第344話 「木琴」




 記憶の引き出しというものは、ある日突然開く。

 雨がしとしと降っていて、何か雨の日に読んで泣いたような記憶がある詩を、今日不意に思い出した。

 フラッシュバックとしか言いようのない閃きだった。


 金井直の「木琴」だ!


 ***


 妹よ

 今夜は雨が降っていて

 おまえの木琴が聞けない


 おまえはいつも

 大事に木琴を抱えて 学校へ通っていたね

 暗い家の中でも おまえは木琴と一緒に歌っていたね


 そしてよくこう言ったね

 早く町に 赤や青や黄色の電灯がつくといいな


 あんなにいやがっていた戦争が

 おまえと木琴を 焼いてしまった


 妹よ

 おまえが地上で木琴を鳴らさなくなり

 星の中で鳴らし始めてから まもなく

 町は明るくなったのだよ


 私のほかに 誰も知らないけれど

 妹よ

 今夜は雨が降っていて

 おまえの木琴が聞けない


 ***


 これは確か教科書に載っていた。

 当時読んでも悲しかったし、今読んでもしみじみと悲しい。

 雨の詩の中では一番悲しいけど、悲しい詩ほど心に刻まれるのは何故だろうなあ。


  

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