第12話 突然の裏切り

 金運パワーを秘めた伝説の馬蹄を、魔王軍から取り戻して欲しい……と頼んできた姫とじいやはペガサスだった。

 白馬の姫は白い毛並みにあった清楚な翼を携え、茶色い毛並みのじいやは老齢しているもののたくましい翼を広げオレ達を空へと誘うポーズをとっている。


 優しい声で白馬の姫がオレの傍にやってきて、「さぁ、私たちに乗ってください!」と、オレに手綱を握らせた。


「えっ仲間がまだ合流してないんだけど……」


 さっそく、オレ達を背に乗せて手綱を握らせるじいや達ペガサス軍団。このまま、飛び立たれてしまうと現在別行動中のアイラと合流できなくなる可能性が……。遥か空高く飛ぼうとするペガサス達に、仲間の不在を告げると、ヒヒンと僅かながらに動きを止めた。


「にゃー! アイラちゃんなら、お友達のなむらちゃんのお家にお泊りだにゃん! 連絡があったにゃん、しばらく不在だにゃん!」


 オレとじいやのやりとりを見守っていたミーコが、アイラの外泊予定を伝える。焦ってアイラにこれから他所の土地へと移動する連絡をしようとするが、電話をかけても電波が繋がらないし、メールも届かずに返って来てしまった。

 大丈夫だろうか? 本当に外泊に行っただけなのか、不安である。


「今は一刻の猶予もありません! 早く乗ってください!」


 焦っているのか急かす白馬……他のペガサス達が空の旅を先導しているらしく、ヒヒンッと掛け声が鳴り響く。

 ふわりと、翼を広げたペガサスは、あっという間に地上を離れて……オレ達は大空を飛んだ。



 * * *



 気流に乗って、勢いよく青空を上へ上へと翔ぶ。白い雲は間近で見ると透けていて、風は心なしか少し冷たい。


「すごい……空を飛んでる」


 当たり前だが、オレはペガサスに乗るのも空を飛ぶのも初めてで、景色の美しさに息を飲んだ。街並みがどんどん遠くなり、今はこの異世界では不通となっている電車の線路が遠くに見えた。

 この線路沿いの道を進んでいけばおそらく23区の中心的都市であるネオシンジュクに着くだろう。


「わぁ、空の上って空気が気持ちいいですね! 守護天使様はいつもこんな風に空を飛んでいるのかしら?」

「にゃあん、鳥さんになったみたいだにゃ」


 他の仲間達もペガサスに乗るのは初めてだとかで、それぞれ空の旅を楽しんでいるようだった。

 守護天使について語るマリアは、ああしていると真面目な修道院出身の美しい女性である。願わくば、これ以上ギャンブルや風水にハマらないでいて欲しいものだ。


「ああ、アタシも羽根があればなぁ……今のエルフ族って空が飛べないんだよ……ペガサス達はすごいな、まだ古代の技をキープできていてさ」

「それもすべて、金運の馬蹄風水のおかげですわ。我々の魔法力を蓄えるための維持装置……結構設備費がかかりますの。ひっそりとですが、私達がペガサスという身分を隠し平凡なウマ族として生きていけるのも馬蹄のおかげだとみんなが信じているのです。いわば、あの伝説の馬蹄は平和の象徴」


 姫の話が本当なら、シンボルを魔族に奪われて他のペガサス達も不安だろう。風水パワーがどこまであるのかは、定かではないが……。


「魔王軍は、伝説の馬蹄をただの王族の象徴だと思っているようなのです。ですから、彼らが馬蹄の金運風水パワーに気づく前に、取り返してきて欲しいのです」


 意外な情報がもたらされる……つまり、今の魔王軍はまだ金運パワーを使いこなせていないという事だろうか。


「えっ気づいていないの? 金運風水パワーに? じゃあなんでそんな縁起物を奪ったんだろう……ただの嫌がらせか?」

「うーむ……そもそも風水というのは、気の持ちようや迷信と考える人も数多くいるからのう。魔王もその1人のようですな……せいぜい高級な縁起物程度に考えているのでしょう……」


 オレの素朴な疑問に案外まともな答えを出すじいや……。なんだ、じいやも実は風水について客観的に捉えているんだな。


「その証拠に、魔王軍主催ポーカー大会の優勝商品に伝説の馬蹄を出したとか」

「えっ、じゃあ馬蹄は今、どういう状態なの? あの経済担当大臣が胸につけていた馬蹄チャームは? あれが伝説の馬蹄じゃないの?」


 てっきり、あの馬蹄型ピンブローチが伝説の馬蹄なんだとばかり考えていたのだ。

 でも、よく考えてみれば馬蹄はウマの蹄に装着する靴のようなもの……ウマの蹄のサイズを考えればあんなに小さなハズないんだよな。


「あれはレプリカです。でも、何分の一かのパワーは秘めていますよ。本体は……もうすぐ着きます。あの場所に」


 気がつくと、ビルの群れが立ち並ぶ大都会……23区の上空に辿り着いた。適当な土地のある公園に、ペガサス達は降り立つとふわりとした淡い光がかれらを包む。ペガサス達は、気がつくと翼をしまいごく普通のウマの姿に戻っている。


「皆の者、ご苦労だったな。リーダーはこのまま寄合所へ……私と姫様は勇者様達を会場へと案内する」

「ヒヒンッ分かりました、お気をつけて」


 じいやさん達に連れられて魔王軍が馬蹄を保管しているという場所へ……そこはネオシンジュクにあるポーカー大会の会場だった。


「私たちは人間のようには“手”を使えないのでポーカーは出来ないのです。伝説の勇者様は、運の良さだけは最高にいいと聞きます。勇者様の運で、馬蹄を取り返してください!」



「運が良い……このオレが? 女アレルギーだし、未だに初期装備だし……。仲間がギャンブルにはまって経済的に危ういのに……? 運がいいって……」

「実はこの場所に辿り着くまでに、一度も全滅したことがない冒険者チームはイクト様達だけなのです! しかも全員初期装備で……。イクト様達は金運風水を実践されていないだけで、それ以外は、すこぶる運が良いパーティーなのです。普通はありえない初心者レベルでの高レベル地域への凱旋……。姫は、勇者イクト様の運の良さを信じております!」


 褒められているのかけなされているのか……。仕方ないのでオレ達は会場入りし、個人エントリーでポーカーに挑むことになった。



 * * *



「うう、レースに負けたばっかりでポーカー……ちょっと不安ですね」

「まあ、このポーカー大会はギャンブルじゃなくていわゆる大会形式だからさ……そんなに悪い運気も引っ張らないだろ……それじゃあ」

「にゃあ、みんなで頑張るにゃ」

「おっ同じエルフ族もいるな……腕がなるぜ」


 ポーカー大会は人間、魔族、モンスター、エルフ、ドワーフなど様々な種族が大会に参加中だ。エルフ族の美人バニーガールが色っぽい仕草で会場に華を添えている。普段なら女アレルギーを発症するところだが、緊張やプレッシャーで不思議とアレルギーが出なかった。


 だが……ポーカーは運の良さだけでなく、カードの捨て方やブラフの使い方が活きるという。素人のオレにはツーペアを作るのがようやくだ。オレがほとんど諦めていると、Bテーブルに人だかりができていた。


「すごい女の子がいるらしい……」

 ギャラリーの視線を集めているのは、女の子のようだ。


「何を引いても、いいカードばかり出るんだって」

「すごいな……優勝はほぼ決まりか」

「あのピンク髪の、可愛い女の子だよ」

「まるで魔法のようだ……」

 さっきまで、ゲームに参加していたプレイヤーまで夢中になっている。


「美しい……」


 少女の美しさに見惚れている者もいるようだが、オレにとってはその美少女はごく親しい人間なのだった。ピンク髪の美少女は、鮮やかにカードを繰り出す。


『ロイヤルストレートフラッシュ』

 勝負あり……!


 おおー! 会場が湧く……優勝者のあまりの若さに……。


 少女は特設ステージで、優勝トロフィーと商品の特別な馬蹄を掲げる。ピンクのツインテールを揺らしながら、司会者の質問に懸命に応える姿は何処か寂しそうだ。

 オレの見間違いでなければ、今日はなむらちゃんの家に泊まりに行く予定のアイラがポーカー大会で優勝していた。


 ステージを降りたアイラは、強張った表情でオレの目の前に立った。小さな手から、強制的に伝説の馬蹄を渡される……嫌な予感がして、思わずアイラの手を握りしめる……何処かに消えてしまわないように。


「ゴメンナサイ……。この馬蹄、お別れにイクトお兄ちゃんにあげる……」

 そう呟くと、アイラはオレの手を離した……会場の人だかりが、オレとアイラを阻む。

「アイラ……?」


 アイラの隣には、グリーンカラーの魔導師ローブに身を包んだなむらちゃんがいる。なむらちゃんは、大人びた表情で冷たく美しくオレに通告した。


「アイラちゃんは、今日から魔王軍の魔法使いになるの。私と一緒に……」

「サヨナラ……」


 2人は、寂しそうな覚悟を決めたような表情で移動呪文を唱えて……どこかに消えた。


 鳴り止まない会場のざわめき……けれど雑音は今のオレには一切聴こえない。オレは突然の仲間の離脱と裏切りに、頭の中が真っ白になった。

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