第42話 新しい女性魔王誕生
バレンタインデーから数日が経った。オレはいつも通り高校に登校して、いつも通り少し女アレルギーを起こしつつ授業を受け、いつも通り帰宅する。
何も変わらない平凡な1日……そんな風に思っていた。
玄関ドアを開けると、来客の靴がズラリと並んでいて違和感に気づく。しかも全部女性用の靴ばかり。
客間から現れた母さんに「イクトのゲーム仲間が遊びに来ているわよ」と告げられる。
ゲーム仲間達は客間に通したとのこと、なんだろう? さっそく客間に入ると、異世界アースプラネットでの仲間達が集合していた。
メンバーは賢者マリア、エルフ剣士アズサとその妹のミーナさん、ウチに下宿している神官エリス、オレの実の妹アイラとそのアイドル仲間のなむらちゃん、猫のミーコとミーコの人間バージョンにそっくりなメイドのランコさん……。
もしかしてアースプラネットで出会った人達ほぼ全員集合? 珍しい……よっぽどの事があったのか?
12畳ほどのごく普通の和室のテーブルを囲んで全員正座で座り、お茶とお茶菓子が置いてあるものの誰も手をつけた様子がない。しかもみんな深刻そうな表情である。
「みんな揃って……何かあったの?」
おそるおそる尋ねると、最初に口を開いたのは実の妹アイラだった。
「……お兄ちゃん……」
妹アイラは、既に泣いた後のようで目を赤く腫らしていて、実はね……と何か告げようとしているものの涙がこぼれてきて言葉が続かないようだ。友人のなむらちゃんがアイラを慰めている。
「……イクトさん……
珍しく真剣なマリア、魔王だけど家出してきちゃった真野山君?
「真野山君なら今日も学校で会ったけど、相変わらず超美少女に見える男の娘ぶりを発揮していて平常運転だったぞ、特に何も言ってなかったけれど……」
「真野山さんは家出中の身ですし、まだこのニュースについて何も知らないのではないのかしら?」
と、下宿人の神官エリス。
「にゃーにゃーにゃー」
メイドのランコさんに抱っこされながらニャアニャア鳴く黒猫のミーコ……猫語はよく分からないが何か言いたげだ。
「でもさ、家出中の身とはいえ自分の立場が大きく変わっちゃったんだ。一族の代々の怨みって深そうだし、もし知らないんだったら早く連絡した方がいいんじゃないのかなぁ?」
アズサが何やら物騒なことを言っている。アズサの妹のミーナさんが、エルフ協会に真野山君の保護協力をお願いすることを提案している。
家出中とはいえ、魔王の真野山君を保護ってずいぶん大変そうな話だな。
「……あの……何があったのか教えて欲しいんですけど」
状況がさっぱり分からないオレは暗くて深刻なムードの中、遠慮がちに尋ねてみた。
するとみんなで顔を見合わせた後、マリアがある新聞をオレに手渡してきた。
「……動揺しないでくださいね……それから真野山さんにすぐ連絡をお願いします」
そう言ってマリアが手渡してきた新聞を確認すると、異世界アースプラネットが発行している魔族系スポーツ新聞だった……【号外】と書いてある。
【号外】旧魔王一族王権復帰へ……。
旧魔王一族であるゴスロリドール財閥が王族に復帰した。ゴスロリドール財閥は、一族の若い令嬢であるカノン嬢を一族の長に推薦している。
これにより、現在の古代ドラゴン系の魔王一族は魔族政治から完全撤退することになった。
カノン嬢の就任式は今週中にも執り行われると見られる。新しい女性魔王のカノン姫の今後に期待だ!
スポーツ新聞には、妖艶なドレスを見に纏い美しいティアラをつけてドレスアップした、幼馴染みカノンが魔王の玉座に座る姿が映っている。オレは目を疑った。
「これは……カノンが魔王? 新しい魔族達の姫?」
オレが幼馴染みの変貌に動揺していると、続けてマリアが「カノンさんのことも心配ですが、真野山さんは孤立無縁の状態であると思われます……命の危険も……」と、不吉な事を言い始める。
オレはものすごく混乱していたが、すぐにスマホで真野山君に連絡し家に呼んだ。
「あのっ、なんだか今日はすごく騒がしくって、いろんな魔族の人たちが逃げろとか言ってきて……」
走って俺の家まで来たらしい真野山君。いつもは乱れることのない青い髪が珍しく乱れている。ハアハアと息を切らして、まるで追っ手から逃げてきたかのような態度だ。
真野山君は放課後に元部下の魔族から逃亡を勧められたり、いろいろと大変だったらしい。一応無事なようだ。
カノンは今どうしているんだろう? 何故女性魔王に? 魔王と勇者は敵同士なんじゃないのか? 真野山君なんか魔王になるのが嫌で家出までしてきたというのに……カノンは社交界デビューして、人が変わってしまったのだろうか?
オレはすっかり遠くなってしまった幼馴染みのことを思って、胸が苦しくなった。
* * *
(イクト……私はイクトのことが好き……)
イクトの幼馴染みでゴスロリドール財閥の令嬢カノンは、古城のテラスで物思いに更けていた。
赤い月が輝く冥界の夜空を眺めながら、カノンは自分の立場が大きく変わってしまったことを実感していた。けれどもう後には引けない、それどころかむしろ……。
カノンは自分が魔族の姫君に就任することになって最初は少し動揺したものの、今は不思議と気持ちが落ち着いていた。これはカノンに流れる旧魔王一族の血がそうさせるのだろうか? 魔族のトップである地位でさえ、元々自分のためにあるようにさえ感じられる。
けれどカノンを女性魔王の地位に就任させたキッカケは、名誉欲でもなければ一族の血統の為でもない。そんなこと、恋する女子高生カノンにはどうでもいいことだった。
カノンにとっての一番は、初恋の人である幼馴染みイクト……イクトと自分が結ばれるか否かそれだけだった。
この世界はRPGのシナリオ通りに進む。ゲームのシナリオでは伝説の勇者は魔王と結ばれるのだ、このままだと伝説の勇者イクトは、あの魔族の姫君【
カノンは自分自身が女性魔王に就任することで、このゲームのシナリオを変えていきたいと考えた。だから女性魔王就任の提案を受け入れた。
(そして……できることなら私がイクトと結ばれたい……)
赤い月の周辺には星が流れている。イクトとの切ない願いを流れ星に託し、祈り続けるカノンの瞳からは自然と涙が溢れていた。
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