第26話 悪役令嬢と呼ばれて

 台風の為、電車が止まってしまい結局その日は、エルフ姉妹の現実世界での新宿区の住まいにお世話になることになった。

 午前中はかろうじて電気が使えていたものの、午後からは数時間停電になってしまう。懐中電灯、携帯ラジオ、非常食のカンパンなどを用意し、台風が過ぎるのを待つ。


 停電し始めのうちは緊張感が漂っていたものの、すぐに慣れたのか、「私、小さい時からこの氷砂糖大好きなんですー」と、カンパンを開けて氷砂糖を食べ始めるマリア。

 手持ちのカードバトルデッキで遊び始めた妹アイラとその友人なむらなど、各々マイペースに時間を過ごした。


 オレ達が異世界から現実世界に戻ってきた次の日、都内を直撃した台風は、いつの間にか低気圧になり日本から離れたとのニュースが流れる。


 電車も動くようになったし、立川市の自宅に戻るか。異世界と現実世界が融合しつつあるという状況は、今のオレ達にはどうにもできないので、しばらく様子を見ることになった。


 突然異世界転移してきたため、ファンタジー風装備ままだったので、現実世界を外出する時の服装に困る気がしたが、よく考えてみるとオレの装備はマントとローブを外せば、現実世界でも通用する普通の黒いラグランTシャツとダークブラウンのズボンにブーツだ。


 アイドル衣装のままだった妹アイラには、アズサの妹ミーナさんが、「私が昔着ていた服でよければ……」とカジュアルな服を譲ってくれた。そういえば、ミーナさんは公園のボランティア活動を日頃行なっているだけあって、スポーティーなファッションだ。


「ありがとうございます。妹の為に……服まで譲ってもらって……助かります」

「流石に、アイドル衣装のままじゃ目立つだろうし……それに……ふふっアイラちゃんとは、同じパーティーメンバーの妹同士って感じだから……。一応今は地球に帰ってきているけれど、また何かのクエストに出るかも知れないし……その時は、私もご一緒させてくださいね。じゃあ、これから仕事だから……アイラちゃん、またねっ」

「ミーナさんありがとう! メールするねっ」


 アイラと一緒に、仕事へ向かうミーナさんを見送りオレ達も帰路につくことに……。

 財布は異世界転移してからもずっと持ち歩いていたので、現実世界の通貨は持ち合わせている。JR新宿駅から立川駅までなら中央線で帰れるし、まあ大丈夫だろう。


「いろいろ、お世話になりました。あれっなむらちゃんは……これからどうするの?」

「私も実は、イクトさんの幼なじみのカノンさんと同じゲートキーパーって組織に採用される予定だったから……さっきメールが来て……その連絡待ちかな。アズサさん達も一緒だし、心配しないで」

「そっか……なむらちゃんって異世界人と地球人のハーフだものね。じゃあ、また日を改めて……」

「にゃーにゃー」


 黒猫ミーコは、メイドのランコさんとの別れを惜しんでいるようだ。ランコさんに「にゃーにゃー」と何か話しかけている。


 オレ達がアズサの実家を出ると、目の前に見覚えのある少女が立っていた。赤茶色の髪をポニーテールに結び、赤いピアスをしている。

 現実世界の幼馴染カノンだ。幼馴染のカノンは、異世界について何か話があると言っていたが、予定では明日の月曜日の放課後会う約束だったはずだ。


「イクトごめん……状況が変わったの。上からの命令で、私もアースプラネットに行くことになったから……」

 行きたくないけど……とカノン。


 上からの命令? 行きたくないけど行く?


 アズサの話によるとオレが異世界転生してくる以前は、鍵を持っていればゲートで自由に行き来できたらしい。だが、魔王が異世界転生強制装置を使ったせいで、異世界のゲートが故障したと言っていた。


 もう、すべてのゲートは直ったのだろうか?



 * * *



 そんなわけで、例の自然公園で話を聞くことになった。アイラは猫のミーコをカゴから出して、芝生であそんでいる。

 さらに、 異世界転移の疲れを癒したいのか売店でバニラカップアイスを購入してひと休み。ミーコも満足そうに眠っている……平和だ。

 台風一過の自然公園は、再び人々が憩うスポットとなっており、和やかな空気が漂っている。日差しも程よく、気持ちがいい。


 ベンチに座り、オレとカノンも公園の売店でグレープサイダーを購入。手渡すとカノンは落ち込んでいるのか、「ありがとう……」と小さな声。


 オレの幼馴染ってこんなに大人しかったっけ? オレの知っている幼馴染は、もっと強気で勝気だったはずだ。昨日の電話でも強気な態度だった。

 昨日……まさか、あの電話の後何かあったのか? 

 そんなことを考えていると、カノンは涙ながらに話し始めた……泣くほどツライ何かがあるのだろうか?


「私……実は、異世界人の母親と地球人の父親との間に生まれたハーフなの。お母さんはゴスロリドール財閥っていうアースプラネットのお嬢様だったんだけど、異世界に遊びに行った時に地球人のお父さんと出会って……駆け落ちしたの」


「そういえば、カノンのお母さんはとても品のいい人だったな、財閥のお嬢様だったのか」

「お母さんのことを心配したお祖父様に連れ戻されて、一度は家族全員でアースプラネットに移住したの……でも……そこには私の居場所はなかった……」

「異世界人と地球人とのハーフだから、いじめられたとか?」

「ううん、もっとひどいの。アースプラネットには全寮制の魔法を勉強する学校があって、私は魔法使いになるために一度はそこに入学したんだ……それが悲劇の始まりだった」


 カノンの回想は、オレの想像とはちょっと違う雰囲気のものだった。



 * * *



【数年前……カノン小学生の頃のエピソード……】


「やったあ! 今日から、寄宿舎制の超有名魔法学校で一流魔法使いになる勉強だあ!」

「では新入生のみなさん、この職業判定スマホでみなさんの将来の職業適性を診断しまーす!」

 振り分けスマホ が次々と新入生の将来の職業を予知し始める。

「メイドさん!」

「ナース!」

「ギャンブラー!」


 生徒全員が、将来魔法使いになるわけじゃないんだあ……カノンがそんな事をボンヤリ考えていると、ついにカノンの番が廻ってきた。

「じゃあ、次はカノンさんね!」

「はーい!」

(なんのお仕事になるんだろう? 楽しみだなあ、わくわく!)

 期待に満ち溢れるカノン……そのとき、意地悪っぽい白魔法使いの上級生がボソっとつぶやいた。


 ボソっ

「悪役令嬢……」


 えっ悪役令嬢? 縁起でもないこと言わないでよ!


 クラスメイトAの耳にも上級生の言葉が聞こえていたのか、

「カノンって、悪名高いゴスロリドール財閥のお嬢様なんだろ……こいつ悪役令嬢なんじゃないの?」

「違うもん! 私、悪役令嬢じゃないもん!」

 クラスメイトと思わず口論になるカノン……だが、悲劇はここで終わらない。


 見かねた先生が、助け舟のつもりなのかカノンに職業判定儀式を促す。

「カノンさん、早く職業判定スマホを持ってください!」


(悪役令嬢はイヤ!)

(悪役令嬢はイヤ!)


 職業判定スマホも周囲の意見に影響を受けたのか、「(うーんこの子は難しいな、将来がまるで見えない。いろんな方向性がある。幼馴染ヒロインか……悪役令嬢か……この子、ゴスロリドール財閥のお嬢様なのか……)カノンさんの職業は悪役令嬢です!」とカノンの職業設定を悪役令嬢に設定してしまう。


「えっ、今この職業判定スマホなんて言った⁉︎」


 クラスメイトAがすかさず、「やっぱりね、財閥のお嬢様なんてどうせ悪役令嬢なんだよ」クラスメイトBも続けて、「やーい悪役令嬢ー」と、小学生特有のなんとも言えないヤジが飛び続ける。


「やめてっ! やめてよぉ!」



 * * *



「その日から私に対する《悪役令嬢差別》がヒートアップし、私は《悪役令嬢撲滅委員会》により《悪役令嬢狩り》にあってアースプラネットから去った……逃げるようにね」

「……まあ、気にするような事じゃないよ。地球で暮らしていたって色々あるさ」

「そんなわけで、私のアースプラネットでの職業は悪役令嬢なの……意地悪なお嬢様っていうレッテルを貼られて生きるの……しかも転職できないの……イクトはいいよね、勇者様で」

 カノンはよっぽど悪役令嬢という肩書きが嫌なのか、しくしく泣き始めた。


「っていうか悪役令嬢ってなんだ? そんなにメジャーな職業なの?」

 オレの素朴な疑問に、驚く様子のカノン。

「イクト、悪役令嬢知らないの? 聖女と対になるメジャーな職業なのよ!」

「ごっゴメン……オレ、悪役令嬢とか聖女とか……そういうのに疎

うと

くて……」


 オレは、悪役令嬢という職業がどんなものなのかまったく理解ができずに、しくしく泣く幼馴染をただひたすら励ますしかなかった。


 カノンの説明によると、実は悪役令嬢には対になる永遠のライバル《聖女》なる存在がいるらしいが、オレが噂の聖女と知り合うのは、ずっとずっと後の話である。

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