翻弄された運命は収束する
欠けた群れ
「シーズ、体冷えるからもう行こう?」
ロイたちが去った後も、ずっとそこに佇むシーズにランダが声をかける。シーズは静かに頷くと、ランダと共にルシリア達に村へと案内された。
ルシリア達が住んでいるのは、森をさらに奥に進んだところにある、アルベラという村だった。ルシリアと一緒にいたクリーチャーは、タヌーアというらしい。ルシリアに弱いらしく、怒り気味のルシリアに殆ど言いなりの状態だった。村にはタヌーア以外のクリーチャーも住んでいて、彼らもタヌーア同様に人の言葉を話すことが出来た。もちろん人間も住んでいて、一番に出迎えてくれたエイは、まだ中年だがその村では一番年を取っていて、ランダとシーズを村長として歓迎しくれた。
アルベラの村は人とクリーチャーの数が半々で、互いにいがみ合うことなく、まさに共存しているようだった。村は穏やかという言葉がぴったり当てはまるような雰囲気を全体に漂わせていた。まるでそこだけ切り取ったかのように、時間の流れがゆっくりと流れているようにも感じられた。そんなアルベラの村がランダには懐かしく感じ、平和そのものを体現しているようなこの村で、ずっと暮らせるのならそれも良いのかなと考えていた。
もちろん、シーズと一緒に……。
その日はエイを始めとする村の人たちに、挨拶を兼ねた歓迎会の席が用意された。話してみると村の人もクリーチャーも気さくで、すぐに馴染むことが出来た。タヌーアだけは、出会いが出会いだっただけに警戒の姿勢を崩さなかったが……。そんなタヌーアの態度に気づいたルシリアは、正座させて叱っていた。自分の倍はあろうかという異形の巨体を叱る少女というのは、とても奇妙でおかしかった。ランダは、久しぶりに心から笑ったかもしれない。とても居心地の良い場所だった。
長旅で疲れているだろうと、歓迎会は早々にお開きとなった。夜はまだ更けて浅い時間で、特に眠くもないランダは、外に出て夜風に当たっていた。すると、同じくまだ眠れないのか、シーズがやってきた。
「ランダ、隣いい?」
草の上に腰を下ろしていたランダの隣に、返事を待たずにシーズは座った。ランダも何も言わなかった。
「ランダは、クリーチャーが嫌い?」
シーズは問いかけた。それは、ロイ達と別れてからずっと考えていたことだった。
ランダはクリーチャーに自分の村を奪われた。親を奪われた。友人を奪われた。全てを奪ったクリーチャーが憎い、そう思っていた。それは、これから一生変わることのない憎しみだと信じて疑わなかった。だが、ルシリアと会って、タヌーアと会って、アルベラの村の住人と接して、心が揺れた。本当にクリーチャーが憎いのだろうか、本当に憎いのは何なのか、そう考えるようになっていた。
「憎い、筈だったけど…今はもうわからない。」
ランダははっきりとした答えが見つからず、今の心境をそのまま答える。
「エイ村長や、ルシリアさんやアルベラの村の人たちを見ていると、クリーチャーが悪い、憎いってはっきり言えなくなった。」
ランダは下を向き、雑草を見つめる。その中には、背の低い花も混じって咲いている。月明かりに照らされて咲いている花は、とても綺麗だった。
「私もね、クリーチャーが怖くてたまらなかったんだけど。」
シーズは一旦息をつく。
「今は、ロイが怖い。」
それは、ランダも思った。別れるきっかけとなったルシリア、タヌーアとの戦いの際、ロイはクリーチャーというだけで、話し合う余地がある相手に対しても問答無用で斬りかかった。クリーチャーという存在はすべからく悪で、そこに例外は認めない、そんな感じだった。それはベットにしても、クシーにしても意見は同じだという。本人の意見は訊いていないが、別れ際の表情を見る限りは、二人ともその意見で間違いは無さそうだった。
ランダは再び思う。ここで暮らせたら、と。
「ねえ、ここに……この村で、暮らすことできるかな?」
願わくばここが故郷に、ここが自分の村になりますように。
「僕達、ここで暮らしていけるかな?」
全て忘れて、幸せになれますように。
「シーズを、強くなって僕が守るよ。だから、ここで……。」
幼い恋心を、精一杯の勇気を持って、伝える。
「うん。」
そしてランダに向けられたシーズの笑顔は、初めての、そして一番の笑顔だった。
一年が過ぎた。
「ロイ、避けて!」
クシーがボウを構えつつ、叫ぶ。ロイはその声を聞くが否や左に跳んだ。クシーはロイが避けるのと、ほぼ同時に矢を放つ。そして、ロイが避けたあとに見えるものは……鉄の化け物。クリーチャー。クシーが放った矢は、鈍い、耳障りな音とともに弾かれた。クリーチャーが傷を負っている様子は無い。それでも、クリーチャーの動きを留めることが出来た。相手が怯んでいる隙にロイはクリーチャーとの距離をとる。ロイが安全な距離をとって、次の攻撃の機会を窺おうとしたとき、クリーチャーの目と思われる場所が光った。そして、一瞬だけ時が止まったかのような錯覚に陥った。―――光が、まるで狙ったかのようにロイの横を走ったのだ。
ロイは言い知れない危険を感じ、光と反対の方へ飛び退る。一瞬の後、ロイが立っていた場所にまた光が走った。音が聞こえるわけでもない、光が走った後に何かがあるわけではない。ただ、本能が危険だと知らせる。クリーチャーの目から出る光に当たってはいけない。そんな予感を信じ、クリーチャーの正面に立たないように立ち回る。クリーチャーの目が、また、光る。後ろでジュッと何かが焼けるような音がした。振り返ると、ロイがよけた先に生えていた木が、赤い炎を纏って燃え上がっていた。
信じられないことが起きていた。果たして一瞬の間に、一本の木が炎に包まれることがあるのだろうか。しかも、枯れ木でもないのに轟々と燃え盛っている。どのようにしたらこのような真似が出来るのだろうか?だが、ロイ達に深く考える暇は与えられなかった。
クリーチャーの目が放つ謎の光が、三度ロイを襲う。その光を、ロイは殆ど勘だけで避ける。そして避けた後の場所にあるものには、先ほどの木と同じ末路が待っていた。
「くそっ!」
毒づくロイ。だが、動きを止めることは出来ない。クリーチャーにに標的にされたロイは、一時も立ち止まることを許されない。動きを相手に予想させないよう、フェイントを交えながら立ち回る。
「悪い、ロイ。もってくれ!」
ベットが機会を伺っているが、中々攻撃の隙を掴めないでいた。後方からクシーがボウで牽制する。が、まるで見えているかのように、クリーチャーはそれらの全てを撃ち落としていた。
「何で?完全に死角を取っているはずなのに。」
クシーの言葉には、最早余裕がない。今まで見たことのないクリーチャー。とても自然に生息するものとは思えないその存在。クリーチャーとはそもそもそんな存在なのだが、今目の前にいるクリーチャーは、殊更に異形の存在であった。
遺跡らしきものが見えた。それは何時だったろうか。森を抜けて、草原の遥か向こうに人工物らしきものの影があった。
―――喋るクリーチャーが住む村、そこでランダと別れた。まさかシーズもランダと一緒に残るとは、ロイ、ベット、クシーの誰も思っていなかった。年の近いあの少年に感化されたのだろうか?それまではただ言われるがままに、ただ後をついてくるだけだったシーズが、初めて自分から反発の意を示したのだ。その意思が、もうロイ達とは行動をともに出来ないというものだった。
「……私も残る。」
小さい声とは裏腹に、そこからは強い意志が感じられた。ベットとクシーが、去り行くロイを追って歩きだした時だった。
「勝手にしろ。」
聞こえていないかと思えたが、ロイにはしっかりと聞こえていたようだ。冷たく、吐き捨てるように言い放ち、それきり何も言わず、ロイ達はランダとシーズを置いて森を抜けることにした。森の中で出会った少女―――確か、ルシリアと言ったか―――と一緒にいたクリーチャーは、追って来ることはなかった。
その後、何日もかけて森を抜けた。その間クリーチャーと遭遇することもなく森を抜けることが出来たのは、運が良かったからだろうか。もしかしたら、その森一帯があの少女とクリーチャーの縄張りとなっているのかもしれない。そして森を抜けた三人は見ることになる。遥か先にそびえる塔らしきものと、その下にあると思われる遺跡を。
塔と遺跡へ行くには大きな谷が邪魔をしており、真っすぐ進むことは出来そうになかった。辿りつくには大きく迂回し、谷を越えられる場所を探すしかない。そこに何かがあると確信したロイ達は、時間がかかったとしてもそこの遺跡へ向かうことを決心した―――。
そして一年、とうとう遺跡へと辿りつくことが出来た三人の前に、異形のクリーチャーが姿を現した。
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