第58話 厄を背負って壊れる物(ちょっと怖い話かも)
数年愛用していた茶碗にヒビが入ってしまった。
家で食事をする時は、ほぼ毎回ご飯を盛っていた茶碗である。
欠けたわけでも割れたわけでもないが、これ以上は使えないので捨てることにした。
物であるからにはいずれは壊れるとわかっているものの、失うのはやはり切ない。
私は霊感は全くないのだが(欲しいとも思わないし、絶対にいらない)、時々偶然にしてはちょっと信じがたい不思議なことが起きる。
今まで数回しかないが、外出しようとすると、それを阻止するかのように物が次々と壊れるのだ。
一番わかりやすかったのが靴。
数年前の夏のことだったが、その日は外に用事があった。
出かける準備をして、玄関で日々愛用している黒のエナメルのパンプスを履いた。
立ち上がったところで、いきなり右の靴の甲の部分のエナメルが縦に裂けた。
亀裂は、右の足の中指くらいまで走っていた。
びっくりして脱いで確認すると、まっすぐ綺麗に裂けている。
その時は毎日のように履いていたし、寿命だったのかもしれないと思った。
これでは外を歩けないので、仕方なく別の靴を出した。
今度はパイソン柄のスリングバック(後ろが開いていて、足首の後ろをささえるベルトがあるもの)にした。2、3回しか履いておらず新品同様の靴だった。
それを履いて立ち上がり、外に出ようとした瞬間、ビリッと音がした。
足下を見ると、今度は左の靴の後ろのベルトが切れていた。力を入れてないのに、見事に引き千切れている。
これには流石に茫然とした。家を出る前に、2足の靴が壊れたのである。
私は急に怖くなった。これはもしや「外に出るな」という警告かもしれないと思った。
無理に外出したら、事故なり犯罪なりの何かとてつもなく悪いことが起きるような気がした……。
靴自体は50足以上持っているので代わりはあるが、私はそこで外出を諦めた。
相手のあることだったので、先方にはお詫びの電話を入れてお断りし、その日は一日中家にいて一歩も外に出なかった。
その他にもバッグだったり帽子だったり、時計だったり、それまでなんともなかったものが突然に破れたり切れたりすることがある。
共通しているのは日々愛用している物か、身体に身につける物であること。
どうしても予定をキャンセルできず外出することもあるが、電車が人身事故で何時間も動かなかったり、傘がないのに豪雨が降ってきたり、レストランで子供に食べ物を落とされて服が汚れたり、具合が悪くなったり、釣り銭を間違えられたり、人や台車にぶつかられたりと大抵嫌な目に遭う。やることなすこと全てが裏目に出る。
そういうわけで、物が不自然に壊れる日は外に出ず、なるべく何もしないようにしている。
目に見えない何かが私を守ってくれており警告を発している。物は自分に来るはずだった厄災を背負って、代わりに壊れてくれたのだと信じている。
この話を少し霊感のある友人にしたところ、彼女はこの「不思議な制止力」について大いに同意してくれた。
彼女の場合は、時々「どう努力して頑張っても絶対に辿りつけない場所」が出てくるという。
それは寺社だったりビルだったりイベント会場、森、史跡、一般家屋と様々なのだが、そこに向かおうとすると、天気が荒れる、交通機関が乱れる、地図を見て進んでいるのに道に迷いまくる、体調不良、誰かに必ず邪魔される、予期せぬトラブルが起きるなど、どんなに頑張っても目的地に辿りつけないらしい。
彼女の方も不都合が重なるとこれは「行くな」という警告だと思い、途中で引き返すという。
辿りついたらどうなるのか気になるが、絶対に良くないことが起きるのだろうね……。
お互いの無事のためにも、不思議な制止力には逆らわないのが一番のようである。
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