表れる歪み

 それに最初に反応したのは、やはりシーズだった。

「クリーチャーがいる。」

 その呟きに、皆が鋭く反応する。シーズもまだ見えない相手に対して警戒をするが、いつものような恐怖感は抱いてなかった。


―――まただ、今度は何?


 感じたのは本能からくる衝動ではない。いつもならば、こちらを食料としか見てない、純粋な食欲や殺戮衝動を感じるのだが、今回は違った。今回の気配は警戒、こちらを天敵とみなし、それを威嚇しようとするような気配。生命として絶対的に優位なクリーチャーが、人間ごときを天敵としてみることが不可解で、恐怖を感じることなんか出来なかった。

「どこだ?」

 ロイが短くシーズに問う。それは質問するというよりも、確認をするだけのように聞こえた。クリーチャーの気配は近づいてきている。それはゆっくりだが、確実にこちらに近づいてきていた。ロイも既に気づいているのだろう、自分の感覚が正しいことを確認する為にシーズに聞いているのだ。

「正面から、ゆっくりと近づいてる。多分、もう少しで見え……。」

 シーズが言い終えるのを待たずに、大きな影が草の陰から飛び出した。影は、そのまま一番近いロイへと斬りかかる。そう、斬りかかって来た。ロイは素早く反応し、戦斧の背でその攻撃を受け止めようとして―――。

 ガギ、と鈍い金属音が響く。ロイは攻撃を受け止めていたが、ぎりぎり間に合ったという感じだった。両手で下から引き上げるような形で繰り出された戦斧。その戦斧が受け止めている剣の刃は、ロイの顔の寸前で止まっていた。

「武器を使うだと?」

 受けた体勢のまま顔をしかめて呻く。襲い掛かってきた影はクリーチャーだった。人の倍はある身体、爬虫類を思わせる四肢と顔、尻尾。ランダの村やキーエリィウスで襲ってきたのと同じ、リザートと呼ばれるタイプのクリーチャーだ。ただ今までと違うのは、人の丈はあろうかという剣を使っているということだ。

 道具を使う動物はいる。だが、手近にあるものを道具として使っているだけで、実際にそれが『道具』というわけではない。そして、何か行動の手助けとして使い、その目的を達成させる為に使う。その道具は使われる目的があるわけでは無く、意味も無い。使う道具に目的を持たせ、その目的通りに使うにはある程度知能が必要だ。だから本能のままに動いているクリーチャーが、道具を使うなんて無理だと思われていた。だがこのクリーチャーは殺す為の道具、剣を武器として使っている。それが導き出すものは―――。


―――こいつには知能がある。それも、人間並みの。


 ロイは心の中で舌打ちをする。相手が人間よりも優れた身体能力を持っていて、尚且つ少なくとも人間と同じ程度の知能を持っている。前者か後者、どちらかが人間よりも劣っていたのならば問題なかった、その劣っている部分を付け狙えばよいのだから。だがそれが無い場合は、弱点をついて戦わなければならない。もしくは……。

 ロイは飛びずさりながら戦斧を払って剣から逃れる。十分な距離をとろうとするが、クリーチャーはそれを許そうとはしなかった。

「シーズ、数は?」

 襲い掛かってくるクリーチャーを迎撃しながら、ロイは叫ぶ。一対一で敵わないのならば、多対一にすれば良い。このクリーチャーが今いる一体だけならば、まだ勝機があるというわけだ。

「多分……。違う、この人だけ。」

 声を大きくしてロイに伝える。他に気配は無かった。今、この場に他のクリーチャーはいない。シーズの言葉を聴いて、ロイは声を上げた。

「よし、こいつを囲むんだ。」


 シーズを庇うようにしてランダ、ロイとベットとクシーの三人でクリーチャーを囲む。クリーチャーは自分が囲まれたことに気づいたのか、ロイに仕掛けていた攻撃をいったんやめ、三人との距離を一番取れる位置に立つ。そして、唸りながら三人に等しく警戒の目を配る。

「やりづらい奴だな。」

 ベットが呟く。クリーチャーなら大抵、囲まれようが一つ標的を絞って襲い掛かってくる。他に気を配らないのは危険だが、他の動物では到底及ばない身体能力を持つクリーチャーにとっては、一つの獲物を狩った後からでも十分に対処できるのだ。そこに付け入る隙があるのだが、このクリーチャー相手には無理みたいだ。こうなったら数に任せて押して、そこで隙を見つけるしかない。ベットはロイとクシーに目配らせすると、タイミングを合わせて駆け出した。

 クシーが放った弓をかわし、ロイが勢いをのせて振り上げてくる戦斧に対して、持っている剣を振り下ろして迎え撃つ。重い、金属同士のぶつかり合う耳障りな音が響く。ロイが放つ渾身の一撃をやすやすと防ぐ、しかも剣を握っているのは右手だけ。対してロイは両手で戦斧を振るっている。だというのに、ロイは押されてすらいる。力の差は歴然だった。

「調子に乗るなよ。」

 ロイがクリーチャーと打ち合い、クシーが弓で牽制して動きを止めている。ベットはクリーチャーの死角へ回り込み、ランスを繰り出した。そしてランスはそのまま、クリーチャーの急所へと吸い込まれて―――。


「だめぇっ!」


 その突然の声で、クリーチャーはベットの攻撃に気づいた。声の方を向いたクリーチャーの視界に、ベットの姿と攻撃が入ったのだ。例え気が付いても、そこから防ぐことは不可能だろうと思われたベットの突きは、クリーチャーが放った尻尾で強引に打ち消された。

 尻尾による攻撃は急所を狙うランスだけでなく、ベットごと派手に吹き飛ばす。ベットの身体は、まるで木の葉が舞うように吹き飛ばされた。

「ベット!」

 クシーが吹き飛ばされたベットの元へと駆け寄る。ベットは咄嗟に衝撃を殺したらしく、一応無事だった。それでもダメージはかなりあったらしく、立ち上がるのもやっとのようすだ。ベットはクシーに大丈夫だと言い、再びクリーチャーへ意識を向け構えをとる。クリーチャーは尻尾だけでなく、空いている手で一緒にロイにも攻撃をしていた。だが、ロイは身を引くことで攻撃を上手く回避していた。

 再び距離をとる形となり、互いに睨み合う。クリーチャーも様子を伺うだけで自分から手を出そうとしてこない、一筋縄ではいかない相手だと理解しているかのようだ。ロイが体勢を低くとる、もう一度仕掛けることを目で二人に告げ、飛び出した。

 ベットがロイとタイミングを合わせて駆け出す。クリーチャーに対して二人で連撃を加えていく。ロイの戦斧とベットのランス、まったく違う二つの攻めに加え、威力が弱いとはいえクシーの弓がクリーチャーの動きを牽制する。さすがのクリーチャーも、三対一の戦いでは苦戦を強いられている。このままいけば、クリーチャーの隙を付いて倒すのもそう時間は要らないように見えた。

「クソッ」

 それは誰の言葉だったか、誰の言葉でもなかったのかもしれない。言葉そのものであったのかも怪しかった。その『声』が聞こえたかと思うと、クリーチャーの身体が沈んだ。そして次の瞬間にはロイとベットの遥か上を跳躍していた。

「なっ!?」

 ロイとベットは呆気にとられる。戦っている最中の相手が、こちらの攻撃を防ぎながらいきなり跳ぶなんて誰が想像するだろうか。全く予測していなかった行動に、二人とも動きを止めてしまった。クリーチャーはそのまま二人を越え、クシーの目の前へと着地した。その巨体からは想像も付かないほど静かに降り立つ。そして目の前にいるクシーに対して腕を振り上げ、一気に落とす。

「ひっ……。」

 クシーは完全に固まっていた。クリーチャーが跳んだと思ったら、次の瞬間には目の前に巨大な影を落としていた。クリーチャーが視界いっぱいに広がり、それは今まさに自分を標的に腕を振り落として……こなかった。

 ドンッという音と共に、地面が揺れた。クリーチャーが振り下ろした腕が、地面を直撃したのだ。それは後ろに、クシーの元へ着地したクリーチャーを追ってきたロイとベットへ、土の塊を飛ばす。それと同時にクリーチャーはまた跳躍し、あっという間に姿を消してしまった。


 ランダは、何か違和感を覚えていた。何故だかはわからない、何かが変だった。何かと問われれば、それは今回現れたクリーチャーがおかしかった。昨夜からクシーがおかしかった。そして、今はシーズがおかしかった。何故だろう、少しずつおかしくなっている、狂ってきてる。自分の中で、違和感がどんどん大きくなっているのだ。

 さっき、ロイとベットにやめてと叫んだのはシーズだった。クリーチャーが姿を消す前に聞こえたはき捨てるような言葉は、クリーチャーが吐いたものだった。クリーチャーを殺そうとするのを止めるシーズ。言葉を使い、武器を使っていたクリーチャー。頭が混乱している、とても理解しきれない。

 違和感の答えを、もしかたら既に知っているのかもしれない。ランダは以前、この答えを聴いたような気がしたが、思い出せなかった。

 乾いた音が響いて、ランダの思考はそこで中断した。後ろからしたその音に振り返ると、ロイがシーズの前に立ち、シーズは自分の頬を押さえていた。

「何故あそこで止めろと叫んだ?」

 ロイの言葉は、温度があるのかというくらい冷たく、棘のあるものだった。シーズは、今自分がされたことが信じられないといった表情でロイを見上げる。

「お前は誰に味方するつもりだった?」

 訊いてはいるが、それは質問ではなかった。事実から辿った自分の考えを確認するための言葉。

「俺はクリーチャーを殺す為にいる。」

 ロイはそう言い切った。その言葉に、シーズはハッとした表情をする。ロイは言葉を続けた。

「俺はクリーチャーを許さない。俺から……人間から、大切なものを簡単に奪っていくような奴らを許せないんだよ。もしクリーチャーを庇ったりするような奴がいるなら、俺は躊躇わない。一緒に殺す。」

 シーズはペタンと、地面に崩れ落ちる。ロイが放つ殺気に、彼が本気で自分を殺そうとしていることがわかったのだ。ロイの目は冷たく、暗い。まるで敵を見るような目で、シーズを見ていた。

「次はないぞ。」

 ロイは最後にそういうと、シーズから離れた。


―――何故?


 自分から去っていくロイを見ながら、シーズは心の底が冷えていくのを感じた。

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