操られる生命
―――なんでアニメイテドが?
それは、純粋な疑問だった。ここに居るはずのないものが居る、動けるはずのないものが動いている。それが意味するところは、目の前の遺跡に何者かが居て、アニメイテドに指令を出している……。その人物は一体何者だろうか?
それまで、ベットはクリーチャーとは距離をとり、クリーチャーの動きを観察していた。対象を炎に包んでしまう不可思議な攻撃は、ロイが一定時間以上とどまっている所にしか放たれていないらしい。どうやら、一箇所にとどまるような事が無ければ怪しい攻撃の餌食になることは無さそうだ。
「クシー、援護を頼む!」
ずっと様子を見ていたベットが、クシーに声をかける。クシーは了解と返し、ボウを構えなおした。だが、後ろから狙って撃った矢も打ち落としてしまうような相手に、どのような攻撃が通じるというのだろうか?不意打ちはまず無理だ、見えていない場所からの攻撃が通じないのだから。では、同時攻撃か。一度に、また断続的に処理しきれない攻撃を加え続ければ、もしくは……。
狙いを定め、矢を放つ。すばやくに位置を変え、すぐさま次の攻撃を加える。クシーは出来る限り広い角度から、断続的に攻撃を加え続ける作戦だ。ベットはクリーチャーへと一気に間を詰め、ランスのギリギリの間合いから突きを放つ。ベットの攻撃は耳障りな音を立て、クリーチャーの体にはじかれる。まるで鉄の鎧を纏ってるみたいだった。でなければ、岩の塊が動いていると考えるべきか。
「そいつには”刃”が立たない!」
ロイがベットに叫ぶ。ロイは未だクリーチャーに標的にされている。クリーチャーにとってベットとクシーは二の次のようだ。だが、それはチャンスだ。まだ暫く、ロイには標的のままでいてもらった方が良いだろう。自分が標的にされないよう、一旦クリーチャーとの距離をとる。
「さて、どうするか……。」
考えながらもクシーがボウで矢を放つ間に、ベットはランスによる攻撃を加える。クシーとベットは、クリーチャーに対して絶え間なく攻撃を加え続けていた。ダメージを与えられているようには見えないが、標的にされているロイの援護にはなる。考える必要があるとはいえ、手を休めるわけにはいかなかった。
それは実際、かなりの効果があったらしい。クリーチャーが不可思議な攻撃を始めてから、ロイは避けるのに精一杯だったが、今はこちらが優勢だ。ロイもクリーチャーが攻撃するタイミングが掴めてきたのか、避けているだけでなく反撃を試みている。いくら常識外れの能力を持つクリーチャーとはいえ、三対一では流石に処理仕切れなくなっているのだろう。このまま押し切ることが出来れば、何とかできるかもしれない。そう思い始めたときだった。
「あっ。」
クシーが手元を滑らせ、照準が外れた状態で矢を放ってしまう。そんな攻撃が当たる筈もなく、当然のことながら矢はクリーチャーを素通りする。そして、ロイの足元へと突き刺さった。ロイは突然の、予想外の攻撃に足をつまらせた。急に踏みとどまったことで周りに砂が舞い上がる。風が吹き、その砂埃はクリーチャーに向かって流れた。
「くそっ」
ロイの視線はクリーチャーへと固定されていた。標的にされているロイには、同じ場所に留まっていれば攻撃の格好の的となってします。さらにその攻撃は、正体不明の攻撃だ。どんな攻撃かわかっているならば、まだ対処のしようがある。だが標的とされたものが不意に燃え上がらせるというのは、どんな仕掛けがあるというのか。対象を固定してから一定の間があるらしく、本能のままに避けることでかわす事が出来ている。だが体勢を崩し、一瞬でも踏みとどまってしまった今度はよけることが出来るのか……。ロイは苦し紛れに、転げて場所を移動した。
だがクリーチャーからの攻撃は無かった。正確に言うと、クリーチャーは標的とするロイを見失っていた。先ほどまでロイが立っていた場所を向いたまま、動きを止めていた。しかしそれも一瞬のことで、クリーチャーはすぐにロイを補足した様だった。ロイが訝るが、考えをまとめる時間は無い。クリーチャーの攻撃は再開された。
「砂を撒き上げて、視界を塞いで!そうすれば、クリーチャーは敵を補足出来なくなる!」
突然クシーが叫んだ。今起きたことを観察した上で導き出した結論だろう、確かにそのようだ。試しにロイが剣を振って砂を巻き上げ、クリーチャーの視界を塞ぐと、クリーチャーは途端にロイの姿を見失ったように動きを止めた。ロイから見て、クリーチャーの姿は見えている。少なくとも、人と同じ機能の”目”を持っているのならばロイの姿を見失うことは無いだろう。どうやらこのクリーチャーはあまり眼は良くないようだ。
これまでの作戦を変更し、直接攻撃による波状攻撃を止め、クリーチャーの視界を塞ぐことに勤めた。そうすることによってクリーチャーは標的を見失い、動きを止めざるを得なくなる。そして動きを止めたクリーチャーは……。
「格好の標的だな。」
ベットが呟き、ランスを逆さに持ちかえて跳ぶ。そして柄を下に向けたまま、ランスに全体重を掛けて―――
耳障りな、激しい衝突音が響き渡る。ベットが地に降りたとき、ランスは脳天からクリーチャーを貫き、大地へと突き立っていた。辺りに自分の欠片を散乱させ、地面へ縫い付けられた体を必死に動かそうとする。だが、クリーチャーはその場から動くことができない、当然だ。自身の体をランスに貫かれているはずなのに、しかしクリーチャーは血を流すことはなかった。それどころか、脳天を貫かれているはずなのに、動き続けてすらいる。だがさすがに致命傷だったのか、暫くの間足をばたつかせていたが、やがて動きを止めた。
周りに飛び散ったクリーチャーの欠片―――それらは金属質で、肉片とはとても言えない―――は、今まで動いていた、生きていたものとは思えないほど無機質なものだった。どうすればこのような生き物が存在するというのか、それはクリーチャーの一部だったというのに、金属や石だけであった。そして、それ以外のものは一切無く、それが生きていたことなど微塵も感じさせなかった。本体からも、今まで動いていたのが嘘だったかのような感じがする。そう、クリーチャーからは生命としての温もりを一切感じさせることが無かった。
「こいつは、生きていたんだよな?」
まるで、今まで動いていたことが信じられないという感じでベットが確認する。だが、それに答えられるものはそこには居ない。居ないはずだった。
「……そういう”モノ”なのよ。」
それは誰の呟きだったか、だが、誰の耳に届くことも無かった。
「これが遺跡、か。」
ロイが見上げた。別段巨大なわけではなかった。だが、妙だった。木なら朽ちているだろう、土や石なら風化して崩れているだろう。長い時を経たモノは原型を留め続けることは難しい。だが今目の前に見るものは、そんあ長い間存在していたような形跡を見せていない。
高さはそれほど無く、軽く見上げればてっぺんが見えた。ロイたちが普段目にする家と大して変わらない。外壁は垂直に切り立つ崖のようで、視界いっぱいに広がり、首を真横へ動かすことで端が見えた。そしてその壁には継ぎ目が無い。石で出来ているような質感だったが、石で作ったとして継ぎ目を完全に消し去ることなんて出来るのだろうか。土を使えば継ぎ目を消すことが出来るだろうが、土で作った家に見る独特な温もりは感じられなかった。先ほどのクリーチャーの様に、どこまでも無機質に感じられた。その遺跡は周りの景色に溶け込むのを拒むように、突然そこに現れ、そこだけ別な空間にあるように存在していた。
入り口はすぐに見つかった。扉らしきものを開けて中に入ると、そこは広い空間が広がっていた。窓や天窓があるわけではないのに、遺跡の中は明るかった。
「ここに何かあるようには見えないな。」
ベットが率直な感想を述べる。ただ漠然と広がるそこは、だだっ広いだけの空間に見えた。だが、それでも遺跡だ。そこに何があるかは見た目で判断出来ない。ロイ、ベット、クシーの三人は、手分けして何か無いか調査を始めた。
どのくらいの時間調べただろうか、外では高かった陽は既に沈み、夜の呈をなしていた。だがロイたちが居る空間はそれでも調査に支障をきたすようなことは無かった。外の明るさとは関係なく、中は明るいままだった。だが、何も見つけることは出来ていなかった。もうそろそろ諦めようかと皆が思い始めていたとき、クシーが声を上げた。
「あったわ、ここよ。」
ロイとベットが振り返り、クシーのいるところを見ると、そこには壁にぽっかりと穴があいていた。ロイもベットも一度は調べたそこは、ただの壁でしかないはずだった。
「どうやら偽装されていたみたい。何か秘密にしておきたいものが隠されているのかも。」
クシーは考えこむような仕草で言った。その穴の先には、細い道が続いている。だが外に出たわけではない。三人はとりあえず奥に進んでみることにした。
奥には、先ほどの空間ほどではないが広い部屋があった。そこには無数の机と、その上には山ほどの紙が散らばっていた。とても遺跡とは思えない、つい先程まで人がいたといってもおかしくない雰囲気が漂っている。だがそこに人は居なかった。埃がかなり積もっていることを考えると、それなりに長い時間放置されているようだった。
「遺跡、と言うほど古いものじゃなさそうだな。」
ロイは言う。それにベットも頷いた。
「ああ、色々調べる必要がありそうだな。」
それから、ロイたちはそこに暫く居座り、調査することを決めた。
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