第8話 波乱のトレーディングカード
オレ達がファミレスでワンコインランチを食べながら、カードバトル大会の話で盛り上がっていると、ランチタイムでにぎわうファミレス内をくぐり抜けて、ドリンクバーコーナーの方から黒髪に三つ編みのアイラと同い年くらいの美少女が近づいてきた。
少女は切りそろえられたサラサラとした前髪を揺らし、大きな瞳を少し潤ませながら意を決したような表情でこちらのテーブル席を確認する。
いつのまにか仲間が増えたこともあり、当初の3人旅から5人にメンバーが増えたオレ達は奥の団体向けテーブル席を利用していたため、見つかりにくい場所で食事をしていたはずだが……。おそらく、少女が誰かに用事があってこの席へとやってきたのだろう。
少女のファッションは、いわゆるファンタジー特有の装備で固められており、ふんわりとしたグリーンのワンピースに先の尖った焦げ茶色のショートブーツを履いていて、手には小ぶりな杖が握られている。
回復呪文と攻撃呪文でだったら攻撃呪文を使えそうなオーラであるが、黒魔法使いだろうか?
「アイラちゃん……久し振り」
少女はオレ達に軽く会釈をして、アイラに優しく微笑みかけながら、カードバトル大会のチラシを覗き込んできた。先程表情が固く感じられたのはただ単に緊張していたのだろうか? 少女はあまり、オレ達の方を見ようともせず、アイラの方へ集中して話を進めようとしているようだ。
オレが少女の表情を覗き込もうとすると、わずかに目があった後、恥ずかしそうなバツが悪そうな表情をして頬を赤らめながら視線をずらされてしまった。別にオレは彼女に対して何もしていないはずだが、女の子は何を考えているのかわからないな。
「……! なむらちゃん、久しぶりだね、元気だった? 半年ぶりくらいかな……交通機関が止まってから会えなくなっちゃったもんね……まさか偶然また会えるなんてうれしいよ」
「うん、私は相変わらず……でも、学校は生徒が減っちゃってすごく寂しくなっちゃった。魔王軍の影響で通学自体出来なくなっちゃった地域の子も多いから……アイラちゃんも修道院で自宅学習に切り替えたんでしょう?」
「うん、今はレポート提出しながら旅をしているの。この人たちと一緒に……」
「旅か……いいな、そういうの」
アイラは突然の知り合いの登場に、驚いた様子である。少女の名前はなむらと言うようで、苗字だか名前だか、はたまた愛称なのかは不明だ。そうか、アイラの友人か何かなのか……。山奥の村で生活しているアイラに離れた土地に友人がいると言うのも不思議な感じがしたが、学校の友人ということのようだ。
この異世界は本来地球と同じかそれ以上の文明を持っており、交通機関もそれなりに進んでいたらしい。だが、魔王軍の攻撃によって電車やバスがストップしている為、徒歩で昔の旅人のごとく地道に歩いて冒険する羽目になっているのだ。その影響で、アイラは中学校に通えなくなったと語っていた……今はレポート提出しながら冒険者生活である。
なんでも、交通機関がストップしたのはこの1年から半年ほどらしいので、本当はネオタチカワも日常の移動圏内だったのだろう。
「ところで……アイラちゃんカードバトル大会に出るの? アイラちゃん、メラメラフェアリー好きだよね? 私、ファイアータイプのカード持ってるんだ! 再会の記念にフェアリーカードトレードしよう!」
どうやらなむらという少女は、再会の記念と称してアイラにカードの交換を申し入れてきたようだ。トレーディングカード専用ケースから一枚取り出して、準備万端のなむらちゃん。
取り出したカードはいわゆるレアカードというものらしく、キラキラした文字とSRというレア称号が豪華な箔押しで刻まれている。
「トレードした方が良さそうなのか? 」
「同じカードのシリーズの方が良いスキルが発動できるの。でも……」
オレの素朴な疑問に、アイラは少し考え込んでいる。お気に入りだという、チワワに羽根を生やしたような、可愛らしいイラストのカードを見せてくれた。なむらちゃんのカードと違って、キラキラの箔押しはなくNRという称号が印刷されているのみだ。おそらく、SRはスーパーレアでNRはノーマルレアだろう。つまり、トレードはアイラの方が得しそうなものだが。
なむらは、同じシリーズのメラメラフェアリーというチワワ妖精カードとの交換を迫る。向こうはレア度の高いSR、アイラは普通のNR、断る理由もないだろうし、結局アイラは3枚揃っていたチワワ妖精のカードのうち1枚を、ファイアータイプのカードと交換してしまった。
「良かったな、アイラ! 友達からいいカード貰って」
だが、カードセットをもう一度確認して、アイラは何故か浮かない表情だ。何かまずい点でもあったのだろうか。様子を見ていたミーコが電卓とメモセットを取り出して、カードの数値の計算をし始めた。
「おめでとうアイラちゃん! ファイアータイプのカードで、大会にエントリーしておいたよ。カードバトル大会、頑張ってね!」
そう言って、なむらちゃんは爽やかな表情でファミレスから去って行った。ファミレスから出た後なむらは、自分のやってしまったことの重大さに耐えられず、ネオタチカワシティの大通りを思わず走り出した。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
勢いよく走るなむらを通行人が注目するが、なむらは涙で前が見えない。魔王参謀大臣様の命令とはいえ、カードスキルの発動率が低くなる別タイプのカードにトレードしてしまった……私はなんてひどいことを……!
カードバトルのデッキは、バランスが命だ。
ポーカーでカードの絵柄が揃わないといけない場面があるように、カードバトルも組み合わせをよく考えて組まなくてはいけない。ファイアータイプのカードを加えたことにより一見攻撃力が高くなったように見えるが、実はノーマルチワワカードを3枚デッキに入れていた方が特殊効果が発動しやすく勝率が高いと言っていいだろう。
* * *
その頃ファミレスでは、アイラが自分のトレードミスに気づいて動揺していた。
「どうしよう……メラメラフェアリーが可愛いからつい交換しちゃったけど、今まで使えてた必殺技が使えなくなっちゃった……!」
「何だって? 強いカードと交換したのに、結果は弱くなったのか? なんでだろう、そのカードっていわゆるスーパーレアってヤツだろう? さっきのカードより強くなっているはずなんじゃ……」
首をかしげるオレに、電卓での計算を終えたミーコが解説する。
「にゃ、カードバトルはバランスが大切だから、アイラのカードデッキはチワワカード3枚で必殺スキルが使えたほうが強かった気がするにゃ……。でもファイアータイプのカードは、ノーマルチワワより上級カードだから攻撃力は上がっているにゃ。数値上はさっきより高くなっているし、力押しのバトルなら今の方が強い気もするにゃ……なむらって子の事は責められないにゃ」
バトル方法は人によって異なるらしいので、なむらって子が悪気がないにしろ、勝率が下がったことには変わりないし……どうしよう。アイラが申し訳なさそうな表情で、泣きはじめた。
「……みんな……ゴメンね……私がカードの見た目の可愛さを優先したから、優勝できなくなっちゃった……」
「アイラ……」
「でも、私……この地域にやってきたのは1年くらい前で、それまでのことは自分でもあまりよく覚えていないの。なむらちゃんは学校で初めて出来たお友達で……だから、断れなくて……ごめんなさい」
アイラは手持ちのカードを並べスキルの確認をした後、現在のカードデッキの組み合わせでは勝率が低いと判断したようだ。すでに、優勝を諦めているオーラが漂っている。
すっかりアイラの周辺に漂う空気が重くなった。しかも、どさくさに紛れてアイラの意外な私生活の事情まで知ってしまった。1年前の記憶がないって……一体どういうことなんだろう。
マリアとアズサはカードゲームの話題についていけないのか、無視してドリンクバーでコーラとメロンソーダを混ぜ合わせたミックスドリンクを作り、ドリンクバーライフをエンジョイしている。
もしかしたら、プレッシャーをかけないようにワザと明るく振舞っているのかも知れないが……。
オレはせめて年上らしくアイラを励ましたくて、まるで実の妹にするような仕草で、自然とアイラの頭を撫でた。
「アイラは、このファイアータイプのチワワ妖精が好きなんだろう? ならこのカードデッキで頑張れば良いじゃないか? 好きなカードで戦えれば幸せだろう」
アイラは泣くのを止めて、オレのことを見てコクリと頷いた。
「うん……私自分の好きなカードで頑張る……」
マリア達が作った特製メロンコーラミックスドリンクを飲み干して、カードを確認し気合を入れ直した。果たしてカードバトル大会は上手くいくのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます