鉄と歴女のヲタク旅~そして私は旦那に振り回される
乾小路烏魅
第1話 プロローグ・つくばエクスプレス編
それは風薫る五月、新緑が映える爽やかな初夏の日の午後の事だった。
(お願い、もう勘弁して……これだから乗り鉄と一緒に電車にのるのはイヤなんだよぉぉ!!)
つくば駅14:30発のつくばエクスプレス区間快速、一両目前方の座席に座った私は心の中で絶叫する。その元凶は他でもない、私の旦那その人だった。
死んだ魚のように虚ろになっている私の視線の先には、テンション高く運転席の真後ろにはへばりついている旦那がいる。しかもそこにいるのは旦那だけではない。他の乗り鉄(成人男性)が3人、つまり合計4人のオッサン乗り鉄がつくばエクスプレスの運転席の背後にへばりついているのだ。更に言うならばこの日は平日である。いい年こいたオッサンがこんなことをしていて良いのだろうか?という心配が頭をよぎるが、旦那同様他の3人もきっと有給休暇を取っているのだろう。もっと有意義な有給休暇の使い道があるだろうと鉄オタじゃない私は思うのだが、彼らにとって運転席の真後ろに陣取ることこそが『有意義』なのだ。
幼稚園児が背伸びしながら運転席を覗いている姿であるのならば微笑ましい。しかし骨の髄までオタクが染み込んだ乗り鉄のおっさん4人が涎を垂らしそ~な表情で運転席を覗きこんでいる姿はどう贔屓目に見ても異様だ。奴らに『車窓から見える新緑眩しい景色を堪能する』という優雅な選択肢は間違いなく無いであろう。己の萌えの赴くままただひたすら運転手の一挙手一投足に注目する、それが鉄オタなのだ。正直関係者と思われたくない私は、少し離れた座席で他人のふりを決め込んでいる。
そうこうしているうちに車両は停車していた『流山おおたかの森』駅から動き出した。その瞬間、私はあることに気が付き愕然とする。
(ああっ、流山が過ぎ去ってゆくぅぅぅ!近藤局長ぉぉぉ!)
私は新緑が流れてゆく車窓にへばりつく。そう、流山といえば知る人ぞ知る新選組の聖地の一つだ。その聖地に降り立つこともできず、ただ車窓に流れる新緑を眺めるだけとは……この瞬間、私の頭の中から旦那の存在は消えた。旦那の事を何だかんだ言っているが私自身もオタクの端くれ、歴女である。特に新選組の大ファンで、その迸る愛情ゆえ新選組を主人公にしたWEB小説まで書きなぐっている程だ。
それなのに聖地・流山に降り立つことさえ出来ず、指を加えて見つめているだけどは……心の中で涙を流しつつ、ちらりと旦那を見やると、相変わらず運転席の後ろにへばりついている。つくばを出発してかれこれ30分、正直飽きないのだろうか?結婚15年目になる私たち夫婦だが他ジャンルのオタクの心理は正直理解できない。夢もロマンもへったくれも無いと言われても、夫婦の実情などこんなものである。
そもそも結婚する前、何故相手が鉄道オタクだということに気が付かなかったのか?付き合っていればそれなりに相手の趣味が判りそうなものだろうとよく友人に言われる。
しかし私を含めてオタクというものは、趣味に対する自分ののめり込み方が尋常じゃないことを自覚しているものである。それ故付き合っている恋人にばれないようにひた隠しにするのだ。そしてそれを知った時には籍も入れてしまって既に手遅れ、という事態に陥る。
私もその例に漏れず旦那が鉄オタだと知ったのは結婚した後、新婚旅行先を聞いた時だった。人生たった一度の新婚旅行、その行き先に関して私の希望など一切聞かずいつの間にかカナダVIA鉄道、バンクーバ―からジャスパーへの鉄道旅になっていたのである。時期的にも私の仕事が最も多忙な時期とかち合い、さすがにこの時は私もキレた。
そんなドタバタ新婚旅行から始まり、帰省以外の旅行の移動手段は殆ど鉄道、北海道や九州に行くのさえ新幹線や寝台特急を利用するという有り様である。そんな旦那のオタクに気が付かず、結婚してしまった私の落ち度といえばそれまでだ。しかし奴は結婚する前、オタクの尻尾をひた隠しに隠し続けていたのでそれに気づけという方が無理である。
そんな事を思い返している内につくばエクスプレスは北千住駅に到着した。東京都に入ってくると長閑だった車内の状況も一変、乗客も多くなりかなり混んでくる。運転席真後ろの特等席を陣取っていた鉄オタ4人組も居心地の悪さを感じ始めたのか、三々五々運転席後ろの特等席から離れ、旦那は私が座っている席の近くに戻ってきた。
「いや~楽しかった!やっぱり運転席後ろの特等席は最高だよね!満足満足!」
開口一番、乗り鉄ならではの一言に呆れを通り越して笑うしかない。そんな苦笑いを浮かべる私に対し、旦那は『今度は家族サービスをしてやる!』とばかりに偉そうに言い放った。
「じゃあ秋葉原に着いたら今度はうみちゃんが希望していたメイド喫茶に行こうか」
本当の第一希望は家電量販店のPCコーナーなのだが、それに付きあわると旦那の機嫌が悪くなるのは必至である。嫁を自分のオタク趣味に付き合わせることは何とも思わない旦那だが、自分が相手に合わせることは出来ないのだ。
それ故第二希望のメイド喫茶を提案しただけの話なのだが、私のそんな気遣いもつゆ知らず旦那は無邪気にはしゃいでいる。電車に乗せておけば基本的にご機嫌なので扱いが楽といえば楽だが、毎度付き合わされる方としては堪らない。
折角東京まで出てきたというのに上野の博物館、美術館を始め江戸の歴史建造物さえろくに見ることも出来ないとはどういう事だろうか?旦那に付き合いつくば~秋葉原間を往復しただけの私は、言いようのない徒労感に襲われ、到着した秋葉原で下車をした。
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