第67話 じかん銀行を強盗したい



 忙しくて切羽詰まってくると、いつも「じかん銀行を強盗したい……」と思う。

 とにかく時間がない。時間が欲しい。じかん銀行さえあれば……! 

 なーんて妄想している時間があるなら手を動かさなくてはいけないのだが、合間合間の現実逃避くらいはどうか許して欲しい。



 じかん銀行とは何か……?

 これはミヒャエル・エンデの名作童話「モモ」に出てくる悪の組織である。

 灰色の男たちが言葉巧みに「時間の貯蓄」を勧め、人々から時間を盗み取っていく。

 人々から奪われた時間を、主人公のモモが取り返すという筋書きである。

 「モモ」は子供の時分に親に買ってもらい、数えきれないほど読み返した。

 本はとても大事にしていたのだが、やはりいつの間にか失われてしまった。


 その「モモ」だが、子供の頃は主人公のモモに感情移入して読んでいた。

 当時の私にとって、時間はあり余るほどあり、何故大人や灰色の男たちが時間を欲しがるのか、盗むのかよくわからなかった。

 しかし、成長するにつれ、モモよりもこの「じかん銀行」の方が魅力的な組織に思えてならなくなった。

 よく考えるとすごい。すごいぞ、じかん銀行。むしろ私が灰色の男になりたい。

 給料やボーナスは時間(ハスの花)が欲しい!


 なぜなら、大人になるととにかく忙しい。常に時間が足りない。

 足りなすぎて、時間をお金で買うようになる。といっても、持ち時間が増えるわけではなく、本来費やすべき時間をお金を払って解決しているにすぎない。

 この限られた本来の時間が増えたら、増やせたらどんなにいいだろうに……! 

 一日が50時間になったらいいのに……!

 というわけで、今やモモよりもじかん銀行に思いを馳せるようになってしまった。

 子供の頃の純真はどこへやら、私も汚い大人になってしまったのである。


 しかも、どうせ悪党どもの組織なら、せこせこと自分で時間を貯めるのではなく、金庫を破って丸ごと時間をかっさらっていきたい。まさにピカレスクロマンではないか。

 盗んだ時間は勿論有効活用。

 時間が潤沢にあれば、やりたいことができるし、読みたい本も読めるし、毎日がバラ色である。

 なんて幸福な人生。時間こそが至上の宝……!

 作者の意図から大分ずれてしまった自覚はあるが、じかん銀行は果てなき夢である。



 あああ、22時まであと5分!

 もっとじかん銀行について語りたいけど、時間がないのでこのへんで。


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