第169話 太宰の名言



 特に用はなかったが、ふらりと園芸店へ行って一時間以上あれこれと物色し、ブラックパールトウガラシとモミジ葉ゼラニウムと黒土を購入した。

 ブラックパールトウガラシは初めて見たが、その名の通りに丸々とした実が黒真珠のように艶々としてとても美しい。一目で気に入ってしまった。


 会計をしていたら、店員さんが「もうすぐ山茶花さざんかの苗が入荷しますよ」と言った。

 山茶花も2年もの、3年もの、様々な色や種類があるという。

 私は前々から山茶花が欲しいと思っていたので、すぐさま「近いうちに見に来ます」と答えた。

 今から買うつもり満々なのである。色の違うものを2株ほど欲しい。

 冬は鉢植えの葉は落ち、枝ばかりが突き出た寂しい風情になるから、その中で山茶花が咲いてくれたらどんなに嬉しいだろうかと思った。


 帰宅して買ったものを鉢に植え替えて、ボーとベランダの花を眺めていたら、太宰治の「女生徒」の一文を思い出した。


「ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。花の美しさを見つけたのは、人間だし、花を愛するのも人間だもの」


 数々の名言を残している太宰だが、私は特にこれが好きである。

 花は人間に愛されるために存在しているわけではないが、人間の感性は花によって大いに育てられてきたと感じる。


「明日もまた、同じ日が来るのだろう。幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。けれども、きっと来る、あすは来る、と信じて寝るのがいいのでしょう」


 これも「女生徒」内の一文。

「幸福は一生来ない」なんてどんだけネガティブなんだよと思わないでもないが、きっと来る、あすは来ると願う姿はなんともいじらしい。


 私はしごく単純なので、(買えば)花が来る、(世話すれば)たぶん咲く、そう思うだけでほのかに幸福である。


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