第367話 「わたしを束ねないで」




 一応にも、このエッセイを閉めるにあたり、最後に何を書こうかなと考えたけど、思い浮かんだのは新川和江さんの詩「わたしを束ねないで」だった。

 この詩に、私の表現に対する最も近い思いが凝縮されているような気がする。


 ***


 わたしをたばねないで

 あらせいとうの花のように

 白い葱のように

 束ねないでください わたしは稲穂

 秋 大地が胸を焦がす

 見渡すかぎりの金色の稲穂


 わたしを止めないで

 標本箱の昆虫のように

 高原からきた絵葉書のように

 止めないでください わたしは羽撃き

 こやみなく空のひろさをかいさぐっている

 目には見えないつばさの音


 わたしをがないで

 日常性に薄められた牛乳のように

 ぬるい酒のように

 注がないでください わたしは海

 夜 とほうもなく満ちてくる

 苦い潮 ふちのない水


 わたしを名付けないで

 娘という名 妻という名

 重々しい母という名でしつらえた座に

 坐りきりにさせないでください わたしは風

 りんごの木と

 泉のありかを知っている風


 わたしを区切らないで

 , や . いくつかの段落

 そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには

 こまめにけりをつけないでください わたしは終りのない文章

 川と同じに

 はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩


 ***


 始まりがあってこそ、終わりがある。

 終わりがあればこそ、始まるものもある。


 人生には必ず終わりがあるけれど、死ぬまではなるべく「終りのない文章」でありたいな。

  

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