第81話 それしか楽しみがないからね(というわけでもないのだけど)
たまに友人知人に「何をしてる時が一番幸せ?」と尋ねてみることがある。
すると、大抵の人は「美味しいものを食べている時」と答える。
それもそのはずで、私の周囲は食いしん坊だらけである。物書きはとにかく酒豪が多いが、同じくらい食いしん坊も多い。上品な言い方をすると美食家になるが、ラーメンやカレーといったB級グルメにも詳しいから、美味けりゃどこにでも行ってなんでも食べる屋である。私も好き嫌いはないので、予定さえあえば気軽にお供をする。こだわりがあればあるほどに熱と興奮を帯びた薀蓄が面白い。
食いしん坊が集まるとどの店が最近美味いだの、あそこはミシュランの星を取ってからダメになっただのと矢のように情報が飛び交い、逐一メモでもしなければ追いつかない。
料理が来たら来たで、皆椅子から立ち上がって、料理が冷めないうちにと激写し、全神経を集中させたかのように必死で食べ、口に合えばたまらなく幸せそうな表情を浮かべる。
それをニヤニヤと眺めているのも楽しいけれど、私も「本当に美味しそうに食べるね」と半分呆れ顔で言われることがあるので、さぞかしだらしない顔をしているのだろう。
以前、主に時代劇で活躍している脚本家のOさんに聞いた時も、やはり食べてる時が一番幸せだとの答えだった。
その後、しみじみと「まあ……それしか楽しみがないしね」と言われたのがとても印象的だった。「確かに……」とすかさず私も同意した。
物書きは、外に出ることもあまりなく、家に篭って机にかじりついてひたすら書く孤独かつ気鬱な仕事であるから、忙しければ楽しみといえば食事や酒くらいになってしまう。
外へ行けないなら、せめて美味しいものでも食べて気晴らししたいという気持ちはよくわかる。むしろ、コンビニ弁当に飽きて自分で料理を始めたら、ハマってしまってプロ並みの腕になってしまった人もいる。
なんでもいいから人と会話しないと気が狂う、という理由で毎回必ず外食している人もいる。
そう考えると、物書き(創作者)の食いしん坊というのは、純粋な好奇心と欲望から食の快楽を追っているというよりは、もっと切羽詰まった、寂寥感すら漂うよすがなのかもしれない。
かくいう私は、食べることも好きだけど、実は寝ている時が一番幸せである。
布団の上にごろりと寝転がって天井を見る時、割と本気で「ああ、ここが極楽か……」と思ったりする。
寝ている時というか、その少し前、寝る前に小一時間ほど本を読んだり、特に目的もなくスマホを眺めたりしてやがて眠気が来て、手からポトリとスマホが落ち、瞼を閉じたあと、すうっと意識が闇に吸い込まれていく瞬間が好きである。実に安らかな気持ちになる。
別に毎日重労働しているわけではないし、自殺願望もないのだが、幸せゆえにこのまま永遠に目覚めなくてもいい……なんて思ったりもする。
そういう話を友人たちにすると、変に心配されたりもするので、その後に必ず「でも死んだあとでいくらでも寝れるからね。死ぬまでは頑張って起きるよ」と付け加えている。
娯楽にあふれた現代では特殊嗜好なのか(?)、今のところ「寝ている時が一番幸せ」という人には会ったことがない。
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