第2話 寝台特急カシオペア乗車編
マンガや小説、キャラクターに人気の有る無しがあるように、列車にも人気の有無がある。尤も人気があっても許容人数が多ければ―――乗りたいと思う人が全員乗車できるのならば何ら問題ない。しかし一日に一本だけしか運行しないとか、週に一往復しか運行できないという限定列車になるとチケットを手に入れるだけでも一苦労だ。
そしてうちの旦那はよりによってその手のプレミアム列車が大好物である。世の中には通勤列車が好きという奥ゆかしい乗り鉄もいるのに、旦那は普段乗りつけている平凡な列車には全く興味を示さない。なので本当に好きな列車に乗りたいと思った時、チケットの購入はかなり大変なことになる。
例としてあげるならば引退直前のトワイライト・エクスプレスだろうか―――あの時は私もひどい目に遭わされた。『2015年3月で引退!』と報道された途端に旦那が目の色を変え、ほぼ取得不可能と思われるそのチケットを取得せんが為、何故か私が早朝6時にみどりの窓口に並びチケット争奪戦の予約をする羽目になったのである。因みに毎朝1番に申し込みをしても敵は全国の鉄オタ達、運に左右されるチケット争奪戦に勝てる筈もなく結局トワイライトエクスプレスに乗ることは叶わなかった。
閑話休題、そんな事が日常茶飯事だったから、寝台特急カシオペアのチケットをあっさり取ってきた時は本当に驚いた。思わず『どんな小狡い手を使ったのか?』と本気で思ってしまった程である。そして案の定そのチケットには案の定『おまけ』が付いていた。
「実はこのカシオペアのチケットさぁ、二泊三日ゴルフツアーと抱き合わせなんだよねぇ」
旦那はカシオペアのチケットを見せながら恐る恐る私の顔色を伺う。
「だから俺はゴルフをやるから、うみちゃんは2日目と3日目、一人でどこか見に行っていてくれない?」
さすがに嫁を放ったらかし、自分の趣味でがっちり固めた旅行に罪悪感を感じているらしい。後に聞いた話だが会社の同僚にも『さすがにソレはないだろう』と突っ込まれたそうだ。文句の一つや二つ、言われるのを覚悟している様子の旦那だったが、私の口から出たのは彼にとって意外であろう言葉だった。
「うん、いいよ。私の行き先は江差と函館になると思うけど、見たいところ沢山あるから♪」
そう、北海道・函館といえば土方歳三及び旧幕府軍の聖地である。歴女として押さえておきたいところは山ほどあるのだ。むしろ『一人で行動しろ』というのは旦那に邪魔されず一人好き放題幕末探訪を楽しめると断言してもいいだろう。旦那は後ろめたさを感じているようだが、この申し出は私にとってむしろご褒美、めくるめく歴女パラダイスの幕開けだったのである。
旦那がチケットを取得して約1ヶ月後、ようやく寝台特急カシオペアに乗車する日がやってきた。上野発カシオペアの出発時間は16:20である。それにも拘らず『じっくりカシオペアを見たいから』という鉄オタの要望により、私達は30分以上も前に上野に到着した。
そんな我々の手には夕飯用の駅弁と晩酌用のビールがぶら下がっている。これらの駅弁はカシオペア内で食べる予定の夕飯である。つまりカシオペアで出される豪華ディナーではなく、馴染み深い質素な駅弁で安く上げようという訳だ。
これは自分が興味を持っているモノ意外、極力出費を避ける―――すなわち極めてドケチなB型男を絵に描いたような旦那の意向である。旦那が興味を持っているのはあくまでも『カシオペア』そのものであり、中の食堂車で出てくる豪華ディナーではない。グルメは北海道についてからとことん楽しむからカシオペア内での散財は極力控えたいと旅行前にほざいたのだ。なので一人8500円也のディナーをまるっと節約、一人1000円のお弁当と一本200円弱のビールを車内に持ち込むことになったのである。
私としてはカシオペアの豪華ディナーが食べたかったし、食堂車の乗務員さんのサービスも受けたかった。はっきり言って未練タラタラだったが旅行代金を稼いでいるのは旦那だ。残ではあるがこの節約した分は江差・函館における単独行動時に取り戻せばいいと不満を呑み込み、私達はホームに停車している銀色の列車に乗り込んだ。
私達が乗るのは6号車の一階にあるカシオペアツインと呼ばれる部屋である。車窓の目線が駅のホームで、行き交う人々の足首だけしか見えないいう欠点はあるものの、TV、トイレ、洗面台が完備されており室内の広さも申し分ない。ただそれはベッドが折りたたまれソファー状態になっているからかもしれない。ベッドを広げたら部屋の半分以上がベッドに占領されてしまうだろう。
そんな車内観察をしながら荷物をベッドの上に、弁当とビールをテーブルの上に置くなり、旦那は早速あちらこちらを覗き始めた。やはり念願のカシオペア、かなりテンションが上がっているようだ。しかしトイレと判っているドアを何度も開閉して何が楽しいのだろうか?
オタクは自分が好むジャンル以外に対してはとことん冷静、悪く言えば冷ややかである。とにかく私としては喉が乾いているので早くビールが飲みたい。だがこんな調子では暫くは無理だろう。はしゃぐ旦那を生暖かく見守りつつ、私はテーブルに置いた缶ビールに物欲しげな視線ちらりっとやった。
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