闇の胎動

 キーエリィウスの街の新しい監視台は以前のものより高く、頑丈に仕上がった。その為、今までよりも遠く、広い範囲を見張ることが出来る。新しい監視台の上からの景色を確かめ、その眺めに満足して頷く。これでまた、クリーチャーに襲撃されることがあったとしても、余裕を持って対処することが出来る。見張り役に後の仕事を任せると、アシュレイは監視台から下へと降りた。


 街の外壁の一部にあった。


 突然現れたクリーチャーの大群により、街が壊滅状態になってから一年半余りが経とうとしていた。殆ど廃墟と化した状態から、三ヶ月で何とか街の形になり、半年で元の状態まで復興した。そしてそれから一年経とうとしている。現在は街を、クリーチャーから身を護る砦を、そしてクリーチャーを滅ぼす兵力を、更に大きいものへとしている最中だった。

 今まで街を囲んでいた外壁をさらに高く、分厚く、より強固なものへ増築した。近隣の町などから人を集め、傭兵を雇ってクリーチャーが襲撃してきたときの為に備えている。。そして、それにともなって一緒に流入してきた物資と人が街をさらに発展させた。人が増え、消費が激しくなれば、それを補うようにさらに大量の物資と、そしてまた人が入ってくる。

 今のキーエリィウスは、さながら小さな城砦都市ともいえる大きさと、活気をともなった街となっていた。一年半前に、ここがクリーチャーによって壊滅させられた街だと言っても、きっと誰も信じないだろう。

 監視台から外壁沿いの道を歩き、街の中心へと続く大きな道に出る。そこは大量の人とお店で溢れかえっていた。一度は破れられたものの強固な外壁に護られ、さらに大量の兵士で補強された街。この街にさえ来れば、クリーチャーから身を護ることが出来る、安全に暮らすことが出来る―――そんな噂が、さらにキーエリィウスに人を呼ぶ原因となっていた。人は身の回りが危険だらけの時はそれから身を護るのに精一杯だが、自分達の身の安全が保障されてると分かると、今度は娯楽を求めるようになる。最近では、影で賭博を行っている者もいるらしい。その賭博に全財産を剥ぎ取られ、職や住処を失うものも現れた。そんな人たちは裏路地に身を寄せるように集まり、他の人たちから物を盗むようになった。

 クリーチャーに備え街の安全を確かなものにしていくほどに、街の治安はどんどん悪化していく。対クリーチャーの為に集められた兵のうちの半分ほどしか、本来の職務を行っていない。残りの半分は、自警団として交代で街の治安維持の為に見回りを行っていた。

 活気があるのはいい事だ。人が娯楽を求めるのも、街がそれだけ安心して暮らせるという証拠なのだろう。軽くため息をつく。何事も思い通りには行かない―――辺りの様子を見て、アシュレイは改めてそう思った。

「アシュレイさん。」

 一人の青年が、アシュレイに駆け寄ってきた。その青年は髪を短く刈り込んでいて、さわやかな雰囲気を漂わせていた。背格好は成人として極めて平均的で、体格的に優れている点は特に無い。少し角ばった形の顔に太い眉にきりっとした目鼻、口は真一文字に結ばれていて、顔を見れば誰もが真面目な人なんだなと、納得しそうな顔つきをしている。アシュレイはその青年の方を振り返り、それに答えた。

「ユートか、どうした?」

 ユートと呼ばれた青年はかなり急いできたのか、アシュレイの前まで来ても、すぐに喋りださずに暫く荒い呼吸をしているだけだった。何とか呼吸を整え、それからさらに二、三度深呼吸をして落ち着いてからユートは話し出した。

「やっぱり変です。三日前には着く予定だった物資も届きません。どうなっているのか様子を見に行かせた者達も、帰ってくる様子がありません。」

 ユートの言葉に、アシュレイは暗い気分になった。物資の補給が途絶えてから、もう一週間になる。キーエリィウスでは人が増えたのにともない、大量の食料を街に買い入れる必要があった。そして、その大量の食料を狙った、賊があらわれるようになった。街の外の危険はなにもクリーチャーばかりではない、同じ人間がもたらす危険も沢山存在するのだ。

 以前から、賊やクリーチャーに物資を狙らわれて、襲われたケースは度々あった。元々の蓄えがあるので、すぐに困ることになるわけではない。だが、このまま補給が滞ればいつかは困ることになる。今はとにかく、食料を含め物資が沢山必要な時期だ。現状を考えると、その困ることになる時が意外と早くきてしまいそうな気がした。

「やはり賊かクリーチャーに襲われた可能性が高いな。明日にでもまた、二十人ほどで隊を組んで兵を向かわせよう。ユート、隊の選定はお前に任せる。」

 アシュレイが支持を出すと、ユートは元気の良い返事の後、毎日訓練が行われている広場の方に走り去っていった。

「物資が途絶えてもう一週間か、街になれてない人間はそろそろ騒ぎ出しそうだな。まだ街に混乱は出てないが、恐らく時間の問題だ。」

 アシュレイは自分に確認を取るように呟くと、賑やかな大通りを歩き出した。



 次の日の朝、アシュレイの支持のもと二十人からの兵が、四日前に到着する予定だった一団の捜索に向かった。また街を護る兵の数が減ってしまったとアシュレイは嘆きながら、監視台を上ろうとした。


 その時だった。


 周りから一切の音が、気配が、消えたような錯覚を覚える。突然の異様な状態に、思わず体の動きが止まる。極限まで張り詰めた空気、とでも言うのだろうか。どろりと体に絡みつくような嫌なものが、辺り一帯を覆いつくしていた。

「…これは。」

 アシュレイには覚えがあった。それは、何者かの存在感。その恐ろしいほど濃い存在感に、辺りのもの全ての存在感が塗りつぶされてしまっていた。そしてそれを経験したのは、あの忌まわしい出来事が起きた時の…。クリーチャーに街が襲われたときに、その前に感じたものだった。


……性懲りも無く……愚かな……者共………滅び……


 何処からともなく、声が聞こえてきた。囁くような、しかし頭に響く重い、低い声。それは所々しか聞き取ることが出来なかった。

 声とも音とも取れるようなそれが聞こえなくなると、今度は辺りを突風が襲った。アシュレイは思わず両腕で顔を庇う。風が吹き抜けるとき、また何かの声を聞こえた。今度ははっきりと。滅びよ、と。

 風が収まると、辺りを覆っていた異様な存在感も消えていた。だが、普段通りの街の喧騒は戻らなかった。監視台が騒がしい。

 アシュレイは監視台の途中まで続く階段を駆け上がり、梯子を急いで上った。一体何があったというのか。監視台には確か、ユートが居たはずだ。何が起きているか分からない状況をどうにかしたい。以前よりも高くなった監視台に掛かる梯子に苛立ちつつ、残りを急いで上りきった。

「おい、どうした。」

 監視台に入り、見張りをしていた者達に状況を報告させようとして、止まった。監視台から見える景色の中に、信じたく無いものがあった。先程出発した捜索隊が、遠くに見える。その捜索隊が大量のクリーチャーに襲われていた。

「そんなバカな。」

 思わず呟く。捜索隊も応戦しようとしているが、態勢を整えられずクリーチャーにされるがままだった。あまりにも一方的過ぎる。援軍を出すなど言っている間もなく、クリーチャーの圧勝と言う形で決着がついた。

「あんな大量のクリーチャーに気が付かなかったのかっ!」

 その場に居た者達に問う。思わず言葉が荒くなる。怠慢ではないだろう、だが何と言っていいか分からず、誰もその問いに対してすぐに答えるものは居なかった。その中で、ユートは少し躊躇した様子を見せたものの、口を開いた。

「アシュレイさん、俺達はしっかり見張っていました。捜索隊も注意を怠っていた訳ではなかったはずです。ただ、突然だったんです。」

 少し間が空く。アシュレイが続きを促すと、ユートは再び口を開いた。

「先程突然、周りの音が聞こえなくなったと思ったら突風が吹いて、それまで何も居なかったはずの場所に大量のクリーチャーが現れたんです。いつの間にか、捜索隊を取り囲むようにそこに居たんです。突風といっても、ほんの少しの時間でした。目を離したといっても一瞬だけのはずです。でも、気付いたら奴らはそこに居たんです。現れた後のことについては、アシュレイさんも見た通りです。」

 あの時と同じだ、とアシュレイは感じた。あの時も、クリーチャーは突然現れた。その時の生き残りの見張り役も、確か今と同じようなことを話していた。見晴らしのいい、何も無いはずのところに突然現れたと。それでは、いくら監視台を高くして遠くまで見えるようにしたとしても、まるで意味が無い。全くの無駄だ。

「クリーチャーが来るぞ、迎撃の準備だ。ユート、街で待機している兵に連絡を頼む。」

 ずっと呆けていてもしょうがない、クリーチャーが現れたのだ。ぼさっとしているとこの間と同じ結果になってしまう。アシュレイは指示を出すと、ユートの後に続いて監視台を降りた。



「クリーチャーが出たぞっ!!」

 街の中も大混乱だった。クリーチャーは捜索隊の前だけでなく、街の中にも出現していたのだ。

 そこは既に阿鼻叫喚の地獄絵図だった。普段なら朝の仕入れで人が一杯で、賑やかなはずのそこは、今は悲鳴と血が舞う見るに耐えない光景になっている。そこに居るのは逃げ惑う大量の人々と、それに負けない程大量のクリーチャーだ。そんな大量のクリーチャーが突然街中に現れたのだ、混乱するなという方が無理かもしれない。

 中には突然のことにも我を忘れず、クリーチャーと戦っているものも居た。絶望的ともいえる状況の中で善戦している。日頃、クリーチャー対策のために行っていた訓練の成果だ。だが、今はそれに感心している暇は無い。

「これで負けたら、ベット達に合わせる顔が無いな。」

 アシュレイは腰にかけている剣に手を掛け、街を護るために駆け出した。



 その夜、キーエリィウスの街は廃墟と化した。

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