第35話 ボク魔王なんですけど、家出しちゃいました

「結崎君? もう大丈夫?」

 オレは謎の男の娘転校生、真野山まのやま君に支えられながら、なんとか自宅に辿り着いた。


 ピンポーン! 呼び鈴を鳴らすが誰も出ない。


「あれっ下宿人が家で留守番しているはずだったんだけど、買い物かな……? うっ鍵は確かこの辺に……」 

 なんとか、カバンの中の鍵を見つけ出し、ガチャガチャと鍵を開ける。自宅前に着く頃にはすでに築年数の経過した我が家に夕陽が射しこみ、空の上ではカラスがカアカア鳴いていて、鳴き声が頭に響いていた。


 玄関のトビラを開け、スニーカーを脱ぎ、ヨロヨロと階段を昇る。

「結崎君の部屋は2階? あとちょっとで着くのかな?」

「ああ、あの部屋だよ……あと少し……」

 フラフラするが、もう少しで体調は戻るだろう。

 二階にある8畳の自室の木製ベッドまで支えてもらい、パタンとベッドに倒れこんだ。


 ドサッ!

「わっ!」

「ごっごめん!」


 ちょうど、真野山君をベッドに押し倒すような態勢になってしまう。心なしか、真野山君の頬が赤くなっている気がする。密着した身体はしなやかで、とても同じ男とは思えない。

「やっぱり真野山君は……おんな……の……こ?」


 オレが思い切って真野山君に性別の事を聞き出そうとすると、ドアの向こうから足音が聞こえ、無遠慮にバタンと自室のドアを開ける人物が現れた。


「おにーちゃん? 帰ってきたの……? 今日予定していた撮影が明日に変更になったから、ちょっと早く帰って来れて……あれ?」


 今日はアイドルの仕事で遅くなると言っていたアイラが、タイミング悪く帰宅して来た。セーラー服姿で帰宅したところを見ると、学校から直帰して来たようだ……オレ達の様子を見てアイラの動きが止まった。


「その女の子誰……おにいちゃん……」

 見た目は超美少女に見える真野山君とオレが、ベッドに倒れこんでいる状態になっている事で言葉を失っているのだろう。


「違うんだ! これは誤解だ!」

 何をどう、どの部分から誤解なのか説明するのが困難なシチュエーションだが、オレ達はそういう仲じゃないし……。


「お、お兄ちゃんが女の子と一緒にいるのにアレルギー起こしてない……?」


「驚くのはそっちなのか……!」

 妹は天然ボケなのか、それともオレの女アレルギーのイメージが強烈なのか。


「違うんだ! 真野山君は超美少女に見えるけど、実は男の娘で!」

「……なんかその言い方よけい困惑しそう……⁈」


 まるで、美少女ハーレムRPG系ライトノベルから、BL系ライトノベルにシフトしたかのように感じさせる謎シュチュエーションである。

 だが、妹アイラにはオレの言葉は届かなかったのか、勝手に新たなヒロインとフラグ建築中としか考えていないようだ。


「お兄ちゃんのアレルギーが治った! 早くみんなに教えてあげないと……‼︎」


 たたたっ!


 驚きのあまり、話を聞いていない妹アイラ。ツインテールをなびかせながら、パタパタと自分の部屋に戻ったアイラは、大騒ぎしながらスマホで色々な人に電話をかけ始めた。


 スマホで速攻仲間達に連絡を取った妹アイラの情報拡散能力により、あっという間にオレの女アレルギーが改善したというデマ情報が、アースプラネットでの旅仲間達に伝達した。

 そして勘がいいのか、何故か家の近所に遊びに来ていたというオレの異世界での仲間数人が、『祝! 女アレルギー克服おめでとう会』を開くという。


 真野山君が男の娘だと説明しても、美少女ハーレムRPG風の異世界からやってきたメンバーに男の娘の存在が理解できるはずもなく、「どうせ女の子なんでしょ?」という態度で会の準備は進んで行った。



 * * *



 自宅1階にあるダイニングルームは、あっという間にお祝い会場と化し、誕生日でもないのにロウソクが年の数だけ立っているホールケーキが用意され、手作り料理の仕込みが開始されていた。


 何もしないのも申し訳ないので、得意料理の鳥の唐揚げを揚げることにする。

 それぞれの手作り料理や、お祝い用の炭酸飲料などがテーブルに並びきると、賢者マリアが祝いの場を仕切り始めた。


「イクトさんの女アレルギー克服を祝って……カンパーイ!」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「にゃー(おめでとう)」

 何故か、ペットの猫ミーコにまで祝われた気がする。


 どうしよう……本当はアレルギーが治るどころか新しく『急性男の娘アレルギー』まで併発しているのに……なんでこんな時に限って、オレの両親は帰りが遅いんだ!


「いやぁ、努力の甲斐あって、イクトもついに女アレルギー克服か! アタシ達もいろいろ工夫して良かったよ!」


 お気楽なエルフのアズサ……。オレの女アレルギーが完治したと思い込んでいるのか、遠慮ない露出系ファッションで胸の谷間がチラチラ見えて目に毒である。


 一応気を使って今までスキンシップを避けていてくれたのか、激しくボディタッチをしてきて香水の甘い香りにクラクラしつつも、体裁上耐えてみる。


 頭をワサワサ撫でられ胸を押し付けられて、もはやアレルギー発作まで数秒となったが、姉御肌のアズサなりにオレを心配してくれているのであろうと考え、なんとか堪えた。

 アズサはボディタッチをしても平常を保つオレに心底満足しているようで、証拠写真としてスマホでお祝い会の様子を激写し始めた。


 女アレルギーの癖に若干ナルシストの傾向のあるオレは、突然のスマホ撮影会に動揺しつつも、少しでもイケメンに映るように目を見開いた状態で、ぎこちなくカメラ目線を維持する。


「これで伝説の勇者ユッキーと同じ、世界平和のための伝説のハーレムが作れますね!」

 マリアがいい笑顔でとんでもない発言をする……伝説のハーレム。その話……まだ覚えていたのか?


「誰が正妻になるんでしょう? アースプラネットは一夫多妻制ですが、一応順番のようなものがつきますから……」


 初めて会った時に、オレに逆プロポーズしてきた神官エリス。

 エリスは伝説の勇者から受け継いだ銀髪ロングで清純そうな美少女だが、意外と積極的でオレの腕をとり、「今夜は一緒に寝てもいいですか……?」などと大胆なセリフを耳元で囁いてきた……ヤバい。


 ちょっとまてよ。

 一夫多妻制……順番……なんか複雑そうな結婚システムだな。


「いろいろ揉める人もいるらしいですよ! 財産分与とかいろいろ!」

 マリアは清楚な容姿に似合わず、相変わらずカネの話をしたがるな。


 おそろしい……オレが女アレルギーじゃなかったら、清潔感あふれるナチュラルメイクと手入れされた黒髪、そしてスリムなボディにそぐわないFカップと噂される巨乳に、騙されるところだった。


「あの、みなさんはアースプラネットからやってきたんですか?」

 仲間達の会話からほとんどのメンバーが異世界人である事を察したのか、今まで無言を貫いていた男の娘真野山君が口を開いた。


「ああ、オレと妹のアイラ以外はみんな異世界人だよ」

 そういえば真野山君はどこまで異世界のことを認識しているんだろう?

 異世界と現実世界の融合が進んだせいで、アースプラネットはすでに現実世界の人たちに名前くらいは知られているらしいが……。


「奇遇ですね! ボク、アースプラネットから引っ越して来たんです! ……正確には家出のようなものなんですけど……」

「真野山君……アースプラネットからやってきていたのか? ということは異世界人⁈」


 オレが驚くと、「ふうん……なんで家出したの?」と、なかなかKYな質問をする妹アイラ。


「ボクの家……自営業っていうか……あんまり継ぎたくない職業なんです。やっぱり、自分の将来は自分で決めたいじゃないですか?」


 家の関係者にバレたくなくて、わざわざ銀髪の髪の毛を青色に染めて逃げてきたそうだ。


「んっ銀髪だって」


 アースプラネットでは銀髪は、伝説の勇者の血を引く者達の証であるという。そして先代魔王の娘も勇者の子を産み、その子孫は銀髪なんだとか。


『まさか……真野山君って……』と、オレが言いかけると爽やかな笑顔で、明るく真野山君が言い放つ。


「ボク魔王なんですけど、家出しちゃいました!」


『悲報:ボク魔王なんですけど』

『悲報:ボク魔王なんですけど』

『悲報:ボク魔王なんですけど』


 超美少女に見える謎の男の娘転校生、真野山君が魔王?


 オレ達は気づいたら、本来倒すべきであるラスボス魔王様(仮)と、仲良く夕飯を囲んでいた。

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