第36話 哀しいお願い

 オレ結崎イクトの、『祝! 女アレルギー克服おめでとう会』で意外な事実が判明する。


「ボク、魔王なんですけど家出しちゃいました!」


 明るく爆弾発言をする、超美少女に見える謎の男の娘転校生、真野山葵まのやまあおい君……。


 オレは思わずお祝いパーティー用の、アイラ特製手巻き寿司を食べていた手が止まった。

 好物のイクラが数粒テーブルに落ちたものの、気にする余裕がない。


 真野山君の言っていることが本当なら、本来倒すべきラスボスであるはずの魔王様と、オレ達は仲良く夕飯を囲んでいたことになる。


 すると、エリスがアズサの手作りエルフ風ポテトサラダを食べていた手を止めて言った。


「……今、現在の魔王一族は伝説の勇者ユッキーの子孫でもあります。真野山さんのように、魔王が性に合わなくて家出したり行方不明になるケースも多いとか……噂は本当だったんですね」


 エリスの話によると、真野山君のように魔王になることを拒否する魔王一族はわりと多いそうだ。やはり、伝説の勇者の血を引いている影響で、本能的に魔王になることを拒否するのだろうか?


「魔王不在……じゃあ、どうやって魔王軍って運営しているんだろう……」

 オレの素朴な疑問に、真野山君が答える。


「もともと、ボクみたいな若い魔王はお飾りみたいなものなので、実際の魔王軍運営は大臣達が勝手にやっています。ただ、あの場所にいるとボク本当に悪い魔王になってしまいそうで、怖くなって逃げ出したんです。まだ人間の心があるうちに……」


 真野山君は泣きそうだ……か細い腕を震わせうつむく姿は、とても魔王とは思えない。か弱く優しそうな美少女に見える……正確には男の娘だが。


 余計なツッコミを頭の中で展開するオレをよそに、真野山君はポツポツと自分の境遇を語り始めた。


 物心がついた時には、既に帝王学を叩き込まれていて、魔王に相応しい魔族になるように教育されていたこと。一流魔族が集まるエリート学校に通わされていたものの、女の子にしか見えない容姿のせいで、悪目立ちしてしまったこと。


 伝説の魔王の一族というだけで、反勢力組織に命を狙われることが頻繁に起こり、次第に学校に通わなくなったこと……スマホゲームで遊んでいる時だけは素性がバレないので、ネットゲームだけが自分の居場所になっていったなど……。


 他にも魔王として君臨するためのプロジェクトとして、色々なコスプレをさせられて自身のトレーディングカードが発売しているとか、熱狂的なファンが沢山いて握手会が数時間に及んだとか、写真集が発売しているとか。

 後半部分は自慢としか聞こえなかったが本人は心底悩んでいるようだ。


「ボク、生まれつき悪者みたいな自分の運命が本当に嫌で……。でもボク1人のチカラじゃ魔王軍のことは何も変えられなくて……ならお飾りのボクがいなくなれば、少しは変わるんじゃないかなって……。ごめんなさい……。せっかくの結崎君のお祝いパーティーなのに暗い話をしてしまって」


 暗い話というより、後半部分は金持ち人気地下アイドルの自慢兼武勇伝みたいな内容だったが、情報収集の為かみんな大人しく話を聞いていた。


「にゃーにゃーにゃー」

 黒猫のミーコが、真野山君に何か話しかけている。


「ありがとう。ミーコちゃん……君は優しいね」

 真野山君は猫語が分かるようだ、黒猫ミーコの頭を優しく撫でる。ミーコは何を言ったのだろう?


「まあ、いいんじゃないんですか? 魔王討伐する手間が省けたし。ラッキーだと思って楽しくやりましょう! この手作り鶏の唐揚げ美味しいですね! イクトさん料理上手いなあ」

 オレが作った勇者イクト特製手作り鶏の唐揚げをモグモグ食べながら、余裕かますマイペースなマリア。


「でも、魔王軍の運営って大臣達が勝手にやっているんだろう? 真野山君の不在をごまかして、実権を握るんじゃないのか?」

 一応食事を再開して、取り分けたエリス特製手作りラザニアを食べながらも、アズサは大臣達の存在を気にしているようだ。


「魔王軍のモンスター達は、魔王の血を引くものが一定期間玉座に座ることでコントロールされているんです。他の魔王一族が玉座に行かなければ、少しずつ人間に対して攻撃しなくなるはずなんですけど……」


 その後、徐々に魔王軍の話は出なくなり、生クリームたっぷりのイチゴのホールケーキをみんなで分けてパーティーはお開きになった。



 * * *



 夕方から準備を始め、夜8時頃から食事を取った割には時間の経過が早く、時計の針は10時半を廻っていた。途中混みいった話をしたからだろうか?


 片付けをしてから帰宅しようとするのをやんわりと断って、新宿在住のアズサとアズサの家に下宿中のマリアをJR立川駅まで見送り、立川市にマンションを借りているという真野山君を、マンション前まで無事に送り届けた。


 そういえば、いつの間にか体調が元に戻っていたな。

 突然の魔王様登場に、勇者としての責任感が目覚めたのかもしれない。


 結局、妹のアイラとウチに下宿しているエリスがパーティーの後片付けを全て終わらせてくれていて、なんだか申し訳なかった。

  ペットの黒猫ミーコも疲れてしまったのか、猫部屋にある猫ちぐらに戻らず、珍しくリビングで丸くなって熟睡していた。


 ミーコがよく眠れるように部屋の灯りを暗くして、就寝用のランプを部屋のテーブルに置くことにする。


 父さんと母さんは、「帰ってこれなくなった」と連絡があり、今日はオレと妹のアイラ、猫のミーコ、下宿人のエリスの3人と1匹で留守番となった。


「お父さんとお母さん……大丈夫かな」

 両親の突然の帰宅不可という連絡に、心配するアイラ。アイラは真野山君について何も言わなかったが、やはり魔王様と突然対面して不安なのだろうか?


「仕事の関係だって言ってただろ? 大丈夫だよ」


 父さんは大人しそうに見えるものの、若い頃はレスリングをやっていたとかで世間一般の人よりも体術に優れている。

 母さんの職場は自然派化粧品とアロマオイルなどを販売する大型施設になっていて、寝泊まり可能なスペースも沢山職場にあるそうだ。


「でも、どうしてお母さんまで帰って来れないの? いつもと違うよ!」


 確かに夜勤のある父さんと違い、母さんがオレ達を置いて家を空けるなんて初めてだ……。


 だけどオレももう高校生だし、両親に信用されている証拠だろう。そんなことを話していると、スマホに真野山君から電話があった。


「さっきはゴメンね、結崎君……迷惑なのは分かるけど、伝説の勇者の結崎イクト君にしかできないお願いがあるんだ。 もし、ボクが魔王の血に負けて悪い魔王になってしまったら……」


 その後の真野山君の言った言葉は、オレは聞きたくなかった言葉で、絶対にオレにはできない内容だった。 もし、真野山君の頼みを聞くくらいなら、オレは勇者なんか辞めたいと思った。



 ボクが魔王の血に負けて、


 悪い魔王になってしまったら、


 ボクを殺して欲しいんだ。



 オレは真野山君と会話した後、呆然とした気持ちで風呂に入り、歯を磨き、ベッドに入ってからも真野山君の言ったセリフが頭の中でグルグルまわってなかなか寝付けなかった。


 彼の頼みを、オレは死んでも聞くことはできない。

 オレには、友達を殺すことはできない。

 もし彼が本当に悪い魔王になってしまったら、彼の手をとってどこか遠いところに連れて行こう。


 きっと、オレの仲間たちも助けてくれる。

 オレはそう考えることにして、気がつくと深い眠りについていた。

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