始まりの場所
地下にある部屋のわりに、暗くはなかった。地上にある部屋と変わらない。むしろ明るいくらいで、陽があるうちならまだしも、暮れた後も行動するのに不自由ない明るさが保たれている。
何も無かった上の階とは違い、地下の部屋には色々なものがあった。雑然と並べられた数え切れない机。これだけの人数でチームを組んで、一体何をしていたのだろうか。机の上に散乱している紙。何かの資料のようで、細かい文字でびっしりと埋め尽くされている。同じく机の上に置かれている大小様々なガラス容器。何かの液体が入っていたが、完全に干からびてしまっている。今ではただ、色とりどりなガラス容器の群れになっている。部屋の奥にもまだ何か別のものがあるようだが、入り口からは物の陰になっていてよく見えない。
何かを研究していたのだろうが、今はもう使われていないらしい。だが、どこを見ても埃を被っている様子はない。使われなくなってから、そんなに時間が経っていないのだろうか。そんな部屋の中をロイ、ベット、クシーが何か手がかりは無いかと探し回る。
「一体、何を研究していたんだ?」
ベットが机の上に散らかっている紙切れを手に取る。そして書かれていることを読もうとして、表情を強張らせた。慌てて残りの散らばっている紙も集め、それらも読み始める。専門用語なのか、意味の分からない言葉ばかりで書かれている内容は殆ど分からない。殆ど知っている単語だけを探して、そこから推測できる範囲で内容を想像するしかない。だがそれでも読める所だけを目で追っていくと、その中に『クリーチャー』という言葉があったのだ。そして紙切れの中には、『クリーチャー』が頻繁に書かれている。ここでクリーチャーに関する何かを研究していたというのだろうか?だとすると、ここを探せば謎だらけのクリーチャーについて何かが分かるかもしれない。この遺跡を守っていたクリーチャーについてもそうだ。全身が鉄のようで、とても生き物とは呼べないような生態をしていたクリーチャー。その体を貫いたというのに、そこからは血の一滴すら流れることはなかったのだ。それらについて何か調べられてはいないのだろうか?
ベットは手当たり次第机の上にある紙をかき集め、それらに自分の欲している内容が書かれていないか探しだした。
部屋の手前では、ベットが何かに憑かれたように机を調べ始めていた。自分も一枚紙を取って見てみたが、何が書いてあるかさっぱりだった。こういうのは詳しい奴が調べればいい。ベットならここで何をしていたか、紙の内容からある程度は調べてくれるだろう。
まずは自分の出来ることをする。ロイは部屋の奥を調べることにした。部屋の入り口からは陰になっていて見えない場所。窓が無くても部屋が明るいはずなのに、奥のほうは暗がりになっていた。嫌な空気が漂っている、とロイは感じた。何故かそこだけ空気が澱んでいるような気がするのだ。
誰もいないはずだが、あくまで慎重に近づく。一歩、二歩と進むにつれて辺りを漂う空気が重く、濃くなっていく。一体、何があるというのだろうか?そもそもこの場所、遺跡自体が普通ではない。そこの知れない何かが隠されている気がしてならないのだ。以前シーズが使い、一瞬のうちにクリーチャーを燃やし、灰へと返してしまった杖……リンフィスが遺したものと、この場所は同じ臭いがするのだ。普通に考えたら存在しえないものと、それを臭わせる場所。何故、リンフィスはあんなものを持っていて、隠していたのか。ここを調べることでリンフィスが何をしていたのか分かるかもしれない。
足を踏み入れて最初に感じたのは、微かに漂う腐臭だった。生き物の死体などが放置されていたらこんな臭いがするのかもしれないが、だとしたら、もっと酷い臭いが部屋全体を満たしているだろう。もしかしたら、食べ物などのゴミが置かれていたのかもしれない。それでも結構な臭いがするはずだが、長い間放置されていている間にその臭いが薄まっているのかもしれない。周りを見ると、部屋の手前の空間よりも随分と物々しい。目の前には、そこで解剖をするために使っていたのか、人ひとりが寝るには大きすぎる台があった。さらに奥にはどんな生き物を収容していたのか、かなり大きな檻が所狭しと並んでいた。ここは何らかの研究施設らしいことは分かるが、実際に実験も行っていたらしい。それも、生き物を主体とした実験を。なるほど、腐臭がするのも頷けた。
ロイはさらに奥へ向かった、檻が並んでいる所へ。中には何がいて、どんな研究をしていたのだろうか。そんなことを考えながら、檻のひとつの前で立ち止まる。中には当然、生き物はいなかった。代わりに、かつて生き物であったものがそこにはあった。一言で表すと白骨化した生き物の残骸。だが、それは普通の生き物のものではなく、クリーチャーのものだった。
「ロイ、何か見つかった?」
クシーが薄暗い中を警戒しながらやってきた。辺りを漂う腐臭に顔をしかめながら、檻の中を一つ一つ伺っている。恐らく中にあるものは見えているだろう。だが、クシーには驚く様子も、慌てる様子も無かった。どちらかと言うとこれで納得したといった様子だ。
「クリーチャーを飼ってた様だな。」
クシーはええ、と頷いた。
「ここは研究施設よ。クリーチャーの生態を研究するために作られた、世界にいくつかある中の一つ。もっとも、ここは少し特殊なことをしていた様だけど。」
「特殊?」
「向こうにある資料を見る限り、生態を研究するよりも、クリーチャーを使って何かの実験をしていたみたい。あまり誉められない様な研究を。」
ベットはまだ向こうを調べているらしい。クシーはその内容を確かめるために来たようだ。
「研究、ね。こいつらを使って一体何を作り出したかったんだ?」
その言葉に、クシーは少し驚いた。
「作るって、何か知ってるの?」
「ここにあるものを見て、何となくそう感じた。ただ生態を調べるだけの施設とは、雰囲気が違ったしな。」
それに、と呟きながらロイは自分の目の前の檻をあごで示す。
示した先は、ぽっかりと穴が空いていた。檻が並んだ一番奥、突き当たりと思われるその場所には、分厚い鉄の壁が手前に向かって大きく口を開けていた。さらにその奥には他の檻と変わらない広さの空間があり、そこで行き止まりとなっていた。
ロイが穴の開いた壁を軽く叩く。ゴオンと低く重たい音が響き渡った。とてもじゃないが、どうやっても形を歪めることは出来そうに無い。一体どうやってこんな状態になったというのだろうか。やはり、この中に入っていたと思われるクリーチャーの仕業か。中の空間の広さは、せいぜい人より一回りくらい大きい動物が入れる程度。そして、大きく穴の開いた壁は、人の頭と同じくらいの厚みがある。この中に納まるような生き物が、果たしてこんな分厚い鉄の壁を破ることが出来るのだろうか。いくら他の動物と比べて常軌を逸しているクリーチャーとはいえこんなことが出来るとしたら、それは生き物としての枠を超えてしまっているのではないだろうか。
「神でも創るつもりだったのかよ。」
ロイはそんなことがあってはならない、と心の中で呟いた。そんなことをしてはいけないのだ、と。
クシーが隣に立ち、その異様な光景を眺める。そして体を震わせた。きっと恐怖を覚えたのだろう、こんなことが出来る生き物に対して。そしてそれが、恐らく創り出されたであろう生き物であることに。そんなものを創り出した者達に対して。
「ねえ、これ……。」
クシーが何かに気が付いた。下に、錆びたプレートが落ちていた。手に取り、それを読む。
「ヴォルドワードシリーズ?えぇと、なんて読むのかしら。」
そこには、かすれた文字でこう書かれていた。
type:humanoid
name:sheze
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