光鱗のソルヴァイン

原田ダイ

第1話 Touch go ソルヴァイン

 星々が煌めく宇宙空間に小さな光が生まれた。――だんだん大きく広がっていく。

 大きくなった光の円に複雑な文様が浮き出る。光の魔方陣。

 巨大な魔方陣から金属の固まり、宇宙船が出現する。

 宇宙船は、巣を後に付けた蜂のようなフォルム。

 亜空間転移装置AHドライブ搭載型宇宙船「女王蜂クインビー

 視界いっぱいにアップになったボディに、重なった三本の剣のマーク。

 星間企業ミツルギの社章。

 遠ざかっていく女王蜂。向かう先には、地球のような星。

 宇宙連合 主星 テラツー。


◆ナレーション

 25世紀の終わり頃、SFの中でのみ語られた宇宙旅行という人類の夢は、一人の天才によって現実のものとなった。

 アーネスト・ホーエンハイム。

 今では、スクールの教科書にも名を残す偉大な科学者にして、マッドサイエンティスト。晩年は、怪しげな魔術にも傾倒していたと噂される彼が発見し、開発した新航法“AHドライブ”により、光速でも数億、数万年を要する遙かな外宇宙への航行が可能となった。ただし、AHドライブ搭載型の宇宙船は開発と維持に莫大な費用を要するため、一部の巨大企業が運営し、結果、宇宙規模の巨大企業「星間企業」誕生のきっかけとなったのである。


 時代は星の時代“AS(Age of star )”と変わった。

 人々の生活の場が宇宙に広がっても人類がひきおこす問題は変わらない。更に複雑化、凶悪化した犯罪に対応するため、警察の代理として凶悪な犯罪者を追跡、捕獲する者、BH(バウンティハンター)が誕生したのである。


◆タイトルアップ 光鱗のソルヴァイン


◆惑星 テラツー 首都 NEOトーキョー


 夜のNEOトーキョー。巨大都市の煌びやかな夜景が広がっている。上空に青いヘリの姿。ヘリのボディには流星のマーク。アリオンサテライトニュースのロゴ。

 ヘリの中のリポーターが興奮した様子で街を見下ろして叫ぶ。


「ゼロ・ゼロ・シックス・セブン・ワン――アリオンサテライトニュース!」


 爆発音が響く。黒々とした煙が街から上がる。

 風にのってサイレンの音が聞こえてくる。


「“アンダーグラウンドリバー”の隠れ家にたった今、警官隊が突入した模様です。銃声が聞こえております。――ああ! また、煙と炎が上がりました」


 燃えさかる炎。

 中継のリポーターが声を張り上げる。


「激しい銃撃戦が――――」


 その時、ヘリの上空を何か黒い影がよぎる。

 下を見ていたリポーターに影を落とす。

 勢いよく顔を上げるリポーター。飛去っていくやじりのような形をした影を見つめる。


「トライ・アンジュのレイヴンだ!

――――ソルヴァインが出てくるぞ」


◆◆◆


「はぁはぁ……」


 夜の街を走る男。

 辺りの道路には車の姿はほとんど見られない。

 警官隊の封鎖が完了しているのだ。


「チィ――――」


 足がもつれて転びそうになる。

 筋骨隆々、タンクトップにアーミーパンツ姿のマッチョ。

 太い腕は、右腕だけが特殊合金で出来た義手、コンバットアームズだ。

 後ろを振り返り呟く男。


「オレ以外に逃げ切れたヤツは――――」


「残ったのはもうアンタだけや」


 女の声が答える。

 無人のタクシーの屋根に少女が片膝を立てて座っている。

 褐色の肌に燃えるような赤毛。

 体にフィットした薄手のダイバースーツのような服の上に、丈の短い黄色のジャケットと同色のミニスカート。胸元には剣を持った天使のマーク。


「もう観念した方がええと思うけどなぁ」


 屋根の上に立ち上がり、腰に手を当て胸を張る少女。

 豊かなバストが挑発するように揺れる。


「んだとぉ!」男が叫ぶ。


「BHのトライ・アンジュです。

 ガストン・ボマー! あなたを逮捕します」


 今度は後から別の少女の声。

 こちらは、黒髪ショートカットの小柄な少女。

 少年のような中性的な魅力をもった少女だ。

 小型の拳銃を構えている。

 同じデザインの色違い、赤のジャケットとショートパンツ姿。


「ヨーコ遅い!」


 ビシと黒髪の少女ヨーコを指さして叫ぶ赤毛の少女。

 ヨーコは、慌てて目の前で手を合わせる。


「ごめん~リタ。ちょっと道に迷っちゃって」

「あかーん。明日のダイナーのランチはヨーコのオゴリや!」

「そんな~リタひどいよ」


 二人のやりとりを好機と見たガストンが、こっそりと逃げようとする。


チュイーン!


 足もとに銃弾が撃ち込まれる。


「――――!」


 慌てて足を止めるガストン。


「おかしな真似は、しない方がよろしくってよ」


 上空を旋回するやじり型の無人機レイヴンから別の少女の声が聞こえる。

 辺りを見回すガストン。近くのビルの屋上に女の姿が見える。

 こちらは、青の上下にタイトスカート。長身に透けるような白い肌。長い金髪が街の明かりに反射してキラキラと輝く。深窓の令嬢といった雰囲気のメガネをかけた知的な美少女だ。


「クリス!」


 ヨーコとリタの声が重なる。


「二人とも油断しすぎですわよ」


 優雅に髪をかき上げて微笑むクリス。

 謎のポーズ月にかわって……を決める。


「あれは……何をしてるんや?」不審気に見つめるリタ。


「……きっとまた、アニメの影響だよ。

 ほら、夜中にクリスが熱心に観てる“伝説のアニメ特集”とかの……」


「おしおきですわー」という声と高笑いが聞こえる。


「……残念や。あれさえ無ければ完璧やのに」

「……そう……だねぇ」しんみりと呟く二人。


「まあええわ。――――よっと」


 車から飛び降りるリタ。

 彼女も手に小型拳銃を構えている。


「よーし、犯人! アンタを逮捕する。怪しい真似なんかせずにさっさと捕まりや」

「……」


 ゆっくりと手をあげるガストン。

 ヨーコのヘッドセットからピという通信音。

 ハスキーな大人の女性の声が聞こえる。


「こちら指揮車両“バックステージ”犯人は、確保出来たようね」

「イエス、マム」


 答える三人。


 指揮車両内では、スーツを着た銀髪の女性がマイクに向かって話している。

 長身で肩幅が広い凜々しい女性だ。長い銀髪で片方の目が隠れている。

 その後ろにヘッドセットを付けたオペレーターの三人の少女。同じ顔だが髪の色(ピンク・紫・赤紫)が微妙に違う。ヨーコたち三人より幼い。

 レイヴンから中継された映像を確認するオペレーターたち。

 

「犯人確認。データベース照合完了。各特徴の一致により90%以上の確率でアンダーグラウンドリバーのリーダー、ガストン・ボマーに間違いありません」


 少女の内の一人、ロゼが言う。


「カサンドラ隊長! 現場に急接近する車両があります。大型トレーラーです!」


 もう一人のオペレーター、マゼンダが叫ぶ。


「クリスさん足止めを!」


 最後の一人、オペレーター、スカーレットがマイクに向かって言う。


「ダメだわ、止まらない」


 クリスが銃を撃ちながら悔しそうに言う。


「やっと来たか」


 笑うガストン。

 リタとガストンの間に大型トレーラーが割り込んでくる。

 急ブレーキをかけて止まるトレーラー。


「毎度、山猫便です」


 帽子をかぶり、メガネをかけた運転手がガストンに向けて言う。


「おせぇよ。さっさと荷物を渡せ」怒鳴るガストン。


「うわっ! なんやコイツ」


 止まったトレーラーから大量の煙が発生。

 一瞬で視界が白く染まる。

 何かの起動音。巨大なシルエットが煙の向こうで立ち上がる。


「これは……まずいわね」


 カサンドラ隊長が呟く。


「うわぁ……」

「なんや、このデカブツは」


 見上げるヨーコとリタ。


「タンク〈戦車〉……しかも人型ですわね」


 ライフルスコープで確認しながら、クリスが呟く。

 煙が薄れて、戦車に手足がついたような姿が映し出される。


「さぁて、ガキども。次は俺のターンだ。

 逃げるなら、見逃してやってもいいぜ?」


 タンクのコクピットに座ったガストンが笑う。


「ふっ――――」

「ふざけないで!」


 セリフを途中からヨーコにとられてつんのめるリタ。


「リタ、クリス! ――――いくよ」


 バディホンスマホを構えて叫ぶヨーコ。

 長方形の端末の横に引き金のようなトリガーがついている。


「あいよ!」

「もちろんですわ」―――とリタとクリス。


 二人ともバディホンを構える。

 それぞれトリガーを引くと端末の背に翼のようなギミック〈アンテナ〉が開く。

 ヨーコが桜。クリスが星。リタがハートのサインを端末の液晶画面に指で描く。

 画面が光り、ソルヴァインの文字が浮かび上がる。

 端末から機械音声。


「DNA認識、アプリ起動。――――音声入力を開始して下さい」


 上空を旋回する三機のレイヴン。腹の部分から十字架型のコンテナがせり出す。

 ヨーコ・リタ・クリス、それぞれの顔がアップになる。

 三人の声が重なる。


「ソルヴァイン! Touch go!」


「―――クルス射出を確認!」


 オペレーター三人が叫ぶ。


ゴゴォン――――


 ヨーコ、リタ、クリスそれぞれの後ろに巨大な十字架〈クルス〉が突き刺さる。


「なんだありゃあ……」驚くガストン。


ガシャン――――


 クルスが開いて、機械の頭部、胴体、腕、足に別れた戦闘用特殊外骨格“鱗〈スケイル〉”が露わになる。

 三人がそれぞれ胴体部分に収まる。


「EG〈エナジージェル〉注入!」―――オペレーター三人。


 コンテナ内が燐光を放つ透明なジェル〈EG〉で満たされる。

 各パーツの関節部をジェルがつなぎ、硬化する。

 ソルヴァインの目が光り、クルスから進み出る。

 白い甲冑を着た騎士のようなデザイン。全長は4m程。女性的な細身のフォルム。

 両肩にミツルギのマーク。


「ソルヴァインだ! ミツルギのソルヴァインが出てきたぞ。

 カメラ回せ――――」


 上空のヘリでレポーターが叫ぶ。


「ふざけやがって――――」


ヴィィィィィン


 ガストンが叫び、両腕の機銃を発射する。


 ヨーコのソルヴァインが舞うような動きで全てかわす。


「ば……馬鹿な! 全部かわしやがった。

 あの図体でなんて動きだ……」


「私たちのドレスは特別製ですもの。無粋な殿方には捕まえられませんわ」

「そうそう、特にアンタみたいな、鈍くさ~いゴリラには、な」


「ちっ――――!」


 すさまじいスピードでガストンの目の前に現れるヨーコ。


「いくぞ――――」ヨーコ叫び。


 機体の背中に後光のような光の輪リングが発生する。


ゴォン――――


 右の正拳突きが炸裂し、吹き飛ぶタンク。

 タンクを運んできたコンテナにめり込み倒れる。

 リタのソルヴァインがタンクを乗り越えヨーコの隣に並ぶ。


「さぁて覚悟しぃや。引き続きうちらのターンや。

 ――――お?」


 タンクの迫撃砲がヨーコたちに向けられ、火を噴く。


ドォォォン――――


 爆発――――立ち上る黒煙。


「どうだ!」とガストン。


「残念でしたー」


 リタのクルスが菱形の盾に変形し、攻撃を防いでいる。


「うちのソルヴァイン・ナイトの盾は、特殊合金のダマスカスⅡ製やで。

 そんなちゃちなテッポウなんかでは、ビクともせんわ」


ダダダダ――――


 盾の影からサブマシンガンを撃つリタ。


「うおっ――――?」


 ヨーコのソルヴァインが走り出る。

 手に持ったクルスが縦に割れて左右一対の巨大なトンファーに変形する。


「くそっ! くるな!」機銃を撃つガストン。


キキキキン――――


 左右のトンファーを回して銃弾を弾くヨーコ。

 再び迫撃砲がヨーコに向けられるが、クリスが放った弾丸が砲身のジョイント部分とカメラを破壊する。


ドォォン――――


 十字架クルスが変形したスナイパーライフルを構えて笑うクリス。


 「クリス!GJ!」クリスに向けて親指を立てるリタ。


「今ですわ、ヨーコさん」「決めてまえ」


 二人の声に応えるようにヨーコのソルヴァイン・グラディエイターの背に、再び光の輪が出現する。


「おおおおおぉぉぉぉ――――」叫ぶヨーコ。


 左右のトンファーの連撃が打ち込まれる。

 両手を後ろに引き力を溜めるヨーコ。


「くらえ――――」


 双手突きのように左右のトンファーが同時にたたき込まれる。


グォォン――――


 建物の壁を突き破り、凄まじい勢いで吹き飛ぶガストン。

 機体の腕と足がちぎれて動かなくなる。


「よし!」ガッツポーズのヨーコ。


「作戦終了。三人ともお疲れ様」――カサンドラ隊長より通信。


「はい!」明るく答える三人。



◆指揮車両“バックステージ”内


 カサンドラ隊長に報告するスカーレット。


「警察からです。トレーラーの運転手は逃走した模様。

 トレーラーから枝を辿るそうです」

「わかりました。何かわかり次第報告をお願いします」


 思案顔のカサンドラ。スカーレットが心配そうに聞く。


「どうされましたか?」

「いいえ、なんでもないわ」


 笑って首を振る、カサンドラ。


◆カサンドラ独白

“重火器によるケースが増えてきたと思ったら、今度は人型か……

 私の思い過ごしなら良いんだけど……”



◆ヨーコ独白

「体に伝わってくるかすかな振動」

「作動音」

「血と硝煙と、オイルの入り混じった鋼の匂い」

「狭く、窮屈なこの“ソルヴァイン”の中は、僕をとても落ち着いた気持ちにさせる」

「孤児の僕にはそんな思い出はないけれど、母親の腕の中というのはこんな感じなんだろうか?」

「母さんのお腹にいたころの僕は、こんな安らかな気持ちだったんだろうか……」


序々に音が入ってくる、計器類の音。ソルヴァインの歩行音。オーライという整備員の声――――


◆ミツルギ本社内工場 ソルヴァインドック


 クルスに格納されたソルヴァインが三機。

 胸の辺りに搭乗用のタラップがセットされている。


「ご開帳だぞ。――――おら! デバガメども、下がれ下がれ!」


 ソルヴァインのまわりを取り囲んだ作業員たちに向かって、白髪、ひげ面の初老の男が叫ぶ。


「おやっさんひでぇ――――」ブーブー文句を言いながら下がっていく男たち。


「開けるぞ!」


バシュゥゥ――――


 おやっさんの合図で、空気が抜けるような音と共にソルヴァインの胸の部分が開く。

 開いたところから、大量のゼリー状の液体が床に落ちる。

 タラップに降り立つ三人。三人ともベトベト。


「おおおおおおぉぉぉ――――エロい」


 どよめく男性整備員たち。


「ベトベト~」嫌そうなヨーコ。


「これだけは……慣れませんわね」恥ずかしそうに胸元を隠すクリス。


「おらー! おまえら、タダ見はゆるさへんでぇ~

 金払え――!」腕を振り回して怒るリタ。


「あはははは……ん?」


 笑いながら辺りを見回すヨーコ。

 リタとクリスの周りに人だかりが出来ているが、ヨーコの周りには人が少ない。


「むぅぅ~~! なんでなのさ――!」ヨーコ叫び。


◆◆◆


 三人がバスタオルで体を拭きながら降りてくる。


「三人とも調子はどうだい。気になるところはないかな?」


 声のする方へ振り向く三人。

 お腹と両耳の端が白い黒猫〈ドク〉がいる。

 やたらと男前な声でしゃべる猫。


「ドク!」ヨーコ・リタ。

「どこも悪いところは、ありませんわ。

 アルフォンス・ハインミュラー博士」


「ドクで良いよ、クリスティーナくん。本名で呼ばれるのは好きじゃないんだ」照れる猫。


「も~~相変わらずドクはシャイでちゅね~」

 抱き上げて喉を触るリタ。


「本当だよね~

 ソルヴァインを作っちゃうようなすごい科学者なのに、対人恐怖症……だっけ?

 そのせいでそんな猫の着ぐるみを着なきゃ人と話せないなんてねぇ」


 いっしょにドクのお腹や頭を撫でるヨーコ。


「着ぐるみ違うわ! こんなちっちゃな猫の中に入れるわけないだろう!

 どうして君はそう馬鹿なんだ」抗議するドク。


「ああぁぁ――馬鹿って言った。馬鹿って言う方が馬鹿なんですぅ!」

 拗ねるヨーコ。


「なにぉぉ~この天才を馬鹿呼ばわりするとは、これだから凡人は。

 ――こら、リタくん。君もいつまで私を撫でているんだ!

 猫扱いしないでくれたまえ!」暴れるドク。


「猫じゃん」「猫だよね」「猫ですわね」三人。


「猫ではない! ――猫型端末だ。猫型ロボットだ」


「ロボットには見えないよ。どこから見ても猫だし」お腹を触りながらヨーコ。


「まったくですわ! ――猫型ロボットなら青くないと!」


「――って、ツッコムところ、そこかい!」クリスにつっこむリタ。


 ソロソロとその場を離れようとするドク。


「こら待てヌコ――! 話はまだ終わっとらんでー」


 ドクの首根っこを捕まえてつまみ上げるリタ。


「なんだ、なんだ! まだ何かあるのかい」


「大ありや! これ見てみい」胸元を見せるリタ。


「……おっぱいがどうかしたのかい?」


「誰がチチの話をしとるんじゃボケ――!

 このベトベトや! なんで、毎回毎回こんなエロい格好せなあかんねん。

 うら若い娘が! タダで!」


 腕を振り回して抗議するリタ。


「タダは……関係ないんじゃないかな」ヨーコ。


「ああ……なるほどEGの事か」納得するドク。


「これは、何とかならないんですの?」「うんうん」とクリスとヨーコ。


「う~ん」器用に腕組みする猫。


「そうは、言ってもね。EGはソルヴァインシステムのだからね。

 EGがソルヴァインの筋肉となり、血液となり、神経となる事で大型の機体相手でもパワー負けせずに戦えるし、装着者の体の一部のように動く事が出来るんだよ。

 それに機体が受けたダメージをEGがかなり軽減してるんだ。これが無いと君たち死んでしまうよ?」


「それは解ってるけど――恥ずかしいんだよ。

 何とかしてよ、天才科学者なんでしょ?」


 頬をふくらませるヨーコ。


「……それを言われると弱いな」


 リタの腕から降りると円柱状の専用端末に飛び乗るドク。

 肉球型のコンソールを器用に操って、スクリーンに水晶のような綺麗な惑星を映し出す。惑星ピューレスと表示されている。


「これが惑星ピューレスだ。陸地はほとんど無い、海だけの星だよ。

 知っていると思うけど、EGはサンプルとして採取したこの星の海水を人工培養、調整したものだ」


「どっかの星の海の水で動いてんのやろ? それくらい知っとるわ」「うんうん」


「違うよ」とドク。


「何が違うねん!」「そうだよ。海の水でしょ」

文句を言うリタとヨーコ。


「ピューレスの海はただの水じゃない。生きているんだ」


「――――確かムーヴと言うんでしたね。ピューレス人の言葉では」

クリスが思い出すように言う。


「さすがクリスくん。こちらのお馬鹿さんたちとは違うね」


「ムキー、この猫!」怒っている二人は無視してドクが続ける。


「ピューレス人はこのムーヴの中では、人の形はしていない。それどころかほとんど海に溶けているんだ。どこまで海か境目が無いくらいにね。

 つまり、この海――ムーヴ全体が一つの生命体でもある。つまり、言ってしまえば、ピューレスと言う星自体が一つの生き物なんだ。

 ――ちなみに、ムーヴという言葉は、海以外にも“自分自身”という意味もあるそうだ。おもしろいだろう?」いたずらっぽく笑うドク。


「つ……つまり、うちらは何かよくわからん生き物の死骸まみれになっとる言うわけかい?」体についたEGを気味悪そうに見るリタ。


「もしそうなら、ソルヴァインももっとすごい事が出来たかもしれないけどね。残念ながらそうじゃない」


 ホッと胸をなで下ろすヨーコ。


「ピューレスのムーヴの特性のみを再現した疑似ムーヴと言ったところですわね。

 ――――もっとも、それだけでも大したものですわ」


「お褒めにあずかり光栄至極」芝居がかった仕草でお辞儀をするドク。


「もしかしたら、このEGも何か意志のようなものを持ってるのかもしれないけどね」


 なぜかヨーコを見つめるドク。

 なんだかわからなくて首をかしげるヨーコ。


「とりあえず、今のところは一回の出撃で死んでしまうEGを新しく注入し直す必要があるのさ。君たちには申し訳ないけど」


「な~んか上手くはぐらかされた気がするけど、まぁ勘弁したろか」

「うんうん。シャワーでも浴びてさっぱりしようよ」


 笑いながらドックを出て行く二人を見ながらドクが呟く。

 クリスがそれを見ている。


「ピューレスに知的生命体が発見されたのは、つい半世紀程前のことさ。

 それ以前の調査では、まったく発見されなかったんだ。

 それが突然、ピューレス人を名乗る者が現れたんだ。ムーヴの中から自我に目覚めた者が出始めたんだそうだ。

 これが何を意味するのか……私は、調査に行った人間の意識が何らかの影響を与えたんじゃないかと思っている。

 ――――もしかしたら、ムーヴに落ちて命を落とした人間がいたのかもしれないね」


「ドク……あなたは……」ドクを見つめるクリス。


「冗談さ――――冗談だよ」振り向いて笑うドク。



◆ソルヴァインドック シャワールーム


 シャワーを終えて出てくる三人。

 バスタオルを巻いている。


 クリスの胸を見るヨーコ「……」自分の胸を見る。

 リタの胸を見るヨーコ「……」自分の胸を見る。


 しゃがみ込んで落ち込んでいるヨーコ。


「どうしたんですの? ヨーコさん」


「うぐ……な……なんでもない」うめくヨーコ。


「うはははは――――かー、これこれ。

 一仕事終えた後の一杯は最高やのー」


 缶ビールを飲んでご機嫌のリタ。


「リタ……一応、僕たち未成年なんだよ?」たしなめるヨーコ。


「大丈夫や……ほれ、見てみい」


 リタのビールには「こどもビール」と書いてある。


「な?」

「――――な? じゃないよー!」とヨーコ。


「しゃーないなー。じゃあ、こっちのこどもワインにしとくか……いや、こどもウィスキーにするか」


「もぉ――――!」地団駄を踏むヨーコ。


「あら……素敵なブレスレットですわね」

 ヨーコのブレスレットに気がつくクリス。


「ほほ――――それ、昨日はしてへんかったなぁ。

 さ・て・は……男からの贈り物かにゃぁ」


 ニヤニヤ笑うリタ。


「ち……違わない……かも」しどろもどろのヨーコ。


「な――――! なんやて――――ヨーコに男やて!

 それは、是非いろいろ聞かせてもらわなあかんなぁ」

驚くリタ。


「違うんだ! そんなんじゃなくて……これは、ドクに貰ったんだよ」


「なに! あのヌコめ――――てっきりクリス狙いやと思たら、ヨーコが本命やったんか!」


「何を言ってるんですの。そんなわけないじゃないですか」

「そうだよ」

 笑う二人。


「これは、何かの計測機器だって言ってたよ。出来るだけずっと付けておくようにって」


 ブレスレットを見ながらヨーコが言う。


「ふ――――ん……ヨーコにだけ計測機器?

 怪しいなぁ……盗聴器やないやろな?」


「それは違うと思いますわ」即座に否定するクリス。

「なんで?」

「何となく……そんな気がするんです」

 ヨーコのブレスレットを見ながら、クリスが呟く。

「うん! 僕もそう思う」ヨーコも笑って同意する。

「まあ……ええけどな」リタも笑う。


◆ソルヴァインドック


 EGの培養槽がアップになる。

 中の液体に小さな光が舞い、蛍のように点滅する。


◆エンディングテーマ “サクラ一夜のユメ”



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