第10話 ジブリール
太陽をめざすように、西へ向けトラックを走らせる。太陽が近づくにつれ、車内の気温計がじわじわと上がっていく。見捨てられたハイウェイの果て――スィフルの町に辿り着くまで、一時間もかからないだろう。
「親方」重い沈黙を破って、ぼくはどうにか口を開いた。「心当たりがあるんだな? マジッドの右手と、肖像画を盗み出した、青い片眼の墓荒らしに」
親方は深い溜息をついて答えた。
「わすれたくても、わすれられねえよ。悪夢のような話だ。一年半前、おれはジブリールと名乗る邪眼の男に会った――」
「ジブリール?」
マジッドの画名と同じ名だ。
「その男は、青黒いターバンで貌を隠し、爛々と光る青い片眼を覗かせていた。おまえは屍体売りになりたてで、ひとりで兵隊墓場まで仕入れに出ていた。ひどい砂嵐の夜だった。おれは店で、やつとふたりきりになったんだ」
親方の表情は憔悴していた。口を開くごとにみるみる歳をとっていくようだった。
ぼくにはまだ、親方の話が呑みこめなかった。ただ、親方がなにかを摑んでいるということだけはわかった。
青い片眼の墓荒らしの正体。そしてもしかしたら、マジッド・ムワッファクの自殺の謎についても。
「ジブリール――そいつは、屍体を買いに来たのか」
「ぎゃくだ。やつは屍体を一体売りに来たんだ」言葉をつぐごとに、親方の声は慄えていく。
「マジッドの右手を墓から盗んだ邪眼の男と、一年半前に親方の会ったそのジブリールとが、同一人物だというのかい」
「そんな筈はない。そんなことがある筈はないんだ」親方は、じぶん自身にいいきかせるように、そう繰り返した。「なぜなら――ジブリールは、一年半前、すでに死んでいるんだから」
親方は、ぽつり、ぽつりと、雨のように語り出した。
一年半前のこと――ひどい砂嵐の夜で、店のなかにまで砂埃が舞っていた。売り物の屍体が砂にまみれないよう、親方は店を片づけていた。すると、いつからそこにいたのか、店の入り口に、男がひとり、立っていた。貌を覆い隠すように、青黒いターバンを巻いている。眼もとだけが覗き、そこには不吉な青い片眼が爛々と輝いていた。ターバンの隙間から、シュウシュウと、息苦しそうに吐息が洩れている。その姿は、幼い少年のようにもみえたし、疲れ果てた老いぼれのようにもみえた。
「なんの用だ? 店はもう閉店だ、悪いが明日来てくれねえか」
親方は片づけを続けながら、そういった。
「明日は来られない」青い片眼の男は答えた。「おれはきょう、死ぬんだ」
「きょう死ぬだって? いったいどうしたってんだ。それにあんた、手足はちゃんとあるみたいじゃねえか。ここは屍体屋だぜ?」
男はなにも答えなかった。ただ、貌を覆うターバンに手をかけ、それをゆっくりとほどきはじめた。
親方は訝った。いったい、なんだというのだ――?
ターバンをほどき終え、男はゆっくりと貌を上げる。ランプのわずかな光が、男の貌を仄赤く浮かび上がらせた。
親方は、その貌をみて、息を呑んだ。
邪眼の男は薄闇のなか、にやりと嗤った。店に舞う砂埃が、邪眼の男の貌をふたたび覆い隠していく。
重い沈黙の果て、親方は茫然といった。
「……話をきこう」
「恩に着る」
邪眼の男は、最後の力をふり絞るような声で語りはじめた。
†
男は若く、まだ十五歳だった。かれに名はなかった。両親から、与えられなかったのだ。ただ、かれの一族は、かつて音にきこえた戦場の英雄、ジブリールの末裔だった。以後、一族は誇りとともに「ジブリール」という家名を名に連ねて名乗っていた。ここではそれに倣い、男をジブリールと呼ぶことにしよう。
ジブリール家はひと昔前までは、町で知らぬ者はない名家だった。父の代で没落し、かつての権威はすっかり地に落ちたが、日々の糧を喰いつなぐだけの財産は残り、庶民よりはずっと裕福な暮らしができたという。
ジブリールの父親は、醜く無骨な男であったが、ジブリールの容貌は生まれ落ちたそのときから、ただならぬ神秘的な気品を漂わせていた。将来、かれが美しい青年に成長することは、だれの目にも明らかだった。本来なら、周囲の愛情を一身に受けることを約束された子供だっただろう。
にも拘わらず、かれの人生は幸福ではなかった。この国で邪眼とされるその青いふたつの瞳、ただそれゆえに両親からも忌み嫌われ、一族の恥と罵られた。かれは幼い時分より、ずっと窓がひとつしかない、二階の小部屋に閉じこめられて育った。かれの両親にしてみれば、由緒正しき名家であったがゆえに、なおのこと邪眼の子供の存在を世間に知られるわけにはいかなかったのだろう。
青い邪眼は災いをもたらす――それはこの国の迷信だった。だけどジブリールに関していえば、その迷信は真実だった。かれが生まれてからというもの、両親の夫婦仲は目に見えて悪くなった。ふたりがいい争う声がきかれない日はなかった。幼いジブリールに、理由はわからない。ただ、すべてじぶんの青い瞳が悪いのだ、ということだけはわかっていた。じぶんのせいで、家族がばらばらになっていくのだ、ということだけはわかっていた。それは子供にとって、なんというつらい責め苦だろうか。
ジブリールは二階の部屋で、幼い日々を泣いて暮らした。なにも悪いことなどしていなかった。罪などひとつも犯していなかった。ただ、生まれてきたことがかれの罪で、生きる苦しみがかれの罰だった。かれは生まれながらに投獄された、憐れな囚人だった。かれの邪眼の災いを受けたのは、ほかならぬ幼いかれ自身だった。
その日も父と母は一階でいい争っていた。ジブリールは内臓を素手で直接殴られるような苦痛を感じていた。ほどなく、父が愛用する回転式拳銃の銃声が、館の空気を慄わせた。母の危険を感じたジブリールは二階の部屋を抜け出し、父親をなだめようと割って入った。
しかしその行動は、父の怒りになおさら油を注ぐ結果となった。
「だれが二階の部屋から出ていいといった!」
父は幼いジブリールの貌ほどもある大きなこぶしでかれの鼻っぱしらを何度も殴りつけた。いやがるかれを台所へ引きずり、ぐつぐつと煮える火のついたシチュー鍋にかれの貌をつきつけた。ジブリールは恐怖のあまり、必死にもがきながら父にゆるしを請うた。
しかし、父の剣幕はいっこうに収まらない。
「いいか。部屋から二度と出てはならん。こんどいいつけにそむけば、おまえのその綺麗な貌を、ふためとみられない貌にしてやるぞ。わかったか!」
ジブリールはわかったと声に出そうとした。だけど泣きじゃくるかれの声では、もはや言葉にすることもできなかった。
あまりの苦痛に記憶が封じられたのか、気を失ったのか、その後、どうやって父親にゆるされたのか、かれはまったく憶えていないという。
いずれにせよ、かれがふたたび部屋から逃げだそうなどという愚かな考えを起こすことは、もうなかった。かれは、その瞬間から、囚人の生活に甘んじることを心に決めたのだ。
愛情も名も与えられずとも、子供は育つ。ジブリールはそのふたつの美しい碧眼を別にすれば、両親が誇ってしかるべき才能豊かな少年へと成長した。とりわけ素晴らしかったのは、その画才だ。かれは両親から愛情の代わりに画材を与えられた。それは、かれがジブリール家で望みうる、最良の贈り物だった。孤独な人間にできることは、ただ、
日々、かれは二階の部屋に篭り、食事と睡眠のわずかな時間以外は、窓からみえる風景を描くことだけに没頭した。何枚も、何十枚も、何百枚も、何千枚も。窓から覗く唯一の風景、触れることさえゆるされないその風景だけを、繰り返し、繰り返し、何枚も、何年もだ。閉じこめられたのが地下室でなかったことだけが、かれにとっての唯一の幸運だったろう。
ジブリールは、外の世界へのありたけの憧憬をこめて、画筆をカンヴァスに叩きつけた。石畳を往来する人びと。子供の遊び場と化した戦車の残骸。ときには葬儀に向かう行列を。ときには兵士を見送る家族を。そしてひとときの満足とともに画を描き終え、カンヴァスの右端に「ジブリール」と署名を残すのが常だった。父親からどれほどの虐待を受けようとも、かれは自身の家名を誇りにしていたのだ。
そんな日々は十年も続き、ジブリールは十五歳になった。描き終えた画は部屋の隅に幾重にも積み重ねられた。まだ年端もいかない少年の筈だったが、作品そのものは、すでに円熟の域に達していた。この国のどんな絵画にも似ていない、完全なる独自の境地を切り拓いていた。しかし、そのころのかれには、なぜじぶんの描く画がそれほど異質なのか、まだ、理解できてはいなかった。
かれの描く風景画は、一枚一枚、風の流れや時の流れ、町を覆う歓喜、悲しみ、星の奏でる音、朝陽が運ぶ希望、それら本来絵にすることはできない筈の千変万化が緻密に写し取られ、描かれる対象は同じだったけれど、一枚として似ていると感じる画はなかった。だれの目にも、けっしてふれることのない芸術の山。それが、かれの人生でなしとげた仕事の、ほとんどすべてだった。
ジブリールは、画を描きながら夢想していた。世界じゅうを旅し、美しい風景をカンヴァスに写し取り、志を同じくする画家たちと芸術について語り合うじぶんを。そしてかれは、じぶんにそれだけの才能があることを理解していた。しかし、鏡を見るたびに、その夢は無惨にも打ち砕かれた。かれが邪眼である以上、ジブリールの家名を名乗ることは、けっしてできないだろう。部屋の外に出ることさえ、けっして叶わないに違いない。
邪眼はかれが望むあらゆる幸福を封じる呪いだった。ふつうの人びとが難なく手に入れられる幸福のすべてを、かれは生まれながらにゆるされていなかった。そしてもし外に出ることが叶ったとしても、もうすでに時は遅かっただろう。生涯のすべてを薄暗いアトリエでむだにしてきたかれは、志を同じくする画家たちに話してきかせるだけの過去を、なにひとつ持ち合わせていなかったから。
ふいに、夜の町並みが涙に滲んだ。画を描きながら、かれは泣いていたのだ。かれの過ごした年月は、からっぽだった。だれの目にもふれることのない絵画の山は、この世に存在していないも同然だった。存在しない仕事のために人生のすべてをささげてきた、この世に存在しない画家、ジブリール。かれには、寄りかかる過去がなかった。未来にも、なにも待っていなかった。そしてもっとも悲しむべきことに――かれはいま、せまく汚いアトリエに、たったひとりぼっちだった。
ほかにとるべき道が、かれにあっただろうか? かれはせめて、後悔がしたかった。あのときああしていれば、あのときこうしていれば。そう思い出にふけることのできる人間は、どれだけ幸福だろう。かれには、選ぶだけの道さえ、与えられたことがなかったのだ。
かれは若く、まだ十五歳だった。
だけどすべてをやり直すには、あまりに年老いすぎていた。
そのときだ――ふいに町全体が怯えるように慄えはじめた。波打つ空気がかれの頬を揺らす。続いて、空が割れるような轟音。
それは、ジブリールにとっての最後の希望の火が、町に燃え上がる音だった。
窓から見える外の風景が、みるみる赤々と染まっていく。
寝静まる夜の空を埋め尽くす巨大な鉄の鴉たち――黒い爆撃機の編隊が、町に戦火の雨を降らせていた。
爆音とともに、花が咲くように焔が燃え広がる。
石畳の往来に同胞の屍体を踏みしめながら、人びとが逃げ惑っていた。
ジブリールは、死を想った。それこそが、かれにとって、最後の希望だったから。かれを絶望から救える道があるとすれば、かれが死ぬか、かれ以外のすべての人間が死ぬか、そのいずれかしかなかったから。
しかし――死を想ってなお、かれの握る画筆だけは、止まらなかった。
耳をつんざく爆音が響き渡り、家々の悲鳴がそれに応えた。そのようすを目にしてなお、ジブリールは画を描くことを、投げだそうとはしなかった。
眼前の民家が砕け散り、一瞬で瓦礫の山となった。同時にかれは、廃墟をカンヴァスに写し取った。
崩れた廃墟の向こうに
路上の子供たちが焔にのまれ、のたうちながら泣き叫んだ。かれはふたつの碧眼を爛々と輝かせ、その断末魔の叫びを、カンヴァスのなかに吹きこんだ。
これが、じぶんにとって最後の風景画になるだろう――空がまっぷたつに裂ける音をききながら、かれは思った。
ついにかれの部屋の窓ガラスが、音を立てて割れはじめた。ガラス片がかれの繊細で美しい肌を傷つけ、真っ赤な鮮血をぼたぼたとカンヴァスに落とした。むせかえるような黒煙が立ちこめ、部屋が揺れ崩れるなか、なお逃げることなく、かれは画を描きつづけた。カーテンと絨毯に火がつき、その焔はかれがいままで描きためてきた風景画の山に燃え移った。
だけど、奇跡的に――ジブリール自身と、かれが対峙するカンヴァスにだけは、ほんのわずかたりと、火の手は上がらなかった。
まるで、神の最後の慈悲を受けたかのように――猛り狂う火焔が、ジブリールの最後の風景画を、避けるように燃えたのだ。ジブリールは猛烈な熱風のなかで、死力をふり絞り画筆を動かしつづけた。
やがて轟音は、空の彼方に去った。
焔に赤く照らされるなか、かれは最後の画を無事、描き終えた。崩れ落ちた屋根から覗く星ぼしだけが、かれの最後の仕事を見届けた。
戦火に燃える、故郷の風景画。それはかれの風景画の最高傑作だった。
生が死の一線を乗り越える瞬間を摑まえた、鬼気迫る一作。
ジブリールは満足の溜息をついた――瞬間、カンヴァスは一瞬で焔に包まれ、またたくまに灰となり崩れ落ちた。
かれのなしとげた偉大な仕事のすべては、この世から完全に姿を消した。
ついにかれ自身以外、だれの目にもふれることなく。
ジブリールは夢遊病者のように部屋を出た。今やだれに気がねすることもなかった。外へ出ることをとがめる家族も、かれの邪眼に眉をひそめる町の人びとも、ひとり残らず、町には残っていなかった。
風がかれの頬をなで、人間の焼け焦げる臭いを届けた。
外は一面、暗闇の廃墟だった。固い瓦礫を裸足で踏みしめながら、かれは大きく息を吸った。
地平線の彼方から、音もなく光が洩れはじめていた。家々が崩れ去ったおかげで、昇りゆく朝陽の美しさを遮るものはなにもなかった。
外の世界は広かった。かれが思っていたよりも、はるかに広かった。かれは生まれて初めて目のあたりにする世界の残酷なまでの広さに泣いた。そこには廃墟の山しかなかった。だけど、かれにとっては、その風景のすべてが、神の祝福そのものだった。
「世界はなんと美しいのだ」
かれは戦場に叫んだ。そして何年かぶりに、じぶん自身の声をきいた。その声は、もう幼き日のかれの声ではなかった。かれ自身も気づかないうちに、かれの咽喉は、すでに声変わりを終えていたのだ。かれの躰は、大人のそれになろうとしていた。かれにはまだ、満足な子供時代すら、訪れていなかったというのに。
かれはじぶんの足もとに、両親の血まみれの屍体をみつけた。母の首はちぎれ飛び、自身の躰を名残惜しそうに見つめていた。あんなに強く大きかった父も、五体がばらばらに砕かれ屍体となったいまでは、なんの威厳も感じられなかった。ジブリールは安堵と落胆のまじった眼で父だった肉塊を見下ろした。
父の死に貌が、ふいにひきつるように蠢いた。
そしてぽつりと「部屋から出たな」――と口にした。
血まみれの赤い口もとが、にやりと嗤ったようにみえた。
ジブリールはアッ、と声をあげた。かれの背後で隣家が崩れ落ち、瓦礫やガラス片が豪雨のようにジブリールに襲いかかったのだ。
ジブリールの細腕で、それを防ぎきれよう筈もない。長年幽閉され、衰えたジブリールの肢で、逃げきれよう筈もない。
焔の熱をその身に宿した瓦礫たちは、情け容赦なく、かれの躰に灼熱の烙印を押しつけた。
あああああああああああああっ!
希望にみちた美しい朝焼け空に、絶望の叫びがこだました。永遠とも思える
ジブリールはのたうちまわり、痛みにもがきながら呼吸を荒げた。血に濡れたガラス片の雨が地面に突き刺さった。そこにはまぎれもない、じぶんの青い邪眼が映りこんでいた。
しかし、そこにジブリールの貌は、もうなかった。
ジブリールは、あまりの恐怖にふたたび絶叫した。
ガラス片に映るその貌は、皮膚がただれ、剥き出しの肉が煙を上げていた。鼻がえぐられたように欠落し、貌の中央にはただ生理的な用を足すだけの血まみれの穴が開いている。その醜い穴は終始、豚のような不気味な呼吸音を洩らしていた。唇も左半分が痛々しくそがれ、口を閉じていてもなおそこには剥き出しの歯がずらりと並んでいた。髪も半分が抜け落ち、残りの髪の毛も薄汚く縮れていた。右の碧眼には大きなガラス片が深ぶかと突き刺さり、血の涙を溢れさせている。
まるで腐りかけた屍骸が立っているようだった。
ただ、大きな青い左眼だけが、生への執着を湛えて、ぎらぎらと不吉な光を放っていた。
「いいか。部屋から二度と出てはならん。こんどいいつけにそむけば、おまえのその綺麗な貌を、ふためとみられない貌にしてやるぞ。わかったか!」
何年もまえに、父がたしかにそういったことを、ジブリールはまざまざと思い出していた。嚇しではなかった。それはありたけの憎悪をこめた、息子への呪詛の言葉だった。
ジブリールは茫然とその場に立ち尽くした。ようやく自由を得たかにみえたかれに、新しい枷が繋がれた。父が死んだいまでさえ、アトリエを出たいまでさえ、かれは幽閉されたままだった。国を捨て、他国に渡りさえすれば、あるいは青い邪眼を受け入れてくれる国が、世界にはあったかもしれない。しかし、この無惨な姿はどうだろうか。この世のどこに、歩く骸を受け入れてくれる人間が在るだろうか――。
全身が焼けるように熱くひきつり、歩くことさえ満足でなかった。ジブリールは自身の両手をみた。左手は腐ったように黒く爛れていた。ただ、青い片眼と右腕だけが、奇跡的に無傷だった。
街のすべては廃墟と化した。家族は死に、かれの仕事はすべて灰になった。なぜじぶんだけが、生き残ったのだろう? かくも醜い姿で。ただひとつ残されたこの邪眼と右腕だけで、神はこのうえ、じぶんにいったいなにをしろといっているのだろう?
十五歳のかれには、わからなかった。
ジブリールは瓦礫のなかに、回転式拳銃をみつけた。かれはその銃をよく知っていた。かつて父の手に握られ、母やじぶんをさんざん嚇しつけてきた銃だった。
かれは吸いこまれるように拳銃を拾い上げた。ずしりと重い感触が、かれの右手にのしかかった。それは、きっと――人の命を奪うための、覚悟の重さだっただろう。
そしてジブリールは、その銃口を、自身のこめかみにそっと当てた。――
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