第4話 寝台特急カシオペア北海道上陸編
車内探検がてら限定グッズをしこたま買い込み、持ち込んだ夕飯の駅弁を食べ終わると特にする事も無くなる。なので8時前と時間的には少々早めだったが、私達は早々にベッドを引っ張りだしごろごろし始めた。
食事の後のダラダラタイム―――自宅にいる時と何ら変わらないような気がするが、そこはあまり気にしない事にする。というか、車窓の景色を楽しもうにも既に日は暮れ外は真っ暗、大都会・東京から離れるに連れて夜景もどんどん寂しくなってゆくのだ。更に天候もいまいちで、月も星も見えない侘びしい夜空ときている。だったらラウンジで一杯くらい、と思うのだが『ラウンジの酒は高い』と旦那に却下された。
しょっぱなのヲタ土産で樋口一葉に羽をつけて飛ばした男に言われたくないが、カシオペアから降りたら北海道の恵みとともにサッポロビールにありつけばいいとそこは妥協する。となると効果寝台列車の中とはいえごろごろするしかやる事はないのである。
「そういえば明日の朝、函館に何時ごろ到着するんだっけ?」
一応旦那に尋ねた私だったが、別に正確な時間が知りたい訳ではなかった。要は自分が起きることが可能か否かが知りたかっただけなのである。しかし鉄ヲタの返事はそうではなかった。
「6:35に到着するよ。で、あわよくば少し外に出て函館駅で写真撮りたいんだよね~。上野駅は人が多くてあまり良い写真取れなかったし、もっとゆっくり外からカシオペア見たいし」
しれっと言い放った旦那だが、人が多いと言いつつがっつり上野駅でカシオペアとのツーショット写真を私に撮らせていたのは何処のどいつだ。私はカシオペアオンリーの写真が撮りたかったのに……旦那が入りこんだせいでTwitterに正面の画像をUPすることができなかった私はちょっとムッとする。
そもそも何故時刻表も見ずに下車駅じゃない駅の停車時刻まで事細かに覚えているんだ?私の誕生日はろくに覚えていないくせに。これだから鉄ヲタは・・・と内心思ったが勿論口には出さない。実のところ、私もその点で旦那を責めることが出来ないからだ。
私も時々旦那の誕生日を忘れることがあるが、池田屋事変の日にちや土方歳三の誕生日はきっちり覚えている。趣味の事は覚えなくてもいいことまできっちり覚えるのだが、そうじゃ無い事は極めてアバウトにしか覚えていない……言ってしまえば似たもの夫婦なのである。ただその事実は私の胸にしまいこんだまま、旦那が希望する明朝の写真撮影を私は承諾した。
寝台車の揺れは慣れるとかなり心地よいものだ。その適度な揺れに誘われ、いつの間にか眠ってしまっていた私が目覚めたのは、その心地良い揺れが無くなっていた為、すなわち動いていない列車に気がついたからである。不思議なものだが延々続く線路を走る音と揺れが無くなった途端に人間とは起きるものらしい。
「あれ、もう函館に到着したのかな?」
だが、窓の外はまだかなり暗い。少なくとも9月の6:35の明るさでは無かった。それなのに列車は止まったまま動こうとはしないのだ。一体何があったのか……、そう思っていたら、私が起きたことに気がついた旦那が声をかけてきた。普段から眠りが浅い旦那だだけに、この状況にもいち早く気がついたらしい。
「おはよ~。何か電車止まっちゃっているみたいだけど、どこかに着いたの?」
あくびをしながら私は現時点での状況を旦那に尋ねる。すると旦那から返ってきたのは全く思いもしなかった返事だった。
「なんかさぁ、豪雨で電車が止まっちゃっているみたいだよ。さっき車内放送があった」
「豪雨ぅ?」
私は反射的に窓の外を見る。何だかんだ言って防音はしっかりしているらしく雨音はあまり聞こえなかった。だが、確かに尋常じゃない量の雨が車窓を叩きつけている。どうやら規定量以上の雨が降ってしまい、カシオペアは立ち往生を強いられているとのことだ。
「だから函館への停車時間が殆ど無いんだって。写真取れなくなっちゃった」
いや、心配するのは写真云々じゃないだろう。私達は現在進行形で災害に巻き込まれている状況じゃないか。立ち往生くらいで済んでいるからいいものの、ヘタしたら本物の事故に遭うかねないだろうとツッコミを入れようと思ったが、あまりにもがっかりしている旦那を前に何も言えなくなる。
そんな落ち込んだ空気が部屋に漂う中、暫くすると状況説明の車内アナウンスが流れ始めた。どうやら1時間ほど遅れるらしいが、何とか先に進めるとのことだ。最悪の場合、初日の札幌観光は諦めなくてはならないかもしれないと覚悟を決めていたが、何とかお昼過ぎには札幌に到着できそうである。
そして放送から約30分後、カシオペアは1時間弱の遅れでようやく動き始めた。ここまで来ると残り4時間半ほどの電車旅だ。
「あ~っ、これで無事札幌に行ける~っ!!」
無事動き出したカシオペアに安心した私は、寝台車にしては寝心地が良いベッドの上でごろごろしつつ、もう一眠りとばかりに布団を肩まで引き上げた。
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