闇からの使い

 ロイ、ベット、クシーの三人は檻の中を調べたが、何も見つけることは出来なかった。分かったことは、とても危険なクリーチャーがそこで研究され、あまつさえ創り出そうとしていたということ。これ以上調べても無駄だろうと判断し、その檻の中の調査は止めることにした。

 他の檻についても、状況は似たようなものだった。一切の調査を諦め、研究所を後にしようと、ちょうど三人が出口を出た時だった。


 異変が起きた。


 扉を閉めたはずなのに、扉が閉まる音が聞こえなかった。今閉めたのは、相当な重量の重さのある扉だ。重々しい音が響き渡るはずと想像していただけに、思わず振り返って確認してしまう。扉はちゃんと閉まっていた。だが、目の前に扉が存在しているはずなのに、その存在感が希薄に感じた。

 異変はそれだけではなかった。まだ陽は高い。本来なら風が吹き、鳥が飛び、虫が鳴いているはずの風景にそれらの音は一切しなかった。隣にいるはずの、お互いの気配さえも、気を付けないと見過ごしてしまうほど希薄だった。

 三人は、すぐにこれと似た現象に思い当たる。数か月前、キーエリィウスが襲われる直前、クリーチャーと思われる存在と遭遇した時のことだ。その時も、周りの気配や音の一切が消え、そこだけ違う空間に迷い込んだかのような錯覚に陥ってしまった。

「また閉鎖空間かよ。」

 ベットは一人毒づくが、その声が他の二人に届いたかは定かではない。これ以上の少しの異変も逃さない様、最大限警戒をしていると、三人の目の前に一体の大きなリザードマン型のクリーチャーが姿を現した。ベットはその姿に見覚えがある気がして、記憶の中を必死に掘り起こそうとする。そんなことをしているうちに、クリーチャーが口を開き、喋り始めた。

「け、けんk…ゆう……す。る……ぞ、う…しょく。す、る、ざい、り……よう。も、ら……う。」

 以前、聞いた声と比べると大分人間が理解しやすい声と言葉になっていた気がする。が、その言葉の意味を理解するには至らない。何といっているのか理解をしようと頭を巡らそうとする前に、クリーチャーが行動を開始した。

 動き出したかと思った次の瞬間、気が付くとクリーチャーは目の前に居た。既に腕を振りかぶり、攻撃の体制に入っている。ロイとベットは殆ど条件反射で迎え撃った。

 本来なら、金属同士が激しくぶつかり合う、ひどく耳障りな音が響くはずだが、その音も一切しない。ロイとベットがそれぞれ斧とランスで攻撃を受け止めているはずだが、いまいちその感触を掴みづらい。

 感触が消えたと思ったら、クリーチャーは既に次の攻撃の動作に移っている。ロイとベットは、それに遅れないように、今までの経験や勘を総動員してかろうじて反応し、対応している。本来なら見えているはずの目の前のクリーチャーの動き、気配、風の流れや音などが全くあてにできないのだ。注意深く見ているはずでも、気が付くとクリーチャーの攻撃動作を見逃している。慌てて攻撃を迎撃するという動作を繰り返す。何と戦い辛い状況だろうか。

 ロイとベットはお互いに連携を取ろうとするが、気配すら読めない状況の為、それも上手く叶わない。皆、必死に五感を研ぎ澄まし、対応する。ロイは斧を振り、ベットはランスを払った勢いでクリーチャーとの距離を取る。ちょうど二人がクリーチャーを挟み、対峙した状態となる。

 お互いに視界に収まる位置に立てたため、目でお互いのタイミングを取り、今度は仕掛ける為に駆けだす。ロイは攻撃範囲に入るなり、腰を捻ると、斧とは思えない速度でクリーチャーの下半身に向かって、片手で切り付ける。クリーチャーはそれを上へと飛んで回避する。そこへベットは、クリーチャーの上昇している途中の身体めがけ、渾身の力を込め、ランスを突き出した。

 二人の絶妙なコンビネーション。ここは砂漠にある研究所から出たばかりの場所。上空には掴めるような足場になりそうなものは何もない。空中にあるクリーチャーの身体は、空を自由に飛ぶことが出来ない限り、回避不可能だ。


 ―――これが決まれば、まさに会心の一撃。


 だが、ベットの放った一撃は、クリーチャーの身体を捉えることはなかった。目前に迫ったランスに向け、クリーチャーは拳を振り下ろした。その拳は、寸分たがわずベットのランスの穂先に命中する。上昇から下降へと転じたクリーチャーの、恐らく全体重がその拳から、ランスへと伝わる。そして、ベットが放った一撃は、空を切ることすら許されず、地面へと向きを変えられ―――。


 そのまま、地面へと勢いよく突き刺さった。


 ベットはランスを手放し、勢いのままクリーチャーから距離を取り、すぐさま剣を抜く。ロイも斧を振り回した勢いに逆らわず、一回転してからクリーチャーとの距離を取った。ちょうど、ロイとベットは場所を交換した形となった。


「やばいな。」

 ロイの口から、思わず弱音が漏れる。ただでさえやっかいな状況だというのに、相手にしているのはこの上ない強敵だ。とても本能のまま行動しているとは思えない。言葉を操つるだけの知能を持ち、一つ一つの行動に対して意味のある対応をしてくる相手。明らかに今までのクリーチャーと違う。ロイたちの置かれている状況を理解したうえで、それを利用した戦い方をしている様だった。

「どうすれば良い……。」

 ベットの頬を、冷や汗が伝う。ロイと放った、コンビネーションからの会心の攻撃は封じられたうえ、ランスは今手元にない。クリーチャーの足元に突き刺さっている。とりあえず剣を構えているが、これでは目の前のクリーチャー相手に、どこまでやりあえるか怪しかった。


 クリーチャーと対峙してどれだけの時間が過ぎたのだろう。一瞬だったかもしれないし、かなりの時間が過ぎたようにも感じる。極度の緊張と、必死に思考を巡らせ続けている所為で、正確な時間の経過まで把握できない。


 ―――気配も、音もない世界。そこで、クリーチャーが動きを見せた。


 地面に突き刺さっている、ベットのランスを片手で引き抜くと、ベットに向かって投げつけた。見た目のゆったりとした動作からは、想像も出来ないほど勢いで飛んできたランスを、ベットは全力で剣を振り抜いて弾いた。両手を重い衝撃が走る。このままクリーチャーに仕掛けられたら、捌くことが出来ない。ベットが焦りを見せたその瞬間、クリーチャーはまた思いもよらない行動をとる。


 大きく跳躍すると、ベットの上を通り過ぎ、遥か遠くに着地する。自分が圧倒的有利な状況だったにも関わらず、そのまま逃走してしまった。その行動に、呆気にとられるロイとベット。だが、次の声を聴いた瞬間、自分たちが迂闊だったことを思い知らされる。


「ざ、い…り、よう。い、た、だ……い、た。も、う。ような、し。」


 声が聞こえたあと、それまで何も感じなかった空間に、気配が戻る。そして、クリーチャーの言った言葉の意味を知る。


 辺りの気配、音が聞こえるようになって、ぐるりと周りを見回して、気が付いた。クシーが、目に見える景色から姿を消していた。

「クシー!?」

 ロイとベットはクリーチャーと、クシーが近くにいないかを注意深く探るが、

一切の気配がしない。


 今一度、クリーチャーとの戦闘を思い返す。ロイとベットが一体のクリーチャーを相手にしている間、クシーは何をしていたのだろうか?てっきり他のクリーチャーを相手にしているものと考えていたが、それは間違っていた。では、クシーは一体どこへ行ってしまったというのか?そういえば、クリーチャーと思われる声は何と言っていただろうか?


「研究、材料……。」


 嫌な響きしかしない言葉を、ベットは口に出す。恐らく、クリーチャーとの闘いは囮で、クシーをさらう事が目的だったのではないか?だとすると、クリーチャーが出した言葉から推測される内容は、恐ろしい結果しか導き出さない。それらがゆっくりと頭の中に染み渡り、意味を理解する。嫌な汗が、ベットの体中から噴き出す。


 ―――落ち着け。どうすれば良い?


 必死に考えるが、良い解決方法は見つからなかった。自分の思考の殻から出て意識を外に戻すと、ロイは辺りの捜索をしていた。だが、そんなことでクシーが見つかるはずもない。暫く様子を眺めていると、ロイは出てきたばかりの研究所に足を向ける。

「ロイ、何のつもりだ?」

「クリーチャーと、クシーの手掛かりを探す為だ。クシーの手がかりは絶望的だが、クリーチャーに関するものはあるかもしれない。机の並んでいたフロアとか、見逃している可能性は大いにあるしな。」

 お前はどうする?と聞かれ、ベットはロイの後に続いた。


 少しでも手掛かりを見つける為、二人は研究所の中へと引き返した。

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