第364話 「泉」



 親しい人が亡くなって、そのお別れ会で挨拶をすることになって、さてどんなことを話すべきかと考えて、一番最初に思い浮かんだのが茨木のり子さんの詩「泉」だった。


 ***


 わたしのなかで

 咲いていた

 ラベンダーのようなものは

 みんなあなたにさしあげました

 だからもう薫るものはなにひとつない

 わたしのなかで

 溢れていた

 泉のようなものは

 あなたが息絶えたとき いっぺんに噴き上げて

 今はもう枯れ枯れ だからもう 涙一滴こぼれない

 ふたたびお逢いできたとき

 また薫るのでしょうか 五月の野のように

 また溢れるのでしょうか ルルドの泉のように


 ***


 まさか、この詩を丸ごと使うなんてことはない。ただ、思い出しただけ。

 私のことばじゃないけど、私の気持ちを代弁してくれたようで、一文字一文字がぴったりと心に張りついてくるようで、切ないけど少し、ほんの少し嬉しかった。


 子供の頃から詩人になりたかった。今でもなりたい。

 短い短いことばの中に、万感の想いを込めて、自分以外の人の心にそっと寄り添いたかった。

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