第13話 実の妹アイラ
「さようなら、イクトお兄ちゃん……」
そう告げる大きな瞳は、オレが毎日見慣れていたはずのものだ。
あの日、ネオ新宿で開催されたポーカー大会の優勝者となったアイラは、伝説の馬蹄と呼ばれる工芸品をオレとウマ族に手渡したのち、友人のなむらちゃんに連れられて何処かへ消えてしまった。
アイラの行方は正確には分からないが、敵となっているはずの魔王軍の魔法使いとして働くためにオレ達の元を離れたという事だけは判明している。
アイラの華奢な身体は抱きしめたら折れてしまいそうなほどだが、年頃のせいかほんのりと女の子らしい柔らかさをところどころに帯びている。
彼女は守らなくてはいけない大事な、大事な人だ。オレの本能が、心臓の高鳴りとともにアイラを求めて激しく熱くなり、彼女の行方を探すように……そう告げていた。
長く艶のあるピンク色のツインテールを揺らして遠ざかる小さな後ろ姿……意地でも追いかけなくてはいけないはずなのに……。
足を進めて追いかけようとするが、何かのしがらみが纏わり付いて身体が、足が、思ったように動かない。
『待ってくれアイラ……アイラがいなくなるなんて、そんなことあるはずないだろ? だってお前は……オレの……オレの大切な……』
大切な……。
そう言いかけて、オレは言葉に詰まる。
アイラは異世界アースプラネットに来てから出会った少女のはずだ。出会ってからはまだ1ヶ月ほどしか経っていない……。
一緒にカードバトル大会の対策を考えたり、安いファミレスのドリンクバーでオリジナルのミックス方法を考えたりと仲良くはしていたが……。
おかしいな、1ヶ月?
こんなに思い出がたくさんあるのに、こんなに愛しい存在なのに、オレとアイラの付き合いがそんなに短いはずないだろう。
激しく、襲いかかる違和感。
誰だ、アイラは誰なんだ……思い出したい、思い出さなきゃいけない。
そもそもオレは一体、どうしてここにいるんだ……?
そうだ学校帰りの夕方に、追いかけてきたコウモリから逃れる為に入ったトンネルを抜ける途中で意識を失って……。
目がさめると知らない修道院の一室にいて、RPG異世界の勇者として旅に出ることになって……。
そこで、出会った少女の1人がアイラだった。まるで、オレのことを本当の兄のように慕う可愛い女の子。
でも、オレは本当に地球で育った地球人なのだろうか? 不思議なことに、地球での暮らしがイマイチ思い出せない。
記憶がすっぽりと、失われている箇所がある。オレは現実世界地球では、どんな生活をしていたんだっけ?
まずは、家族構成を思い出そう。
寡黙な父親がいて、ちょっと口うるさい母親がいて、オレは長男で、家では女きょうだいに囲まれていたような気がする。
……いつも側には妹がいて……妹の名前は……。
* * *
『お兄ちゃん、このゲーム攻略できないよぉ手伝って!』
妹がツインテールを揺らしながら居間のソファでテレビを見ているオレに、スマホゲームの攻略法を聞きに来た。確か夕飯後は宿題をやるとか言って自室へと戻っていったはずだ。
だが、宿題をしていたはずの妹の手にはスマホがしっかりと握られており、画面がキラキラと輝き楽しそうな電子音が聞こえてくる。
「………宿題は?」
「もう終わったもん! ねえ、このクエストどうしてもクリア出来ないの。このモンスターの弱点って水属性だよね? どんなパーティーメンバーで挑めばいいか教えて!」
ゲームの攻略法か……今時、攻略サイトを覗けばネタバレ攻略法がたくさん載っているのに。
「ねえ、いいでしょうお兄ちゃん!」
後ろからキュッと抱きついてきて攻略法を教えて欲しいとおねだり。触れ合う身体からは子供らしい温かい体温。
やれやれ……甘えん坊だな、オレの妹は。
『お兄ちゃん、宿題まだやってないの?』
夏休みの8月も半ばに差し掛かった頃、毎年妹のこのフレーズで焦って宿題に取り掛かっていたっけ。
オレが夏休みの宿題を片付けている頃に、クーラーの効いた涼しい部屋で優雅にアイスキャンディーを舐める妹が、お姫様のように感じたのも今では良い思い出だ。
『おにーちゃんこのクレーンゲームのぬいぐるみ、すごく可愛い! 取って、お願い!』
妹はウサギのぬいぐるみを見かけるたびに、オレにクレーンゲームをねだってくる。場所は、買い物に出かけた先の屋上のクレーンコーナーだったり様々だが、とにかくぬいぐるみを見かけると定番のおねだりだ。おかげでクレーンゲームの腕は上級クラスである。
『アイラは子供っぽいなぁ。もう中学生だろ?』
そう言いつつも、結局頼られる兄でいたい一心でオレはいつもアイラのそばに寄り添っていた。
そうだ。
オレの妹の名前は、アイラだ。
そして、この異世界アースプラネットで出会った少女アイラは、オレの現実世界での実の妹にそっくりだ……名前も同じ……アイラだ。
髪の色はピンクではなく、オレと同じ栗色だが……違いはそれくらいで、ほとんど本人といっていいほどそっくりだ。
なんで、気づかなかったんだ。
なんで、思い出さなかったんだ。
この世界は、オレのいた現実世界とリンクしている。
ペットの黒猫ミーコが人間の姿で出てきた時に、もっと深く考えればよかった。
オレはアイラがいなくなったショックからか、アイラが実の妹にそっくりなことに気づいたからか……ひどく疲れてしまい、宿屋に戻り簡素な宿のベッドで涙を堪えながら、いつの間にか深い眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます