第34話 飽和状態




 好きなものが沢山あるのは、嫌いなものが沢山あるよりはいいと思う。

 しかし、好きなものがありすぎても、頭もからだも動かないものだとしみじみ思う。

 椎名林檎の「月に負け犬」という歌の歌詞に「好きな人やものが多すぎて見放されてしまいそうだ」という一文があって、なんとなく気にいっているのだけど、実際何に見放されるのかと考えれば、それは「飢餓感」かなと思ったりする。


 好きな人やものが多すぎて、心のメモリは常にいっぱいいっぱい。飽和状態。

 メモリを増やそうにも、愛情は既に消費されつくしていて、これ以上かけてやれる余裕はない。

 好きなことを思うだけで幸せだけど、どこか息苦しい。

 自由なはずだったのに、満たされていたはずなのに、いつの間にか縛られてる。

 やがて外に新鮮さを求めることも億劫になって、からだも心も鈍重になっていく。


 一番怖いのは「誰かが自分の好きなことをやってくれるから、自分はやらなくていいだろう」と他力本願になること。

 創作にしてもそうだ。

 世の中には、自分が書かなくても面白いもので満ち溢れている。だったら無理して書かなくてもいいじゃないか。読むだけで満足じゃないか、と。

 実際、そうなれたらどれだけ幸せなことだろう。そこには、書く喜び以上の安楽がある。楽だ。本当に楽。時々その誘惑に呑まれそうになって、ハッとする。


 人間、いつも少し足りてないくらいがちょうどいいのだろう。

 満足とはすなわち停滞なのだ。


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