過去に在りし場所

 夜。砂漠は昼間の姿とは異なり、冷気に覆われる。日の照りつける灼熱地獄ではなく、冷たい風が吹き付ける世界へと変わるのだ。それは、砂漠の砂が熱を蓄えられないから。砂漠が現在の状態でしかいられないから。過去を知ることが無いから。だから常に砂漠は姿を変え、過去を忘れる。小さな過去はすぐに飲み込まれ、大きな過去は次第に消えていく。その過去が無くなった時、それは永遠に失われる。



「よし、行くぞ。」

 重い音を立てながら開く扉をすり抜けて、安全を確かめてから中にいる四人に向かってロイが声をかける。各々の準備を整えて、五人は砂漠の中に佇んだ小さな小屋を後にした。



 まるで世界が死んだように静かな砂漠の中で、ロイとクシーが先頭を、ベットが後ろを、そしてランダとシーズが真中に来るようにして一行は進んでいた。

 ザ、ザ、ザ……。五人分の、砂を蹴る音が聞こえる。それに混ざってカチャカチャと、金属のぶつかり合う音が夜の砂漠に響いていた。金属音は、シーズの腰から下げているメイスと、短い棒がぶつかり合ってたてている音だった。メイスは元から持っていたもの、短い棒は先程まで居た小屋で見つけた、『灰塵の杖』と名づけられている奇妙な棒だった。結局をの使い方を知ることは出来なかったが、お守り代わりだということでシーズが所持することにしていた。

 小屋を出て暫く、クシーが口を開いた。

「それにしてもあの小屋、よく残っていたわね。」

「そうだな、十年は経ってそうだったな。砂に半分埋もれていただけで済んでいたのが不思議だな。」

 少し考えてからクシーの意見に賛成だ、とベットが頷く。

「でも、もうそんなに長く持たないだろうな。あと数年も経てば、あの小屋は砂の中に消える。」

 後ろを振り返ってベットが呟く。その先には、彼らがさっきまで居た小屋の姿は無かった。



 小屋を発ってから三日。そろそろ日が昇ろうとしている頃、一行は砂漠を抜け、森との境が見えるところまで辿り付いていた。砂ばかりだった足元には、所々草が生えている。


「意外と早く抜けられたな。」

 ロイが砂漠を彷徨っていた日数を数える。

「砂漠の中じゃクリーチャーもいないのね。」

 ぽつりと、感想を漏らすようにクシーは言って、それにベットが答える。

「巣が見つけられなかっただけだよ。砂漠の中で生きていけないほど、奴らはヤワな生命じゃ無い。俺たちが巣の近くを通っていたら、捕獲する為に襲い掛かってきていたはずだ。」

 ベットは振り返る、後ろには常に姿を変え続ける砂漠が広がっている。その中には、恐らく無数のクリーチャーが潜んでいるのだろう。その中をただの一回だけ、クリーチャーと遭遇したで済んだのは奇跡に近いかもしれない。だが、クリーチャーの巣を探しているロイ達にとってはあまり喜べることではなかった。

 森の近くまで歩いてきたところで、ロイは何か思い当たりがあるのか辺りをしきりに見回す。

「ここ、は……?」

「おい、どうした?」

 ロイの様子に気付いてベットが尋ねる。それにロイはいや、と首を振った。ベットが先に行ってから、改めて辺りを見回す。そこは変わり果てていたが、かつて見たことがある風景。それが、ロイの目の前に広がっていた。



 森の目の前まで来てから、クシーがそこにある違和感に気が付いた。

「ねぇ、ここ、ちょっと変じゃない?」

 軽く辺りを見回してから、そこらを調べ始める。

「そうかぁ?」

 ベットは伸びをして、草の生えている所に腰を降ろしてくつろいでいた。生返事をした後も、やる気が無さそうにしている。遂には欠伸をしてから寝転がってしまう。

「俺は疲れたよ、今日はどうせここで野営するんだろ?暫く寝てるわ。」

 おやすみ、と誰にでもなく言うとそのまま寝てしまう。クシーは溜息をついてロイのいる方へと目をやる。ロイも辺りを見回して何かを調べている。自分と同じく気になるところがあるのだと安心し、ロイに話し掛ける。

「ここ、随分と作為的な場所じゃない?」

 辺りを再確認しながらロイに近づく。森と砂漠の狭間、そこには草が申し訳程度に茂っている。地面は土で覆われており、必要な水分を保てる能力が備わっている。森と砂漠の間にあるこの場所は、砂漠との境界はあまりはっきりとしていないのに、森との境界は随分とはっきりとしていた。あるところを境に、木が全く生えていないのなら珍しくない、何らかの原因があって生えることの出来ない環境というのはいくらでもある。だが、ここはある所を境に10年も経っていない若木しか生えていないのである。それはまばらだが、一定の地点より手前は確実に若木しか生えていない。森の木が枯れていっている訳ではないのだ、それなら新しく木が生えることすらないのだから。そこは、まるで―――

「まるで、人が手を加えていたみたい。」

 クシーが呟く。そこは人がかつて手を加えていなければ、そうはならないようなものだった。暫くロイは若木の一つを見ていたが、やがて呟いた。

「ここは、かつて村があったところだよ。」

 それだけ言うと、野営の準備をすると言って森の中に入っていった。その言葉に、微妙なニュアンスが含まれているような気がしてロイの表情を見ようとしたが、クシーの位置からはそれを見ることは出来なかった。


 荷物を降ろすと、ランダは力尽きたようにその場に崩れ落ちる。

「これでもう砂漠の中を歩かなくて済むんだぁ。」

 溜息のように息を吐き出すと、そのまま横になる。出来るだけ夜を選んでいたとはいえ、砂漠の中をずっと進んで来ていたのだ。砂の上をひたすら歩くということは、慣れていない者にとってはこの上ない重労働だ。一日歩くだけでも足が棒になってしまうのに、それが数日に渡ってずっと続いていたのだ。さすがに子供の足でここまで歩くのはかなりの重労働だ。ランダはすでに限界らしく、すぐに眠りに引き込まれていった。

 その様子を、シーズは立ったまま黙って見ていた。シーズが持っているものは特に無い。強いて言えば、腰にぶら下げているメイスと、例の『杖』だけだ。

「なんだ、だらしないじゃない。」

 ランダを見下ろしながら軽く溜息をつくと、ロイの手伝いをする為に森の中へと入っていった。


 ロイが薪に使う小枝を集めていると、シーズが駆けて来た。

「ロイ、私も手伝う。」

 そしてロイがその声に反応する前に、その辺に落ちている小枝を拾い始める。何かを言おうとしたロイだったが、一端口を閉じてから別の言葉を口にする。

「新しい枝は拾うなよ、軽く曲げた時にパキッと折れるやつを選べ。」

 ロイが促すとわかった、とシーズは元気よく返事してまた小枝を拾う作業を再開する。シーズを目で追ってみると、拾う時にきちんと一本一本折って確かめている。その時、ふと気になったことがあってシーズに尋ねる。

「ランダはどうしてる?」

「すぐに寝ちゃった、後は知らない。」

 ロイの質問の内容が気に入らなかったのか、暫く間があってから投げ遣り気味な答えが返ってくる。

「シーズ、疲れてたら休んでいて良いんだぞ?」

 ランダが疲労ですぐに寝てしまったのだろうと判断し、シーズに声をかけてやるが、シーズはそれを激しく否定した。

「そんなこと無い、私は大丈夫!私、ランダみたいにだらしなくないもん!」

 それでさらに機嫌を悪くしたのか、シーズは黙り込んでしまった。それから二人は、黙々と枝を拾い続けていた。


 夜、食事をとった後。この後どうするかを簡単に話し合っていた。ランダもシーズも既に寝息をたてている。話し合っているのはロイ、ベット、クシーの三人だ。

「ようやく砂漠も抜けたことだし、ゆっくり進んだらどう?」

 クシーはペースを落とすべきだ、と主張した。砂漠の中は何処からどんなクリーチャーが出て来るかわからない。地面が砂ということから、足元からでさえクリーチャーが出てくる危険があるのだ。下手にのんびりしていたら、クリーチャーに奇襲をくらって全滅、という可能性が決して低くは無いのだ。だから、砂漠を通る時はペースを上げざるを得ない。

 その砂漠を通り過ぎた今、無理して急ぐ必要は無い。ここ数日で溜まった疲れを考えると、ペースを普段よりも落として体力を温存するというのが利口な計画と言えた。

「それよりも、いっそのこと此処で一日休もうぜ。随分と過ごしやすそうだ。」

 ベットが辺りを見回しながら言う。ずっと寝ていても見ているところはきちんと見ているらしい。今ロイ達がいるこの場所は、人が滞在するには随分と過ごしやすい環境になっていたのだ。

 二人の意見を聞いて、ロイが焚き火を眺めながら考える。

「そうだな。別に急ぐ急がないの問題でもないし、明日は一日ここで休むか。」

 視線を焚き火に落としたまま、複雑な表情を浮かべながらロイは言った。

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