安らぎの場所
―――そこは森の中。
砂漠との境目から入ってそんなにしない所に、大きな泉があった。そのほとりへ、ランダ達はロイに先導されて来ていた。
「綺麗。」
泉の様子を見て、クシーが思わず言葉を漏らす。うっそうと茂る木々の中、それらを切り取るかのように大きく広がっている泉。その水は澄んでいて、底の様子が透けて見える程だ。中に魚が泳ぐ様も見て取れる。泉の周りには穏やかに、しかしその存在を主張するかのように花々が咲き乱れている、まるで見るものを魅了するかのように。ここに来た者はまず間違いなく、心を落ち付けて休もうとするだろう。この泉の存在は、そこにあるもの全てを癒す為にあるかの様だった。
ロイとベットが辺りを確かめてから荷物を降ろす。それにならってクシーとランダも自分の荷物を置いた。
「この泉で汗を流すといいだろう。疲れも充分とれる。」
それだけ言うと、ロイは降ろした荷物から最小限度の手荷物を取り出し、やる事があるからと、立ち去ってしまった。
「こんな時ぐらい休めばいいのにねぇ。」
ベットが倒木に腰をかけながら呟く。どうやら皮鎧などを外して、軽装備になるようだ。
「何か、ここ数日ロイの様子おかしくない?」
クシーが思うように言う。それに対し、ベットは真面目すぎるんだよと軽く流した。
「ロイも泉に入って休めばいいのに。」
シーズが服を脱ごうとしているのを見、ランダは慌てて顔をそむける。その様子に気付いてクシーがベットに向かって言う。
「ベットは見張りをして!そこら辺を見張っといて、覗きがいないかね。」
居る筈無いだろう、と言いながらも面倒くさそうに立ち上り、クシー達に背を向ける。
「ほら、ランダも!それとも着替えを覗きたいわけ?」
少し冷たい口調になってランダに言う。実際に責めているとか、そう言うわけではないのだが、これがクシーの性格のようだ。ようはこれからクシーとシーズが泉に入るから覗きをするな、と言いたいらしい。
「い、いいよっ!そんなもの見たくないから!」
ランダは顔を赤くさせてその場を立ち去った。その様子を見て、ベットが笑う。
「そんなものだとよ?」
軽く振り返ろうとした途端、こぶし大の石がものすごい勢いでベットの後頭部にヒットする。石の直撃にベットはその場にうずくまってしまった。
「こっちを見るんじゃないの。」
クシーの静かだが、恐ろしいほどドスの聞いた声に、シーズが脱いだ服を胸元に抱えてビクビク震えていた。
「あの子も、たまに人のプライド傷つくようなことを言ってくれるじゃない。」
呟くクシーのこめかみには、青筋がたっていた。
ロイは森の中、少しだけ開けた所に来ていた。小屋が一軒、そこにそのまま建てられそうなほどの広さを空けて、木が避けて茂っていた。いや、昔は茂っていたのだろう。そこは先日の森の入り口と同様、やはり人の手が入っているようだった。随分と踏み固められており、申し訳程度の草が生えているだけで、そこだけ土が露出していた。
その開けている場所のほぼ中心に、朽ち果てた木片が散らばっている。よく見ると、散らばっているのは木片だけではない。かつては皿やカップだったのだろう、陶器等の破片も随所に見られた。ここに人が生活していたことを、それらが物語っていた。
そしてその傍らには、地面に刺した木の板の下に石を置いただけの墓が、簡単ではあるが、ひっそりと存在していた。そこにゆっくりと歩んでいくと、ロイは途中で摘んだ、手にもっていた花をそこへ供えた。
「何時の間にか此処へ戻ってきてたな。」
静かに呟いた後、その場に座り込み目を瞑る。そしてそのまま、ロイは動かなくなった。まるで、遠い何かを思い出すかのように。
クシーとシーズは二人で泉に入り、水浴びをしていた。
「ホント、ロイもゆっくりすればいいのにねぇ。こんな時くらい、ね?」
「う、うん。」
クシーが話し掛けると、シーズは俯いたまま曖昧に返事をする。
「でも、よく知ってたわね。ロイったら、意外と此処に住んでいたことがあるとか。」
水を被って頭を左右に振ると、髪の毛が勢いよく水飛沫を飛ばす。飛んだ飛沫は光を反射しながら、次々に水面へと波紋を作っていく。腰までつかりながら座ると、軽く伸びをしてクシーは一息をついた。シーズの方を向くと、彼女はずっと水面をぼおっと見つめているようだった。
「何?ロイと一緒に水浴びしたかった?」
クシーがからかうようにしてシーズに尋ねる。その言葉でシーズはハッとしたように、慌てて顔を上げて否定する。
「ち、違うよ!そんなのじゃないけど……。」
顔を赤くして必死に否定している所を見るとまんざらでもない様子だが、シーズはすぐに少し暗い表情になる。
「そんなのじゃないけど、なんでロイはあんなに辛そうにしてるの?」
その問いは、誰に向かったものだろうか。独り言のように呟いたその言葉に、クシーは答えた。
「そうね、ロイはいつも辛そうね。ベットは何かを諦めたような、冷めたような感じだけど、それとは違う。ま、ベットの方ははこの前の街で、何か区切りがついたようだけど、ロイは変わってない。それどころか、此処へ来てもっと辛そうにしてる。まるで、過去にあった何かに捕らわれてるような、そんな感じがするわ。」
水面に映った自分の顔を見つめながらクシーが喋る。それを黙って見ているシーズ。
「さっきも、何か思いつめていたような顔をしてたわ。」
右手で水をすくい上げて顔の前まで持ってくると、きらきらと光を反射させながら手から滑り落ちていく。
「私、ロイのことが分からない。何を考えているかも、何をしようとしているかも。ロイが旅をしている理由も、クリーチャーに対しての憎しみが人一倍強い理由も、知らない。何も分からないのはベットも同じか。もう、一緒に旅を初めて一年くらいになるのかな?でも、ベットのこともロイのことも殆ど知らない。もしかしたら、シーズと同じ位しか知らないかもね。」
ハハ、と苦笑いしながらシーズの顔を見る。そして、両手で頬を張って立ち上がった。
「そろそろ上がろうか?これ以上中に居たら身体冷やしちゃうよ。」
シーズに呼びかけると、岸に上がるクシー。だが、シーズは俯いたまま動かなかった。
「私は……。」
シーズの呟きにクシーが振り返る。
「私は、ロイが辛い思いをしているのは嫌。今のロイはなんか、すっごくさみしそうだよ。」
自分の身体を抱いて身を震わせるシーズ。クシーは軽く溜息をつき、シーズのもとへ近づいて布を掛けてやる。
「大丈夫よ、ロイを信じてやんなさい。」
クシーが微笑みかけると、シーズが静かに頷いた。
「うん。」
「本当に風邪ひいちゃうわ、早く上がりましょ。」
クシーが再び岸に上がる時、「くしっ!」と可愛いくしゃみの音が聞こえた。
クシーとシーズが服を着終えた頃、丁度ベットがやってきた。
「よう、ちょっといいか?」
近づいてくるベットにクシーが冷たく言い放つ。
「随分とタイミングが良くない?」
ベットが立ち止まり、その突然の言葉の意味を聞き返す。
「どういうことだよ。」
「なんで私とシーズが服を着終えてまだ声もかけてないのに、その直後にあんたがやって来れる訳?」
クシーに迫られて思わず後退りするベット。
「いや、偶然だろう?そろそろ水浴びも終わってるだろうと、今来ただけなんだから。」
ベットは頬を冷や汗が垂れるのを感じながら必死にクシーをなだめようとするが、クシーはそれに応じる気は全く無い様だった。
「偶然?偶然ねぇ。それにしては間の置き方とか、凄く絶妙だったんだけど?」
おもいきり疑いの眼差しで見られ、ベットはたじろぐ。
「濡れ衣だ、俺はそんな事してないって。きちんと見張りだってしてたんだぞ!」
ベットの必死の抗議が通じたのか、クシーが離れてベットと間を取る。
「そう、分かったわ。」
クシーがそう言ったことで、ベットがほっと胸をなでおろす。そして、クシーが微笑を浮かべながら聞いてきた。
「で、見張りどうだった?私の身体は綺麗だったかしら?」
「おう!」
ベットは親指を立てて、右手を勢い良く突き出す。少しの間の静寂の後、次に訪れたのはクシーの怒声だった。
「やっぱり覗いてんじゃない!」
二人の言い争いを見て、と言ってもただベットが責められているだけのものだが、シーズは軽く溜息をついてその場を離れていった。
「あ、シーズ!」
一人で歩いているシーズを見つけて、ランダが声をかけた。シーズはランダの姿を見つけると、そちらに向かって軽く手を振る。ランダに対して露骨に冷たい態度を取ることが多いシーズだが、あまりランダの事を嫌っている様子はなかった。ただ、無意識のうちにロイとランダの行動を比較するため、ロイが目の前にいるときは何時の間にか冷たい態度を取ってしまうシーズだった。
「こんなところで何してるの?」
シーズが遠慮がちに聞いてくる。それにランダはちょっと考えてから答えた。
「ただ歩いてただけ。見張りをするって言っても、ここには動物の気配自体無いから。することが無いんだよ。」
周りの木々を見回しながらランダが説明をする。確かに、この森には動物がいなかった。全くいないのだ、本来ならそこにあるべきはずの動物達の姿が。まるでこの森は、木々と草花だけで生態系が成り立っているようだった。
「シーズは?ここで何してるわけ?」
クシーと一緒にいると思っていたシーズが、ここに一人でいたことに疑問を感じたランダが尋ねる。
「うん。わたしも、散歩。」
クシーがベットに詰め寄っていた様子を思い出してから、シーズが答える。あの場所にいてもつまらないだけだから、あの二人は自分たちだけの世界を作り出している。
ランダは、いつもとは違った感じのシーズの顔を覗く。自分の表情を見られてることに気付いて、シーズは慌てて取り繕った。
「あぁ、な、何でもないよ。」
シーズが何でもないから、と繰り返すのでランダはあまり気にしないことにた。だが、シーズが何か気落ちしているのをそのまま放っとく訳にもいかなかった。
「あ、あのさ。」
ランダがそう声をかけた時、シーズが何かを感じてビクリと身体を震わせる。そして、自分でその真偽を確かめるように胸に手を当てる。
「どうしたんだよ。」
シーズの様子に慌てるランダだが、シーズの性質を思い出してハッとする。
「これ、は?」
シーズが呟いた。これは、特定の時に起きる発作みたいなもの。例えばそれは、動物の毛が体質に合わず、犬や猫が近くにいるだけでくしゃみが止まらなくなるのと同じ。近くに、その『何か』が存在することによってシーズの体に起きる異変。
「もしかして、クリーチャーが?」
ランダが確認するようにシーズに尋ねると、シーズはゆっくりと頷いた。
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