第43話 姫様就任記念ライブへ

 オレがいつも通り高校から帰宅すると、異世界アースプラネットの仲間達がオレの自宅の客間に集合していた。

 いつもと違い真剣な表情のマリアに魔族系スポーツ新聞の記事を手渡される。そこには驚きの記事内容が書いてあった。


 旧魔王一族が王族に復帰、政権交代してゴスロリドール財閥が魔族の玉座を継承した。一族の代表は若き令嬢カノン。


 魔族政治は新しい女性魔王のカノン姫に委ねられることに。つまり、オレの幼馴染みカノンが新しい魔族達の王……女性魔王になったという内容だった。


 一応家出中の魔王である真野山君に話を聞いてみるが、詳しいことはよく分からないらしい。


「ボク……元魔王になったんですね、魔王が性に合わなくて家出したのだから願いが叶ったんだけど。何かみなさん深刻そうですね」

 ちょっと複雑そうな表情の真野山君。


「新しい女性魔王はイクトさんの幼馴染なんです。このままではカノンさんはイクトさんと敵同士に……」

 エリスが真野山君に事情を説明する。そのあとはオレを含めて、全員無言だった。沈黙を破ったのは、マリアだ。


「魔王が入れ替わったということは、魔族政治を取り巻く環境が変わったということです……もしかしたら、魔族達はもう人間側を侵略してこないかも。カノンさんを信じましょう!」

 マリアらしい楽観的な意見だ。意見というより希望を言っているのだろうけど。



 * * *



「スイマセーン! 郵便でーす!」


 ? 郵便?

 玄関に向かうと、どこからどう見ても魔族の顔色の青い耳の尖った風貌の男が、郵便局員の格好で立っていた。

 郵便局コスプレの魔族の男はニコニコしている。何故そんなにカンジがいいんだ ⁉︎


「ゴスロリドール財閥のご令嬢から、女性魔王就任式の招待状が届いています。いやー羨ましいなぁ。ボクもカノン姫の麗しお姿をナマで拝見したいものっすよ」

 なんだかおしゃべりな魔族だな。一応受取りの印を押して手紙を受け取る。手紙には『親愛なるイクトへ』と書いてある。



【親愛なるイクトへ】

 お元気ですか?

 私は、社交界デビューして女性魔王に就任することになりました。

 このままでは廃城になる予定だった古城を盛り上げるため、女性魔王就任記念ライブを行います。

 つきましては今週末行われる、

『カノン姫女性魔王就任おめでとう記念ライブ』

 に是非いらして欲しいのです。

 生まれ変わった私の歌とダンスを見て聞いて欲しい。

 あなたのカノンより。


 ⁇


 カノンってこんなキャラだっけ? 誰かが代筆してるとか? でもこの見覚えのある達筆な文字は、間違いなく幼馴染みのカノンのものだ。

 違和感を抱きながらも仲間達と話し合いの結果、就任記念ライブに出席する事になった。



 * * *



 週末、昼ごはんを済ませると時計の針は13時。

 オレの自宅に女性魔王カノンの使者が迎えに来た。自宅の小さな庭に使者の魔術師が、異世界転移用の魔法陣を描くと空間が歪み始め……気がつくと異世界アースプラネットの再奥にある冥界に到着。

 仲間達も就任記念ライブに呼ばれていたので、全員集合だ。


 万が一、魔族達とバトルになった場合を考えて装備は正装を装いながらも、自分達が準備できる最高レベルのものにした。


 勇者であるオレは勇者のグリーンのマントに聖なる胸当て、武器は精霊の棍。

 賢者マリアは白を基調とした賢者用の正装法衣と術式の杖、エルフ剣士のアズサとミーナ姉妹は妖精のドレスにエルフ用ショートソード、猫耳メイドのミーコとランコさんはお揃いのメイド服。

 妹アイラはジョブを格闘家に戻したため青いミニスカチャイナドレスに格闘用のグローブ装備、アイラの友人のなむらちゃんは魔法使い用の水色のワンピースに三角帽子をかぶり手にはクリスタルの杖。


 さらに、超美少女に見える男の娘・元魔王の真野山葵まのやまあおい君は魔王様が好んで着そうな黒色のマントに、ワインレッド色のローブを装備していた。


 この装備は旧魔王の威厳を見せるために、元部下が用意したという伝統的な古代龍一族の正装だそう。


 だが、真野山君が着ると男の娘的な容姿の所為で美少女魔法少女アニメの清楚系魔導師コスプレ衣装にしか見えなかった。大丈夫だろうか?



 * * *



 就任記念ライブは15時スタート予定。


 記念ライブの様子は魔族系テレビで生中継をするらしく、魔族テレビのリポーターが記念前特番のインタビューを行っている。


『新しい女性魔王のカノン姫! いやー本当に美しいですねぇ。では、姫様就任記念ライブにいらしているドルオタ魔族のみなさんにインタビューしてみましょう!』


 ドルオタ魔族Aが熱く語り始める。

「カノン姫きゃわわ! 悪役令嬢! しかも勇者の幼馴染み! そしてさらに女性魔王に就任! 萌え要素の集大成っすよ! 早くカノンたんの麗しいお姿をこのまなこに焼き付けたいでござる! 拙者が思うにカノン姫の美しさの秘密は(以下略)」


 ドルオタ魔族Bが必死に声援を送り……。

「ゴスロリドール財閥万歳! カノン姫! カノン姫! カノン姫! カノン姫! カノン姫!  (以下略)」


 評論家風のドルオタ魔族Cがカノンの素晴らしさについて、メディアに向けて持論を述べる。


「いやぁいいですねえ……カノン姫は。なんと言っても今流行りの悪役令嬢! それなのに勇者の幼馴染み! さらにゴスロリドール財閥お得意のゴスロリ調セクシー衣装! 萌えと露出のコラボレートで、私の心を鷲掴みですよ! 特に私が思うには(以下略)」


『盛り上がってますねー! 以上、現場からでした!』


 古城の大きな敷地に設けられた特設ステージ……スポットライトとともに、音楽が鳴り響きゴスロリ系激ミニアイドル衣装に身を包んだ新女性魔王のカノンが現れた。


 普段それほど派手な服装をしないカノンの、予想外のキュートな衣装に目が釘付けになる。


「みなさんが応援してくれたおかげで、廃城寸前だった古城は見事復活しました……本当にうれしいです。では私が姫になった記念の曲聴いてください」



 カノンを中心にアイドル衣装を着た魔族の女の子達が歌とダンスを披露し始めた。ステージ上の女の子達はざっと見て、20人くらいいるような気がする。

 こんなに大勢の女の子達が、ライブステージで踊るなんて聞いてないよ。このままじゃ女アレルギーが発症してしまう……もうダメだ。


 女アレルギー発症によりで意識が遠のく中、隣にいた超美少女に見える男の娘・元魔王の真野山葵まのやまあおい君が、今まで見たことのないようなドス黒い眼差しと厳しい表情で震えているような気がした。


 ライブの歌とお客さんの歓声が聞こえる中……オレの意識は完全に途絶えた……。



 * * *



 姫様就任記念ライブ終了後、女アレルギーを起こして気絶した勇者イクトは緊急搬送され、現実世界にある自宅に強制送還された。


 ある意味、新しい女性魔王カノン姫と勇者イクトとのボスバトルが行われたような気がしなくもない。


 しかし、カノン姫は打ち上げで勇者イクトとフラグを建てる気だったようで、「せっかくイクトとの結婚式に向けてゴスロリウエディングドレスを用意していたのに!」と何やら妖しげなセリフを叫んでいた。


「よかった、イクト君の聖なるチカラは守られたんだ……」

 ホッとする元魔王真野山君。


 だが、カノン姫の支配は始まったばかり……。


 世間から突然の冷たい態度を受け、超美少女に見える男の娘・元魔王の真野山葵まのやまあおい君は突然自分が一般庶民になった現実をヒシヒシと感じていた。


 今まですべて顔パスで通れていた場所に一切入れない、古城にある自分の部屋に戻ることすら許されなかった。


 時刻は18時30分頃、元魔王真野山君は仕方なく現実世界地球への移動魔法陣が設置されている『冥界ショッピングモール』に向かう。無料で配っていた試飲のコーヒーを貰い、ベンチで休憩する……心と身体を癒すために……。


 人気全盛期時代の真野山君がこんな地元のモールでまったりしていたら、ドルオタや男の娘ファンの皆さんに熱い眼差しでサインを求められていただろう。

 今では誰も元魔王アイドル真野山葵の事なんか見向きもしない。今まで真野山君がイメージキャラクターをつとめていたモールのイメージポスターは、いつの間にかカノン姫の巨大ポスターに変更されていた。


 モールの店舗をウインドウショッピングしながらフラフラと歩いていると、ドルオタ系トレーディングカードの販売コーナーが目に入る……本日入荷! のコーナーには『新女性魔王アイドルカノン姫ゴスロリコスプレコレクション』が1番人気の宣伝文句とともに売り出されている。


 そして真野山君の『魔王様コスプレコレクションA』は半額のワゴンコーナーに放置されていた。しかも客の誰もがワゴンコーナーを素通りして、カノン姫グッズに萌え萌えしている。


 みんなが賛美する超絶美少女悪役令嬢カノン姫……。なんでも伝説の勇者イクトと結ばれる予定の運命の正ヒロインで、ドルオタの男性からも悪役令嬢ファンの女性からも圧倒的支持を受けているそうだ。


 いろいろ虚しいだけなので、移動用の魔法陣でワープする。ワープ時間に30分程かかるので、暇つぶしにスマホで魔族系情報コーナーを覗くと『カノン姫になりたい! 悪役令嬢特集』などがたくさん掲載されていた。


 人気も政権も、今じゃすべてカノンのものだ。


「これが現実、ボクが家出したからボクは何もかも失ってしまった」


 真野山君は自分の部屋にあるゲームソフトやコスプレ衣装の回収すら許されずに、冥界を後にした……。

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