第7話 はじめてのスマホ工房

 西地区最大の街であるネオタチカワシティに到着したのは、アズサを仲間に加えた翌日の午前だった。冒険の旅を始めてからしばらく経つが、いわゆる大きな街への訪問は初めてである。


 前日は大型公園内の宿泊施設で簡易な部屋を借りてシャワーを浴び、施設内のコインランドリーで衣類を洗ったりと身なりを整えた……。下着なども新調したのでお金は少し減ってしまった。

 だが、やはり都会的な場所に行く際に、悪目立ちしないように身綺麗にしたいと考えた結果の行動だ。


 ようやく巨大都市ネオタチカワシティに辿り着いたオレ達は、モノレールが走る街並みをくぐり真っ先にスマホ工房で修理をお願いした。見覚えのある街並みにオレは既視感を覚えたが、それがオレの住んでいた立川市にそっくりな事も記憶から消去されていた。


 まるで、自分自身もデータの一部になってしまったかのように地球での記憶も都合の良いように消されたり改変されたりしていたのだろう。


 この世界はスマホRPG異世界なせいか『スマホ工房』が冒険者の拠点になっているようで、スマホ工房には様々な職業の冒険者パーティーが見受けられる。


 いわゆる冒険者ギルドの役割をスマホ工房が果たしており、クエスト掲示板やクエストカウンターが並んでいた。


 冒険の出発地点である奥地の修道院も一応はギルドという形をとっていたが、所属の冒険者はマリアとアイラのみだったため、クエスト掲示板の前に冒険者の人だかりができている様子を見るのは新鮮だ。



 * * *



 スマホ工房ビル一階は、スマホ修理や買い換えサポート相談窓口、そしてギルドクエスト案内所。

 二階部分は冒険者達の斡旋場所、仲間を探している人たちのサポートを行なっている。

 三階から七階部分はレストランや宿泊施設、武器防具や道具の販売ショップなど……品揃えも豊富だが、値段も……結構高級である。

 八階は事務所となっており、さらにその上は大型イベントなどを行うこともできる屋上だ。


 人が多いせいで修理の受付番号が呼ばれるまで時間がかかったが、その間は工房内を自由に見学しているようでそれぞれ気になる場所へと遊びに行っている。

 ようやく番号を呼ばれてカウンターへ……受付のお姉さんが画面が粉々に割れた哀れなスマホを覗き込み、破損個所をチェックしていく。


「随分と破損個所が多いようです……よっぽど、激しい戦闘だったのでしょう。まだ、冒険を始めたばかりなのに大変でしたね……このスマホも立派に役割を果たしたのでしょう……」

 受付のお姉さんは、バトルのせいでスマホが破損していると勘違いしているらしく、オレの破壊されたスマホを見て同情的な感想を述べた。

「は、はあ……そうですね……」


 戦闘が激しかったのではなく、仲間がスマホを叩き割っただけなのだが、張本人の白魔法使いマリアは素知らぬ顔でスマホ工房内の自販で買ったレモンスカッシュを飲んでいる。冒険者用の休憩ソファを占拠してまったりくつろいでいる様子は、品が良く清楚でまさかあんな暴挙に出た本人とは思えない。


 オレのスマホは小さなトレーに乗せられてカウンター裏に大事そうに運ばれ……トンテンカンと軽快なサウンドの後に、聞き慣れたスマホのアナウンスボイスに似た声で断末魔のような叫びが聞こえた……。

 なんだろう? そしてしばらくすると、どこからどう見ても別のスマホをカウンターのお姉さんが持ってきた。


「お待たせしました! 冒険者保険適用で、修理費は無料となります」

「修理……?」


 オレの初代スマホは白いボディのはずだが、現れたスマホは濃紺ボディである。何処からどうみても修理ではなく、別のスマホがやってきたような気がする。

 だが、カウンターのお姉さんはかたくなに『修理』と言い張るので、仕方なく『修理』ということで契約は交わされた。修理欄のチェック項目に『スマホ転生』と書いてあったのが引っかかる。


 何か追及してはいけない闇があるのだろうか? 転生するスマホって一体……。


「仕方がない、気を取直してスマホの調子をチェックするか」


 ピッピ!

 心なしか、画面サイズまでデカくなった転生後2代目スマホを起動すると……。


 テレテレテレテレテーン!

『イクトはレベルが上がった! モテチートスキルその1、【主人公補正でモテモテチート】を使えるようになった!』


「⁈ スキルが使えるようになっている?」

 いつの間にか、待ち受け画面に『スキルモテチート』というアプリがダウンロード済みだ。

 女アレルギー対策でモテスキルを使わないように、マリアがこのスマホを破壊したのに……結局、無駄なあがきだったか……。


「スキルが振り分けられていなかったので、こちらで全振りしておきました! 特別サービスで、ポイント2倍キャンペーン実施中なんです!」


 受付カウンターのお姉さんが、笑顔で答えた。悪気はないのだろうが、スキルの振り分けはこちらに任せてほしかった。

 何てことだ……結果的に、モテチートとかいう謎のスキルポイントを2倍に増やしてしまった。


「はぁ仕方がないかぁ……」


 チートスキルはもう諦めて、これ以上スマホが壊れないように対策をする。スマホポイントで購入した、転生後2代目スマホとセットの濃紺のスマホカバーを取り付け、スマホの守備力を上げてやることにした。


 新しいスマホカバーはいわゆる手帳型で、以前のものより頑丈だ。これで、今後はマリアに叩き割られる心配もなくなるだろう。

 手続き完了に気づいた、格闘家のアイラと猫耳メイドのミーコがオレの腕を引っ張って空腹アピールしてくる。


「おにーちゃん! スマホも直ったし、ご飯食べに行こーよ!」

「にゃーん! お腹すいたにゃーん!」


 工房内の時計を見ると、既に12時半。確かに腹の虫が空腹を訴え始めている。


「そうだな……どこに食べに行く?」

 スマホ工房の三階には、レストランが入っているそうだが……。

「金銭的事情を考慮すると、1人500円前後のお店がいいかと思います」

 ソファでまったりしていたくせに、こういう時だけ真顔で現実的な提案をしてくるマリア。


 オレ達はまだ平均レベル5の駆け出し冒険者だ。雑魚モンスターを倒して得られる収入なんて、たかが知れている。それに、昨日気合を入れて身なりを整えたせいで、結構お金がかかったし……。


 仕方ないので、スマホ工房ビルを出てネオタチカワシティの大通りを歩いていると、運良くリーズナブルな雰囲気のランチを実施しているファミレスを発見、それなりの昼飯にありつくことができた。



 * * *



「このままじゃ、これからの冒険も大変そうだよなぁ。何か金策を練らないとなぁ」


 エルフ剣士アズサがワンコインランチセットの『きのこたっぷりミートソースパスタ』を食べながら、金策について考え出した。冒険中、常にワンコインランチ実施のファミレスがあるわけでもないし、できれば金銭的に余裕を持ちたい。


「でも冒険者って、モンスターを倒す以外にどうやってかせいでるんだろう?」

 オレの素朴な疑問に応えるかのように、エビドリアセットを食べていたミーコがガサゴソと1枚の紙をカバンの中から取り出した。

「にゃーそういえばさっきスマホ工房で、こんなチラシをもらったのにゃん」


『プチットフェアリーカードバトル大会inネオタチカワシティ、あなたの自慢のカードでバトルに参加しませんか? 上位入賞で賞金&商品ゲット!』


 チラシには、少年少女から大人までカードバトルを楽しんでいる様子が紹介されている。


「カードバトル大会……?」

「アースプラネットでは、カードバトルが流行っているの。みんな自分のカードセットを持っているんだよ」

 ほら! と、アイラが自慢のカードセットをミントカラーのケースから取り出し見せてくれた。可愛い外見の妖精達のイラストカードだ。

「にゃー! アイラ凄いにゃん! このカードの構成なら、上位入賞狙えるにゃん!」

「……出てみようかな。カードバトル大会……」

「よーし、アイラ頑張れ! エントリーだ!」



「……アイラちゃん……」

 オレ達がカードバトル大会の話で盛り上がっているのを、アイラと同い年くらいの黒髪三つ編みヘアの清楚な美少女が哀しそうな表情で見つめていた。

『なむら! 何をしているんだ早く任務を果たせ!』

「はい……魔王参謀大臣様……」


 なむらと呼ばれた少女は、誰かとスマホで会話した後、オレ達の元へと足を進める……。何かを決意したような眼差しで……。

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