第10話 古代都市のお姫様

 アースプラネット西地区の中心都市ネオタチカワシティを後にして、モンスターレース場で有名なネオフチュウにやって来た。

 ネオタチカワシティから23区に向かうルートはいくつかあるが、一般的にはそのままネオナカノ方面に向かうルートと、少し遠回りしてネオフチュウ方面から23区に入るルートの2つに分かれる。


 古代の交通の要となっていたのはネオフチュウだと言われているらしいので、今回は伝統的なルートを選んだと言えるだろう。機会があればそのうちネオナカノ方面にも行って見たいものだが、今回はオアズケである。


「モンスターの攻撃を避けながらの旅……大変でしたが、ついにネオフチュウですね。はぁ取り敢えずお腹が空いちゃっているのでお昼ご飯かしら?」

「にゃあ、餃子の無料券のお店はどこですかにゃ? なんだか、餃子屋さんの看板だらけですにゃ」

「そういえばそうだな、ちっと待てよ……この観光マップに何か情報は……」


 賑やかなメインストリートには餃子屋路面店がいくつかあり、中華料理店やラーメン店も餃子をウリにしている店舗が多いようだ。

 情報マップを開いて、このあたりについて調べてみるが……。


『ネオフチュウとは……伝統的なモンスターレース場や、疲労回復効果の高いにんにく餃子で有名な街である。 太古の時代は国を治める神殿が置かれていた。神殿跡地は今でも寺院として遺されており、ギャンブル必勝のお守りや縁結びのお守りを求めて旅行者が訪れる。西地区の中では23区との距離が近く、中継地点とされている』


「うーん、ネオフチュウの歴史については載っているけど、餃子屋さんの詳しい紹介はなしか……有名店だらけで特定の店舗だけプッシュするのは難しいのかもしれないけど」


 旅立ちの時に族長から貰った、A5版サイズのアースプラネット西地区観光マップをパラパラと読み直す。 なお、この観光マップはネオフチュウで終わっており、次は23区観光マップを購入するしかなさそうだ。


「それにしても、ついに23区との距離が近づいちゃったなー」

「なんだかんだ言って、高レベル地域が近づいちゃったから。取り敢えず装備を整えないと、このままじゃな……」


 23区は、魔王城のある冥界へのワープゾーンがある場所である。レベルも物価も高いという評判だがオレ達は未だにレベル10未満で、なおかつ全員が初期装備の『冒険者装備シリーズ』のままだった。


「あっこの無料券のお店の看板だにゃん、早く行こうにゃん」

「おう! さっそく餃子の食べ放題だっ」



 * * *



 カランカラン!


「イラッシャイマセあるよー。アイヤー無料券もってきたアルネ。食べ放題のお客さん5名さまご案内あるよ」


 仲間のアイラがカードバトル大会の参加賞でゲットした餃子食べ放題券を使い、ネオフチュウ名物のニンニク餃子でランチタイムだ。


 赤を基調とした中華風の店内は、風水チックな龍の置物や縁起の良い唐辛子の飾りや可愛らしい中華風キャラのぬいぐるみで彩られている。

 客層も様々で、武器防具でバッチリ装備を固めた冒険者からごく普通のスーツ姿のサラリーマン、観光マップ片手の一般客で賑わっている。


 円卓のテーブル席に座り、サービスドリンクの冷たい中国茶でひと息入れ、インテリアの中華風の龍の置物に気を取られていると、露出度の高い赤いミニスカチャイナ衣装の美少女が注文聞きにやって来た。


 危うく女アレルギーを起こしそうになったが、倒れるわけにいかないので注文は仲間に任せて平静を保つ。


 追い打ちをかけるように、ブルーのチャイナドレスに身を包んだ美人ウェイトレスがスリット越しに美脚をチラつかせながら食事を運んできたときには、思わず持病の女アレルギーが発症しかけたが、空腹には勝てないのでなんとかこらえた。


 さっそく、待ちに待った餃子タイム……白いごはんと肉汁たっぷりアツアツの餃子は、よく合っている……付け合わせのザーサイも、美味しい。ちなみにオレは、醤油にちょっぴりラー油を混ぜて餃子につけて食べるピリ辛スタイルが好みだ。


「知っているか? 実は、餃子って本場では主食扱いだから白米とはあんまり合わせないんだってさ。けど、餃子をおかずにして白米と合わせて食べるのって美味しいよな」

「へぇ、知らなかったなぁ。アズサは物知りだな……オレ、ずっとオカズとして餃子を食べていたよ」

「にゃあこのエビチリも美味しいですにゃん」

「私は杏仁豆腐が好き」


 ただの餃子食べ放題だと思っていたが、実際にはたまごスープ、エビチリ、杏仁豆腐やバニラアイスなども食べ放題メニューに含まれていて、なかなか嬉しい中華ビュッフェだ。

 ニンニク餃子を堪能しながら、アイラやミーコと雑談していると、突然、マリアに注意される。


「今、モンスターレースの予想に集中しているので黙っていてください!」


 マリアは食事もそこそこに、赤ペンでモンスターレース新聞にチェックを入れている。普段は清楚で美しい青い瞳が、今日はギラギラとしていた。


 そう……オレ達がネオフチュウに来た目的は、モンスターレースで金策を練るためなのだった。ギャンブラーと化したマリアはモンスターレース新聞、ラジオ放送、ネットの書き込み情報を駆使して大穴を当てるつもりらしい。当たれば……の話だが。


 ランチを終えて、店を出たオレ達。お店の人から食後のサービスで貰ったミント味の大きな飴玉をひとりひとつぱくりと舐める。

 ミントの香りに誘われて爽やかな午後の風が、優しく食後のニンニクっぽい空気を緩和する。口内もミントのおかげでスッキリしたし、観光しやすくなっただろう。


 これから成人チームはモンスターレース場へと向かい、ギャンブラーとして勝負を挑むそうだ。ミーコやアズサも一応はモンスターレース券を購入するらしい。どっちにしろ未成年のオレはレース場には行かないので、ここからは成人チームとは別行動だ。


 もう一人の未成年アイラは、カードバトル大会のことを謝りたいと電話を掛けてきた『なむらちゃん』に呼ばれどこかへ行ってしまった。


 そういえば異世界に来てから、ほとんど集団行動だったな。久しぶりに1人で散歩でもするか。



 * * *



 オレは観光も兼ねて、ネオフチュウのメインストリートを気ままに歩き始めた。昔、神社の参道だったという並木道は木々に覆われていて、木陰が日差しをうまく避ける役割を果たしており散歩しやすい雰囲気である。

 女アレルギー持ちとしては、女性陣と離れて単独行動が取れるだけで、解放された気分だった。


 だが、すぐに違和感に気づく。


『ヒンヒンっ』


 何かの独特の鼻息が、蹄の軽快なリズムとともにオレのすぐ後ろを通り越した……いわゆるお馬さんである。普段あまり間近で聴くことのないであろうパカパカっとしたヒヅメの音が、リアルに耳に残る。

 そして、想像しているよりもサイズの大きな馬の迫力に圧倒される。


『ヒヒーンっ』

『ひひんヒヒヒーンっ』

『パカパカパカ……ブルルッぶるるるっひんひんっ……』


 気合の入った鳴き声、もちろんお馬さんだ……後方からも前方からも馬がやってきた。茶色い毛並みで可愛い目をしているが、目の前に立たれると思ったよりサイズが大きいのを実感せざる得ない。

『ヒヒーンっパカパカっ』

 また馬か……この街……馬がやたら多いな……。


 オレは、道行く人ならぬ馬達に気を遣いながら、馬のオーラに戸惑いつつも引き続き緩やかな歩幅で散歩を続けていた……そこでさらなる違和感に気づく。


『勇者様……パカパカ』

『勇者様……パカパカ』


 誰かに呼ばれた気がしたが、振り返っても誰もいない。いるのは数頭の馬だけである。


『勇者様! どうして無視するのですか? 姫は悲しゅうございます……パカパカ』

 姫? お姫様なんかそばにいたら、オレの女アレルギーが発症してすぐ気付くはずだ。

 しかしあたりには馬しかいない……。

『おお姫様! お可哀想に……このじいやが勇者様に一言言って差し上げましょうぞ! パカパカ』

 じいや?


「ヒヒーン! ブルルっ」

 オレは突然行く手を塞いだ馬に驚いた。歳はいってそうなものの、サラブレッドと思われる立派な馬が一頭、そして美しい毛並みの可愛らしい顔をした白馬が一頭……。

「ようやく気付いてくださったのですね⁈ 勇者様、お願いします! どうか私たちの話を聞いてください!」

 馬だ……馬がしゃべっている……! 白馬は清楚で可憐なお姫様と言った感じの話し方で、声まで可愛らしく鈴を転がしたような声だ。


「はじめまして勇者様! 私、バテイ国を治めるパカラ姫でございます」

 驚きで言葉が出ないオレに、白馬は品よく挨拶してきた。ヒンヒンッと可愛らしい仕草は、立派なお姫様の仕草……まるで、おとぎの世界へと迷い込んだような錯覚を起こしながら、『ああ、ここは異世界なんだ』と改めて実感するのであった。

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