第6話

今日は日曜日。

美月は、典子と約束していた。学校は休みだけど、なんちゃって制服を着て、昼過ぎから喫茶マイ・プリンスに行ってみようと。


美月は、鏡の前で着替えていた。パジャマを脱ぎ捨て、鏡に映った自分の控えめな胸を見てため息をつくと、キャミ、そしてブラウスを着て、リボンタイを着けた。チェックのスカートを履き、ホックを留め、いつものようにベルトのところで巻き上げて短くした。さらに、紺色のブレザーを着ると、全身を映してチェックする。それも終わると、メイクに入る。今日は学校のある日はできない、しっかりとしたメイクをすることにした。安く手に入るキャンメイクを使い、下地、そして目元から口元からじっくりと仕上げていく。

支度は完了だ。JKらしく、マスコットを付けた黒い革のカバンを携えると、黒いローファーを履き、家を出る。

「行ってきま〜す」

休日なのにこんな気合が入った格好をするなんて、まるでコスプレだ。現役JKなのにおかしいな、と美月は思った。


学校の近くで典子と落ち合うと、彼女も同じような服装をしていた。もちろん、二人で示し合わせておいたのだ。日曜日も「制服ジャズ」しようと。


「あら、いらっしゃい」

玲子がいつものように迎えてくれた。そして。

「犬が来たか」

賢太郎もいた。

「犬なんていないけど…?」

玲子が首をかしげる。

「また、犬って…!」

美月はジト目で賢太郎を見る。


「今日はランチ、食べに来たんです」

典子が言った。

「ランチって、軽食くらいしかないけど」

玲子が答えると、美月が

「ナポリタン、食べてみたい」

「ナポリタン、いいね」

典子も同意した。この喫茶店には、フードメニューとして、ナポリタン、トースト、サンドイッチなどがあった。

二人が注文すると、調理場に立ったのは、賢太郎だった。

美月の席からは、彼の様子が全て見えた。料理をまともにしたことがない美月にとって、何をやっているかはよくわからなかった。それでも、コンソメ、ケチャップ、ウスターソースを入れたことくらいは分かった。

「お待たせ。ほら、犬の分も」

相変わらず爽やかな笑顔で、賢太郎は美月たちの前にナポリタンを出した。美月は犬と呼ばれることに慣れつつあってしまった。

「…うま!」

典子が驚く。

美月はそれを見て、自分も口に運ぶ。

「きゃんっ!うま!」

確かに美味しい。

「きゃんっ、って、やっぱ犬の鳴き声だな」

賢太郎がほくそ笑む。

それに気づかない玲子が、

「ナポリタンは、この店の自慢なのよ」

と、微笑む。ジャズ喫茶なのにナポリタンが売りとは、不思議な店だが、美月たちはそんなことは思わなかった。

美月は、カルピスでナポリタンを流しながら、賢太郎を眺める。イケメンの上に、料理もできるとは。彼のことを、見直しつつあった。性格はともかく。そう思っていると、

「ん?何だ、メガネ犬」

賢太郎は、いちいち犬扱いしてくる。

はいはい、と心の中で美月は思うことにし、彼を見直すのをやめてしまった。


「ごちそうさまでした〜」

美月たちが店を出ようとすると、

「おい、忘れ物だぞ、犬っころ」

賢太郎が、至近距離から何かを軽く投げてよこした。それは、美月の革のカバンだった。

「ありがとう…」

美月は、目の前にいる賢太郎を見上げる。背、高いな…。美月は160cmなのだが、それより20cm以上は高そうだ。その光景に、美月は何故か、キュンと来てしまった。が、

「犬は忘れっぽいんだな」

彼はニヤニヤしながら、美月の頭をよしよしと撫でた。完全に犬扱いだ。

「ちょ…!」

美月が彼を睨むと、彼は今度は、典子を上から眺めるように見下ろした。その目線の先には、彼女の大きな胸がある、と美月は確信した。彼は美月よりも小さな典子に興味を示しただけなのだが、150cmない彼女の体に対してあまりにも大きすぎる胸は、否応なしに彼の視界に入ってしまう。美月はそれを知っていたので、彼の意思に関係なく、嫉妬してしまった。

「また来てね!」

そんな美月には気づかない玲子は、後ろから彼女たちを送り出すのであった。

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