旅立ちという名の別れ
ランダは大きな荷物を背負うと、振り返った。目の前には、ルシリアとタヌーアが立っている。二人は村の入口まで見送りに来てくれたのだ。
「ルシリア。タヌーア。ここでいいよ。今までありがとう。」
「ごめんね。私たちはここから離れるわけにはいかなくて……。」
ルシリアは申し訳なさそうに言う。タヌーアも言葉には出さないが、すまなそうな顔をしていた。
―――あれから、シーズがさらわれた後。ルシリアと二人で村に戻ると、村も悲惨な状態となっていた。突如表れたクリーチャー達をタヌーア達、戦闘に特化したリザードマン部隊が撃退したが、無事で済んだ訳ではなかった。村を襲ったクリーチャーもリザードマンで、しかも体格が一回りも二回りも大きかったのだ。タヌーア達も普段から遊んでいた訳ではない。圧倒的な力で本能のままに襲ってくるクリーチャーに対し、連携し、戦略をもって対抗した。それが功を奏し、何とかクリーチャーを撃退することが出来たが、負傷者だけでは済まず、半分は帰らぬ人となっていた。その中には、村の長であるエイも含まれていた。
村も破壊され尽くされた。殺された仲間は弔ったが、残った者はこれからも生きていかなければならない。その為には破壊されアルベラの村を建て直す必要がある。人間たちの恐怖の対象でしかないタヌーア達クリーチャーは、簡単に他の場所になど移動できるはずがない。アルベラの村も、時間をかけ人間が立ち入らないような場所を見つけ、ようやく作り上げた村だったのだ。
目の前でさらわれてしまったシーズを取り戻すために、本来ならランダと一緒に探しに出たいところだ。だが、長であったエイの亡き後、ルシリアもタヌーアもアルベラの村には必要な人材だった。その為、ランダ一人シーズを探しに出ることになったのだ。ルシリアとタヌーアの二人は、せめて見送りたいということで、村の入口まで着いて来てくれたのだった。
「ランダ。これ、お姉さんから君にプレゼント。お守り。」
そう言うと、ルシリアは鞘に収まった一振りの剣をランダの前に差し出す。良く見ると、傷だらけで長年使い込まれている物だということが分かる。ルシリアがいつも持ち歩いていたものだ。
「おい、それ。」
「いいのよ。」
諫めるタヌーアに、それを押しとどめるルシリア。よほど大事にしているものだったのだろう。それを、ランダに贈るというのだ。
「君、まともな剣を持っていないから。この半年、タヌーアとの修行で随分上達したんでしょう?なら、まともな剣を持たなきゃね?」
村には剣を売っている所が無いから一番まともなヤツなの、と付け加える。実際、村には武器を扱うお店は無い。だからルシリアが持っているのは、恐らく余所の街から買ってきたか、誰かから貰ったものということになるだろう。アルベラの村の住人の大半はクリーチャーだから、武器なんか必要ない。そう考えると、ルシリアが持っていた剣が一番まともだということは分かる。だとすると、余計に考えてしまうことがある。
「これ、大事なものなんだろう?そんなもの、受け取れないよ。」
ランダが断わろうとすると、ルシリアはランダの胸の中に押し込んできた。
「良いから受け取って。お姉さんの言う事はちゃんと聞かないと駄目だぞ。」
ランダが渋々受け取るのを確認すると、ルシリアは言った。
「これから危険なところを旅するかもしれないのに、子供だましの剣なんか駄目よ。自分の身を守る為なんだから、ちゃんとしたものを持っていないとね。」
確かに、今まで持っていたのはキーエリィウスの街から持っていた、子供でも持てるような剣だ。今までずっと使っていたが、これからのことを考えると心もとないのは確かだった。
「でも、ルシリアの剣が無くなっちゃうじゃないか。」
「私は大丈夫よ。これでもお姉さん、武器が無くても結構強いのよ?それにもしもの時は、ターがいるもの。」
細い腕で見えない力こぶを作り、ね、とタヌーアに念を押す。タヌーアは気圧されたかのように、おうと小さく頷いた。そして、ランダに視線を戻したルシリアの表情は真剣そのものだった。
「だから、受け取って。その代わり、ちゃんとシーズちゃんを見つけて。」
「うん、わかった。ありがとう。」
ルシリアの気持ちを受け取り、ランダは頷いた。ルシリアから受け取った剣は、今まで使っていたものよりずっと重い。その重さにルシリアの想いが、詰まっているのだと感じた。
「それじゃ、行ってくる。」
剣を腰に下げて、ランダは改めて言う。ルシリアとタヌーアを順番に見つめ、自分の決心を確かめる。もう決めてあることだ。二人を背にし、ランダは歩き出した。さらわれてしまったシーズを探し出すと、心に決めた。
本当ならすぐにでも探しに飛び出したいところだったが、アルベラの村の惨状を見て、それは出来なかった。突然襲い来るクリーチャーの群れに、エイも倒れてしまった。せめて亡くなった村の人やクリーチャーを弔ってからと、村を出る時期を決めた。ルシリアとタヌーアの二人は村を離れられないことは、状況から理解していた為、無理しても同行しようとした二人を、どうにか押しとどめた。
ここから先は、ランダ一人でやらなければならない。家族を殺され、ロイ達と別れ、シーズがさらわれ、今はアルベラの村から旅立ち、ルシリアとタヌーアと別れようとしている。
本当の一人だ。だが、泣き言なんか出さない。守ると誓ったから。助け出すと決めたから。ランダは一人、歩を進める。村の入口から大分離れたところで、
遥か後ろからルシリアの声が聞こえた。後ろを振り返ると、ルシリアが大きく手を振りながら、大きな声で叫んでいた。
「忘れないでね?あなた達が帰ってくる場所はここだから!シーズちゃんと帰ってくるんだよ!」
ランダは何か叫び返そうとしたが、止めた。今何かを喋ったら、口からいろんな感情が止まらなくなりそうだった。そして、今ある決心が鈍ってしまいそうだったから。叫ぶ代わりに、手を振り返すことで答えた。それに、ルシリアとタヌーアの二人は、更に手を振り返すことで答えてくれた。それを見届けるとランダは前を向きなおし、再び歩き出した。
まず目指すのは、アルベラの村の住人たちが元々居たという、ある施設。ルシリアとタヌーアの話では、村の住人は皆そこから逃げ出してきたらしい。話すことが出来るクリーチャーの存在は、その施設が関係していると、タヌーアは言う。シーズに関する手掛かりも見つかる可能性が高いだろう。
その為には、この深い森を抜ける必要がある。ランダは自分を鼓舞し、ひたすら歩き続ける。
どんどん小さくなるランダの背中を見つめながら、ルシリアはタヌーアに尋ねる。
「あの子、大丈夫かな?」
その問いに、タヌーアはそっけなく答える。
「信じるって決めたんだろう?」
会話はそれきりだった。二人は、村を離れるランダが見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
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