ちがうわ」

「負け惜しみを――――」

 クリスが言い終わらない内に、黒騎士が細剣を手で掴んだ。

 それをそのまま自らの胸に当て、突き刺さるのもかまわず、クリスに詰め寄る。

「くっ――――死ぬ気ですか!」

 クリスが切っ先を逸らしたその隙をついて、左の拳をアーチャーの胸に当てた。

「何を――――」

「クリス!離れるんや――――」

 リタが警告するが、遅い。


バシッ――――


 黒騎士の拳に紫電が走った。

「なっ――――動かない!」

 アーチャーが、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「くそっ! こいつ」

 リタが銃を撃とうとするが、黒騎士がアーチャーの機体を盾がわりにして、それを躱す。

「リタ! 今のは電磁波による攻撃だ。通常の兵器と違うとは言え、ソルヴァインもしばらくは動けないぞ。くそ! 奥の手を隠していたのは、相手も同じか!」

 ドクが叫ぶ。


「違うな、パルスカノンは奥の手やない。

 ――――奥の手言うんは、こういうのを言うんや!」

 黒騎士がアーチャーをリタの方へ蹴り飛ばす。

 同時に、黒騎士の盾から長い柄が飛び出した。

 両手で柄を掴み、振りかぶるように構えると、盾の両端から鋭い刃が姿を現した。

 己の身長を超える巨大な斧を、渾身の力を込めて無防備なアーチャーの背に叩きつけようとする。


「あかん!」リタが叫び、クリスを助けようと手を伸ばすが届かない。


シュガッ――――

 不吉な破壊音を残し、ソルヴァイン・アーチャーが吹き飛んだ。

「クリスゥゥゥゥ――――――――」

 リタの悲痛な叫びが木霊する。


「ひとつ!」ニヤリと笑い、呟く黒騎士。

「クリス――――」駆け寄ろうとするリタを阻むように、黒騎士が移動した。

「そこを――――どけや――――」リタが絶叫する。


「お……落ち着いて……リタさん。

 わ…わたくしなら……だい……じょうぶですわ」

 クリスの声に我に返るリタ。

「へえ……生きてるんか」アーチャーの様子を見て驚く黒騎士。

「あの状況で咄嗟に銃を盾に使うとはなぁ。

 それが無きゃ真っ二つやったのに」


「ここで……冷静さを……失ったら二人ともやられてしまいます。

 リタさん……だけが頼り……なんですから」

「リタさん、アーチャーを生命維持モードに移行しました。

 危険な状態ですが、しばらくは保ちます」通信機からマゼンダの声が聞こえた。


「解った……ちょい待っとき。今助けたるさかいな」

 そう言って、リタは深く深呼吸した。

「そうこなくっちゃな。お楽しみはこれからや」

「悪いな、ちゃっちゃと終わらせるで」

 黒騎士の言葉にリタが冷たく応じた。



◆ソルヴァインドック 研究室内


「クリシュナか……」

 円筒形の端末に座っているドク。

 目の前のモニターには、ソルヴァイン・グラディエーターと対峙する黒い機体、クリシュナの姿が映し出されていた。


「くっ――――」

 視界に一瞬ノイズのようなものが走り、ドクが唸った。

「ついに“彼”が私を見つけたようだね……そろそろ限界が近いか」

 独りごち、再びモニターに視線を戻す。


「これは……新型ソルヴァインの試作機だな。

 もうこんな物を自力で作れるところまで来たのか。

 だとすれば、あらゆる面でヨーコのグラディエーターよりスペックは上だぞ……こいつはまずい」

 ドクは祈るような思いで銀色の機体を見つめた。

「どうする? ヨーコ」


◆クリスタルドーム 前庭


 対峙する黒と銀。

 光と闇のような、対照的な二つの機体が互いに向かい合っている。

 それが機械である事をまるで感じさせない、なめらかな動きで、攻防を繰り返す。

 互いに無手。蹴り技はごく少なく、滑るような足捌きで接近すると突きと極めからの投げを狙う。同門同士。同じ技を使う者と見て取れる。


ギィィィィィン――――


 拳と拳、技と技。決め手を欠いたまま、数合の交差の後、両者が再び距離を取った。

「ヨーコ……」戦いの行方を見守るカサンドラの口から知らず、ため息が漏れた。


「――――武器は使わなくて良いのかい?」

 初めて、レオが口を開いた。

「それで、あなたに勝てるのならそうします」

 ヨーコが静かに答える。


 そう―――武器を使えば勝てるのなら、そうしている。

 だが、レオに勝つにはそれではダメだ。

 ヨーコは深くイメージする。

 リタを救うために、巨人に立ち向かったあの時を――――

 パーティ会場での一体感を――――

「思い出せ――――」自らに暗示するように、呟く。


「そうか――――」レオが呟いた、その刹那。

「――――!」ヨーコは殺気を感じ、わずかに身を反らした。

 特にレオの動きが見えたわけではない。ただ、直感しただけだ。

 だが――――


「では、終わらせよう」

 ヨーコのソルヴァインの頬が浅く削れている。

「レオさん……やっぱり……」ヨーコがクリシュナを見た。

 冷たい汗が背中を伝う。


 先ほどまで僅かに握っていた拳をクリシュナは開いていた。

 その指先に鋭い煌めきが見える。


「今朝、君はボクに本気を出してないと言ったね。

 その通りだ、ボクは力を隠していた。

 ――――本気を出せば、君を殺してしまうからね」

 殺気が颶風ぐふうのように、ヨーコを打った。

 歯を食いしばっていなければ、膝を折ってしまいそうだ。


 鋭い、刃のような手刀を、抜き手をレオは繰り出した。

 ヨーコは直撃を避けるのが精一杯だ。

 打ち込まれる度に、腕が肩が、わき腹が頬が削られていく。


「レオさん……その機体の指は……」

「これは、ダマスカスⅡではないよ。これは、オリハルコンだ。

 例え、ソルヴァイン・ナイトの盾であろう貫く刃さ」

 

 オリハルコンとは、鉱物の正式名称ではない。

 人類が宇宙に進出した事で手に入れた、その時代においてもっとも硬度の高い物質の俗称だ。

 現在オリハルコンとは、惑星チリエリの他、僅かに三つの星でのみ採れるレアメタルを精製する事で得られる金属を指す。


「――――それは、桜華の技ではありませんね?」

 レオの猛攻を必死で凌ぎながら、ヨーコは問うた。

 突き、時には鉤爪のように裂くレオのそれは、まるで虎かライオンが獲物に襲いかかる様に似ている。


「桜華拳は殺人拳ではない。相手を活かす拳だ。

 これは、相手をほふるため、ボクがあみだした拳。

 ――――復讐の拳だ」


「そうですか――――では、

 レオさん!」

 防戦一方だったヨーコが初めて前に出た。

 レオが止めとばかりに応じる。


 至近より、嵐のように打ち込まれる突きを、ヨーコが捌く。

 その動きは、演舞を見ているかのように鮮やかで美しい。

「――――何?」

 レオの口から、知らず驚きの声が漏れた。

「ちっ――――」

 仕切り直しとばかりに、クリシュナが距離をとろうと下がる。

 それを逃さず、グラディエーターが距離を詰めた。

 突き手が戻るのに合わせ、巻き込むように関節を極め、投げた。


 だが、レオも投げに反応する。

 投げに逆らわず、バク転し、逃れる。


 ヨーコが更に詰める。

 着地の瞬間、体がわずかに崩れた隙。

 その一瞬、掌がクリシュナの腹に触れた。


ゴッ――――

 解き放たれる螺旋の波動。

 突き抜けた衝撃が黒い機体を吹き飛ばす。


「がっ!」

 しかし、クリシュナは倒れる事なく、耐えた。

「見事だ――――驚いたよ、ヨーコくん」

 苦痛に顔をゆがめ、レオが呟く。


「出来れば、その言葉をあの公園で聞きたかった。

 優しいあなたの口から聞きたかった」

 ヨーコの言葉に、悲しみの色が滲んだ。

「レオさん――――僕はまだあなたを越えてはいない。

 じいちゃんが僕に見せてくれた、本当の極意に届いてはいない。

 でも、今のあなたには負けません」


 レオが続きを促すようにヨーコを見た。

「桜華の拳は、弱者を傷つける刃から人を守る拳です。

 殺気のこもったあなたの拳は、私には届きません。

 頭で考えるより、目で見るより、肌で感じるよりも早く、殺意に体が反応します。

 僕はそう教えられて来たんです」


 ヨーコは請うように、手を差し伸べた。

「“胸の内に刃を飲むな”とじいちゃんは、言っていました。

 それは――――」


「――――それは、自らを傷つける諸刃の剣だ」

 ヨーコの言葉をレオが継ぐ。

「なぜ、それを知っているんですか?」

「もちろん、じいちゃんから聞いたからさ」

 悲しげにレオが呟いた。


「ヨーコ! ダメ!その人の言葉を聞いてはダメよ」

 カサンドラの叫びもヨーコの耳には届かなかった。


「孤児だったボクを育ててくれた、親であり師でもある大好きなじいちゃんから教わった事だ……」

「え? ……でも、それは僕の事じゃ……」

「そう―――ボクの事でもある」

 ヨーコの瞳が驚きに見開かれた。


「よく思い出してみるんだ。じいちゃんの事だけじゃない。

 この街に来る前の事を。小さい頃の事を」

 訴えるように、レオは言った。

「子どもの頃の事はあんまり覚えてない……でも、それは僕がまだ小さかったから」

 ヨーコの瞳に戸惑いの影がさした。


「君は、この街に来てからじいちゃんに連絡をしたかい?

 手紙は? メールは?

 返事は帰ってきたか?」

「それは……まだ……でも、じいちゃんの親心で……」

「違う! ……違うんだ」レオが叫ぶ。それは悲痛な叫びだった。

 その声音が、悲しみの色が、何よりもそれが真実であると告げている。


「ヨーコ!」カサンドラの声は、悲鳴に近かった。


「いいかい? 良く聞くんだ。

 じいちゃんはいない。過去にそんな人物がいたかもしれないが、今はいないんだ。君の記憶は偽物だ」レオの言葉は驚く程すんなりとヨーコの心に届いた。

 心のどこかで、考えまいとしていた疑問の答えが、レオの言葉にあったのかもしれない。

 ヨーコの目から光が失われていく。

 ソルヴァインの全身に満ちていた、力が、活力が失われていく。


「ボクと君は、同じ記憶をもっている。

 でもそれは、本当の記憶じゃない。

 記憶だけじゃない、人格も体さえも全て作り物だ。

 企業がソルヴァインプロジェクトのために作り上げた、ただの部品にすぎないんだ」


「そんな事……あるわけがないよ。

 隊長……レオさんの話は本当なんですか?」

 ヨーコがすがるような目で、ママと慕う女性を見た。

 だが、カサンドラは、全てをあきらめたような目をしていた。

 全てが終わったような――――

 その姿が何よりの答えだった。


「君とボクだけじゃない、リタもクリスも同じだ。

 全て奴ら――――コード……」


「――――そこまでだ」

 不意に響いたその声が、レオの告白を止めた。

「主だったものは避難させたとは言え、誰が聞いているかわからない。

 それくらいにしておいてくれないかな。

 ――――それ以上は、テロリストの戯言の範疇を越えているのでね」


「ゴードン! きさま――――」レオが憎しみを込めてその名を呼んだ。

「僕が憎いかい? 復讐したいかい?

 無理もない――――だが、その前にまだ彼女が残っているだろう?」

「彼女?」

「ヨーコ、君はどうするんだね?

 まだ彼と戦う気はあるのかね? それとも彼の言葉を信じて、我々を殺すかい?」


 ゴードンの言葉に、ヨーコがビクリと身を震わせた。

「僕は……」

 戸惑い、辺りを見回すヨーコ。まるで答えを探すように。

 だが、どこにも答えなどありはしない。


「ヨーコくん、ボクと来い。

 ボクたちの運命を弄んだ奴らに復讐するんだ。

 奴らを放っておいてはいけない!」

 レオが手を差し伸べる。

 ヨーコがおびえるように後ずさった。


「僕はいったい……どうすれば――――」

 答えを待つように、一瞬静寂が辺りを支配した。

 そして、おそるおそる、ヨーコが何かを口にしようとした、その時。


「ヨーコさん!」

 ロゼの声が静寂を破った。

「ヨーコさん! クリスさんが――――」





◆エンディングテーマ “サクラ一夜のユメ”


◆次回予告

 光鱗のソルヴァイン 最終話 三月のうた


リタ「いよいよ最終回でんな~」

クリス「最終回ですわねぇ」

ヨーコ「長かったようであっという間だったよねぇ」


リタ「まあ、うちらは、今の時点で最終話の収録がすんでるさかい、気楽なもんやけどなぁ」

クリス「甘いですわ! ダイナーのグレートマウンテンパフェより甘いですわよ!」


リタ「なんやねん、このメガネはいきなり」


クリス「あなたたちは、最終回の怖さをまったくわかっていませんわ!」

ヨーコ「え……脅かさないでよ。クリスは大げさなんだから」

リタ「まったくや……うちは、この後のオフをどう過ごすかで頭がいっぱいやのに」


クリス「やれやれですわ。……いいですか? お馬鹿さんたち。最終話と言えば―――」

リタ・ヨーコ「最終話と言えば?」


クリス「ぐだぐだで謎が解明されないまま終わってブーイングの嵐―――なんてのは序の口」

リタ・ヨーコ(嫌そうな顔)

クリス「ぜんぜん終わらなくて、続きは劇場で! とか―――」

リタ・ヨーコ(すごく嫌そうな顔)


クリス「気合いが入りすぎて、30分枠に収まらなくて、みんなが忘れた頃に1時間近いスペシャル版で最終回をやったり」


リタ・ヨーコ(ヨーコは泣きそうな顔、リタが慰めている)

クリス「スケジュールが押して、作画ガタガタで無かった事にされたり、みんなで輪になっておめでとうとか、拍手したりするんですわよ―――」


ヨーコ「わぁぁぁぁぁぁん」


リタ・クリス「あ―――泣いた」

リタ・クリス「大丈夫、大丈夫だから―――たぶん」

 (泣きながら走っていくヨーコを追いかける二人)


ゴードン「やれやれ……困ったお嬢さんたちだねぇ」



ゴードン「そういうわけで、次回

 光鱗のソルヴァイン 最終話 三月のうた」


ゴードン「次回も――――Touch go ソルヴァイン!

 ……実はこれ、一度やってみたかったんだよ」


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