第58話 魅惑の御宿・竹ふえ『ご汁』とはなんぞや?編

 ようやく旦那が服を着て暫くすると、夕食を運んできたと従業員さんから声をかけられた。食事は囲炉裏部屋に用意されるのだが、地のものをふんだんに使った豪華なものだ。特に器は夕食のテーマ『かぐや姫』を連想させるようなものばかりで、思わず口から溜息がこぼれる。

 そんな美しい料理の数々に見惚れている間に料理の説明が終わり、担当従業員さんが『では』と尋ねてきた。


「明日の朝食なのですが、汁物を味噌汁とご汁どちらかからお選びいただけます。どちらになさいますか?」


 ご汁―――聞きなれないその言葉に私は敏感に反応する。


「ご汁ってどんなものなんですか?」


 未知なる食べ物に興味津々に尋ねる私に、従業員さんは嫌な顔ひとつせず答えてくれた。


「熊本の郷土料理です。水に浸して柔らかくした大豆をすり潰して絞ったものを入れた味噌汁、と言ったところですね。お二人で一つの鍋になりますが」


「じゃあ味噌汁で」


 私が口を開く前に旦那が口を挟む。『自分が知らない料理は口にしたくない』という保守的なところが頭をもたげたようだ。だがここでご汁を食べれなければ一生食べることは出来ないだろう。どうしても諦めきれずブツブツ口の中で私が文句を言っていたその時である。


「でしたらお一人ずつのお鍋にいたしましょうか?それぞれお味噌汁とご汁に分けてお出しすることもできますが」


 私がよっぽど未練がましく見えたのだろう、見るに見かねた従業員さんが助け舟を出してくれた。勿論それに乗らない手はない。


「それでよろしくお願いしますっ!私はご汁でっ!!」


 ここを逃す訳にはいかないと、私は即座にご汁をリクエストする。


「承知しました。では朝食ではそれぞれ小鍋で出させていただきます」


 と、従業員さんは笑顔で対応してくれた。馬刺し、辛子蓮根、太平燕に比べて全国的にはマイナーな熊本名物をこれで確実に食することができるのだ。

 美味しい夕飯を食べつつも、私は明朝出てくる熊本名物に思いを馳せる。だがそんな幸せな気分も夕飯の間だけであった。そう夕飯の後、旦那の『全裸のまま部屋から露天風呂移動』及び『窓の外で全裸踊り攻撃』が始まり、私の穏やかな夜は失われることになる。

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