5コール・・・笑顔
ある日の夏の夕暮れ。
九州からわざわざ、遊び(?)に来た母親をフェリーの港まで送った帰り道。
俺は自宅に戻るため、夕暮れに染まった海を見ながら駅に向かっていた。
今年になって社会人なり立てのまだまだ未熟な人間だ。仕事も大変だし、人間関係も面倒だし嫌な事ばかり。学校に行っていた時とはまた別の「行きたくない」という気持ちがいつも胸の中にある・・。
そんな憂鬱な気分で電車に乗った。電車の中はそんなに人が乗っていなくて、俺も普通に座ることが出来た。電車が走りだして、数分後・・・次の駅に着いた。ほかの乗客が乗ってくる。
俺の目の前には、親子が座っていた。お母さんと赤ちゃん、そして5歳くらいの女の子だ。お母さんの方は赤ちゃんの相手をしている。まあ、ここまでは普通なのだが、問題なのが、女の子の方だ。
何故だか分らないが、俺の方をジッと見ている。見ているというか、観察しているというか、まあ子供の純粋な目を向けられて、ちょっと緊張したというか、あんなきらきらした目を向けられるとなんだか気が引けるというか、隣の席にはもちろん誰も座ってないし、やはり俺を見ているのだろうか・・というか俺以外いないし・・・。前にもこのパターンがあった気がするが・・・。
視線に耐えられず、思わず、普段あまり見ないスマホを取り出して、天気予報をみたり、ニュースを見たりして気を紛らわせていたんだけれど、妙に時間が長く感じられる。さっきの駅を出てから、数十分くらい経ってちらっと女の子の方に目をやるとまだ、俺の事を見ている・・・・スマホを鏡がわりに使って顔に何かついてるのかな?と見てみるけれど、特にそんなものは付いていないし・・一体俺の何を見ているのだろう・・・冷やかして見ているなら無視すればいいのだけれど・・・その目に、そんなものは混じって無い・・純粋に興味を持っているかのように澄んでいるんだ。
・・だ、ダメだ、もう耐えられない・・心が荒んでると後で言われても構わない!・・俺は、その女の子を睨みつけた。
・・「何こっち見てんだよ?ああ?」的な顔で・・・・。
・・・そして俺は、戦慄したのであった・・・。
なんと、睨んだら、その女の子は満面の笑みを顔に浮かべたのだ!・・何の取引もない、ただただ、純粋な笑顔。
まあ、俗にいう天使の笑顔みたいな?・・・笑った・・・・?なんで・・?・・そんなに変な顔だった?・・頭の中はパニック状態だ・・・。
・・・なんでだ?・・どうして??ナニガオコッタトイウノダ??・・ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ユルシテクダサイ、モウシマセン!ドウカ!、ドウカ・・?????・・・ドウシテ・・・?
その瞬間、俺の周りの世界は止まり、音も止み、視界もモノクロになった・・・
俺はなんてことをしたのだ・・もうこの子に合わせる顔が無い・・・物凄い後悔が俺を襲う・・・。小さな、女の子を睨みつけるなんて・・大人のくせに・・最低最悪だ、もう、恥ずかしい・・こうなったら、海に飛び込むしかない!!
そんなことを考えているうちに、アナウンスが聞こえてきた、次の駅に着いたようだ・・。そこで、目の前に座っていた親子は降りていった。
もちろんあの女の子も一緒だった。
俺は、恐る恐るその子を目で追った・・・。
ドアから出る前に、その女の子がふいに振り返る、俺の心臓が飛び上がる。
「ドキっ!!」
・・・え?・・俺に手を振っていた・・バイバイ的な感じの・・、しかもやっぱり笑顔だった。
俺もいつの間にか、何も考えずに笑顔で手を振っていた。
・・顔は笑顔だったか定かではないのだけれど・・・。
ひきつっていて、かなりやばい感じの顔だったかもしれない・・。
手を振り終えると、女の子はお母さんの手を握った・・・・。
ドアが閉まり電車が走りだす・・。
一体、あの女の子は何をそんなに真剣に見ていたのだろう・・俺の事がそんなに珍しかったのかな・・それともよっぽど変な顔だったとか・・それはそれで、落ち込むけれど・・。他の人と比べて特徴は身長が少し高いくらいしか思い当たらない。
もしかしたら、自分に見えない何かを見ていたのかも・・よくよく思い出してみると、俺の方は見ているのだけれど、焦点が俺とは少しずれていたような・・考え過ぎか・・・。それだとしたら、最後に手を振ったのも俺ではなく、見えない何かに手を振ったのだろうか・・・。
だったら、何か俺に憑いている・・?・・・まさかね・・・・。
俺はオカルト的なものは信じない派だからね。
駅の改札口を抜けると俺はとうとう我慢できずに、兄貴に電話を掛けた。
「・・あっ、もしもし?・・」
数回のコールの後に兄貴に繋がったようだった。
(私だ・・)
いつもの、返答が返ってきた・・。・・今日も兄貴は平和そうだな・・俺は背筋の凍るような、恐怖体験をしたというのに・・あっ・・そういやぁ、兄貴は、怖い話とか、オカルトの話、好きだったなぁ・・。
「・・って誰だよ!」
(・・んで?・・どうした?・・僕、今、超忙しいんだけれど・・)
「ええ?・・何してるの?」
どうせまた、ゲームか、アニメでも見てるんでしょ・・。
(折り紙)
「へっ?」
・・何で折り紙?・・なにかのアニメの影響かな・・?
「兄貴・・とうとう、トチ狂った?あっ、ごめん、いつものことやったな?」
(いや、トチ狂ってるのは認めるけど、常に、じゃぁないからね?)
「・・トチ狂ってるのは認めるんかい・・」
(あ、そいえば、昨日から、母上が泊まってたんでしょ?なんか美味しいモノでも食べた?)
「え?ああ、まぁ、さっき港に送って行った」
(ふ~ん、あっ、神戸牛とか食った?)
兄貴は無駄に鋭いところがあるからな・・。
「・いや、最初は、ちょっと頑張って食べに行こうって言ってたんだけど、いざ、お店の前まで行って、メニューの看板を見てたら・・高すぎたから諦めた・・やっぱり何というか・・庶民には厳しいですなぁ・・食べたかったけど・・」
(んん?お前残業一杯してるんだから、金持ってんだろ?そういう時は自分で出すんだよ・・そんなに高かったのか?・・)
「・・高かったね・・確か、百グラム二千円とかだったような・・まぁいつかは食べたいな・・お金貯めよう・・」
(そん時は、奢ってくれたまえ・・)
「いや、兄貴こそ、自分で払えよ、社会人だろ?」
(・・うん・・あ、何?、自分がいま住んでる町を案内したのか?)
「え?ああ、そう、まぁ、何にも無い所だけれどね・・」
なんか、いきなり話題が変わっているけど、まぁ、いいか。
(で、なんか買い物でもした?)
「うん、電子レンジと部屋に置くための、小さめのテーブルかな」
(ふ~ん。・・部屋に宅配便頼んだのか?)
「・・いや、そのまま持ち帰った」
(・・は?・・どうやって?まさか、手持ちで?・・あぁ、タクシーか・・)
「いや、歩きで」
(・・うん、いやゴメン、あれ?そんなに電気屋さんとかって、近い場所にあったんだっけ?)
「えっと、電車で一駅で、歩いて二十分くらいかな・・いや~歩くのきつかったなぁ~。机が結構重たかったし・・かあちゃんに電子レンジ持ってもらったし・・」
(いや、文明の力を使おうぜ!そこは、タクシー使うだろ?なんで歩いたんだよ、確かに母上は強靭な体かもしれないけれど、そんなに歩かせるなよ・・まさか机を電車の中に持って入るのが、ちょっと無理そうだったからか?そして、机がタクシーのトランクに入らなかったという事か・・)
・・確かになぁ・・なんで歩いたんだっけ?・・タクシー乗ればよかったな・・ほんとにそう思う。電子レンジも結構重たかっただろうし・・。あの時は、なんか変なテンションだったからなぁ・・。たぶん普段歩いているから、いけると思ったのかな。まぁ、いつもと違うのは、母親が居たという事と、荷物がとんでもなく重かったという事だね。次、もしこんな機会があったら、絶対にタクシーに乗ろう。
「そういえば、兄貴のところにも、行ったって言ってたよ」
(ん?ああ、そうそう、父上と母上がな・・なんか、母上の同窓会が東京のなんちゃらホテルであるから、っていう名目で東京に来たらしい・・なんか、オバマ大統領が泊まってたホテルだって・・)
「ふ~ん、なんか美味しいモノでも食べた?」
きっと、東京だから、美味しいモノがいっぱいあるに違いない。
(う~ん、たしか最初の方は、なんか豪華なものを食べようって言ってたけど、歩き疲れたという理由で、結局どこにでも売ってる弁当を食べた・・)
・・なんだかなぁ・・まぁそういう時もあるよね・・。
「まぁ、ドンマイ」
(まぁ、飛行機の時間もあるから、とりあえずもう、行く場所も決めてたみたいで、秋葉原にいったんだけど、まぁ、どちらにせよ、僕が東京で自信を持って案内出来るのは秋葉原くらいだから、丁度いいやって思ったわけな)
「アキバか・・俺、一回も行ったことない・・」
(今度遊びに来れば?)
「・・まぁ、暇だったらね」
・・いつかは行ってみたいなぁ・・兄貴は何度も行っているみたいだし・・。
(・・でも、秋葉原の大通りを歩いて、なんだったかな・・確か父上が行きたいっていってた場所で、昔、学校だったところを改装して、美術館にしてあるところがあるんだと・・アーツ千代田・・なんとかって建物ね)
「へ~。なんかマニアックな場所やな・・」
(うん、結構いい感じの建物やったな・・なんか風景に溶け込んでいるというかなんというか・・なんか、野菜も作ってるみたいだったし、面白いアートとか沢山あったね)
「兄貴も父ちゃんも母ちゃんも、そういうの好きだもんね・・」
(まぁな・・まぁ新しい秋葉原の発見みたいな?)
俺は、部屋の鍵を取り出して、ドアの鍵穴に差し込む。話しているうちにいつの間にか自分のアパートに到着していたのだった。なんか、他に喋ることがあったような気がするんだけどな・・。あっ・・そうそう。
「でさぁ・・兄貴・・話変わるんだけど・・」
(・・え?なに?また、なんかあったのか?電車の中とかで?)
・・本当に、変なところ、鋭いというかなんというか・・
「え・・なんで電車なの?」
(だって、始めに踏切の音とか、駅のアナウンスの音とかが聞こえてきたもん・・それに滅多に外では電話してこないお前が、外で電話してくるなんて、周りの音から推測するに、きっと駅か、電車絡みの事で何かしらのトラブル的な何かに巻き込まれたのかなって・・話の確信を言ってこなかったってことは、まぁ、そんなに大したことではないのかと・・)
「・・まぁ、実際に電車のことなんだけどね・・」
俺は、その帰りの電車の中で何が起こったのかを、兄貴に説明したのであった。
※
「あのさ、あの子は何をみてたんだろう?」
(なるほどね・・・・まあ、夏だし。いいんじゃね?)
「確かに、夏だもんねぇ・・・・え?」
夏だから、どうだというのだろうか?・・べ、別にお化けなんて怖くないし・・。
(まあ、実際にその女の子を見てみないと分らないけれど、相当強いな・・うん)
「何が?」
これって、やぱっり・・なにかが憑りついているということなのか・・
(霊的な何かだよ。)
「いやいや、アニキ、幽霊なんていないって。」
(ははは、まあ、俺の考えではお前の守護霊が見えていたのかも?)
「いやいや、何言ってんの・・無いってそんなの。」
守護霊って、何かしら守ってくれるという・・有り難い存在だっけ?
(よかったね?女の子にずっと見つめられていたなんて、ホント羨ましいわぁ)
「あのね、兄貴、あの純粋な目で見られてみ?自分がどんだけ荒んでいるのかわかるよ?」
(いや、知らねぇわ、どんだけ心が荒んでるんだよ・・いや、お前さぁ、ネガティブすぎるんだよ。もっとポジティブにいこうぜ?もしかしたら、その子、お前がイケメンだから見つめていたのかも・・ぷぷっ)
「いやいや、ないない、それは絶対無いな、アニキはポジティブ過ぎるんだよ。というかなんで、最後笑った?」
(いやぁ、是非ともその子に何を見ていたのか聞きたいねぇ)
「いや、兄貴、それは止めといたほうがいいよ?たぶん不審者ロリコン容疑で速攻で逮捕されるからね?」
(いや、どんな容疑だよ!というか僕の評判が落ちそうな不名誉なこと言うな!なんだよ、不審者ロリコン容疑って・・)
考えがついていかず、もう頭の中はパニック状態だ、電話しない方がよかったかも・・・。結局何だったんだろうか・・謎が深まるだけなんだけれど・・。
「なんか、もう夏だ。」
(というわけで、世の中不思議なことも、あるってことだね)
不思議な事・・あ、そういえば・・。
「というか、なんで、折り紙?」
(ん?あぁ、いやぁ、ガンプラ作ろうとしたらさ、なんか一杯バリ(ゴミ)が出るじゃん?)
「まぁ、ね・・あれ、踏むと痛いもんね」
「そういやぁ、昔ばあちゃんがちょっとしたゴミを入れる、ゴミ箱折ってたなぁと思って、僕も折ってみたら、意外と出来る!ということに気が付いた・・小さい頃の僕は、一枚の紙がどうして箱の形になるのか、理解出来なかったからね。そう、まるで魔法のような?」
「ふ~ん」
・・確か、ミカンの皮を入れるのに便利なんだよな・・。
(気が付いたら、夢中になって、箱を沢山作ってた・・ガンプラ作ろうと思ってたのに・・)
※
日頃ずっと一緒にいる家族なんかは特に、感謝の気持ちを伝える機会なんて、年齢を重ねていくにつれて、恥ずかしくて言えなくなったりもするかもしれません。子供の頃なんかは、絵などに似顔絵を描いて、「ありがとう」の言葉を添えて、親に渡したりしていましたね。みなさんも一度は経験があるんじゃないでしょうか?社会人になって、まず最初にやることが初任給で、家族に日頃の感謝の気持ちをプレゼントにして渡すというイベントが待ち受けます。旅行券をプレゼントしたり、古くなったテレビを買い替えたり、髭剃り機をプレゼントしたり、と感謝の気持ちを伝えるのは人それぞれですね。とりあえず、今ここまで生きてこれたのは、決して一人の力ではないということ、この時まで、支えてくれたすべての人やモノに感謝をしつつ、なんでもない時に、大切な人にプレゼントをしてあげるのもいいかもしれないですね。・・・・・・話とあんまり関係ないですが(笑)。
・・・つづく・・・
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