人間愛から嘘をつく権利と称されるものについて

【嘘です】どんなに食べてもそれを無効化できる方法を開発しました

 バックワード・マスキングという現象がある。

 

 マスキング、というと皆さんは覆面レスラーのようにマスクを被る行為かな? とかそういうことを無邪気に輝いた目で思うだろうと思うが、そうではなくて、いやそうでなくもないんだが、まあマスクをかけることなので間違ってなくもないんだけど、マスクを被るわけではない。ややこしいわ。あなたたちが余計なことを思うからですよ。俺は悪くない。


 あと、Another one bites the dustを逆再生すると"decide to smoke marijuana"とか"start to smoke marijuana"になるみたいな、逆再生のやつを思い浮かべた人は一回忘れてください。その話ではない。

 

 ここで言うマスキングというのは、マスキングテープのマスキング、「覆い被せるing」という意味のマスキング、である。


 最もシンプルな例を挙げると、たとえばニンジンって、俺の食ってる安い農薬たっぷりのやつなんかは特にそうだけど、生で齧るとえぐい、煮ても多少独特の臭みみたいなものがあって、子供なんかは「ニンジンきらーい」なんて言って、「こらっ! そんなこと言ってると立派なウサギさんになれませんよ」「別になりたくないんだけど」みたいな会話が日本中で繰り広げられているのは有名であるが、これをカレーにぶち込むともうそういう繊細な味・臭みみたいなのはわりとどうでもよくなるみたいなことである。


 これシンプルな例かなあ。


 シンプルやめて良くある例にすると、がたんごとんがたんごとんがたんごとんいやこの前さあがたんごとんがたんごとんがたんごとん生協いったらがたんごとんがたんごとんなんかデブががたんごとんがたんごとんやせるおかずの本読んでてがたんごとんがたんごとんだーかーらー! デブがー!! 生協でーーー!!


 って感じで、電車の中とかだと、電車の音が邪魔で話し声って聞こえにくくなりますよね。そらそうよ。当たり前やんけ、と思うかもしれないが、一応これに名前がついてるってことなのである。「音響マスキング」なんて大層な名前が。うるせーわ。うるせーとこで音聞いたらそら聞こえねーよバーカ、とあなたは思うかもしれない。まあちょっと待って。面白くなるのはここからだから。


 不思議なことに、このマスキングという現象は発生するのである。だからバイツァ・ダストは関係ないんだって。吉良吉影は俺も好きですけど。ジョジョリオンの吉良もいいですけど、デッドマンズQの続きまだ? (もうこれをネタバレと呼ぶ人はおるまいと思うが、もしアレだったらすいません)


 話を戻す。ちょっとちっさい音が鳴る。ぽつんと、ひとりぼっちで、ただそれだけで。静かな部屋の中で。あなたの孤独を癒すように。あなたはその音に耳を傾けて、ひとつ句なんて詠んでみる。


「閑けさや 部屋に染み入る クリック音」

 なんて感じで、わあ私はなんて風流なんでしょう、うふふ、なんてひとりごちる。

 そのあとこの空虚な行為に嘆息するかもしれないが、その瞬間は楽しい。生きる意味をひしひしと感じることになる。


 さて、全く同じことが繰り返される。静かな部屋の中で。ぽつん、と、ひとりぼっちで、あなたの孤独を癒すようにちっさい音が鳴る、が直後「グワゴワキコーン」と悪球打ちの岩鬼がホームランを打ったかのような音が鳴る。


 そうすると何が起こるかというと、のである。


 知覚はしている。その証拠に、このちっさい音が例えば音声だとすると、その音声に関連する語に対する反応は早くなっている。でもあなたの心の中にはその音は届かない。あなたの主観に立って言えば、ただ「グワゴワキコーン」という巨大な音声が、誰もいない部屋で鳴り響いた、こわ、という体験だけがそこにはあるのである。


 まあちっさい音もだれもいない部屋で鳴ったら、まして「イヌ」とかの音声が突然聞こえたら怖いは怖いでしょうけど。とにかく、このちっさい音は聞こえなくなるのである。これをバックワード・マスキングと呼ぶ。


 大きい音によるマスキングが、逆行バックワードして起こっているからである。


 ふうん。まあそういうこともあるんですねえ、へえ、と気のない返事をしているあなたに申し上げたいが、これって結構不思議じゃあないですか。


 というのはつまり、「小さい音だけが鳴った一瞬」というのを切り出してみる。まあ部屋全体を5.1 chサラウンドシステムで録音して、それを再生してみる、みたいなことを考えてみる。

 「小さい音だけが鳴った一瞬」だけを再生して停めると、それは当然最初の条件に戻るわけだから、あなたの耳には小さい音だけが聞こえていることになる。そうするとあなたは条件反射的に句を詠みたくなるだろうが、そこをグッと我慢して、もう一度この録音した音声を最初っから再生してみて欲しい。今度はその音を停めないで。そうすると、(何しろ録音した音声なのだから)確実にこの小さな音は鳴っているはずなのにも関わらず、つまりその小さい音が鳴っているまさにその瞬間は、他の音は存在していなかったはずであるのにも関わらず、あなたの耳には「グワゴワキコーン」という音しか聞こえなくなるのである。


 なんで?


 というと、我々はオン・タイムでこの世の出来事を処理・理解しているように勘違いしているが、そんなのは大嘘で、実は処理が完了して、「ああこういうことがこの世で発生したんだなあ」と嘆き・絶望するまでには少々時間がかかっている、ということなのである。あなたの脳が、「あああああああ、またこんなくだらない音について処理をしなきゃあいけないのか。もっとまともな音楽をたまには聞かせてくれやしませんかねえ。あなたに言っても、どうせ聞き入れちゃあくれないんでしょうけどね。はーどっこいしょ」と言いながら小さい音の処理をしている、途中に、大きな音が入ってくると、「はああああああ、まあた音ですか。しかもでかい。なんなんですかねえ。いや別にモーツアルトを聴けとはいいませんよ。あなたのその貧弱な脳みそでは、そんな高尚な音楽は理解できっこないでしょうからねえ。ってその貧弱な脳みそってのは私のことなんですけどね。あっはっはあ。どうしました。笑えばいいじゃあないですか。ええ? この情けない私を笑えばいい! どうした、おい。笑えよ」なんて世に対しての嘆き、恨みを募らせながら処理をやってるのは俺の脳だけだと思うので皆さんの脳は「いやどうもどうも! 今日も素敵な音の入力をありがとうございます! いやあ、最高だなア。あなたの脳で良かった!」なんて言いながら処理をしていると思うが、それはそれとして、大きい音の処理にかかりきりになってしまい、結果、小さい音の処理はかきけされてしまい、あなたの心の中にはその音は浮かび上がってこなくなるのである。


 つまり我々が「今・現在・まさに・この瞬間」と思って認識している世の中というのは、ちょっと前、かつ、ある時間窓の中に入った情報がすべてテケトーにまぜこぜになって立ち現れたもの、という話になるわけである。


 だから人工知能が超進んで、「完全完璧なPA(これはParking Areaのことでも、Personal Assistantのことでも、ましてPanic Actionのことでもなく、Public Address、ようするにいわゆる音響のことだ)AI」みたいなものを作ったとする。この「完全完璧なPAAI」のシステムの中には、「ニンゲン様が聴いて心地いいように、実際にこの世界に生じている音声、がごちゃっと混ざってなんかちょっとあとの音も前の音に影響するように、本当はこっちの方がAI的には素敵、サイコーだと思う音とは違うんだけど、その時間的系列を微妙にゆがませるために入力系をバカっぽくするシステム」というのを組み込まねばならない。バカバカしいですね。早く人類が滅びてAIが覇権を握ればいいのに。


 それはともかく、我々の聴覚にも視覚にも(どのくらいの長さの時を遡るか、ということには個人差があり、また音の種類によって多少はあれど)こういう現象は起こる。そういう仕様になっている。

 このバグ的仕様とTASを活用すると、およそ42分で人生をクリアーできることが判明しているが、その方法はダイエットとは無関係なのでここでは秘すことにする。気になる人はググりましょう。


 さていよいよ話は本題に到達する。


 「どんなに食べてもそれを無効化できる方法を開発しました」というのがこの話のタイトルであった。正直に言って、大半の人がダイエットに苦しんでいるわけだから、この方法で本の一冊も書けば飛ぶように売れ、俺は左うちわ右ねじの法則、といった状態になること請け合いであるが、俺は親切で心が広く、清貧を是としている人間なのでここで公開する。


 このバックワード・マスキングという現象を利用すればよい。話はそれだけだ。

 でもどのように?


 まず、この世の中には、「摂取するのに必要なカロリーより、その食べ物が含むカロリーの方が小さい」という奇跡のような食べ物がいくつか存在する。有名どころではセロリとかだ。これを用意する。


 あとは簡単だ。


 肉でも米でもパスタでも、好きなものを食べればよい。ただし。その一口の直後、まだ「時が遡れる」間――通常30-150 msくらい――に、セロリを取り急ぎ摂取する。そうするとどうなるか、と言うと、セロリのカロリーが、あなたが食べた一口目の食材のカロリーをマスクする。つまり、食べても食べてもカロリー収支はマイナスということになる。


 もちろんいくつか問題はあって、たとえば外で飯を食う時にもいちいちセロリを持ち歩かなきゃあいけないのか、とか、そもそもセロリのあの味が嫌いなんですけど、といった人もいるだろう。まあこれにも取りうる解決策はいくつかあって、ようは摂取カロリーより消費カロリーが大きければいいわけだから、持ち歩きが不便だというならば、究極的には水をすぐ飲めばいいし、味がダメというならたぶんコンニャクとかでもいけると思う。


 今までこの方法を秘してきたのは、まずバグ利用というのは夢想するのは楽しいが実際やると罪悪感がひどい、ということと、セロリがバカ売れしてセロリ農家と山崎まさよしはうれしい悲鳴を上げ、その勢いでSMAPの再結成がなされるかもしれないが、その反面、これまでまじめに、薄利多売、お客様のために、と思ってやってきた全国一万店舗のセロリ専門料理店主が道を踏み外し、悪の料理人になって叛旗を翻した挙句、鉄鍋のジャンとかにコテンパンにやられるのは気の毒だと思ったからである。


 でもまあ、もういいかなと思って公開することにしました。是非試してみてください。


 というわけでエイプリルフールでした。お疲れさまでした。

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