第17話 伝説の勇者の子孫達

 仲間のマリアが賢者に転職したいと言い始めたのがきっかけで、現在大型転職者向け複合施設を拠点としている。

 その名もハロー神殿……宿泊施設はもちろん、冒険者向けの多様な施設を完備した神殿で、とある出会いが訪れた。


「私を、勇者様のお嫁さんにしてください」


 オレの嫁になりたいと突然現れた神官の銀髪ロングヘア美少女に逆プロポーズされ、案の定、急性女アレルギーを発症し気絶した。


「勇者様⁈」


 意識が遠のく中、少女の鈴を転がしたような声が動揺の色に変化しているのを感じたが、久しぶりの女アレルギーに身体が追いつかず、プッツリと意識は途絶えたのである。



 * * *



 しばらくして意識が戻ると、オレは神殿の医務室のベッドにいた。少し硬いベッドがギシリと鳴り、間仕切りの役割を果たす白いカーテンがヒラリと揺れる。


 まるで学校の保健室みたいだ。オレは一瞬現実世界に戻ってきたかのような錯覚を起こしたが、現実はそんなに甘くなかった。


 ふと横を向くと、先ほどのファンタジー風神官ルックの美少女が、オレの額に濡れたタオルを静かに置いて、介抱してくれていたことに気づく。


「気付かれたのですね。私はハロー神殿の神官エリスといいます。驚かせてしまって、ごめんなさい」

 神官の美少女は、謝りながら経緯を説明し始めた。


「エリス。キミ、ここの神官だったのか。いきなりプロポーズなんかしてくるから気が動転しちゃって……」

「すみません……私、小さい時から勇者様に嫁ぐようにと教えられてその日を心待ちにしていたのです」

「そうだったんだ。それであんな積極的に」


 恥ずかしさのせいか、顔を赤らめるエリス。女アレルギー持ちのオレに、申し訳なさそうに謝罪し始めた。


「異世界より現れた者のみがなれると謳われている勇者という存在の是非……。それに、たとえ勇者が現れたとしても私の運命の勇者様か否か……とても不安でした。あなた様を見た瞬間……私の運命を委ねる方だと悟ったのですわ」

「うっなんだか、感動しているところ悪いけれど……オレって女アレルギーなんだよ。将来的にも、女性とお付き合いできるか分からないんだ。もし他にも勇者候補が異世界転移してきているなら、そちらも視野に入れた方が……」


 ハンカチで涙をぬぐいながら勇者との結婚について語るエリスを諭すように、自分が女アレルギーであることをアピールする。

 エリスの容姿は絵に描いたような美少女で、はっきり言ってオレ好みのストライクど真ん中だったが、女アレルギー体質を考慮して遠慮することにした。


「ごめんなさい。でも、私にとっての勇者様は、イクトス様の生まれ変わりであるあなた様だけですわ」

「イクトス……この異世界の勇者伝説の人物名だよな」


 オレが女アレルギーではなくノーマルな体質だったら、エリスとあんなことやこんなことを年頃の若者らしくエンジョイしているだろう……だけど、実際は女アレルギーの発作で倒れてこのザマだ。これがオレの現実なんだ。


 すると、エリスはハンカチを握り締めて、遠い目で昔語りを始めたのである。


『これは、アースプラネットに伝わる勇者の伝説です』


 ある日、異世界より1人の若者が現れた。彼の名は勇者ユッキー……。彼の姿は言い伝えにある古代の勇者イクトスの歌と同じでした。


 その若者は黒き衣を身に纏っていた。

 銀色の髪は誰よりも美しく、遥か異世界より召喚されし希望の光。

 各国の娘達が勇者の妻となった。

 やがて伝説のハーレムと呼ばれ、勇者は世界を平和に導く……。


「つまり、伝説勇者ユッキーはアースプラネットの各国の娘達を全員自分の妻にすることで、不可能と言われた世界平和を実現されたのですわ。ハロー神殿の神官の娘もユッキーに嫁ぎました……その子孫が私です」


「勇者の子孫? 伝説のハーレム勇者って実在したのか……」

 あまりにも突飛なストーリーだったのでてっきりおとぎ話か何かだと考えていたが。どうやら、伝説のハーレム勇者は昔に実在したようだ。


「そして今、新たなハーレム勇者イクト様が異世界より現れました。私たち伝説の勇者ユッキーの子孫は、新たなハーレム勇者……イクト様のお嫁さんになると決められているのです。もし万が一、勇者様が神のお力で量産されたとしても、伝説のハーレムを受け継ぐ人物は1人だけ。それは、伝説の勇者ユッキーの子孫にしか分からないシンパシーで見抜くことが出来ます。あなた様はユッキーのハーレム魂を受け継ぐ勇者だとっ」

「そんな、伝説を受け継ぐのか……オレは……」

「はい……私には分かります。正確にはユッキーの子孫には分かるのですが。ほら私の髪。銀髪でしょう? ユッキーの子孫は皆銀髪なのです」


 エリスは自身の長い髪を見せて、ユッキーの子孫はみんなこの髪色です……と。


 その時オレの脳裏に、とても重要な、気づいてはいけないような事実が浮かんできた。すざまじい違和感。


 ……何かおかしい……オレは何かが引っかかった。銀髪ロングヘアの人物を、オレはこの異世界にきて見たことがあるような気がする……。


 誰だ……? 旅立ちの日のあの時、上空に浮かんできた魔力のビジョンに映る、美しい銀髪の絶大なオーラを放つ若者……。


『わが名は魔王グランディア……われを倒したければ冥界に来い、辿り着ければ……な』


「そうだ、魔王だ……!」


 この神官の女の子と、魔王グランディアの髪は、色から雰囲気からまったく同じ銀髪だ。魔王グランディアは女性と見まごうばかりの美形だった。


「あのさ……質問なんだけど……伝説の勇者ってまさか……」

「気付かれたのですね。現在魔族の玉座を支配していると噂の魔王グランディアも、伝説の勇者ユッキーの血を引いているのです。勇者ユッキーは、世界平和のため魔王の娘とも結婚したと言われています。魔王グランディアは、勇者ユッキーの銀髪と絶世の美少女と謳われた魔王の娘の面影を1番残しているとか……」


 意外な事実を突きつけられる。


「なんだって……⁈ じゃあ、今の魔王は、魔王一族と伝説の勇者の血を、両方引いているってこと? そんな奴にオレ勝てるのかよ……」



 * * *



 オレが途方に暮れていると、医務室のスライド式ドアがガラリと開けられた。


「白銀プルプル……白銀プルプルを狩らないと……」

 ドアを開けたのは、リクルートスーツ姿で意気揚々と面接室に向かって行ったはずの、ギャンブラーマリアだった。白銀……白銀……と、ブツブツ言いながら、オレの元にスタスタ歩いてきた。


「賢者になるには、レベルがあと11足りないって面接官が……」

「11レベルも足りなかったのか? さすが、上級職への道は険しいな」

 しかも、ギャンブラーと白魔導師の職業を同時にレベル上げしなくてはいけないので、かなり時間が掛かりそうだ。


 すると、神官エリスがマリアに、効率に良いレベルアップの情報をくれた。

「白銀狩りをされるのですね、マリアさん。この近くの自然公園に生息する、白銀プルプル達を20匹程狩りすれば、あっという間に経験値がたまってレベル20になりますわ」


 エリスはにこやかな表情で、マリアに転職のアドバイスをし始める。


 その時の2人は、初対面とは思えないほど打ち解けた様子だったので、普通に考えれば旧知の中であることに気づきそうなものだが、女アレルギーの後遺症と魔王が勇者の子孫であるという衝撃で頭がぼんやりしてしまい、白銀狩りというキーワードを覚えることすらかろうじて……という感じだった。


「白銀狩り……そんな方法で、レベル上げできたんだ」

「ええ、このあたりの伝統的なレベル上げの方法ですの」


 そういえば、この神殿には白銀プルプル狩りのポスターがいくつも貼ってあった。

 医務室にも貼ってある白銀プルプル狩り宣伝ポスターは巫女の女性が、『聖水で白銀プルプル討伐』というキャッチフレーズとともに、にっこり微笑んでいる。


「私……できれば効率よく、スピーディーにレベル上げしたくて……」

 マリアは一刻も早く転職したいのか、その眼差しはいつになく真剣だ。

「そうですね……あのポスターにもありますが、聖水や格闘技の攻撃が定番の攻略法ですわ」

「聖水? それが白銀プルプルに効くのか?」


 修道院を初期の拠点にしていたというマリアは、聖水のストックだけならたくさん持っている。これはラッキーだ。


「転職した方が良いという、神の思し召しですね……」


 などと、ブツブツ呟きながら、賢者に転職希望のマリアはガサゴソとリクルートバックの中にある聖水のストックを確認している。どうやら、充分な数の聖水が確認できた様子……そして勝利を確信した瞳で、高らかに宣言した。


「白銀プルプルは、1匹残さず私が仕留める‼︎」

 マリアはリクルートバッグから、対白銀プルプルアイテムとして名高い聖水を取り出し、仕事人のごとくポーズを決めていた。

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