【2017/5/21】一年間のご愛顧まことにありがとうございます
※長いです。
とにかく先に結論を申し述べると、タイトル通りであって、一年間のご愛顧ありがとうございますということである。大変感謝しています。皆さんのおかげです。今後とよろしくお願い申し上げます。
さて、人の身体的特徴を嗤ってはいけないことになっている。デブを指さして嘲笑うことは禁じられてる。これに関しては法律もある。
刑法230条。
「1.公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
2.死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。」
つまりどうしてもデブを合法的に嘲笑いたい場合は、次のようにするしかない。
1. 「デブである」ことは人類の多様性を担保し、長期的には生存確率を高めるために有益であることを全ての人間に知らしめ、デブに優しい世界を作る。その世界においてデブであるという事実を公然と指摘することは、『おっ今日も世界平和のためにがんばってくれてありがとう』くらいの意味であって、ちゃんと社会的にも価値が認められる。なんかデブは職場の評価が下がるから痩せましょうみたいなアホビジネスマンブログ(書く方も読む方もアホだ)は根絶される。
ここまでいけば「デブwww」と言っても名誉の毀損にはあたらないのではないですかね。
とは言ってもこれは現実的にはかなり難しい。でも僕はどうしてもデブを笑いたいんだ。わかった。仕方ないな。内緒だよ?
2項に目をつけよう。死者の名誉は、虚偽の事実でなければ毀損されない。死者の真実ならば我々はいくらでも語って良いのだ。
それが真実ならば、公然と、薄ら笑いを浮かべながら、ニコニコ動画で配信しながら、いつでもどこでも死者の話をしていいことになっている。死者の名誉はそんなことでは毀損されないのである。つまり死とは名誉の別名なのかもしれない。
だからこうしたらいい。
2.先にデブを殺す。然るのち、満足いくまで哄笑する。公然と笑っても、誰もそのことを罰することはできない。
本題にまったく入ってないのに唐突に話が逸れすぎたが、このエッセイを書き始めて一年が経った。早い。あっという間でしたね。
もともとこのエッセイはタイトルも今とは違って、なんか長文系のタイトルだったような気がするがもう忘れてしまった。なぜ書き始めたかは一話を読んでくれればお分かりのことと思うが、そうやってPVを増やすつもりも特にないので、ようするにエッセイコンというのがあったんですね。「人生を変えよう!」みたいなやつ。結局エッセイコンに出しもしなかったので、存在意味が不明であるが、当初はこのエッセイは何を申し伝えたいかというと以下の様なことを語る場所であった。
つまり、身体的特徴を笑うことは禁じられている。にもかかわらず、デブというのは嘲られる存在である。というのは、デブは「努力によって改善可能な特質である」と看做されているからである。
ほんまにせやろか。なあ工藤。
いや不可能ではない。だろうと思う。俺だって生まれたときから太っていたわけではないから、不可能ではないのだろうけれども、そこに必要な努力量というのは絶対に均等ではないと思う。で、それを論証しようとした。できたか? ある程度はしたつもりである。でも皆さんが完全に納得したかっていうとそれは俺には分からない。
そこで俺は、事実を以て語らしめようと思った。思弁ではなく行動で。空論ではなく実践で、である。結構まじめにやってるけど痩せないんだよ、ということを示そうとした。時には人を傷つけたりもした。夕日の沈むかわっぺりで殴り合いの喧嘩をしたこともあった。
でどうなったかというと、……ちょっと痩せた。
痩せるんかい~~~~~~~~~ヽ(・ω・)/ズコー
停滞はしているけどね。だから事実を以て語らしめることにはやや失敗しているが、じゃあってんで太ろうと思うかって言うと、そら痩せた方が健康にもモテにもよろしかろうと思うので、痩せれるもんなら痩せたいですよ。というわけでここしばらくはもういいやめんどくせえという感じで普通にダイエットブログと化している。ので何がなんだか良く分からないですね。人間は変わる生き物なのです。
そういうわけで、以前近況ノートにも書いたが、皆さんの人生は変わらなかったかもしんない。変ええなかったかもしれない。けれども、エッセイコンを通して(通してないけど)俺の人生は少なくとも多少変わった。それに関しては、素直に感謝の気持ちがあります。それもこれも日々愚にもつかない、かつときには異様に長い怪文書をお読みいただいているみなさまのご愛顧のおかげであります。大変ありがとうございます。伏して感謝申し上げます。
さて、そういうわけで、実際には体重測り始めたのは2016/05/29のことのようであるが、まあ大体一年経ったのでグラフを眺めてみよう。酔狂な方はツイッターで恐縮であるが、こちらをご覧いただきたい。
https://twitter.com/GjmmtgKakuyomu/status/866328440906985472
スタート時が96.50 kg。今日の体重が89.40 kg。1年で7 kg落ちたことになる。ひと月約600 g。600gと言ったら、俺の体重比で言うと誤差みたいなもんだが、それでもまあ、落ちたは落ちた。とはいえ、2016年の7月くらいまでにぐぐぐいっと落ちて、で、8月末から9月にかけて激減し、そっから3月頃に向かって増えている。その先はずうっと停滞している。
ただ筋肉量ってのを見てみると、激減した時期(激減、って普通に書いてるけど、それでも85 kgとかだから、そんな「激」か? って感じはあるが、今は考えないことにして)には、数日異様な数値を示しているところがあるが、基本的には体重とともに筋肉も落ちている。で、3月~4月は体重とともに筋肉が増えている。そのあと今に至るところでは、体重は横ばいであるが、筋肉量は93~94 kg時代くらいの水準にまで回復している。だからまあ、そう、たまにはこうして見返すのって大事ですね。多少、わずか、ささやかな変化ではあるが、好転していなくもない。まあ普通に体重落ちて欲しいけど。
だもんですから、腐らずに今後もやっていこうと思います。もうだから「痩せない」とかを主張しようじゃあなくて、普通に痩せを目指すやつでいきます。2年目のテーマは痩せですよ。Pinguis, ergo sumって、「我太る、ゆえに我あり」みたいな意味だと思うが、もうこれすら捨てていこうとそういう感じ。でもそっちのがいいでしょ? 健康的で。新しいタイトルを考えようかな。
そんなわけで、多少更新頻度が落ちたり、あとほんと最近特に書くことがないので、「こんなご飯を食べました、こんな運動をしました、終わり」くらいしか無くなるかもしれませんが、もう少し続けていこうと思います。BMI 25 くらいを目標にしています。何年かかるかな。ここまでが約28万字で7 kg減っているという、このペースが続く気は全くしないけど仮に続いたとして、75 kgくらいにならないとBMI 25にはならないので、90 kg - 75kg = 15 kg。ということは、現状のペースで続いたとしたらあと丸2年以上かかり、字数でいうと56 万字が必要ということですね。
めちゃくちゃな数字だな。それまでカクヨムは存在するだろうか。するといいですね。あと何人が残っているか。不安は高まるばかりですが、まあそれでも、とりあえず現時点ではもうちょっと書こうとは思っています。
よろしければお付き合いください。以下は完全に余談です。
ところで記録が全くない7月以降について何があったかについては、書こうと思っているところと特に理由がなく書いていないところがある。せっかくなのでメモを残しておく。
7月8月はほんと暇が極まったので、前ちょっと書いたが肉体労働をしていた。ダイエットのつもりで。つかいまだにたまにしている。このあたりの感想も書くつもりはある。いずれ。そのうち。近いうちに。具体的には? 今月中に。あと1週間くらいだぞ。いけるかな。頑張ります。
8月末と9月については、おおざっぱに申し述べると、そのころから11月の中頃くらいまで、得体のしれない男と同居していたんですね。彼は元気にやってるかなあ。まあ痩せとは直接的には関係ないが、間接的には関係ある。これも、このエッセイで書くかどうかは分からないけど、まあ稀有な体験っちゃあ稀有な体験だと思うので書いてみてもいいかなあとは思ってる。
で、じゃあ11月の中頃以降は同居が解消されているわけで、つまり定常状態に戻ったわけである。何があったかというと、すごいことは何もなかった。これは今書かないと一生書く機会がなさそうなのでここで書いておく。
まず話は2014年に遡る。
2014年。俺は仕事がイヤになって、100あるうちの70くらいを他人にブン投げて暮らそうと決意した。まあ30でなんとか食ってはいける。それでいいよ別に。ブレゲの時計を買おうというわけでなし。あとは気楽に暮らそう、と思ってた。これはこれで良かった。ただ若干の問題があって、一つはみるみる太っていった。
その前から太ってはいた。人生の結構長期間を太っているが、それでも2014年頃までは80 kg台で、「うわー80 kgってデブだなー」って思ってた、ような気がする。それがずんどこずんどこ増えるわけですね。主な原因は外食。飲酒。毎晩に近いレベルで飲み屋に通っていたと思う。それも5時から入って3時くらいまで延々泡盛なんかを飲みながら、後半「お腹がいっぱいでも食べれるチャンプルーを作ってください」とかそういう管を巻いたりして。最悪ですな。そんで「〆はやっぱソーキソバでござんしょう」とか言ってる。そらあねえ。
なしてそったら飲んでたかというと、これが二つ目の問題になるが、俺はなんというか、退屈が嫌いな性分なんですね。ここで言う「退屈」というのは、そのなんてんですかね、「人生は冒険だ!」みたいなことではなくって、何も考えない時間というのがただただ苦手。常に何か情報が入ってきて欲しい。浴槽に目隠し耳栓したうえで手足を縛って浮かべるという実験があって、これ気の長い人でも3日もやると幻覚が出てくるらしいけれども、俺は10分で限界だと思う。
で、仕事がないと何も考えない時間が結構湧き出してくるので、まあスマホのゲームをしたり、小説を読んでみたり書いてみたり、音楽を聴いてみたり、いろいろやるけどそれでも限界があって無の時間がやってくる。かといって無を滅するために働こうとは思わないくて、その無を埋めるのが飯と酒だったわけです。あとぱちんことか。それでまあ太っていくわけですね。2016年1月にはついに100 kgを達成する。この写メを遺していなかったことが(当時自宅には体重計がなく、銭湯の脱衣所で記録したのであるが、銭湯の脱衣所でスマホカシャコーって言わせるわけにはいかんでしょう)悔やまれるが、まあそんな感じ。
というのを2016年初頭もやってたという感じです。で一つの契機はこのエッセイで、まあ痩せてみよっかなと思って落としていったわけ。それで、話が戻っちゃうけど8月末までは来ましたよね。
9月。おせっかいな人(いやありがたいと思ってはいるんだけれどもね)が何人かいて、「こういう仕事をしてみないかね」と声を掛けてくる。この不景気のご時世に、ありがたい話ではある。でまあ暇はしているし、知り合いからの紹介なので断るのもあれかと思って、「いいすよー」なんつってやってみる。
ちょうど得体のしれない男と住んでいる時期のことである。だからまあ、そういう意味では福の神的なやつだったのかもしれないな。実際にはまったく因果関係はないが、時期だけは一致している。仕事が増えることが幸運と呼べるかどうかは別として、である(貧乏神なのかもしれない。貧乏神は清貧のまま働かせようとするって話なんかありませんでしたっけ)。
でその増えた仕事、一個一個は大した量ではないんだけれども、塵も積もれば山となるという諺は正しくて、結構また山になっている。とりわけ、最初に「こういうことをしてくれ」と言われて提示された時間量は、まあなんていうか、俺のちっさいちっさい器でも許容できる量だったんだけれども、年度をまたぐタイミングで、「時間量を増やして進ぜよう」ってそれぞれがなって、2014年にイヤになった時点の仕事量を100とすると、今130くらいになっている。おい。減らした分より増えているぞ。どうなってんだ。ピー。
(ただ、この100、とか130、というのはあくまで俺のキャパシティに対する量であって、標準的に就職されておられるであろう皆様に換算するともう少し小さな値になると思われる。ピー。ピーじゃあねえよな。世間を舐め腐った生き方をしていて申し訳ないとは思っている)
それで、まあそういうことがあると太るんですよ。忙しいから。飯はコンビニとかになっちゃって。疲れたなアって汁粉とか食べるから。お前は仕事を辞めても仕事をやっても太る男だな。人生のすべてを脂肪の理由付けにするつもりか。ピー。ピヨピヨ。ピィヨヨピィヨ。
こーれーはーだーめーだ、って思って3月くらいからまじめに書き始めたら、またちょっと落ちてきたよ、そのへんのことはちゃんとここに記録してますね。ってのが現状という感じですね。完全に余談ですが、まあ書いたらすっきりしたので俺は書いて良かったです。皆さんは読んで良かったですか? 良かったら良かったです。でもあんまり良くないだろうなって感じはするので有益な情報を載せておくと、レコーディングダイエットは痩せるかもしれませんね。俺の場合は少なくともレコーディングしてないと太る。
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