第25話 呪われた職業の少女
異世界アースプラネットから帰還したであろう、私の幼馴染に電話で連絡を取ると、「何でカノンが、異世界について知ってるんだよ!⁈」と、いつもの調子で酷く狼狽していた。
イクトが異世界に転生していた時間がむこうではどのくらいなのか分からないけれど、時差が激しくあるらしく、実は1日も経っていない計算になっている。
一応、ゲートを管理するゲートキーパーと呼ばれる組織が、異世界転移者の家族の記憶を上手く操作してゲームのオフ会に行っていたという設定を植え込んでいる。
だから、地球に帰ってきてからも生活しやすいとは思うけれど……出来ればもう転移をして欲しくない。
これは、ゲートキーパーの中での憶測だけど、転移している時間は元の身体は眠っているような状態で魂だけがアバター体に宿っているのではないかという風に考えられている。
魂の離脱があまりにも長引くと……これ以上はもういいや、考えたくもない。だってイクトとは無事に帰ってきたんだし。
そんなわけだから、私からすると、『現実世界の住人であるイクトがどうして異世界転移動なんかしちゃってるわけ⁈』と、聞きたい。
しかも、異世界アースプラネットでの幼馴染イクトのご身分はなんと、伝説の勇者様だという……。私は自分のアースプラネットでのポジションを思い出して、幼馴染とのあまりの格差に泣きたくなった。
アースプラネットはRPG風の世界観なせいで、住人の肩書きやポジションが生まれついて決まっている。と言っても、普通なら転職などでいろいろな肩書きに変えることが可能だけど。
イクトのように「勇者」とか、特別っぽい肩書きは今のところ変更不可能……そして私の呪われた職業も……。
そのうち、過去に栄えていた転職技術を応用して冒険者専門の学園でコースを作り、イクトのように生まれついて勇者じゃない人にもチャンスを与える『職業勇者』とか、女性の憧れの『職業聖女』を実装するらしいから、それまでの辛抱かな? って考えていた時期もあったけれど、私の呪われぶりからすると、聖女に転職するのは難しいだろう。
「いいことイクト? アースプラネットのことは、あまり人に話さない方がいいわよ。異世界転生者ってだけで珍しい目で見てくる人もいるし。あくまでもゲームユーザーのひとりとして目立たないように行動してね。魔族とか、こっちでも見かけるようになるかもしれないけれど……地球じゃ向こうで使っていたスキルが完全に使えるか分からないから……なるべく戦闘は避けて……」
「戦闘? オレ達のパーティーあんまり戦闘しなかったからなぁ。あっでも仲間のマリアが賢者に転職したんだよ。活躍させてあげたかったんだけど……」
「……その【まりあさん】って人が大事な人なの? その、イクトの、異世界での……女性メンバーとか……」
「えっオレ以外全員女性だけど……このゲームってそういう仕様じゃなかったのか? あっでも他の冒険者はみんな性別関係なく旅していたな」
「そう……女アレルギーで倒れないように気をつけてね。じゃあ月曜日に……」
* * *
一応、女アレルギーの幼馴染イクトには、月曜日の放課後に異世界について詳しく話す……という約束を取り付けておいた。
なのでイクトのことは後で考えればいい……いまの問題は、境界線のゲートをどうやって守るかだ。
「ふう、イクトにいろいろ説明するだけで疲れちゃったな……。これからはずっとこうなのかしら?」
私が所属するのは、異世界アースプラネットと現実世界地球の境界線にあるゲートの鍵を管理する『ゲートキーパー』という組織だ。
ゲートキーパーは、異世界側の人間やエルフ達と私たち現実世界地球側の人間が共同で作った組織で、母親が異世界人、父親が現実世界地球の人間である私は、物心ついたときからゲートキーパーに所属させられている。
ゲートキーパーなんて面倒くさそうな仕事は嫌だったけど、異世界アースプラネットでの私の呪われた職業に比べたら、現実世界でゲートキーパーやりながら、普段は普通の女子高生として生活できるだけマシだと思った。
ゲートキーパー本部の報告によると、異世界アースプラネットと現実世界地球の境界線が曖昧になってきた影響で、帰還したイクト達のいる新宿方向めがけて台風が急接近しているという。
そして組織の見解によると、この台風は魔王の魔力とゲートを破壊するチカラが具現化したものだという……私の住んでいる立川市も、台風の影響は大きい。
部屋の窓が台風の影響でカタカタ鳴っている。
こんな天候の悪い時に見回りするなんてイヤだけど、異世界と現実世界をつなぐゲート管理組織の一員である私には、非常時の出動はやむを得ない。
自室のデジタル時計は午前10時05分を表示している……異世界と現実世界は時差があるから、最近まで異世界にいたイクト達の感覚だと、時差ボケのような状態になっているはずだ。
つまり、異世界からの転移者がこの辺りに飛ばされていたとしたら、時差の影響で魔法力が少し落ちているはず。
私1人でも対処できる……けど、今日は久しぶりに家で休もうと思っていたのにな……私はため息をついて、身支度を始めた。
ドレッサーに向かい、女子高生らしく身だしなみ程度のナチュラルメイクをして、セミロングの赤茶色の巻き髪を動きやすいポニーテールに結び、シンプルなシュシュをつける。
万が一、敵との抗争になった場合を考えて、魔力増幅効果のある魔石ブラッドストーンのピアスを身に付けていくことにした。
丸いシンプルな赤い石が耳元で光る。
服装はショートパンツに黒のブーツ、ショート丈の雨対策を施した上着で、動きやすさ重視のファッションだ。
自宅を出て徒歩10分程の場所にあるJR立川駅南口に到着、 駅ビル前の少し外れにある路地には、既にごく普通の人間として生活し始めた魔族が数人。
もしかしたら、もっと前から潜伏していたのかも知れない。
気がつくと、こちらから仕掛ける前に敵の魔族に囲まれてしまったようだ。 相手はガラの悪そうな20代前半の男達……数は5人。
茶髪やら、ロンゲやら、メガネやら、それなりにここの世界に馴染んでいる。
現実世界での本格的な戦闘は初めてなので、私の魔力がどこまで通用するか分からないけれど、どうやら戦闘は避けられないようだ。
「よお、お嬢ちゃんひとりでお散歩かい? こんな風の強い時に……物好きだねぇ」
「それとも何か用事があるのかな? ゲート管理組織のゲートキーパーさん?」
男達は勝ち誇った様な薄汚い表情で、こちらを見た。
「あんた達こそ、こんな天気の悪い時に女子高生ひとり囲んでドヤ顔しちゃって、よっぽどヒマ人なの? 魔王の小間使いさん?」
私は挑発するように言い放つ。本当はちょっとだけ怖いけれど……私だって黒魔法使いの端くれだ。これから戦う相手に弱みを見せることは出来ない。
「生意気言ってんじゃねーぞ、小娘が! 大人しくゲートの鍵を渡せば、命だけは助けてやったのによぉ」
仕方ねえなぁ……といいながら、男達は魔法で異世界の刀身の長い武器を召喚し、構えた。
「遠慮なんかいらないんじゃねーの? 知ってるか? この小娘……アースプラネットではなんと、あの有名なゴスロリドール財閥のお嬢様で職業名は悪役れいじょ……」
「それ以上言ったら、どうなるか思い知らせてやるわ!」
私は呪われた職業名を相手に言わせないように思いっきり強力な呪文を詠唱し、容赦なく魔族の男達に攻撃魔法を打ち込んだ。
ズガァアアアアン!
爆音が辺りに響く……さらに爆風……。これらはすべて私の攻撃魔法が巻き起こしたのだが、世間的には激しい台風の影響ということになって、ゲートキーパーとしての活動は人知れず遂行された。
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