第24話 幼馴染からの電話

「異世界の住人であるエルフ族のアズサの実家が、現実世界の東京都新宿区にある? 一体どういうことなんだろう?」


「お兄ちゃん、なんだか天気も悪くなってきたし、お言葉に甘えてアズサさんのお家に行こうよ」

「私も、その方が賢明だと思います。突然、異世界とのゲートが開いたから……もしかすると、私達のことを調べに異世界の魔族が追いかけてくるかも……」

 不安そうな瞳のアイラとなむらちゃんに促されて、アズサの自宅へ行くことに……。


 いつの間にか、暗くなっていた空……ゴロゴロとした雷の音が遠くで聞こえ始めた。

 幸い、都内の大型公園であるせいかオレ達のファンタジー風装備もコスプレ衣装だと思われているようで、そんなに疑われずに済んでいる。


「でも、私達の服装、冒険者装備なのに誰もそのことについて尋ねてきませんね。安心しました……私達アースプラネットの住人にとっては、地球が異世界ですから」

 珍しく、ナイーブなセリフで胸をなでおろすマリア。

 賢者の衣装はけっこうなミニスカで、しかも巨乳のマリア……普段マリアを見慣れているオレでさえ、地球に戻ってきた影響か、美人コスプレイヤーの撮影現場に出くわしたような錯覚を覚える。


「まあ常識から考えると、異世界からワープしてきたなんて、誰も考えないだろうし、おっと……早くしないと天気がひどいな……アズサ、案内頼む」


『台風が近づいています。安全な建物の中に避難してください……繰り返します、安全な建物の中に避難してください……』


 自然公園内に警報が鳴り、避難命令の放送が流れる。どうやら、本格的に台風がやって来るようだ。

 さっきまで、楽しそうに遊んでいた家族連れやのんびり昼寝していた男性も、こぞって避難準備を始めている。レジャーシートをたたみ、ボールやフリスビーを片付けて帰り支度だ。

 犬の散歩中だった飼い主さんがペットのポメラニアンを抱きかかえながら、君たちも早く安全な所に移動したほうがいいよ」と、声を掛けてくれた。



 * * *



 暗雲が立ち込め、雨粒混じりの強風にさらわれそうになる。天候がどんどん悪くなる中、オレ達はアズサに連れられて自然公園から徒歩15分ほどの場所にある住宅街に辿り着いた。


 ビルの谷間を少し抜けた場所にいることを忘れてしまいそうな静けさに、都会にも少し歩けば住宅街があるんだな……何て考えていると「ここがウチだよ、どうぞ」と、アズサ。


「実家って言っても、エルフ族が地球で事業を行なっている関係で所有している住宅の1つに住んでいるんだ。だから、持ち家じゃなくて賃貸だけど都内にしてはかなり安い賃料で借りているんだ。まあ、地球にいる期間はそんなに長くないし……ほとんど別荘みたいな感覚だけどね」


 アズサの実家は特に変わったところのない、ごく普通の一軒家だった。二階建てで、くすんだグリーンの屋根、築年数は15年ほどだろうか? 両隣にも似たようなデザインの家が並んでいるせいか、思わず素通りしてしまいそうだ。


「そっか、エルフ族所有の……じゃあ、この辺りの住宅って……」

「全部がエルフの持ち物って訳じゃないけど、ご近所さんの何軒かはエルフ族だよ。まあ、ここは日本だし北欧系の外国人って扱いだけどね」


 古すぎず新しすぎず、大きすぎず小さすぎず……普通すぎて、まさかこの家が異世界の住人の住まいだとは、誰も思わないだろう。体裁上は北欧人という設定になっているらしいけれど……。


「おじゃまします……」

 アズサに促されるまま、一階の奥の和室へと通される。


 広さは12畳程で掛け軸に和風の花瓶、木製の大きなテーブル、和柄の落ち着いた座布団、薄型テレビの台の隣にも郷土品らしいコケシやフクロウの彫り物が飾られており、かなり和風テイストだ。


「まあ、なんだか落ち着いていて素敵なお部屋ですわね。こういうテイストのおうちってアースプラネットではあまり見かけませんものね」

「ははっ母さんの趣味なんだ。きっと褒めてもらったって知ったら喜ぶよ」


 エリスからすると、和の小物が珍しいのか、こけしやフクロウの彫り物をじっと見つめて興味津々だ。


「にゃーにゃーにゃー!」

 黒猫のミーコは、何だか落ち着かないようである。

 メイドさんに抱っこされながらにゃーにゃー鳴き始めた。一見すると普通の部屋だが、やはり何かが違うのだろうか? 


 すると、隣の部屋から物音……現れたのはアズサの妹ミーナさんだ。


「姉さん、無事で良かった。突然、異世界転移が起こったっていう話を聞いて、まさかと思ったら使えなくなっていたゲートが復活していたの。急いでゲートをくぐってワープして……」

 ミーナさんも、噂を聞いてから異世界アースプラネットから転移してしたそうで、先に家に帰ってきていたという。


「ああ、そうだわ、せっかく久し振りに来客がきた訳だし……おもてなししないと……今、お茶を淹れますね。テレビのある和室で休んでいてください」

 緊急時だが、姉の無事を確認してホッとしたのか、ミーナさんは来客であるオレ達に暖かいほうじ茶と和菓子を出してくれた。


「ミーナさん、ありがとうございます。おっせんべいだ……美味しそう!」

「ふう、なんだか気持ちが落ち着くね。お兄ちゃん」

 みんな突然の異世界転移に混乱していたが、ほうじ茶と菓子のおかげで心が落ち着く。


 だいぶ緊張感が解けてきたところでミーナさんが、「このニュースを見てください」と、テレビをつけるとちょうど臨時ニュースが放送されていた……どうやら特番のようだ。


『都内に急接近している台風の影響で、電車が止まっています。屋外にいる方は、なるべく近くの建物に避難してください』


「交通が止まっちゃったな……どうする? 電車が復帰しないと、家に帰れないけれど……」

「緊急時だし、このままうちにみんな泊まっていくといいよ。そのためのエルフ族の拠点だしさ」

「アズサ、すまないな……」

「何言ってるんだよ、仲間じゃないか?」


 すると張りつめた空気を壊すかのごとく、『テレレーン』と、陽気な着信音が鳴る……オレのスマホだ。


「もしもし、母さん? ごめん、今友達の家にお邪魔していて……」

「イクト? 台風が急に接近したらしいけど、大丈夫? ゲームのオフ会とかいうやつなんでしょう、アイラも一緒よね」


 電話の主は母さんだった……ゲームのオフ会? オレは、ゲームのオフ会に出ていることになっているようだ。


「ゲーム仲間の家に、みんなで泊まることになったから大丈夫だよ」


 嘘ではない。オレはとりあえず、何事もなかったように振る舞い、電話を切った。不思議だ、異世界に転移していたはずなのに、うまく現実世界でつじつまが合っている。オレがスマホをしまうと、アズサが事情を説明し始めた。


「みんな……私達エルフ一族は、異世界アースプラネットと現実世界地球をつなぐゲートを管理しているんだ。だから私は異世界だけではなく、現実世界でも住まいや戸籍を持っている。北欧人の母と日系ハーフの父を持つクォーター……ということになっているんだ」


「ゲート……?」 

「異世界と地球をつなぐ、そんなものが存在していたの⁈」


 オレとアイラが驚きの声をあげると「どうやら、魔王は本格的に異世界と地球の融合を図ろうとしているみたいだ。このままでは、現実世界地球にも異世界のモンスターが現れるようになる……」と、アズサが今後を懸念し始めた。


「そんな、地球にまで異世界のモンスターが……」

 思わぬ展開にオレ達が沈黙していると、もう一度オレのスマホが鳴った。


 相手の名前を確認すると、カノンと表示されている。よりによって幼馴染のアイツからだった。


 オレとカノンは、小さい頃よく遊んでいた俗にいう幼馴染というものだ。

 しかし成長するにつれて、男勝りだったカノンは女性らしい容姿の美少女になり、オレは女アレルギーがひどくなったため、自然と疎遠になっていった。

 家同士が親しい関係なせいで、一応電話番号を交換している。こんなタイミングで……。


「もしもし……?」

 スマホ越しに『ふふっ』という、美しく愛らしい声が聞こえる……カノンは相変わらず声まで可愛らしく、オレは思わず女アレルギーを発症しかけたが、緊迫した状況の中みんなに迷惑をかけるわけにいかないので、頑張って持ちこたえた。


「イクト……久しぶり、アースプラネットから帰ってきたんでしょ? 今どこにいるの? まさか女アレルギーのくせに、異世界でカノジョが出来たとか言わないわよね? 異世界のことで話があるんだけど……」


 幼馴染の電話越しの意外な発言に、思わず声を荒げるオレ。

「何で異世界のこと知ってるんだよ⁉︎」


 オレの幼馴染一体何者?

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