9. 奇妙な三角関係
翌日の日曜日、五十嵐健吾は梨恵を多摩川の河川敷に誘った。
曇り空とは言え、天気予報に拠れば、夜まで雨は降らないそうだ。隣席の客の耳が気になる喫茶店なんかよりも、河川敷の方がフランクに話せると思ったからである。
昨夜は「連絡する」とだけ言い残して、早々に梨恵のアパートから退去した。事情を理解したからと言って、「はい、そうですか」と打ち解ける心構えまでは整わない。
異世界の自分が彼女との仲を取り持ってくれると言うのは、かなり荒唐無稽な話だ。
漫画の主人公ならば、(奇想天外な幸運に恵まれやがって)と無責任な嫉妬を覚えていれば済む。でも、いざ自分が同じ境遇に置かれると、単純に喜んでばかりもいられなかった。
――自分は彼女を
正確には――彼女を
――自分も緒方梨恵に心を奪われるのだろうか?――
――彼女と出会った状況は異常だとしても、自分が抱いた第一印象は
思い出してみる。
玄関のドアを開けて、初めて彼女の姿を見た時。そう。確かに、可愛い娘だな、と思った。これは事実だ。
――その後は
――アイツの前で彼女の両手を握った時は
彼女は意気消沈していたし、そんな女性を目の前にすれば、大半の男は慰めようとするだろう。別に恋心が芽生えたとは言えない。
でも・・・・・・と心の奥底を探ってみる。(もう一度、会ってみたい)と思う気持ちがモワリと湧き起こる。
悶々と思い悩んだ挙句、また会ってみないと、先の事は分からない――との結論に至る。
だから、『据え膳食らぬは男の恥』と踏ん切り、緒方梨恵に電話したのだった。
「おはよう! 五十嵐健吾です」
健吾は、脳天気な男だと勘違いされるか?――と気にはなったが、意識して陽気な声を出し、梨恵に話し掛けた。
「お早う御座います」
「もう起きていたかな?
日曜日の朝だし、あんまり早くに電話しても迷惑かなって迷ったんだけど・・・・・・」
「いいえ。もう起きていました」
梨恵の声に元気が無いのは相変わらずだ。
「そう。それは良かった。
ところで、緒方さんの今日の予定って、
「別に・・・・・・」
「じゃあ、さっ。お昼を一緒に食べないか?」
数秒間の無言の後、「分かりました」と梨恵は答えた。
「そう。良かった。
ところで、さっ。多摩川の河川敷に座ってさ、サンドウィッチでも頬張るって言うのは、
健吾は、もう河川敷誘い出すと思い定めていたので、此の案の良い点を矢継ぎ早に言い立てた。
「川を眺めながら開放的な空間で話すのって、気分が良いと思うよ。
空は生憎の天気だから気が晴れないだろうけど、その替わり、日焼けは気にせずに済む。女の人って、日焼けを気にするだろう?
梨恵は、立て板に水の如く捲し立てる健吾に圧倒されて、二の句を継げなかった。
もう健吾は有名チェーン店で2人分のコーヒーとクラブサンドを買ってしまっている。店舗から電話を掛けている事実を
電話口の向こうでは、梨恵が「え!」と軽く声を上げ、クスクスと小さな笑い声を漏らした。
「君って、コーヒーはブラック派? 女性はダイエットの事もあるから、砂糖無しの方が無難かな、って思ったんだけど。
でも、カフェラッテとかの甘い方が良ければ、未だ間に合うよ」
「いいえ、大丈夫です。ブラックで構いません」
「そう。それで、
「いいえ、大丈夫です。もう起きていましたから」
「でも、草叢に座っても構わない服装に着替えておいてよ。お尻が汚れると困るから、さ」
「いいえ、その点も大丈夫です。大した服を着ていませんから」
「じゃ、30分後。君のアパートに行くよ。階段下の歩道で待っているから」
健吾が原付スクーターに跨って待っていると、梨恵がガチャリとドアに鍵を掛け、階段をトントンと降りて来た。
彼女は黄色のブラウスにジーンズ姿。水筒とレジャーシートの入った小さな手提げ鞄を肩に下げている。
「此のスクーター。アパートの二輪置場に停めて行っても、大丈夫だよね?」
微笑んだ彼女は、健吾を置き場まで案内し、赤いオイルタンクのバイクが自分の乗り物だと紹介した。健吾は梨恵のバイクの隣でスクーターのスタンドを立てた。
河川敷までは住宅街の道路を歩いて1時間弱。道路脇に白い線を引いただけの歩行者用スペース。通行車両が通れば、2人は前後に並んで歩く事になる。だから、落ち着いて話す事は出来なかったが、初対面の2人にとっては却って緊張せずに済んだ。
河川敷の斜面。
眼の前のグランドでは、少年野球チームが練習をしていた。守備に立った少年達が、エーイやらオーイやら声を上げている。彼らを目掛けて、指導員の大人が金属バットをカキーンと鳴らしてノックしている。
背面の細い歩道では、犬の散歩やサイクリングをする住民が行き交っている。河原に目を転じると、子供が虫網を片手に岸辺で何かを探している。小田急線の橋桁の下には釣り人。頻繁に釣竿を振る様子から推察するに、釣果は上がってなさそうだ。
「レジャーシートを持っているなんて、珍しいね?
君って、独り暮らしなんでしょ? 女の子は
並んで腰を降ろすと、健吾は梨恵に質問した。
笑顔は消えていないが、梨恵は黙って健吾を見詰めた。健吾は(地雷を踏んだのか?)と少し焦った。
梨恵は視線を多摩川に向け、独白めいた口調で話し始めた。
「此のレジャーシートね。
遠い目をして回想に耽る梨恵。梨恵の横顔を凝視する健吾。
「初めてトンネルが
「トンネル?」
「私達、あの空間の事をトンネルと呼んでいるの。
健吾は「そっか」と相槌を打った切り、黙って耳を傾ける。
「初めてトンネルが繋がった時ね。
トンネルが
板張りの上に寝そべると身体が冷えるし、だからレジャーシートを買ったの」
「そっか。今もレジャーシートを使っているの?」
梨恵は「ううん」と首を振って否定した。
「昨日、
昨日は片付けていたけど、あの場所に卓袱台を置いて、2人で向かい合って座るの」
健吾は快活な会話に誘導しようと、「此のシートって、お姫様とアラジンの乗る魔法の絨毯みたいだね?」と軽妙な品評を口にし、「魔法の絨毯の上で早速、食べようか」と、紙袋の中を漁り始める。
青緑色のコーヒーカップと紙で包んだクラブサンドを梨恵に手渡す。梨恵が「有り難う」と小声で礼を言う。
健吾はカシャカシャと紙包みを開くとガブリと喰い付いた。梨恵は、カップの吸い口に唇を付けたものの、一向にクラブサンドを頬張ろうとはしない。
「食欲無いの? 気分が優れないのかい?」
「ううん。そんなこと無いわ。気を遣わせてしまって御免なさい」
覗き込む健吾を梨恵が振り返る。至近距離で見詰め合う事になり、健吾はドギマギした。
「
「勿論、吃驚した」
「怖くなかった? 俺なんて、ビビっちゃったけど」
健吾が軽く道化じみた笑い声を上げた。
「ううん。怖くはなかったわ。2人とも少し酔っていたから」
「そっか。俺も酒を飲んでいたら、もう少し堂々としていられたかな?」
梨恵がクスリと笑う。
――彼女が笑うと、少し嬉しい――
「ところでさっ。君が独身寮に現れたのは分かるけど、何故、興国食糧なんて訪ねたの?」
「
「へえ、そうなの? それじゃあ、俺も、その内、興国食糧に出向するのかなあ?」
「分からないわ。
「そうだよ。今の仕事は、小麦を買い付けて、輸入する業務だ」
梨恵が突然、フフフッと思い出し笑いを漏らした。
「
「
私の話って、御見合いで相手の情報を根掘り葉掘り
「どんどん笑いなよ。断然、君には笑顔が似合うよ!」
強い口調で主張した途端、気恥ずかしくなった。健吾は、両手を頭の後ろで組むと、ゴロリとレジャーシートに寝転がった。適度な距離を保てば、照れずに彼女を眺められる。
梨恵がクラブサンドの包装紙を開け、小鳥の様に
「緒方さんって、
梨恵は頬張ろうと開けた口を閉じ、振り返って健吾の顔を見降ろすと、少し恥ずかしそうにした。
「あなた・・・・・・かな?」
「あなた?」
梨恵は河原の方に向き直り、羞恥心に赤くした顔を隠した。
「俺の事は
梨恵は河原に向けた顔を動かさず、「未だ考えてもないわ」と素気無い。
「
梨恵は僅かに口元を
「でも、2人とも“あなた”って呼ばれたら、
「貴方って、
少し怒った風の顔で梨恵が振り返る。本気で怒ったのではなく、照れ隠しに怒った様な雰囲気だ。
「執拗い処が彼とソックリ。それに、デリカシーの無い処もソックリ」
頬を少し膨らませた表情が
「ソックリなの?」
健吾もニヤニヤ笑いながら梨恵への質問を止めない。そして、2人して大声で笑い始めた。
河川敷で見慣れた、仲の良いカップルの姿だった。
多摩川の河川敷で夕方までの時間を過ごし、歩いて梨恵のアパートまで戻ると、五十嵐健吾はスクーターを回収して帰って行った。
健吾を見送った梨恵は、複雑な気持ちを
一応、健吾とは初対面だし、気疲れもした。反面、ちょっぴり浮き浮きした気持ちも否定できない。愉快に感じる心を認めると、罪悪感も同時に抱いてしまう。
五十嵐健吾を探し出すまでは、ゲームを楽しむ感覚だった。いや、逃げ込んでいたのだ。でも、いざ五十嵐健吾を目の前にすると、当事者としての自分の心と向き合わざるを得ない。
だから、梨恵は昨日から気分が晴れなかった。霧の様にモヤモヤした居心地の悪さが今も漂っている。
――直ぐには彼と顔を合わせたくない――
梨恵は階段の途中で立ち止まり、クルリと向きを変えると、また降りた。そして、ノロノロと駅前商店街の方に歩き始めた。早く歩くと・・・・・・それだけ早く帰宅する羽目になる。
――今夜、彼と何を話せば良いのだろう?――
いいえ、今は何も考えたくないわ。考える事に疲れた頭が小さな悲鳴を上げていた。
――夢遊病者って、こんな感じなのかしら?――
自分でも虚ろだと自覚しながら、商店街の軒下を見て回る。端から買い物する気は無かった。今晩は自炊する元気も出ない。久しぶりに外食しよう。意識を目先の考え事に集中させた。
――彼って、弁当じゃない日は、
直ぐに健吾が頭に入り込んでくる。勿論、
梨恵は和食の定食屋の暖簾を潜った。初めて入る店である。入口近くのテーブルに座り、背中をカウンターに向けた。顔全体に皺の寄った初老の主人がカウンターの向こうで仕込みに励んでいる。
壁に垂らした品書きの短冊――選択肢は多くない――から選んだ煮付け定食が運ばれて来る。割箸を割いて金目鯛を
じっくり1時間も潰しただろうか。永遠に居座る事も出来ないのだから――と自分に言い聞かせながら、梨恵は席を立った。
御代を払い、ガラガラと引き戸を開ける。雨がパラつき始めていた。傘は持っていない。
でも、暖簾の外に進み出て空を見上げると、顔面に当る雨滴が心地良かった。小雨に髪を濡らしながら、梨恵は家路を歩き始めた。
2人が河川敷に並んで座っている間、俺はソワソワし通しだった。外出する気にもなれず、朝早くに目覚めてからずっとマンションに籠っていた。
座禅を組み始めても、洗濯機の音に意識が飛んでしまう。ローラー・クリーナーで
少しは気分が落ち着くかと期待してクラシック音楽を流してみたが、効果は無かった。今は、グレゴリオ聖歌隊の歌う讃美歌が流れている。
――足が
疾うに座禅集会が終わった時刻に姿を現した俺を、温和な笑みを湛えた住職が出迎えてくれた。
「2ヶ月振りかな? いや、3ヶ月? まぁ、何にせよ、五十嵐さんが元気そうで、何よりじゃ」
住職は、実家の両親や兄と同様、自然体で俺を受け入れてくれた。
「これから
俺は、有り難く住職の誘いを受け、本堂に
釈迦如来像の前に座った住職が合掌し、
住職が
静穏な時間に身を委ねて
俺はトンネル再開以降の出来事を掻い摘んで報告した。最後に、その日の不安定な心情を白状し、「御蔭様で少し落ち着きました」と感謝の気持ちを伝えた。
俺の話に黙って耳を傾けていた住職は「縁起が復活したとは不思議な話よのう」と呟き、「儂には仏の道に依拠した助言しか出来んが、小難しく言っても詮無いからのう・・・・・・」と暫く顎鬚を触っていたが、やおら
「御釈迦様が悟りを拓くまでの逸話は枚挙に暇が無いが、簡単に言ってしまえば、インドの民衆の魂を救おうと考えたからじゃ。
曹洞宗を始めとする禅宗では修行を通じた自己救済を目指しておるが、その過程では他者への献身を説いておる。修行とは
他の宗派では念仏やら何やらを通じて民衆の心を直に慰めようと努めておる。根差す処は一緒なんじゃ。
考えてみるにな。他者を
手始めに周囲の者を慈しむ。五十嵐さんの場合は、
自分の軸を定める事こそが肝要。
夜7時過ぎ。昨日までと比べて少し遅めの時間に彼女が現れた。
トンネルが光沢を放ち始めると、俺は慌てて「お帰り」と陽気な声を上げ、左右の
胸の高さまでしか見えない彼女を見上げると、黄色のブラウスが肌にピッタリと張り付いていた。ブラジャーのラインが僅かに浮き出ている。
「雨が降っているの?」
「うん。小雨だけど」
トンネル再開を通知し終えた3畳間の照明を落とすと、彼女は姿を消し、バスタオルで頭髪を覆った姿で戻って来た。
膝立ちになって上半身を見せたが、座ろうとはしない。
「今日は疲れたから、外で食べたの」
未だゴシゴシと拭いているので、彼女の表情は窺えない。俺は、ただ待っていた。
バスタオルの下から半顔を覗かせた彼女が「御飯は食べたの?」と
「もう遅いから、食べなよ。貴方を独りで待たせてしまって、御免ね」
「構わないよ。お腹も空いていなかったしね」
「そう・・・・・・。
私、着替えて来るわ。雨にも濡れたし、シャワーを浴びるわ」
「そっか」
「だから、貴方も晩御飯を食べて」
会っていたいけど、顔を合わせ辛い。矛盾する感情が渦巻き、何処か張り詰めた雰囲気が漂う。
俺が
卓袱台を挟んで向き合う俺達を沈黙が包み込んだ。緊張を孕んだ気配に、彼女も口を開き難そうだ。
俺は「
彼女が今日の出来事をポツリポツリと話し始める。
彼女が話し終えた時、俺は唯一の気懸りな質問を口にした。
「奴と付き合って行く事になりそうかい?」
「未だ、分からない。でも・・・・・・、悪い人じゃないみたい」
「そっか・・・・・・」
自分から奴との交際を促しておきながら、「良かったね」とは返す気分にならない。反面、寡黙を通せば、言外に彼女を責めるニュアンスを醸《かも)してしまう。
仕方無く、「次は
「決めてない。別れ際に彼が「また連絡する」って」
俺は「そっか」とだけしか言えなかった。何度目かの「そっか」。
「疲れただろう? ・・・・・・もう休むかい?」
気詰まりな沈黙を破りたい一心から口を衝いた発言だった。彼女は黙っている。今度は、陰鬱な状態を放置する事への恐怖心が頭を
「緒方さん」
俺は意識して優しく呼び掛けた。緩慢に振り返る彼女の顔に疲労の色が
「明日の朝。必ず会おうよ。明日の夜も。
これまで通り、俺達は会い続けよう。此のトンネルで」
彼女は黙して語らない。ただ俺の顔を見詰めるのみ。
「いいね? ・・・・・・約束だよ」
俺の念押しに彼女がコクリと頷いた。
翌日の月曜日には早速、奴が彼女に電話を掛け、週末の再会を打診して来た。
土曜日の日昼に奴と彼女の2人が外で会い、夜は彼女のアパートに戻って、俺が合流する段取りとした。邪魔者の俺を含めて3人で話す展開は、奴の発案らしい。
トンネルに現れた時、彼女達はジーンズで統一しており、彼女は淡いピンク色のシャツ、奴は青字に赤いラインの入ったシャツを着用している。俺だけが室内着で、黒いシルクのパジャマ姿だった。
デート報告は専ら奴の役割だった。初デートだったし、新宿で映画を観た後、奴が「夏物の私服を身立ててよ」と
俺は彼女に「映画は面白かった?」と尋ねた。意識して、「楽しかった?」とは
奴には藪から棒に、「お前。ファッションには気を使っているのか?」と質問した。
俺自身は私服に無頓着で、素材が良ければ良い商品なのだろう――位の見識しかない。だから、衣装のレパートリーは少ない。
「別に、気を使っていると言う程じゃないけど・・・・・・。普通じゃないか?」
「俺が買った事のない様な服だけど、
「古着屋だよ。古着屋には割と個性的な服が多いからね。色んな店をハシゴするより効率的なんだ」
俺は、ふ~ん、と感心した。
俺にも古着屋を覗いた経験が有るが、中古のくせに安くないと感じて以降、古着屋で物色した事が無かった。その事を奴に指摘する。
「割高なのかなあ? 生地もシッカリした商品が多いし・・・・・・。
奴は隣の彼女に意見を求めた。
「
彼女も奴の趣味――古着屋巡り――に少し関心を抱いたようだ。
「だったら今度、2人で古着屋を回ってみないか? 君が古着を嫌いなら、取り下げるけど」
「ううん。そんな事は無いわ。行き慣れてないから、二の足を踏んでいるだけ」
「良し! デートコースの候補が1つ出来た。
都内の古着屋をネット検索しておくよ。学生街とか、若い奴らが集まる場所に多いんだよね」
「でも、お前。もう若くないんだぜ」
俺が奴を
今夜は話し始めた時刻が遅いので、長々と
「明日は
小姑の様な質問を投げられても、奴は気にしない。
「スカイツリーに行こうと思っていてね。男が1人で行く場所じゃないだろ?」
確かに、俺も行った事が無いし、東京に住みながら勿体無い、と常々思っていた。
「あら、女だって独りじゃ行かないわよ。現に、私も登った事が無いもの」
彼女が奴に愛想を言う。
彼女が奴を見る目の表情からは緊張感が無くなり、親睦の情が窺えた。彼女の姿を鮮明に見る事は叶わないが、雰囲気で分かった。
「じゃあ、今日は別れよう。俺も寝室に引き上げるから」
奴は「そうか」と腰を浮かせると、
彼女達が姿を消すと、彼女の戻りを待たずに、俺は
週末の午後に2人で外出し、夕食後に戻ると3人で会話するパターンが定例化した。
夜も遅い時間の訪問目的は保護者面した俺への報告であり、億劫に感じているに違いない。でも、奴は週末の日課を律義に続けてくれた。分身として、奴の誠実さを実感する。
――いや・・・・・・、最初から影は俺の方だったな。梨恵から見れば、俺には実体が無い。
俺にとっては優越感と寂寥感の入り乱れる
奴とスマホで話す時、彼女は俺の前から姿を消し、隣の8畳間に移動する。当たり前だ。俺に聞き耳を立てられては、会話に集中できないだろう。
――俺は梨恵を奴に託したのだ――
一抹の寂しさを感じずには居られなかったけれど、彼女が幸せになるなら、文句は無かった。
梨恵は、振動するスマホ画面に“健吾”の名前を見ると、複雑な気持ちに見舞われた。
目の前には
最初は、(同じ世界に住む者同士の安定感に過ぎないのだ)と思い込もうとした。
――でも・・・・・・、一緒に居るだけで、こんなにも安心できるなんて・・・・・・。
そして最近では、安心感から親近感への変化を自覚する。交際を続けていれば、
――
軽い背徳感に
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