第5話
ある日、美月と典子がいつものようにマイ・プリンスに行くと、玲子がおらず、店員は賢太郎だけだった。
典子が、
「あれ、玲子さんは?」
「あの女なら、用があって休み」
「そうなんですか〜…」
「帰るか?」
「いえ、せっかくだから、カルピス飲んでいきます」
美月が言う。
しかし、年上であろう女性を「あの女」呼ばわりとは。
賢太郎が注文したものを持ってくるや否や、美月は嬉しそうにカルピスに口をつけた。
「美月、カルピスマジ好きだよね〜」
「うん!ここのは濃さがちょうど良くって私好みだし〜」
「コーヒーとか紅茶は飲まないの〜?」
「苦いのは苦手なんだよね〜…」
「お子ちゃまだね〜」
「うるさい」
美月は苦笑しながら、ふと典子の胸を見る。カウンターの上に、無意識にだろうが、大きな胸を乗せている。美月は、典子の方がカラダも恋愛経験もオトナなのがコンプレックスだった。良く、こんな二人が親友としていられるな、というカンジなのだが、小学校からの付き合いなので、絆は強いのだ。
今日も、ビル・エヴァンスのピアノが耳に入ってきた。
「これもビル・エヴァンスですか〜?素敵な曲」
美月は賢太郎に尋ねてみた。
「ああ」
「なんていう曲ですか?」
「マイ・ロマンスだ。詳しいことは俺は知らんからな」
賢太郎は、訊かれてないことまで答えると、さらに、
「お前、確かに地味だよな。もてなさそうだし、カレシいないのも納得」
こないだの話を彼は覚えていたのだ。
「やば〜、そこまで言うことないでしょっ!」
美月はつい、イラっときてしまった。
「その顔、いい顔だ」
賢太郎が微笑む。ニヤついたのではなく、あくまで爽やかな笑顔だ。それを真正面から見た美月。まるで王子様みたいだ、と感じてゾクッとしてしまった。
「それ、どういう意味なんですか〜?」
典子が、興味本位で訊く。
「ああ、俺、女が怒った顔に、キュンと来るんだよな」
どういう趣味してるんだか、と美月は思った。彼って、実はドSなのだろうか…。
と、ボーッとしていたところ。ウッカリ、何かを倒してしまった。
白い液体がぶちまけられる。
「きゃんっ!?」
美月は、妙な声をあげて、反射的に飛びのいた。
すると、カウンターから賢太郎がフキンを持って出てきた。
「バカ、何やってんだよ」
幸い、美月の制服のスカートは無事だった。
「ありがとうございます…」
「しかし、今の声、犬みたいだったな。いや、犬そのものだな。これからお前を犬って呼んでやるよ」
賢太郎が、そうニヤつきながら美月を見る。
「何それ…!」
美月が怒ろうとしてキッと睨むと、
「そうだ、その顔だ。キュンキュンするよ。犬」
彼は爽やかに笑う。そんなイケメンに、美月は怒れなくなってしまったのだった。
「あ、いらっしゃいませ」
仕事帰りのサラリーマン風の男が、店に入ってきた。賢太郎は接客のため、その場から離れた。
その隙に、典子が小声で話す。
「アイツって、ドSだよね〜、間違いなく」
「うん…」
「あれ、なんか美月、犬呼ばわりされたくせに、嫌そうじゃなくない!?もしかして、M?というか、ドMだったりして〜」
典子がニヤつく。
「そ、そんなことないよ!」
美月は慌てて否定する。
このときはまだ、気づいていなかったのだ。彼のせいで、ドMに目覚めてしまったことに。そして、彼に惹かれ始めていることに。
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