第2話 Dancer in the Dark

◆ソルヴァインドック


「オーライ、オーライ……」整備員たちの声。


 円柱状の透明な容器に入ったEGを運ぶ運搬車。

 ヨーコのソルヴァインへ運ぼうとする。


「まてまて、それはそっちじゃない。ソルヴァイン・グラディエーター用のは、奥のEGを使え」おやっさんが指示する。


「EGってみんな同じじゃないんですか?」と運搬車の作業員。


「中身はいっしょのはずだが、グラディエーターは決まったEGを使えという指示だ」

「へいへい。お猫様には逆らえませんな」

「無駄口叩いてないでさっさとやっちまえ!」怒鳴るおやっさん。



◆BHナレーション


◆オープニングテーマ “Touch go ソルヴァイン”


◆カフェ ダイナー


 広々としたダイナー店内。道路に面した側は全面ガラス張り。テーブルとテーブルの間を広く取ってあるので、ゆったりした雰囲気だ。

 窓際の席に座っているリタとクリス。

 食事を終えて、クリスは紅茶、リタはこどもビールを飲んでいる。


「食後のコレは最高やなー」グラスを掲げるリタ。それをチラリと見るクリス。

「……それにしてもすごい食欲ですわね。……太りますわよ?」

 クリスがリタの前に積み上がった皿を見て眉をひそめる。


「だーいじょうぶや。うちは食べた分は全部ココへいくから」

 胸を持ち上げて、ウインクするリタ。


「……ヨーコさんが聞いたらまた拗ねますわよ」そう言いつつ、クリスも笑う。


「あははは……そう言えば、ヨーコはどうしたん?  我らがカンフーマスターは?」


「ヨーコさんなら、食事を終えてすぐ出て行きましたわ。

 多分、日課の鍛錬でしょう」


「マジメか! あはははは」リタがこどもビールを飲みながら笑う。


「――――でも、最近暇やねぇ。体がなまってしまうわ」


「いいじゃないですか。わたくしたちは、警察じゃないんですから。

 そういつも犯罪者を追いかけてばかりいなくても……」

 苦笑するクリス。


「それは、そうなんやろうけどな……」不安そうなリタ。

「どうしましたか?」

「なーんかなぁ……ソルヴァインに乗らない時間が長くなるとな、ここはうちの居場所やないみたいに思えてくるんよ。ソルヴァインで戦ってる方が本物のうちみたいな気がしてくるんや」


「そんな――」思案顔のクリス。

「……うちは、変なんやろか」心配そうなリタ。

「いいえ。それは多分、ソルヴァインで戦うような非日常と、今みたいな日常の差に心が慣れてないだけですわよ。――――直に慣れますよ」優しく微笑むクリス。


「そうか? そうやなぁ……さすがクリス。

 トライ・アンジュのおっかさんや!」元気を取り戻すリタ。


「――――おっかさん……それは、ちょっと複雑ですけど。

 とにかく……疲れているのは事実なんでしょうから。休める時には休む事ですわ」


「よっしゃあ――――そうと決まれば全力で休むでー!

 メグミちゃーん、こどもビールおかわりや!」

 リタが顔見知りのウエイトレスに声をかけた。


「それはそれで、ちょっと違う気がしますけど……

 わたくしの方でも、今度ドクに詳しく聞いてみますわ」


「あの猫かぁ……そう言えば、今日はドックで見かけへんかったなぁ」

 首をかしげるリタ。


「ドクなら、今日はミツルギの偉い方に会いにヨコハマ工場へ行きましたわ」

「ヨコハマへ?」

「ええ……なんでも新型ソルヴァインのテストだそうですわ」

「ほほぉ、新型かぁ。そりゃあ楽しみやなぁ」ヨコハマの方を向いて笑うリタ。


◆ヨコハマ地区 ミツルギ第五研究所工場内


「EG注入70%――――」


  横長の広い制御室。コンソールに座って計器を操作する者、指示を出す者、多くのスタッフが忙しく働いている。

 強化ガラス越しに工場内の風景が見下ろせる。

 何本ものケーブルに繋がれた巨大な赤い人型。全長8mを越す新型スケイル

 腕組して満足そうに見ているスーツ姿の男性、ミツルギグループ統括専務ゴードン・マクマソン・ミツルギ。

 隣には、移動式の円柱状端末に座っているドク。


「なかなかの威容じゃないか。テストは順調なようだね」

 御機嫌なゴードン。


「新型ソルヴァイン“ゴライアス”か……ふん、私の趣味じゃないな」

 不機嫌そうなドク。


「まあ、そうぼやくなよ。トライ・アンジュの効果は上々なようだし、そろそろ次のステップへ移る頃合いだろう?」

「軍への売り込みか……商売熱心な事だね」

「見ろよ! いかにも軍の男根主義者マチスモどもが喜びそうなシロモノじゃないか」

 ドクの皮肉など気にしないゴードン。


「ゴライアスは従来のソルヴァインと違って機械式だ。丁度タンクとソルヴァインの中間のような機体だが、EGを使ったソルヴァインシステムを使っているからには、操縦者はいるはずだな」答えを促すようにゴードンを見るドク。


「もちろん!  今回は彼女に乗ってもらっている。

 ――廃品利用も兼ねて」明るく笑って答えるゴードン。


「……」せめるように睨むドク。


「アレの前例もあることだし、手持ちの材料はきっちり使い切らないとな。

 どうしたんだい? 情でも移ったのかい」


「そんな事はないさ――テストを続ける」目を逸らしてゴライアスを見るドク。


「ああ、そうしてくれ。急がなくてはね。

 ――――彼女たちの賞味期限が切れる前に」うまい事を言ったなと笑うゴードン。



◆NEOトーキョー中央公園


「はっはっはっ――――」


 公園内をランニング中のヨーコ。タンクトップにパーカー、ショートパンツ姿。


「ハーイ」ランニング中のカップルと挨拶をかわす。


「あれってトライ・アンジュのコでしょ。

 すごくキュートな――――ね」


 カップルの言葉につんのめるヨーコ。転びそうになるが堪えて振り返る。


「ぼ……僕は女の子だよ――」気付かずに行ってしまうカップル。


「どうしたんだい、ヨーコ。大丈夫かい?」

 心配そうに声をかける屋台クレープ“マムマム”のおばちゃん。


「あははは……何でもないよ、大丈夫大丈夫」

 慌てて答えるヨーコ。


「ならいいんだけど。……クレープ食べていくかい?」

「うん、後で寄るよ。ありがとう、おばちゃん」

 おばちゃんに手を振って走りだそうとするヨーコ。

「――――あ! 危ない」とおばちゃん。

「え?」前から来た男性とぶつかりそうになる。


 二人ともすばやく飛び退いて身を躱すが、そのまま男性がふらついて片膝をつく。


「――大丈夫ですか?」近づくヨーコ。


「―――!」その時初めてヨーコを見て驚く男性。

 黒の上下に背中まである長い白髪。薄く色のついたサングラスをしているので、顔はよく見えない。


「大丈夫……だ」立ち上がろうとする。

「病院に連れて行ってあげた方が……救急車を!」

 慌ててバディホンを取り出すおばちゃん。


「ダメだ。救急車は呼ばないでくれ。――大丈夫、少し休めばすぐに……」

 そこまで言って、ついに気を失ってしまう男性。


「どうしよう……」困った顔でおばちゃんを見るヨーコ。


◆◆◆


バッ パン ババッ

ザザッ ババン――――


 拳が風を切る音と踏み込みの足音


「んんっ……」


 男性の意識が戻り、瞼が持ち上がる。

 クリアになった視界に鍛錬中のヨーコの姿が映る。

 套路とうろ(型の練習)中のヨーコ。

 男性は、大きな木に寄りかかるように寝かされている。


「……」ヨーコがパーカーを被せてくれている事に気がつく男性。

 黙ってヨーコの様子を見ている。


 一通りの動作を終え、目の前で手を併せて礼をするヨーコ。

 やっと男性が目を覚ました事に気がつく。


「あ……目が覚めたんだね。大丈夫?」


「もう大丈夫だ。……ありがとう」

 立ち上がり、駆け寄ってくるヨーコにパーカーを返す男性。


「いや~~、えへへへへ」パーカーを受け取り、照れるヨーコ。


「おお、にいちゃん! 目を覚ましたようだね。良かった良かった」

 おばちゃんがクレープを持ってやってくる。

「ハイ、これ。あたしのオゴリだよ、食べな。

 ――――あんたもどうだい?」

 クレープを二人に渡すおばちゃん。

 男性も一瞬思案するが受け取る。


「ありが……とう」

「おばちゃんのクレープはすんごく美味しいんだよ」

 男性に笑いかけるヨーコ。

 一口食べて、おばちゃんの方を見る男性。

「美味しい……です」

「そうかい、そうかい」満足そうに頷くおばちゃん。


 二人が食べ終えてから、まだ仕事があるからとその場を立ち去るおばちゃん。


「本当に大丈夫? やっぱり病院に行った方が……」

 心配顔のヨーコに首を振る男性。


「いや、一休みしたらすっかり良くなった。

 実はここのところ、悪い夢にうなされてあまり寝てなくてね。

 さっきは、久しぶりにちゃんと眠れた気がする」


「そうですか……それなら、いいんですけど」

「本当にありがとう……」ヨーコをジッと見る男性。


 それを名前を訪ねているんだと思ったのか、ヨーコが手を差し出す。

「僕の名前はヨーコ。ヨーコ・九条です」


「……レオ・葛城だ、よろしく」握手をする二人。


「レオさん……次からは、ちゃんと寝ないとダメですよ。

 それじゃ――――」

「あ、待って――――」立ち去ろうとするヨーコを呼び止めるレオ。

「なんですか?」

「世話になった……お礼をしたいんだが……」

「そ、そ、そんな! お礼だなんて! 大した事をしたわけじゃないんですから!」

 赤くなって手を振るヨーコ。

「いや、それじゃあボクの気がすまない。――――そうだな、練習相手になるってのは、どうかな?」

 拳を出して、ウインクするレオ。

「へ?」


◆ヨコハマ地区 ミツルギ第五研究所工場内


 広大なドーム型の空間に、ゴライアスと人型のタンク三台が対峙している。

 制御室からその様子をモニターで見ているゴードンとドク。


「最新型のCCP-1が三機か……」流線型のタンクを見て、ドクが呟く。

「さすがに荷が重いかな?」ドクを横目で見るゴードン。

「ふん――――始めてくれ」

 楽しそうなゴードンを無視してドクが指示を出す。


ウィィィ――――駆動音


 タンクがゴライアスを囲むように展開する。

 動かないゴライアス。


ダダダダ――――


 タンクの内、二台が腕の機銃を撃ちながら接近する。

 ゴライアスの目が光り、巨体がいきなり視界から消えた。

 ――高々とジャンプしている。

 タンクの内一台がそれに気づくが――遅い。


ゴォン


 着地と同時にタンクを踏み潰すゴライアス。

 残り二台がミサイルを発射する。


ドォォォォン


 爆炎に包まれるゴライアス。

 しかし、炎の中から無傷で飛び出してくる。


ガン――――


 接近と同時に横殴りにするとタンクが吹き飛び、おもちゃのようにバウンドして壁に激突する。

 その隙に、最後の一台がパイルバンカーを構えて突進してくる。

 体をひねって避けるゴライアス。腕をつかんでちぎり取る。

 同時に高々とタンクを蹴り上げる。


バキン


 ジャンプして、上空のタンクに追いつき、たたき落とす。

 落下の勢いをつけてタンクを殴り潰すゴライアス。


ガン ガン ガン――――

 重い打撃音が施設内に木霊する。

 一瞬でタンクはただの金属の塊と化した。


「……すごいな。圧倒的じゃないか」

 やっと殴るのをやめたゴライアスの後ろ姿を見ながら、ゴードンが呟いた。


「装着者の様子は?」ドクの問いにオペレーターの女性が答える。

「かなりの興奮状態にあります。鎮静剤を投与します」


 力が抜けたようにゴライアスが片膝をつく。一同から安堵の吐息が漏れた。

 ――――しかし、制御室の方を振り向いたゴライアスの目が妖しく光る。


「バッテリーをカットしろ。強制停止だ――――」

 ドクが叫ぶと同時に、モニターに接近するゴライアスがアップになる。


ドォォォーン


 轟音が響きわたり、制御室が激しく揺れる。

 悲鳴――――ブラックアウト


◆NEOトーキョー中央公園


 片方の足を引いた半身の状態で向かい合うヨーコとレオ。

 互いに構えた右手を軽く触れあわせている。


推手すいしゅ――太極拳や形意拳などで行われる組み手の方法である。


 最初は大丈夫かと心配していたヨーコも、向かい合ったとたんに相手の力量を察している。


「この人……強い」呟くヨーコ。

「いくよ――――」レオの言葉が合図となり、攻防が開始される。


 ヨーコが右手を押すとレオが引き、ヨーコが引くと押す。

 相手の手を包むように手首を極めにいくと、レオがスルリと体を入れ替える。

 スピードを生かして、かろうじて互角に持って行っているが、後手後手にまわるヨーコ。

 全ての技のを読まれ、潰されている。


「くっ――――」


 強引に踏み込み主導権を奪おうとするヨーコ。

 だが、踏み込んだ先に相手はいない。

 後ろに回ったレオが、触れた肩に力を入れる。


パン――――


 「わわっ――――」


 はじき飛ばされて手をつくヨーコ。

 見上げるとサングラスの奥の冷たい目がヨーコを見つめている。

 右手をクイと曲げて手招きするレオ。

「もう一度だ」

「お……お願いします!」立ち上がるヨーコ。


 何度かの攻防の後、公園のベンチで休憩している二人。

 レオは軽く息が乱れた程度だが、ヨーコは肩で息をしている。


「ヨーコくんは、スピードに頼りすぎているね。

 もっと動きを見て、敵の体勢を崩す技術を学ばないと体格差のある相手には勝てない。逆に言えば“崩し”が出来ればどんな相手にも負けないと言うことだ」


「はい――――でも、び…びっくりしました。レオさん強いんですね」

「まあ、子どもの頃に随分としごかれたからね。

 ――――君の方こそ大したものだ。ここまで出来るとは、驚いたよ」

 笑うレオ。笑顔を見て、ヨーコも自然と口元がほころぶ。


「そんな……でも、悔しいです。

 じいちゃん以外でこんなに強い人に会った事が無かったから。

 やっぱり世界は広いですね。もっと鍛錬しなきゃ」


「君のおじいさんは……そんなに強かったの?」

 公園の噴水を見ながら、訪ねるレオ。


「ええ! そりゃあもう強いですよ。

 レオさんも強いけど、じいちゃんはもっともっと、鬼みたいに強いですよ」

 育ての親である老人の事を楽しそうに話すヨーコ。


「そうか……そうだったね――――でも、それは……」

 言いよどむレオ。

「――――え? どうしました」

「なんでもないよ」笑顔で振り返るレオ。


「あ……あの」必死で何か言おうとするヨーコ。顔が真っ赤だ。

「どうしたの?」

「あのっ!」がんばりすぎて大きな声を出してしまうヨーコ。

 苦笑して首をかしげるレオ。

「もし……本当に時間があればで良いんですが。

 また……こんな風に練習相手をしてもらっても……良いです……か?

 ―――私、もっと強くなりたいんです」

「それは――――」何か言いかけて、ジッとヨーコを見つめるレオ。

 しばらく無言で見つめ合う二人。


「――――わかったよ」頷くレオ。


「ええ――――本当ですか!やった――!

 よろしくお願いします。負けたままじゃいられませんからね」

 ガッツポーズをして、嬉しそうに笑うヨーコ。

「今度はちゃんと体調を整えておくよ。

 朝の早い時間なら、ボクもこの辺りを走っているから、声をかけてくれ」

「はい!」握手し、笑い会う二人。


ピピピ――――


 ヨーコのバディホンが着信を告げる。


「はい……ヨーコです」


「ヨーコ? 今どこ? ――――それなら、近くにレイヴンを降ろすから乗って頂戴。どうやら、ヨコハマの工場で事故があったようなの。出動要請が出たわ」

 緊張した様子のカサンドラ隊長の声が聞こえる。


「すみません、レオさん。僕、行かなきゃ」それだけ言うと走り出すヨーコ。


「ああ――――気をつけて」

 走り去るヨーコの背中を見つめるレオの目に、冷たい光が宿った。



◆ヨコハマ地区上空 レイヴン内


 レイヴンのコクピットに座っているヨーコ、リタ、クリス。

 機体は、指揮車両の三人のオペレーターが操作している。


「間もなくヨコハマ地区、ミツルギ研究所上空に到着します」

 無線からオペレーターロゼの声が聞こえる。


「今回のミッションは新型ソルヴァイン“ゴライアス”を止める事です。

 ――そろそろ目標が見えてくるはずよ」カサンドラ隊長が告げる。


 モニターを覗き込む三人。

「うわっ大っきい――」驚くヨーコ。

「うちらのソルヴァインの倍はあるなぁ……まるで巨人や」

「巨人……」クリスがボソリと呟く。

「ん? 何か気になるの?」とヨーコ。

「対巨人となるとやっぱり狙うのは、うなじ。そして立体機動!

 ――――燃えますわ!」

「……うん」「……せやな」

 これは、つっこまない方が賢明と、アイコンタクトするヨーコとリタ。


 パトカー、警備用車両、大型の装甲車も数台横転し、潰れて炎上している。

 特殊車両課の虎の子、ミツルギ製タンクのMM5-Zが2台取り囲んでいるが、それぞれ一撃ではじき飛ばされる。攻撃はほとんど通用していない。


「どうして、新型のソルヴァインが暴れているんですの?」クリスが訪ねる。


「それは――」「それは――テロリストに奪われたからだ」

 途中から、カサンドラのかわりに男性が答えた。


「専務……」とカサンドラ。


「誰や、アンタは」「隊長、誰ですかその人」「……専務?」


「失礼。僕の名前はゴードン・マクマソン・ミツルギ。挨拶はまた後日改めてするとして、今は僕の話を聞いてくれたまえ。――いいかな?」

「――どうぞ」答えるカサンドラ。


「ミツルギって……偉い人みたいだね」ひそひそ声で聞くヨーコ。


「何を言ってるんですの。この方は“”ですよ。ミツルギグループ統括専務、実質ミツルギの№2ですわ」たしなめるクリス。


「ふん! うちらのスポンサー様っちゅうわけかい」リタが面白くなさそうに言う。


「現在ゴライアスは、テロリストにハッキングされて暴走状態にある。

 残念ながら、こちらからの強制停止はまったく受け付けない。

 もはや、破壊するしか止める手段は無い」


「ハッキングって……随分お粗末な手際やな」とリタ。


「言い訳のしようもないね。だが事実は事実だ。

 もしかしたら、内通者がいたのかもしれないな」

 まったく気にした様子もないゴードン。


「破壊するしかって……装着者……パイロットはどうするんですか」

 ヨーコが声を荒げる。


「その点は心配無い。ゴライアスはだ」

 明るく言うゴードン。それをカサンドラが刺すような視線で見つめている。

「……」

「遠慮なく壊してくれたまえ。なに……弁償しろとは言わないさ。

 ははははは。

 ――――もっとも、それでもかなり手強い相手だと思うけどね」

「安心しぃ、うちらは無敵や。

 ちゃっちゃと片づけたるわ。あんなデカブツ」

「そりゃあ、頼もしい限りだ」とゴードン。


「ドクは……ハインミュラー博士は無事ですか?

 今日は、そちらでゴードンさんとお会いしているはずですが」

 おずおずと訪ねるヨーコ。

「博士……ああ! 彼なら、今システムがダウンしているが、直に再起動するさ。どこも壊れちゃいないよ」

「そういう事ではなく――――なんですか?」

 珍しく言葉に力がこもるヨーコ。

「そういう意味か……なるほど、なるほど。

 大丈夫、無事だ。どこも欠けちゃいない」


「いやな言い方やな」舌打ちするリタ。


「皆さん、降下準備をお願いします」マゼンダが言う。


「――――期待しているよ、諸君」通信が切れる。


「さあ、切り替えましょう!

 さっさと終わらせて、ドクのお見舞いにいきますわよ」

 クリスが明るく言う。


「そうだね」「よっしゃ、やったるで」気合いを入れる二人。

アプリ起動――――コクピットのモニターがせり上がる。

 各々のエンブレムをサインする三人。


「ソルヴァイン Touch go!」


三人のシートが沈み、コクピットからソルヴァインの中へ――

EGが注入され、ソルヴァインの目に意志の光が灯った。


十字架クルス射出!」スカーレットが叫ぶ。


 風を巻いてヨーコとリタの十字架クルスが目標へと落下していく。

 しかし、クリスのソルヴァイン・アーチャーは、レイヴンにぶら下がるように直接外へ出た。変形した特殊ライフルを片手で持つと、逆上がりの要領でレイヴンの上に立った。足を固定し、ライフルを構える。


「――――準備はOKですわ」


「三人ともいい? 作戦の確認をします。

 今回の決め手はソルヴァイン・アーチャーです」

 カサンドラ隊長が説明する。


「ゴライアスは、あなたたち三人をもってしても手強い敵よ。でも、ヤツはまだクリスの存在を知らない。そこに勝機があります。

 気づかれる前に、ヨーコとリタでゴライアスの動きを止めなさい。

 そして、動きが止まったらクリスが決める」


「了解」

 地上に降りた十字架クルスからヨーコとリタのソルヴァインが出てくる。


「クリスはダマスカスⅡ製の特殊徹甲弾でゴライアスの頭部を破壊。

 あなたたちのソルヴァイン同様、ゴライアスも中枢は頭部に集中している。ここを破壊すれば停止するはずです。

 いい? チャンスは一度だけ。外してしまったら、同じ手は通用しないと思いなさい」


「了解」スコープでゴライアスを照準するクリス。


作戦スタート――――


 盾とトンファーを手にゴライアスと対峙する二人。

「直に見るとやっぱりデカイ……ほんと、やんなるわ」リタがため息をつく。


 二人のソルヴァインに気づいたゴライアスがこちらを見た。


「さて、来いやデカブツ――――」


 言い終わらないうちに、一直線にリタへ突進するゴライアス。


「うおっ」

 その巨体からは、想像もつかない程のスピードでリタに襲いかかる。


ゴォン――――

 

 間一髪。なんとか盾で攻撃を防ぐリタ。


ゴン! ガン! ゴォン!


 おかまいなしに、ゴライアスが盾の上から何度も拳を打ち下ろす。

 一撃ごとにリタのソルヴァイン・ナイトが左右に振られる。


「くっ……な……なんやこいつ!」

「――――リタから離れろ!」


 一瞬あっけにとられたヨーコだが、あわててトンファーで殴りかかる。

 しかし、その攻撃などまったく気にとめず、ひたすらリタを殴り続けるゴライアス。


「うあっ――――」ついにリタが倒れた。

 そこへ、ゴライアスは、両手を振り上げてとどめの一撃を加えようとする。


「はーなーれーろ――――!」


ドォン――――


 ヨーコが渾身の回し蹴りを無防備な脇腹へたたき込んだ。

 さすがの巨人も横殴りの一撃に倒れる。

 だが――――


「まるで効いちゃいないね……頑丈なヤツ」

 何事もなかったかのように立ち上がるゴライアスを見て、ヨーコが呟いた。


「まったく……もてるオンナは、つらいわ。

 ――――でもな」

 リタが立ち上がり、ゴライアスを睨んだ。

 瞳に闘志の炎が燃えている。


「こっちを狙って来るんなら、それはそれで大助かりや!」

 リタが盾を投げ捨てて身構えた。

「リタ!」ヨーコが驚く。

「大丈夫――――このリタさんにお任せや!」

「リタの運動神経と反応の良さは、あなたたち三人の中でもピカイチだわ。

 ここは、彼女に任せましょう」

「隊長……うん。やろう!」カサンドラの言葉に、ヨーコが頷く。


ウォォォォォォ――――

 雄叫びを上げてリタに襲いかかるゴライアス。


「やっぱりだ……

 武器を持った僕を気にもとめずに、リタだけを狙ってる……コイツもしかして、リタを知ってる?」ヨーコが呟く。


 凄まじい勢いで繰り出される拳を反射神経だけで避けるリタ。

「鬼さんこちら~ってな。

 避けるんだけに、集中すれば何とかなるもんやな……」


ゴォッ――――


 焦れたゴライアスが大振りの一撃を打ち下ろした。

「我慢比べはうちの勝ちやな、デカブツ!」


 避けざま、打ち終わった右腕に両手で組み付くリタ。

ゴライアスは、空いた左手でリタを殴ろうと振りかぶる。

「ヨーコ!」「うん! 任せて」

 リタの声を合図に、ヨーコが後ろから振りかぶった左手を両手で押さえる。


ヴォォォォォォォ――――

 暴れるゴライアス。だが、二機のソルヴァインによる必死の抵抗に、ふりほどく事が出来ない。


「――――今ですわ!」ソルヴァイン・アーチャーのスコープに停止したゴライアスの頭部がはっきりと映し出された。

 必殺の一撃のトリガーを引く――――その刹那。


スコープの中のゴライアスが、遙か上空のクリスを見た――――


「クゥ――リィ――スゥゥゥゥ――――」

 巨人の口から、絞り出すように声が漏れた。


「えっ――――」驚くヨーコ。


 放たれた弾丸は、確実にゴライアスの頭部を捉えた――――かに見えた。


「グゥゥゥゥ――――リィィィィス」

 雄叫びと共に、ゴライアスに背に輝く光の輪が生まれた。

 凄まじい力で、ヨーコとリタを振りほどく。

 振り飛ばされ、転倒する二機のソルヴァイン。


「くっ――――わたくしとしたことが」

 悔しそうに呟くクリス。


「弾丸は、目標の左目を貫通した模様ですが……

 ゴライアスは――――健在です」


「わたくしも降ります。

 もう、狙撃は通用しませんわ」

 降下したレイヴンから、クリスが飛び降りた。


光輪リング――――このゴライアスは……無人なんかじゃない!」

 左目を潰され、怒りに燃える巨人を呆然と見ながら、ヨーコが呟く。


「なんやて――――」

光輪リングは装着者の意志の力にEGが反応して発生するもの。

 つまり、アレには人が乗っているという事です。

 そして、その誰かはどういうわけか、わたくしの事を知っているようですわね。

 そのせいで、わたくしの存在を察知して、狙撃をギリギリで躱した。

 ――――そうですわね? 専務」

 二人の後方に着地したクリスが言った。


「うちらを欺したんか、コラ――――」


「別に欺してなんかいないさ」ゴードンが答えた。


「アレには、人が乗っとるやんか!」


「いや、ゴライアスに人は乗っていない。

 ――――それともアレに乗ってるのは、人ではないと言った方が良いかな?

 あれに乗っているのは、ただのソルヴァインのパーツだ」

 ゴードンが淡々と告げる。


「そんな……非道い」攻めるようにヨーコが言った。


「事実だ――人間と呼べるような代物ではない。

 だから、君たちはそんなは気にせず、戦いに集中したまえ。

 でなければ――――君たちが壊されてしまうよ?」

 ヨーコの言葉を即座に否定し、ゴードンが言った。


「くっ――――ようもそんな事が言えるな、おっさん!

 ……ヨーコ!」

「な……なに?」

「こんなおっさんと言い合ってもしゃあないわ。いっせいにかかるで」

「それしかないですわね」クリスも同意する。

「でも……」言いよどむヨーコ。

「わたくしたちは、わたくしたちのやり方でゴライアスを止めれば良いんです」

「せやな」

「……みんな」皆の言葉に背中を押されて、決意を固めるヨーコ。

「よし、やろう!」


◆指揮車両“バックヤード”内


「よろしいのですか、専務?」

 カサンドラがゴードンを見る。


 Yシャツにスラックス姿のゴードンは、包帯を巻いた手を痛そうに撫でながら、モニターを見ている。

「あの娘たちの無礼な物言いに? それとも甘いやり方についてかな?」

 カサンドラは何も答えない。

「何もないよ。――――僕からは何も言うことは無い。

 全ては、彼が決めた事だろう? 後は成り行きを見守るだけさ」

「それなら……よろしいのですが」

 カサンドラもモニターに視線を戻した。

「それに失敗したとしても――――代わりを用意すれば良いだけさ」

 そう言ってゴードンは、薄く笑った。


◆ヨコハマ地区 ミツルギ第五研究所


「ええか? いっせーのせ、で行くで」


 リタは再び盾とマシンガンを装備し、構えた。隣にヨーコが並ぶ。

 後方には、ライフルを構えたクリス。

 三人のいつものフォーメーションだ。


「いっせーの……」


 ゴライアスは狙撃を警戒してか、今度は襲いかかって来ない。


「――せっ!」


 リタが前に出て、走りながら盾の影からマシンガンを撃つ。

 ゴライアスもそれに呼応するように、腕を交差し、頭部を守りながら前に出てきた。リタのマシンガンの効果は薄いので、クリスの狙撃を警戒しての事だろう。


ウォォォォ――――

 ゴライアスが右の拳を振りかぶり盾に叩きつけようとする。


「今や――――」

 リタの合図と共に、後ろにいたヨーコがリタを踏み台にして高々とジャンプした。


「はぁぁぁ――――」ヨーコが両方のトンファーを落下の勢いをつけて振り下ろした。


ガァン――――

 さすがのゴライアスも、これには両腕でガードせざるを得ない。

「くらえ――――」

 すかさず空いたボディに、リタが盾ごと体当たりした。


ゴォォン――――

 たまらず吹き飛ぶゴライアス。

 二人がさっと左右に分かれた。その間からクリスが必殺の弾丸を放つ。


ガッ――――ゴライアスは左腕を上げて、なんとか直撃を防いだ。


「おしい……もうちょっとなんやけどなぁ。

 でも、クリスの考えたこの作戦、なかなかいけるで」

「そうだね、さすがクリス」

「ええ! これは、古来よりロボット戦に用いられてきた由緒正しい戦法です。名付けて! ジェットストリ――――」

「――――わわっ来たよ!」

 守っていては不利と思ったのか、クリスの言葉が終わらない内に、ゴライアスが突進してくる。

「空気を読まないデカブツですわね!」クリスが毒づいた。


「皆さん、EGの活性化率が低下しています。注意して下さい」

 マゼンダが注意を促す。

「みんな解っていると思うけど、EGの活性化率が30%を切るとソルヴァインは、動けなくなるわ」

「くっ……このデカブツは大丈夫なんか? うちらより前から動いてるけど」

 ゴライアスの攻撃を盾で防ぎながら、リタが問いを重ねた。

「残念だけど、アレは君たちの機体とは違って機械式だし、予備のEGも少しだけど積んでいるから、後10時間は持つと思うよ」ゴードンが代わりに答える。


「残念だけどって――――なんでアンタはそないに楽しそうやねん!」

「悪いね……こういう性格なんだ。諦めてくれたまえ」

 ゴードンが笑った。

「めっちゃむかつくわー!」

 リタがマシンガンを連射しながら、叫んだ。


ウゥゥゥゥ――――

 再び頭部を狙った一撃を躱し、距離をとるゴライアス。


「二人とも……そろそろ決めますわよ」

「そうだね、機体も限界が近いようだし」トンファーを構えて呼吸を整えるヨーコ。

「よぉし! こいつの相手もそろそろ飽きてきたしな!」


 再びリタが盾を構え、マシンガンを連射する。

 その後ろにヨーコとクリス。一番最初のフォーメーションだ。

 前に出るゴライアス。しかし、今度は警戒してギリギリまで手を出してこない。


「今ですわ!」クリスの合図で左右に分かれるヨーコとリタ。

 ゴライアスはクリスの狙撃を警戒して身構えるが――――そこに狙撃手の姿は無かった。一瞬姿を見失った巨人に動揺が走る。

 その隙を見逃す事なく、盾とリタの後ろに隠れていたクリスがライフルを撃った。

 反射的に頭部をカバーするゴライアス。だがクリスが狙ったのは頭ではない。


ガァァァァァン――――弾丸は左の膝に命中した。


 完全に頭に意識を集中していたゴライアスは、まったく反応出来なかった。

 片足を失った巨人がゆっくりと膝をつく。

そこへ――――リタが盾ごと突っ込んだ。


ドォン――――右手で盾を受け止めるゴライアス。


「今や――――悪う思うなや」

 リタが盾の裏に装備していた剣を抜いた。

 盾と同様、ダマスカスⅡ製の片刃剣はリタの切り札だった。


ザンッ――――

 体重を乗せて振り下ろした剣は、ゴライアスの太い右腕を肘の辺りで切断した。

 残る左手は体重を支えるために手をついており、巨人はまったくの無防備状態だ。


「決めてまえ、ヨーコ」リタが横に避ける。

「ヨーコさん!」クリスが期待を込めて叫ぶ。

 そこへ、トンファーを構えたヨーコが走り込んできた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 気合いと共に、ヨーコのソルヴァイン・グラディエーターの背に輝く光輪リングが現れる。


ガガガカガガ――――

 嵐のような左右の連撃からとどめの双打へ――――


「いっけぇぇぇぇ――――」


ドゴォン――――

 必殺の一撃が炸裂した。


 体をくの字に折って、吹き飛ぶゴライアス――――


「やった――――え?」だが、勝利を確信した声は、途中で驚きと絶望の声音に変わった。


ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――

 地についた左手で大地を掴み、耐えるゴライアス。

 のけぞった体は吹き飛ぶことなくその場に止まり、前を見た。

 隻眼に狂気の色を滲ませて、巨人は吠えた。

 その背に輝く、不吉な月のような赤い光輪リングを背負って。


ドガン――――

 技を放ち、無防備の状態のヨーコを切断された右手でなぎ払った。

 大地に叩きつけられ、弾むように一回転し、倒れるソルヴァイン・グラディエーター。

 片膝の状態で手を伸ばし、ソルヴァイン・ナイトの首を掴む。

「ぐっ……この!」

ガン! ガン! ガン!――――

 そのまま、大地に何度も叩きつけた。


「くっ……リタさん!」クリスは何とかしようとライフルを発射するが、右腕で弾かれた。もはや切り札の轍甲弾は撃ち尽くしていた。


ピ――――――――

 警告音に、スカーレットが叫んだ。

「装着者へのダメージが危険値を超えています!

 このままじゃ、リタさんが――――」


「リ……タ……」

 霞のかかった視界にソルヴァイン・ナイトに馬乗りになり、何度も頭を叩きつける巨人の姿が見えた。

「ダメだ……助けなきゃ……僕が……やらなきゃ」

 必死に体を起こそうとするヨーコ。だが、ダメージは思った以上に大きく、体は言う事を聞かない。

 クリスがなりふり構わず引きはがそうと試みるが、簡単になぎ払われてしまった。

「クリス!」

 その時、ゴライアスの単眼が落ちているナイトの片刃剣を見た。

 ヨーコの体に電流が走った。

「――――ダメだ」

 ゴライアスは掴んでいた手を離して、剣に手を伸ばした。

 リタは意識が無いのか動かない。

「やめて……」嘆願するようなヨーコの呟きは、届く筈も無かった。

 巨人が剣を掴んだ。

 持ち上がっていく剣がひどくゆっくりに思える。

「ああ……僕の……せいだ……僕が……弱いから」

 その時――――ヨーコの脳裏に声が響いた。

「ヨーコくんは、スピードに頼りすぎているね。

 もっと動きを見て、敵の体勢を崩す技術を学ばないと体格差のある相手には勝てない」

 それは、あの公園で会った青年の声。

 今日会ったばかりだと言うのに、青年の声は心に染みた。


「逆に言えば“崩し”が出来ればどんな相手にも負けないと言うことだ」

「崩しが……出来れば……負けない?」青年の言葉を繰り返すように、ヨーコが呟く。

 一縷の希望にすがるように、ヨーコの体に活力が少しずつ戻って来た。


「おまえなら、きっと出来るよ――――」

 青年の立ち姿に、懐かしい老人の姿が重なる。

 かつて餞別せんべつにと、見せてくれたあの技――――


「負け……ない」


 その時、ソルヴァイン・ナイトへ剣を振り下ろそうとしていた巨人の動きが止まった。

 振り返ったその先に、立ち上がったソルヴァイン・グラディエーターの姿があった。


「誰にも……負けない」


ウォォォォォォォォォォォ――――

 まるで獣が本能的に強敵を恐れるように、ゴライアスは吠えた。


「僕は――――負けない!」


ゴォォォォォォォォ――――

 ヨーコのソルヴァインの背に輝く光輪リングが現れた。

 金色に輝くそれは、白銀の機体を金に染めて、周囲を眩く照らした。


「ヨーコ……さん」

 痛む体を叱咤し、起き上がろうと顔を上げるクリス。

 霞む視界の先に、金色に輝くソルヴァイン・グラディエーターと赤い炎のような光輪リングを背負った巨人の姿を見た。その姿は神話の一節、巨人に挑む勇者のようだった。

「ヨーコさん……お願い……リタさんを助けて下さい」


金色に輝くソルヴァインがゆっくりと歩を進める。


ヴォォォォォォォ――――

 ゴライアスが恐怖を振り払うように吠えた。


「僕は負けない――――」

 叫びと共に、加速する。

 金の尾を引いてソルヴァインが巨人に達した。


 ゴライアスは、手に持った剣と半ば失った腕を闇雲に敵へと叩きつけた。

 ヨーコは手に何も持ってはいない、素手だ。

 円を描くように両手を交差させるヨーコ。

 凄まじい勢いで振り下ろされた腕が、刃がその手に触れた瞬間――――巨人の体が中を舞った。

「すごい――――」信じられない光景にクリスが息をのむ。

 まるでゴライアスの巨体が重さの無い羽毛でもあるかのように、ソルヴァインを中心に横に一回転した。

 刃に触れたはずなのに、ソルヴァインの手は無傷だ。それどころか打撃音もしなかった。


中を舞った、無防備なゴライアスに向けて、ヨーコが腰を落とし、両手を後ろに引いた。

 その掌に光の粒子が集まっていく。

 そして――――

桜華拳おうかけん奥義――――」

 最後の一歩をヨーコは踏み出した。


ズシン――――

 敵に密着する程の間合いへ――踏みしめた足は大地を揺らし、足から腰へ腰から肩へ、そして両の手に。螺旋を描き光の粉を纏い、あますところなく伝えられた力が収束する。


桜華天輪掌おうかてんりんしょう――――」


カッ――――閃光が迸った。


 風が吹いた。

 螺旋を纏った金色の風だ。

 継いで、衝撃が巨人の体を貫き抜けた。

 一瞬空中で停止した巨体は、すさまじい勢いで吹き飛び、建物を凪払い、何度も転がった後、やっと動きを止めた。


ウゥゥゥゥゥ――――

 ゴライアスは最後に低く、長い声を上げた。

 そして、何かを掴むように片腕を高々とあげた後、ついに動かなくなった。

 巨人の機体から、水蒸気のような湯気が幾筋もあがっている。


「あれは……」カサンドラの問いにロゼが答える。

「EGです。ヨーコさんの技によってEGが蒸発しています!」

「こいつは、驚いた! たいしたもんだな、あのお嬢さんは」

 ゴードンが楽しそうに手を叩いている。


「やった……勝てた――――」

 安堵によって、堪えていた痛みが体中を襲っている。

 ヨーコは、崩れ落ちそうになる体を何とか支えた。

「まだだ……まだ倒れるわけにはいかない」

 もつれる足を何とか動かし、ヨーコは倒れて動かなくなったゴライアスへ駆け寄った。

「パイロットを……助けなくちゃ……」

 人では無いと、ゴードンは言った。だが装着者がいるのなら、胸部に乗っているはずだ。

 ヨーコは、巨人へと手を延ばした。


その時――――

 頭上を影がよぎった。


「え……レイヴン?」

 疑問をヨーコが口にする。

 無理もない。それはレイヴンに酷似していた。

 レイヴンより一回り大きいやじり型の黒い機体。

 頭上に停止した機体の下部が左右に開き、そこから何かが降りてきた。


「――――!」

 

 ヨーコが、カサンドラが、その場に居合わせた全員が息をのんだ。

 指揮車両内のロゼが問うようにカサンドラを見た。

 口元を固く引き結び、凜々しい面からは血の気が引いている。

 美貌の指揮官は言葉を発する事無く、ただモニターの黒い異形を見つめていた。


「黒い……ソルヴァイン」

 自分が見ているものが信じられないと言った様子でヨーコが呟いた。


 まるでゴライアスをかばうように降り立ったソレは、細部に違いがあるものの、ソルヴァインと同型機に違いない。

 ヨーコたちのソルヴァインが女性的な曲線を描く銀の騎士だとすれば、この黒いソルヴァインは、男性的で兇々しいデザインの魔剣士といった風だった。


「誰? ――――あなたは、誰なの?」


 ヨーコの問いには答えず、黒いソルヴァインはゴライアスにかがみ込むと胸部ハッチに手をかけた。


「や……やめろ――――」

 止めようとするヨーコ。

 しかし、黒い機体が振り向いた瞬間、ヨーコは弾き飛ばされた。

 その黒い篭手のような手が、延ばした手にふれた瞬間、ヨーコの足は大地を離れ、中を舞っていたのだ。


「これは……僕と同じ技」


 倒れ、動けなくなったヨーコにとどめを刺す事なく。

 興味をなくしたように、黒いソルヴァインはハッチをむしりとった。


ガァン――――銃声が響きわたった。

 黒い機体の左手が閃いた。


 黒いソルヴァインがその掌を開くと、そこに細長い弾丸が握られていた。


「そんな……嘘ですわ」クリスの声が聞こえた。

 アーチャーの撃った弾丸を、黒いソルヴァインが避けることなく、空中でキャッチしたのだと理解するまでしばらくかかった。

 否――その光景が信じられなかったのだ。

 黒い指がアーチャーを指さす。まるで余計な事をすれば殺すと警告しているかのようだ。


 黒い機体の胸部ハッチが開きEGが流れ出た。黒いスキンスーツにジャケットを着た男性が姿を表す。ヘルメットをかぶっているため、顔は見えない。

 男性は、ゴライアスのコクピットから女性を抱き上げると、黒いソルヴァインの中へ戻っていった。

 レイヴンに似た輸送機が黒い機体ごと格納していく。


 男性が抱き上げていた女性は、赤いスキンスーツを着ていた。

 豊かな胸とくびれた腰。赤い炎のような髪の女性だ。

 それは、ヨーコが良く知っている誰かに似ていた。


◆NEOトーキョー星間統合病院


「いや~、このリタさんとした事が油断してしもうたわ。

 あはははは……イタタタ」


 広い病室。ベッドに寝ているリタ。

 病院服の胸元から包帯が見える。

 笑ったせいであばらが痛いのか、胸を押さえて顔をしかめている。


「肋にヒビが入った程度で済んで良かったわ。

 でも、全身にかなりの衝撃を受けていますから、念のため検査をしてもらいます。

 明日は1日ゆっくり休みなさい」

 カサンドラがいたわるように言う。

 病室には、カサンドラの他はヨーコとクリスがいる。二人ともリタと同じ病院服だ。

「あなたたちも大きな怪我は無いようだけど、ちゃんと検査を受けてから帰るのよ」

「イエス、マム」元気に答える二人。


「私はまだ後処理が残っているので、これで失礼するわね」

 病室を出て行くカサンドラ。


「……」一瞬の沈黙。

 見つめ合う三人。互いに何かを切り出そうとして、言い出せないでいる。


『あのっ!』結局三人一斉に口を開いてしまう。

 笑い合う三人。


「あの……リタ?」「ん? なんや」

 俯いて、服の裾を握りしめながら小さな声で言うヨーコ。

「ごめんね……僕が弱いせいでリタにそんな怪我をさせてしまって……

 あの時……もう少し立ち上がるのが遅かったらリタが死……」

「どあほう!」

「どぁ!?」急に大声を出したリタに驚くヨーコ。

 恐る恐るリタの方をのぞき見る。

「うちが怪我をしたのは、うちのせいや。

 別にヨーコが弱いせいやないで!」

 ヨーコを睨むリタ。

「……あ……うん」

「まったく、そんな事ばっかり気にしてるから、いつまでたっても胸が小さいままやねん!」

「うん……て、えええ――! 胸は、関係ないよ!」

勢いよく顔を上げるヨーコ。

「黙れこわっぱ――――!」

「ひえっ」

「ふむ。……あ――つまり、やな。うちが言いたいのは、やな」

 天井を見て、言葉を選ぶように言いよどむリタ。

「うふふふふ……あはははははは」

 二人のやりとりを見て笑い出すクリス。

「むむむぅ」うらめしそうにリタがクリスを見た。

「あのね、ヨーコさん」笑いが収まったのか、クリスがやっと口を開いた。

「リタさんは、何でもかんでも思った事を口にする方ですが……実はとても不器用なんですよ」

「ぶぶぶ……不器用やてぇ――そ……そんなこと。

 あ……アタタタタ」

 力が入りすぎたのか肋を押さえる。

「リタさん……ヨーコさんに伝えたい事があるんでしょう?」

 涙目でクリスを睨むリタ。深くため息をつく。

「はぁぁ……ホント、うちらのおっかさんは意地悪やなぁ」

「誰がおっかさんですか」

 ヨーコはいまいち状況がつかめなくて、きょろきょろしている。

「あのな、ヨーコ」

「――へい!」びっくりして変な声を出すヨーコ。

「そのな……ありがとうな」

「え?」

「うちを助けてくれてありがとうな。

 さっきは、あんな事言うたけど、ヨーコは全然弱いことあらへんよ」

 リタは、恥ずかしくてヨーコの顔をまともに見られないのかそっぽを向いている。顔は真っ赤だ。

「リタぁ……」ヨーコの目にみるみる涙がたまっていく。

「ヨーコは誰よりも強いよ。うちらの頼りになる仲間や――――って。

 うわわわわ――――っ」

「リタ――――ありがとう――――僕がんばるよ。

 もっともっと強くなるよ――――」

 リタにしがみついて泣きじゃくるヨーコ。

「ヨーコ! ギブや! 痛い、それ痛いから――――」

「リタさんもあんなに恥ずかしがって……かわいいですわ。

 ツンデレ乙ですわ」

 つられて涙ぐむクリス。

「違う――――これ、マジで痛いわ。

 誰がツンデレや、こら! なんとかせーや――――」


◆◆◆


「……死ぬかと思うたわ。お花畑が見えたわ」

 結局、騒ぎすぎてナースに怒られた三人。

 燃え尽きてぐったりしてるリタ。

「ごめんリタ」

「もうええわ。あやまらんでええ」

「……」頃合いと見て話すタイミングを伺っているヨーコとクリス。

「そこ! なに目配せしてんねん。気色悪いわ」

「ごめん……あのね、リタ……」

「――――あの黒いヤツの事か?」

 ヨーコの言葉を遮るリタ。

「リタ……見てたの?」驚くヨーコ。

「てっきり気絶していたのかと思いましたわ」

「かなり朦朧としてたけど、ちゃんと見てたで」

 腕組みをするリタ。

「隊長にも聞いてみましたが、知らないという事でした」

 どこか腑に落ちない様子のクリス。

「まあ、そうやろうな……仮に知っていたとしても……」

 窓の外を見るリタ。

「どう言う事? 隊長が! 僕たちのビッグママが隠し事をしてるって言うの!」

「落ち着いてください! ヨーコさん」クリスがヨーコの肩を掴んだ。

「ご……ごめん……でも」涙ぐむヨーコ。

「まったく、ソルヴァインに乗ったらあないに強いのに、普段はすぐ泣くな……ヨーコは」リタが苦笑する。

「何も、隊長が私たちを裏切っていると言っているわけではありませんわ」

「せや、隊長はうちら雇われもんと違う。ミツルギの人間や。

 言いたくても言えん事もあるやろ」

「そうなのかな」すがるように二人を見るヨーコ。

「逆に言ってしまう事で、わたくしたちを危険にさらしてしまうのかもしれませんよ。よく考えてください。

 ――――わたくしたちは、に乗っているのですよ?」

 その言葉の意味が、理解出来るのにしばらくかかった。

 ヨーコは背筋に冷たいものが伝うのを感じた。

「そうか……そうだよね。あの女の人の事も知らないようだったし」

 ヨーコが明るく言う。

「女の人?」クリスとリタは互いに顔を見合わせた。

「誰のことや?」とリタ。

「ゴライアスに乗っていた――――」言いかけてヨーコは気づいた。

 二人は、あの女性を見ていないのだ。

 あの赤い髪の女性を――――

「パイロットを見たんですの?」クリスが訪ねる。

「うちも黒いのから降りてきた男が誰か抱き上げていったのは見たけど、女かどうかまではわからんかったで」

「僕も……細かいところ……までは、見えなかったよ。

 ……多分女の人だろうなぁって思っただけで」咄嗟に誤魔化すヨーコ。なぜか今、それを言ってはいけないような気がしたのだ。


「そうですか……何か手がかりがあれば良かったんですが」

「ごめん……」

「またあやまる! もうあやまるのは無しや。

 なんやヨーコに謝られると、小さい子を虐めてるような気がするわ。

 うちらとそんなに歳は変わらんのにな」

「え~リタひどいよ」頬をふくらませるヨーコ。

「ほら、そういうとこや……

 でもあれやな……ヨーコが子どもやったら、クリスがオカンで、うちはオトンか」

 楽しそうに笑うリタ。

「なっ――オカン!」クリスが嫌そうな顔をする。

「せや……なぁ母さんや~。

 うひひひひ」

「ひゃっ! お尻を撫でないで下さい。それはお父さんというより、ただのオヤジですわ!」

「あははははは」


 それまでの深刻な空気を忘れようとするかのように、三人は笑った。

 だが胸の奥に、澱のように重く冷たく沈んだ不安を、ヨーコは忘れる事が出来なかった。


◆エンディングテーマ “サクラ一夜のユメ”



◆次回予告

光鱗のソルヴァイン 第三話 Shall We Dance?


ヨーコ「さ~て、来週のソルヴァインは……」

クリス「だめですわ――――!」

ヨーコ「わわ! どうしたんだよ、クリス」

クリス「そんな来週のサ●エさんは、みたいではダメです。

もっとサービスサービス的な……」

リタ「しもた――――」

ヨーコ「うわっ……リタまでどうしたの?」

リタ「今回まったくエロいシーンおやくそくが無かったやんか――――」

ヨーコ「そりゃあ、今回はシリアス回だし」

リタ「甘いわ――――そんな事で数字が稼げると思うんかー」

クリス「そんなメタなツッコミはいりませんわ」

ヨーコ「数字ってナニ、お母さん」

クリス「誰がお母さんですか! だいたい、このお話は短編小説版ですから、そんなシーンなんてほとんど無いですわよ。テレビ版なら半分くらいはお約束アリですけど」

リタ「そ……そんな……うちのアイデンティティが――――」

ヨーコ「まあまあ、そんなシーンなくてもリタは可愛いよ」

リタ「いらんわ――――そんな慰め。そりゃあ、ヨーコは、元気が売りの元気があれば何でもできる娘やから、関係ないかもしれんけど。ついでに胸も無いかもしれんけど」

ヨーコ「リタひどい……本編ではあんなにいいセリフを炸裂させていたのに……クリス~」

クリス「よしよしですわ」

リタ「しゃあない、次の水着回で挽回や!」

クリス「ありませんわよ、そんなの」

リタ「何?……じゃ……じゃあ温泉回は?」

ヨーコ「ないよ」

リタ「な……なんやて――――いったいナニ回やねん!」

ヨーコ「え~と……なんだっけ?」

クリス「たしかダンス回ですわ」

リタ「なんじゃそりゃ――――めっちゃ微妙やんけ――」


ヨーコ「そういうわけで、次回

 光鱗のソルヴァイン 第三話 Shall We Dance?」


三人「次回も――――Touch go ソルヴァイン!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る